出張先のわが食卓

出張が続くと、外食ばかりというのも正直しんどい。
どこかで簡単に買い物をして、ホテルで仕事をしながら・・というのも
日常的な選択だ。
早くすべきことをして、早く休まねば・・。
そんなに毎回毎回、誰かと会食というのも
さすがに出張が多いと、ハレ感もなくなり、まずは普段どおりの
仕事を外出先でこなすということが優先となる。
美味しいものは、おかげさまでいろいろ食べてきたから、
と、出張先の食事もいつしか日常的な時間となってきた。

それでも、行きつけの店、応援したい店というのはいくつかあり、
そこには意識して顔を出すようにする。人もつれていき、一人でも行く。
とくに、無理のきく店はわが家のように、帰ってきたよ。という感じで
顔を出す。
黙っていても料理が出てくる。
おもてなしをしてくれる。
たわいない話もする、店主だけでなく、スタッフとも気軽に話す。
何か珍しいものや、スタッフが喜びそうなものがあれば、差し入れることも日常だ。

出先にわが家の食卓があるのは幸せなこと。
経営が気になって、応援しようと思っているうちに
気が付けば通っているような感じになったのであるが、
どこの街にも、「わが家」のような店があるのは、うれしいことだ。

無理を言いあえる、信頼だけでつながっている。
感謝しあえる、認め合える。

お客とお店の関係でも、家族のようにもなれるものだ。
やっぱり、これからのマーケティングは「関係」づくりだ。
もちろん、関係と利益はなかなか・・。
そんなところも、通う店から現実の厳しさを知る。
できる限り、応援し続けよう。
私も応援していただいている。まさに良好な関係は
お互いさまなのだ。

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何のために働くのか?の議論もたまによし。

最近、家人との時間でひとり呟く。
「こんな人生でいいのかなと思うと、不安に思えてくることがあるわ」
「何が?いいじゃん。これで十分じゃん」
「いやー、そんなことはない。仕事だってもっと燃え尽きるというか、もっとやらなくちゃと思うのだけど・・」
「今の状態で何が不満なの?」
「不満じゃなくて 、もっとやらなくちゃいけないと思う」
「別に。これで十分でしょう」
「そんなことはない。」
「何をしようとしているの」
「いや、もっと自分の才能を発揮してとか、もっと世の中の役に立つとか・・」
「仕事で、そんなこと考えたことないわ。」
・・・。こんな会話。
以前も、旧友と会ったとき、自分の仕事について考え方を少し伝えようとしたら、
「そんなこと、考えたことないわ」
と言われ、そこで会話が止まったことを思い出す。

仕事は単なる労働ではないと思っている。創造も奉仕も貢献も含め、仕事だと思う。
何のために働くのか?もちろん食べるための仕事は大前提かもしれないが、
社会の一員として役立っているということが実感できる、そんな仕事に巡り合えたら、人生は本当に幸せだと思う。
もちろん、家族との楽しい時間のための労働としての仕事も良い。
結局は、人生をどうしたいか・・で仕事への向かい方も変わってくるのかもしれない。

生きていることが仕事。と、思っているところがある。
そう思うことがいいのか、悪いのか・・。時々苦しくはある。

いずれにせよ、いい仕事は、いい人生。今日も心して・・。
まずは、それを楽しむことだ。

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自分らしい、自分にしか・・という問いかけ。

ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指そうなんて、ずっとそう思い、
そう言い、それを目指して生きたいと思っている。
この「オンリーワン」とは、「自分らしさ」 という意味であり、そして
もっと突き詰めれば「自分にしかできないことを極める」という意味であると
解釈するが、前者はなんとなくそれとなく、そうあるような感じもするが、
自分にしかできないことをわかって、やり遂げる。
ということはかなり難しい。

最近、通う学校で「自分にしか書けないこと」をという課題が出た。
悩ましいテーマだ。
他の誰もが考え付かないこと、といってももしかしたら、すでに誰かが
考えていることかもしれず・・
他の誰もがやっていないこと・・・これも、似たようなことを誰かが
やっているのかもしれない。

しかし、自分は世界でひとりしかいない。そのひとりしかいない自分が
自分らしい発想で、自分らしい行動をとっていれば、かなり個性的な
経験にはなるはずだ。

今そんなことで、私にしか書けないこと・・・について悩み続けている。

課題のためにではなく、自分を見つめなおすために。

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親孝行ビジネスへの共感とエール。

最近知り合った事業者さん。高齢のお母さま直伝・仕込みのシソ味噌を製造販売されている。
なんでもご本人が60歳になって、退職されてからの起業。定年後に、やりたかった仕事、これまでと違う仕事に就く方が増えているのは、高齢化社会のいい一面でもある。まだまだ元気、健康。もっと社会の役に立ちたい。と若い者に負けていないアクティブなシニア、なかなかパワフルだ。
その事業者さんの仕事は、80代後半のお母さまの手作りの味を、商品化し、広げるというもの。
親孝行ビジネスだ。家族で作り、助け合い、一緒に売る。
売りはお母さまの直伝の味。まさに、おふくろの味という点。
 ふと自分のことを見つめなおす。毎年のふるさとライブは、親のいい仕事になっている。何か目標があることで、ボケることもなくがんばれる。もっとそんな仕事がふやせたら一番の親孝行になるはずだ・・。
親孝行ビジネスは、ソーシャルビジネスのひとつでもあり、もしかしたら人々の幸せづくりの原点かもしれない。いろんな仕事、親のやっている仕事を引き継ぐ方も多いが、事業承継という問題だけでなく、親が喜ぶことを仕事にする。ということは本当にいいものだ。
年を重ねるごとに、最近、そのことの大切さを思う。
どんな仕事をしていても、真面目にやっていれば親孝行であることは間違いないが、一緒に何かをできたら、もっといい。
ということで、そのシニア起業家さんを心から応援したいと思っている。

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複合かつ効率的な大人時間。

リタイアした方とお会いする時間は、夜でなく、午後からというケースも
多くなってきた。
お茶を飲みながらお話しする、お酒を飲みながら会食する。
話をしっかりしたい場合は、これがいい。
しかし、ある程度、親しくなり、お互いの近況もわかっていれば
改まった話にかける時間も必要なく、一緒に楽しむ時間が持てたらよい
という発想にもなる。

ある紳士2名と同じ週にそれぞれ個別に会う約束をしていた。
ところが、その紳士同志は知り合いで、それぞれが私と会うことに
なっていたことを知ると、
「そんな同じ週に二度もお金や時間使って別々に会わなくても、一緒に
会えばマーサもいいんじゃない?」
との提案から、なぜか三人一緒に会うということに。
なるほど、一緒に会えば効率的ということか。
「どこかで軽く食事してから、久しぶりにカラオケでもいかが?」
と、次は内容の提案。
「そうですね。カラオケ歌いたいならば、そこで食事しながらという
のも良いかも。最近、そういう店も増えていますし。」
効率を求めるならば、こっちもそういった提案をする。
「なるほど!ではそうしましょう。」
いつの間にか効率的な再会を提案された方が幹事となり、
その方は熱心に調べ、食事が良さそうなカラオケ店を
予約された。
なんと、コース料理?しかも、主食は麺かごはんかを前日までに
決めないといけない?さらにネットクーポンをつかえば
その店の名物サプライズギフトもあるという。

三人はその店の近くで集合し、早速そこに向かう。
改めて、こういったカラオケ店に新鮮感を抱く。
通された部屋はアジアンテイストだ。
無機質なカラオケルームとは違う。
なんでも、そこでは会議などもできるそうで、
さまざまな需要があると知り、納得。

出てきた食事は豪華かつ、味も悪くない。
これまでのカラオケ店のできあいの食事とは
まったく違うのだ。

従来のカラオケ店は営業不振で大変と聞く。
サービスの複合化を積極的に進める当店は
人気があるようだ。

ということで、バリバリビジネスマンOBとの
再会は、やっぱり効率的かつ複合的とどこか
ビジネス的にもヒントになる部分があり、
しかも
その幹事は、この機会をフルにエンジョイされ
ていたように見えた。この場に来る前に
どこかで練習してきたのではないか?と
思えるほどの歌いっぷり。
しっかり元をとられたことだろう。

接待や懇親のスタイルが変わってきている。
何が売りであるか。そこが明確でないと
また時代の変化を先取りした独自性を
打ち出していかないと、駆逐されてしまう
可能性もある。

効率と複合。ボイストレーニングしながら
勉強させていただいた。

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「愛の元気人」9月分、本日オンエアです。

hidanouonuma
ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」9月分は、本日24日18時~19時オンエアです。
今回のゲストは、新潟県のモスバーガー全店舗で展開中の「モスごと美術館」にて障がい者アート作品を出展中の「まちごと美術館COTOCOTO」の代表の肥田野正明さん、そして珍しいそばパスタをこのたび商品化された、魚沼冷蔵の金子芳博さんと小島綾子さんです。(トークは小島さん)
ぬくもりあふれるトークをお楽しみください。
FM KENTO

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背筋を伸ばしてくれる、紅いバラ。

また今年もお届けいただいた、バラのアレンジメント。
昨年はライブ会場へ、今年は自宅へ。
もう何年いただいているのだろうか。
毎年のグラン・ルー開設のアニバーサリーにと・・。
今年はバラの花は18本。それに紫のカスミソウや大きなユリも織り交ぜられ、
私には豪華すぎるお花たち。

人生に節目はいろいろあれど、
創業記念日もひとつの節目。

「・・・・誕生日と同じ、無事に過ぎた一年を寿ぎ、思いを振り返り、これ
からの一年のあるべき姿を思うのが記念日ですね。」

そのとおりだ。
実際、おかげさまで18周年と発した、意識した傍から、これからの自分を模索し、
動き始めようとしている自分がいる。

だらだら、ただ毎日を続けるのではなく、節目をもって生きることは大切なこと。
こうやって毎年バラの花をいただき、しかも毎年1本増えて・・。
ケーキに飾る蝋燭以上に、心に残る応援のアニバーサリーギフトだ。

大きく開いたバラたちを愛でながら、自らの進む道を思う。
応援してもらっているんだよ。
知らないうちに、わが背筋がすっと伸びる。

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何度やっても、まだまだ、もっともっと。

10年以上続いている講座がある。毎回使用する資料を更新する。その時々に合う旬な話題を盛り込んだり、こうした方がもっと聴きやすいかなと思いながら・・。
毎回の受講生の反応や感想を見ながら、その次に活かすようにする。
毎回受講生が変わり、またその受講生同志も初めての出会いであり、
その交流や化学反応を見ながら、もっとプログラムをこうした方がいいと思うところを
少しづつ変えていく。
もちろん根底にある伝えたいことは変わらないが、世の中の変化に合わせ、
細部を毎回変えていく。もう手元に10年前の資料はないが、かなり違う形になってきているはずだ。
どんなに考え、用意しても、万全ではない。
そのときの相手により、反応が違うからだ。いい時もあれ?と思うときもある。
だから、随時、表現も見直す。
今回は定員を超える応募があったため、多めの人数で引き受けた。
そのため、ちょっと時間的に収めようとする分、自分も言い足りない部分があった感じがする。
そして、時間オーバーになってしまい、
別れ際にきちんとそれぞれの受講者とあいさつができていなかったのも気になる。
最初のお出迎えと、帰り際のご挨拶。表情の確認が大切なのだ。

即刻、次回に向けてのフォローメールを用意する。
言い足りなかったことを、少しだけ補足しておく。まずは迅速なるフォロー活動だ。

参加型の勉強会はいつもいろんなことが起きて、どきどきハラハラするが、
どっちも真剣勝負だからシナリオどおりにいかないこともある。だからこその感動ももちろん多い。

何度やっても完璧はない。まだまだ、まだまだ。
そして、もっともっとと思う。先生という仕事は、実は自分が一番勉強させていただいている
とやればやるほど、思えてくる。
お役に立てるように、来てよかったと思われるように。
この追求と改善、工夫は永遠に・・。

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生活に張り合いを!いつまでも。

1年の後半はライブツアーのシーズン。と何年もそのように過ごしてきた。
が、今年は手をいたわり、どうするか・・かなり悩む。
今回は、少しスローテンポ、少し抑え気味に・・。
でも、どうしても岐阜だけはやらねばならない。
親の仕事をつくるため・・でもある。
もう何年も続いてきた岐阜でのライブ。
ささやかなミニイベントではあるが、母のそれに向けてのがんばりと、それを
なんやかんや言いながら見守る父の姿は一年のなかで、一番輝いているように
見える。
何人集める、あの人に声かけたか?この人は?この人のアッシー君はどうなる?
などなど、おそらくチラシができてから、1か月ほどは、このライブの集客が
毎日の生活のメインイベントのはずだ。

ある友人が手の不調と、親の老いについて話す私にこんな助言をくれる。
「昌子さん、とにかく岐阜では年に2回でも4回でも何回でもいいから、お父さんお母さんの
仕事を作るためにも、ふるさとライブやり続けてね。
けんかしても、なんでもいいから、親の元気の秘訣はそれだからね」
彼はわざわざ東京から岐阜までライブに来てくれたことがあり、あの田舎のライブの雰囲気と
親の張り切りの様子も知っている。
その言葉におされ、今年も開催。

母と父には、ライブはうれしい仕事。
「みんな、楽しみにしているよ。って言っとるよ」
毎日このようなメールが。

ありがたいこと。親が動けるうちは、これはやり続けなければならない。
彼らの日々の張り合いのため、生きがいのため。

私の子供の頃の、親たちの夢を、形は変わったけれども、
かなえ続けることが私のミッションだ。

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みんな最高。メダルの数じゃない。

パラリンピックが終わった。以前よりも露出されるようになった気がする。
これが自然ならばいいが、どうだろう。
毎回、地震速報かと思い、びくっとしてしまうようなメダル速報・・・は、正直そこまでは
どうか。過剰な露出戦略は、東京オリンピックを意識しているのかなとも思う。
露出しようがしまいが、目立とうが目立たなかろうが、がんばっている人はみんな
偉いと思う。

だから、金メダルが今回なかったことに対しても、決して悲観してほしくない。
今やオリンピックはお金と政治の力が大きい。
お金をかけた国は、それなりの結果が出る。またそうでなくても、
私からすれば、メダル関係なしに、自分の可能性に挑戦しているアスリートの
皆さんは、生きる意味を教えてくれる、すばらしい、尊敬に値する人たちだ。

スポーツの評価は相対的にしか図れないのかもしれないが、
そのことに向かって、努力しているその姿こそ、見る人に感動を与え。
また共生の意味を教えてくれるのだ。
絶対的な感動を与えていることに、どうか自信と誇りをもち、
これからも元気にがんばっていただきたい。

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