駅ピアノ。はい。もちろん!

NHKのBS放送で、何度も何度もくりかえし再放送している、「駅ピアノ」なる番組。
世界の空港や駅にピアノが置いてあって、それを空港や駅の利用者、通行人が
自由に演奏する・・・その様子を録画したものだ。
オランダ、プラハなどが特に何度も出てきているように思う。
そう、気が付けば何度も何度もやっている。場所は同じでも演奏者は違うようだ。
その、何度も放送しているこの番組を見るたびに、なぜか手を止めてしまう。

ある人から、
最近、その番組をご家族が気に入って、録画して観ておられるとのこと。それを
横で観るたびに、
「マーサも、そこにいたら、絶対挑戦しているんだろうな」
と、その番組見るたびに、いつも思い出してくださっているそうだ。

そう、もし私がそこにいたら、どこの国の駅であろうが、空港であろうが絶対に
弾かせてもらっていると思う。
実際に、駅にピアノがある場面に遭遇したことがまだないが、以前は
ナポリのホテルのピアノを朝に、夜に弾かせてもらったことがあった。
演奏を宿泊客や従業員が聴きながら、笑顔で拍手しながら・・ということも
懐かしい。

駅ピアノ。あそこで弾く演奏者たちの表情がたまらなく好きだ。
プロとしてステージの上で演奏する人たちとはまた違う、
好きだから弾いている、わが人生・・と思って演奏しているあの表情は
最高だ。

駅にピアノ。
いいな。いつかそれ自体を企画してみたい・・・・と、またまた妄想しはじめている・・。

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何が親孝行、親不孝か、、。

最近、なんとなく、気になっていた人。
それは大人になって、ほとんど交流のなかった従兄のひとり。

ふるさとライブが10回目であるということで、過去に
来てくださって、ご無沙汰している人たちのことを思い出して
いたときに、ふと彼のことを思い出した。

1回目か2回目のライブだったと思うから、もう9~10年前のこと。
その従兄とは、そのとき30年ぶりぐらいの再会であった。
小学生時代以降、ほとんど会うことがなかったのだ。
でも、年は3つ上であるから、同世代。
お互い大人になったというか、もう中年・・で少し恥ずかしいような
感じがしたあのとき、その従兄はライブを見て、ほめてくれたような
そんな印象が残っていた。

どうしているかな?また会えたらいいな・・となんとなく
思い出していた。

ライブの2日後、その彼が急死したという報せがあった。
原因はクモ膜下らしいとのこと。

へ?うそ?久しぶりに思い出していたのに、なんで?
同世代のまだ若いといえる人が、本当にこのようになくなって
しまうということがショックであり、
何より、息子に先立たれた親の気持ちを思うと・・。
親ももう80歳を越え、これから子供の世話になるという
時に・・・肝心な息子が・・・というのは・・・・。

何が親孝行か親不孝か・・・よくわからない世の中であるが
とにかく、親より1日でも長く生きないと・・
改めて思った次第。
でも人の命は、わからない。
今を信じて悔いなきように生きるのみ。

早く逝ってしまった従兄のことを、
今何度も思い出す。
ああ、もう少し話したかったな。
もう一度聴いてほしかったな。

とちょっと悔いが残りつつ・・・
心からご冥福を祈っている。

人生は本当に一瞬先も、わからない。

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たとえ1人でもやる!

どこの社長さんが謝罪しているのか?居酒屋のテレビに映っていたおじさん。
む?どうやら、沢田研二さんらしい。あの?え?同姓同名?いや、あの人ご自身だ。

9000人の予定が7000人しかお客さんが集まらないので、本番直前にコンサートを
中止されたとのこと。
契約上の理由だとのことで、本人の謝罪インタビューは、またまたマスコミのいいネタになった。

SNSではもちろんさまざまな声があがっているようであるし、それはごもっともと思う。
そして、一人のアーチストとして、思ったこともある。

何をもってプロというのか?ということである。
契約を前提として仕事をする。何よりもそれが優先される。
その考え方、もちろんプロである。

今回はそれが理由であったようであるが、
私の考えるプロとは、ときに赤字になることがあったとしても
お客さんが一人でもいてくれるならば、やる!やりきる!。
そして、そのお客さんに喜んでもらうように ベストを尽くす。
それがプロ。
それが次につながると信じている。

もちろんジュリーとマーサは比較にならない。別世界に住む
アーチストであるが、規模は別として、
人に向かって何かを発信するという点では
共通しているし、ライブをやる、コンサートをやるということに
おいて、いかにお客様に喜んでもらうかということを考えて
演じるという点では共通していると思う。
ただ、ジュリーは個人でやるのではなく、集客・演出のプロと
組んで、多くの人を集める、集めてもらう・・ことで自身の
ステージがビジネス的に成立し、その上でお客さんが喜んで
もらう・・という流れであろうが、
私の場合は、自分自身で集客もやる、ときには老いた母が手伝って
くれるというまったく自己責任の世界から始まる。
だから、お客様が来てくれる、来てくれない・・・は眠れない
夜もあるほどに。いつも心配だ。
いいステージを行う。は前提として、まずは集客なのだ。
でも、その結果、人数が予定数に満たなかったとしても、
どんなことがあってもやる!やるに決まっている。
もちろん突然の事故などあれば、別であるが・・。

7000人しか来ていないからやらない。
ではなく、7000人も来てくださっている。
赤字になっても、やらない赤字よりいいじゃないか。
第一、7000人も来てくれて、大感謝ではないか。
遠くから、あるいは高齢なのに地方から足を運んで
ジュリーに会いに来た人だっていたはずだ。しかも
入場料以外に交通費などお金もかかる・・・。

今回はそのコンサートの中止にかかる費用以上の
赤字になるだろう。
これまで積み上げてきた信頼を裏切ることになった
今回の決断は、今後の活動に影響が出るだろう。

結局、だれを向いて、どこを向いて仕事をするか
ということだろう。
と、偉そうに申し訳ないけれども、
7000人も来てくださって・・・なんと
もったいないことをされたのか。
といつも集客に悩む街角のアーチストとしては
そう思えてならないのだ。

そして、やっぱり人に依存してはいけない。
契約も大切だけれど、最後は自分に帰ってくる
のだから・・・お客様を大切にしなければ・・。
あ、偉そうな発言になってしまった。

昭和を代表したアーチストの信頼回復を願って
いる。
今日は別会場でチケット完売でコンサート開催。
先日キャンセルされたお客様の目には
どう映るか、、、。

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タイトルは結論!

ある編集物のお手伝いをしている。企画会議で決まった原稿を担当者が
それぞれその企画に合わせて、構成を考え始める。
起承転結で書いたけど、なんだかインパクトが・・・、なんだか
こんなんでいいのかわからない・・。とそんな相談を受ける。
そんなときには、
「まず、仮でもいいからタイトルを先に考えて、それに沿って
書いてかいてみるといいのでは?」
とアドバイスをし、その構成案を見ながら。仮にタイトル案を
提案してみることにしている。

そうすると、
「あ、わかってきました。このタイトルで書いてみますね。
インパクトありますね」
とみなさん、筆が進みはじめる。

なんでもそうだ。結論を先に言う。コミュニケーションとくに
ビジネスの場合は、結論を先に行った方が良い。と
広報の勉強会でも同じことを伝えるようにしているが、
編集物も同じ。

そして、このブログもそうだ。
実は、まず、何を書くか、タイトルを書く。そこから
文章が出てくる。
という流れ。
タイトルが出てくるためには、昨日書いた、
ずっと考え、ぱっと出す!
訓練が必要だ。

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ずっと考え、ぱっと出す。

企画にせよ、文章を書くことにせよ、作曲にせよ、自分のアウトプットの
スタイルには、共通点がある。

それは、いつもずっと考えている。そして頭と心のポケットに
最近は、スマホのメモに入れておき、
そして、いざ!というときに、すぐ出してまとめたり、しあげたりする
という手法。

ずっと考え、ぱっと出す。

マーケティングプランナーの仕事をしていた20代のころから
身に付いたのかもしれない。

この仕事はON OFFがない。いつでもONになっていないと
いい情報も入ってこないし、
いいネタも、アイデアも沸いてこない。
沸くというのは、瞬間であるから、そのときを逃さず
記録する必要がある。だから、メモや今の時代ならば
スマホは欠かせない。

先日、名古屋駅前のある交差点で信号を待っている間に
鼻歌でいいメロディーが出た。何回も何回も歌って
覚えようとしたが、それよりも、スマホのボイスメモだ。
セットして、スマホをマイクにして歌いながら歩き、
そして録音しておく。

この方法ですでに何曲も作品ができた。
この瞬間を逃してはいけない。

さて、そのネタをライブ前日の夜に、曲として仕上げる。
まさに、ぱっと出す!だ。

録音したメロディーを楽譜にし、
(私の場合は、私は手書きで)ピアノで伴奏を付けながら
コードを書いて、ある程度、曲になってきたら、
歌詞をつけていく。
1時間ほどでカタチになった。

ずっと考えていた曲が、ぱっとできた。
でも、これはずっと考えていたからだ。

出来た曲を演奏、それをボイスメモに録音する。
何度も何度も弾きながらいい音源をのこす。
そして、それを聞きながら、覚える。

そして本番。

こういう曲がそろそろ欲しいなあとずっと考えていた
ものがぱっと世の中に現れたときは、不思議な感覚であるが
とてもうれしい。

いつも ずっと考え、ぱっと出す。
瞬発力が必要であるが、これはトレーニングで
身に付くはずだ。
これからも、もっともっと鍛えていこう。

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家族との狂騒イベントも最終回?

おかげさまで、今年も無事開催することができた、ふるさとライブ。
今年でグラン・ルーは20周年を迎えることができたが、このふるさとライブも
10年続いてきた。
毎回多くのご協力をいただき・・・。本当にありがたい限り。
もうさすがにアラエイになってきた親たちが10年前のように元気に
動き続けることもままならず、少しづつやり方を変えつつあり・・・。
お客様も、毎年顔を見られない人も出てきて・・・ちょっと寂しいのも正直な
ところ。
今回は、そんな思いである曲を、前日に書き、今回初演奏。

タイトルは「いつか さいご」歌詞の一部を記す。
      
生きてきた 長いとき 歩いたこと 転んだこと
どれもみな 実になって 今があると ふりかえる
何が好き  あれが嫌  好き放題 生きまくり
笑い声  怒り顔  涙の意味は なんだっけ

いつか 終わっていくよ けれども 今は生きる 
そして 明日へと息をして 長く 旅を続けよう
そして 分かれていくよ けれども 今はいっしょ
そして 未来へと 背伸びして 夢を語り進もう・・・
                  

おかげさまで、無事終了。

いつか最後になるけれど、
人生は観覧車のように生きる。

本ライブツアー、次は新潟会場11月16日に開催です。
本日のライブレポートは近日公式サイトにて
公開いたします。

写真は会場にディスプレイした 「アニバーサリー マイ グラン・ルー」

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本日、ふるさとライブ開催です!


本日10月17日、岐阜の「みなも」さんで、ふるさとライブを開催します。

わがふるさと岐阜でお世話になってきた皆様への感謝を込めての
ふれあいライブ、毎年秋に開催しております。
今回は午後の部(開場15時~)、夜の部(開場18時~)の二部制です。

今年も家族元気で皆様をお迎えできることが、何よりの喜びです。

どうぞ、お待ちしております。
(写真は昨年のようす)
今尾昌子公式サイト

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知らない世界への階段を一段一段。

若いときは、自分が関わっていること、興味があること以外に目を向ける
ことは少ない。もちろん一生それで済めばいいが、年を重ね、いろんな環境変化により
いやおうなしに、これまで興味関心がなかった領域にも目を向けざるを
なくなるときが来る。
このことを、苦と思うか、人生の新たなステップと思うか。
どうせなら、後者と思い、知らなかった世界を知ることを
楽しい学び、新たな出会いと思いたい。

先日、高齢化社会に対応するサービスを紹介するNHKの番組で、初めて
地域包括支援センターという存在を知った。行政の窓口に行くよりも
こちらの方がより地域の住民に寄り添ってこまやかに対応してくれる
とのこと。もちろん行政との連携で成り立っている地域の窓口だ。
また、具体的に緊急案件がなくても、まずは何をしてくれるかを教えても
くれる。
そんなことで、高齢化社会の中でどんな支援があるのかを知りたく、
当センターに足を運んでみた。
アポイントをとっていったおかげで、ちゃんと責任者が時間をとって対応してくれた。
いわゆるお金に関する支援以外は、なんでも対応するとのこと。
もちろん窓口のスタッフがすべて対応するのではなく、内容によっては該当の
専門窓口を紹介してくれることもあるが、思ったよりも柔軟であり、好感触。

また、認知症発症後の対応ではなく、それ以前の予防についても支援があると
知り、これは大きな収穫。
やっぱり、困った事態になってからではなく、その前から対応しておくのが
良さそうだ。

今、親にとって良い環境を・・と思う。まだまだ元気であるが、環境的に
寂しくなっていく、車がなくなって、友人知人も減って、活動領域が狭まっていく。
そんななか、いろんな支援の手を借りて、親たちが楽しく地域で暮らせる
時間がつくれたらと思う。
親子でできることは、本当に少ない。そしてすぐ感情的になったり、
素直になれない。
福祉の場面では、第三者の手を借りる、プロにお願いするということは、
本当に大切だ。

改めてこの世界での仕事の大変さを思うと同時に、
尊敬と感謝の気持ちをもって、いいおつきあいをさせていただくことが
大切であることも知る。

ちょっとだけ勇気がいるけれど、そんな窓口も活用したらいいと人に進めたい。
ただ、もう少し入りやすくするといい・・。そんなこともお伝えしながら
うまく利用させていただければと思う。

なんでも経験、知らない世界も思ったらすぐ行動する。
何でも早めが良さそうだ。

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地方の郊外ドラッグストアで考えること。

ドラッグストアは、今やスーパー、コンビニに匹敵する、市民の味方、
そして地方の郊外では、隣の台所になっているような店舗もある。
近くに食品スーパーがない店舗では、お刺身や寿司など生鮮食品こそ
並んでいないが、カット野菜やさまざまな加工食品が店頭に並んでいる。
手間をかけず、単身者や老夫婦がその日暮らすのに必要で便利な食品たちが
ちゃんと手に入るようになっている。日用品も日常食もここで足りる。
車で遠方に行けなくなった人たちにとっては、近所で全部済ませることができる。
それが大きな敷地に建つドラッグストア。
医薬品や日用品だけでなく、日々の食事においてもこんなにドラッグが
身近な存在になっているとは、駅前や町の中心にあるドラッグストアだけを
利用している間は気づかなかった。

さらに、郊外のドラッグストアを訪ね、驚いたことがあった。
それは、ある紙製品売り場の大きさ!にびっくり。
それは「大人のおむつの売り場」だ。
家族や本人以外、必要性を感じない人には、まったく視界に入らないが、
ひとたび意識して見てみると
その品揃えには、本当にびっくり!
女性の生理用品の売り場よりはるかに、そして赤ちゃん用のおむつ売り場よりも、
大人の紙おむつの売り場が断然大きい。
いつから、こんなことになっていたのか?
時代の変化をこんなところで感じるとは・・・。
紙製品売り場の割合で、その地域の住民の内訳がわかってきそうだ。
そして、この大人用紙製品については、
売り場占有率だけでなく、そのバリエーションにも驚く。
最近は、紙おむつだけでなく、男性用のパッドも多くなり、しかも種類が豊富でびっくりだ。
吸収量で細かく種類が分かれており、現在の自分から見ればそこまで必要か?といった品ぞろえだ。
子どものおむつよりも、圧倒的に広くなった大人のおむつ市場。そしてきめこまやかな需要に
対応している。それだけ需要があるわけだ・・。

これが必要とは思いたくない、そんな日がくると思いたくないが、こんなにも
売っているという現実。
そろそろ必要かなと思っても、ちょっと勇気がいるものでもある。とくに
ナフキン暮らしに慣れていない男性にとってはかなり抵抗があると思う。
いきなり大容量のものをドーンを買うのは、勇気がいる。
ちょっとサンプルで試して、役に立てば継続的に使えばいい。
だんだん慣れていく・・・そんな日用品なのだろう。
と、使い始めが難しいのも、大人用紙おむつの実態だろう。

自分で食べ、自分で出せる。
このあたりまえの人間としての
基本的な行動。できる限り長く維持したい。誰の、何の世話にも
なりたくないものだ。

と、郊外のドラッグストアで、
高齢化と暮らしの変化、そして人間の尊厳を考え、
現実という荷物を改めて背負い、
ちょっと重い気分で店を後にした。

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子ども心に向かう修行。

お子様向けのライブを久しぶりに担当する。
だからこそ、新鮮であるし、どきどきわくわく、いや、ドキドキハラハラである。
大人は騙せても、子供はごまかせない。
すぐ飽きる、笑っていたと思ったら、すぐ泣き出すかもしれない。
その怖さがあり、ずっと考えていた。
どういう企画にしようか、自分にしかできないオリジナリティな発信かつ
お子様に喜んでいただける企画について。

信頼できる知人からは、マーサならではためになるトークを、おまじない風に入れるといい。
などのありがたいアイデアもいただき、そんなこともコンテンツに入れつつ、
ライブも、自分らしさが出るようにと、いろんな楽器を集めてきて、それを使いながら
のオリジナルお祝いソングを即興で作るなど企画した。
あとは、秋をテーマにしたメドレークイズ、ジャンケン大会、
オリジナルの曲を絵本風にして、演奏・・などなど・・。

このために、いろんな仲間のお世話になり、お知恵をいただき・・
なんとか企画をして、本番に臨む。
次の大人向けライブが2日後に迫っているが、それよりはまずはお子様向けのステージを優先。

さてさて、やってみて、いろんなことがわかってくる。
そして、子供とは、大人には想像できない反応をするということも、
肌で感じ、む?どうしよう?という一幕も。

子どもは我慢できない。
子どもは素直。

改めて、1ステージやってみてわかったことがたくさんある。
やっぱり、考えているだけではわからない。やってみることで
わかってくる。そして自信もついてくる。

わかったことは、マーサワールドは子供にも通じそうだということ。
もう一歩 もう一歩 磨いていったら、もっと伝わるだろう。

この1回目が正直とても怖かった。でも、終わってみればもう大丈夫。
何でもゼロからイチが一番苦労するのだ。

よし、なんでもござれ!と勇気が湧いてきた。

思い出せば、動き出せばヘッドセットのマイクが外れていったり、
恥ずかしい一面も、一幕もいろいろあるが、それがあるから
人間進歩していくのだ。
経験は最高の知恵袋だ。
あらためて・・。つきあってくれたお子様に感謝を込めて。

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