難民、移民、観光客。

ニューヨークが繁栄したのは、
移民の力によるものだ。
自由の国アメリカの、世界から移民が集うこの都市に、人々は次々やってきて
まさに、アメリカンドリームの実現に人生を賭けた。
これまでも、夢を語るタクシードライバーに何人出会ったことか・・。

移民とは自分の意志で、海外で生きることに挑戦する人たちのこと。
母国を離れ、頑張る人たちのパッションはすごいものだといつも
刺激を受けてきた。

最近、日本政府は、東京オリンピックに向け、海外からの観光客を
さらに増大させ、観光大国!にしたいそうだ。
最近都内では、すれ違う何人かに一人が、明らかに国籍が
違う人・・ということが珍しくなくなってきた。
ともかく、多くの海外の富裕層!に来てもらいお金を落としてもらい、
また足りない労働力も海外の方に・・・ということで、
東京周辺から、日本は変わりつつある。
日本はどこへ行く?と不安が募る今日この頃。

一方、世界では難民の受け入れで、ヨーロッパが分裂。
またアメリカ大統領選挙でも、この難民問題はひとつの
重要なテーマとなっている。

難民の人々の状況をニュースで見ると、心が痛む。
戦争、貧困で自国で生活できない人生、何も保障もない
なか、荒波を越えて越境する心境たるや・・。

難民を受け入れている各国は大変だと思う。
そのご苦労を想うと・・その気持ちもわかる。
自分の子を育てるのが精いっぱいなのに、他人の子の
ことまで面倒見切れない・・。
そして、このように受け入れが厳しくなっている昨今を想うと
難民のみなさんのことも気の毒でならない。

日本は島国だから?
あまり危機感がないのだろうか?
アフリカが近くないから、かもしれない・・。

日本とヨーロッパではまったく逆の現象が起きており
それに浮かれている?ような日本の現在が
私には恐ろしく感じる。

もし、観光客を増やすことばかりではなく、
難民をもっと受け入れるような国になったら
いいのにと思うことがある。

同じ、海を渡る人たちでも、
お金のある人、お金を落としてくれる人は
大歓迎。
そうでない人のことは・・・。
もちろん、日本だって難民問題にはお金で
援助しているということであろうが、

地球を俯瞰してみると、どうもアンバランスだ。

自らが難民にならずに、平和に暮らせていることに
まずもって感謝したい。

世の中はいつもアンバランスなのだろうか?
政府が観光大国とか時代遅れ気味な表現をするたびに
もう大国じゃなくて・・・とつい、思ってしまうのは
私だけか?

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神保町と百万遍。

散歩をしながら、久しぶりに神保町の古本屋街に出向く。
探したい本があったから。
ネットで簡単になんでも探せる時代というけれど、
実はそうとばかりともいえない、というのが本探し。
古本屋を地道にまわることで、探し物や思いがけない
潜在的な探し物、お宝に出会うこともあるのだ。
残念ながら、探している遠藤周作の本にはまだ出会っていないが、
代わりに、フランシスコザビエルの渡来450記念誌なるものを
発見。これは古本屋だからこそ、巡り合えるもの。
前回は、織田信長総合辞典なるものを発掘した。
本屋にいると、学生時代のころを思い出す。
お金もないのに、そんなに読まないのに、本を探すこと、古本屋の
何とも言えない知的な空気に触れることが好きで、自転車でよく
百万遍に行った時代。
今はもう手放した漱石の全集から、今ももっている哲学書などなど・・。
神保町の古本屋にいる時間、しばし30年以上昔の自分の知的欲求
がよみがえり、俗世にまみれず、もっと勉強しなければという
気持ちになってくる。
そう、時々は神保町、百万遍へ。
手のひらのなかで、簡単に答えを得るだけでない、奥深い知の探検を
もっと楽しみたい。

さて、そのフランシスコザビエルの記念誌は、ずっしり重い。
背筋を伸ばして読まねばならない。
次のステージでの楽しみが、またひとつ、増えた。

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「心の旅」のツーリスト。スタンバイへ。

毎年恒例になってきた、ふるさとライブが今年も4日後に迫ってきた。
今回のテーマは「秋です。心の旅に出かけませんか?」。
岐阜ライブ限定のワンテーマ。季節性も加味して・・。

おかげさまで、昼の部、夜の部とも、定員を大幅に超えるようで、多くの方が
毎年楽しみに待ってくださることが、うれしい限り。
あの方は、この方はお元気だろうか?と常連さんの顔も浮かぶ。

その一人一人に「秋の心の旅」を楽しんでいただかねばならない。
正直、プログラムはまだ全部固まっていない。
あれこれ、毎日修正を加え、当日直前まで考え続けるのも恒例。

若き日のキュン!となったあの恋を思い出したり、
人との出会いをふりかえったり、
どこかに出かけたことを懐かしんだり、
人生という長い旅そのものを少し休憩してみたり・・

それぞれに楽しんでいただければと思う。
この1週間、都内や出張先でスタジオを借りて練習。
それぞれの空間でのピアノの音も楽しみながら、tensionをあげていく。

私自身が心の旅のツーリストになって、お客様ひとりひとりの
旅を楽しんでいただけるように・・。

秋だからこんな企画もよく似合う気がする。

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一曲にひとつのドラマを

わがラジオ番組のテーマ曲でも毎回使い、またライブでもすっかり定番として
演奏している、エディット・ピアフの名曲「愛の賛歌」。
この訳詞は岩谷時子氏によるもの。
彼女の親友であった越路吹雪が歌うために手がけられた、その二人のおかげで今日も
この名曲は、日本人にとって最も親しみやすいシャンソン・ナンバーだ。

岩谷さんの生前のインタビュー映像を少し見た。
彼女はものがたりが好きで、物語を曲のなかに入れたいと思いながら
歌詞を書かれたとのこと。
なるほど、そうだ、そうだ。
歌曲にも、映像が浮かばない、メロディ先行の作品もあるが、
歌詞はその曲を何倍にも、何十倍も価値あるものに仕上げる。

曲のなかに物語。

私も曲を書くときは、主人公がいて・・・と一応イメージしながら作る。
時には、具体的なモデルがいることも多い。

あるお客様から
「歌詞がいいですね。聴いていると、景色は浮かんでくるようです」
と言っていただいたことがあるが、

そう、音楽には物語を入れることができるのだ。

そのために、いっぱいそのネタを毎日仕込んで、それを膨らませたい。

音楽はもう一人の自分、もうひとつの世界を創ることができるから
人々は歌い、聴くことを求め続けるのだ。

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そして、レガシー。

前の投稿につづき、最近やたら目にするカタカナでもうひとつ。
レガシー。

遺産という意味だそうだ。

遺産といえばいいのに。(前に書いたファーストもそうであるが)

たとえばオリンピックでは、開催時だけでなく、後世にその遺産を
残さねばならないのだそうだ。
だから立派な会場づくり、大がかりな箱ものづくりに余念がない日々も
続いた。
そして、最近は、ハードだけでなく、ソフト面での遺産も残さねばならないのだ。
ということで、さまざまな議論され、文化も含めて、その方向に進められようと
している。

そこで、昨年秋、まさに世界文化遺産として登録しようと
地元の人たちが奮闘されていた長崎のことを思い出す。

たとえば、隠れクリスチャンがまさか、遺産のことを考えて生きていた
わけではない。
時代を経て、結果的にそういった動きになってきただけのこと。
その苦労を、思いを、人類の消えてはならない教訓をきちんと
後世に残そうという試み、姿勢は大切であるが、
「認定されるために」であれば、本末転倒という感じもしなくはない。

いずれにせよ、遺産を残すためのイベントというのは何か違和感がある。
遺産は、いいものであれば、続いていくのである。
そして、それは後になってわかるのだ。

なのに、今日はみんな、営利主義や利権のための大義名分として
使っているような・・。

いいものは、いいことは、自然と受け継がれていくのだ。

と、この言葉を聴くたびに、平戸の静かな村を思い出す。

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住民ファーストでマーケティング視点の行政を

最近、当たり前のように、巷にカタカナが増え続けている。
まだ英字で書いた方が意味がわかるが、カタカナだと何かしら別の意味があるのかもと
思ってしまうものもあるが。

さて、そのなかでもよく聞き、見る、
東京にかかわるマスコミや政治家が使う、今年の言葉のひとつ。

「都民ファースト。」

とてもいいと思う。本当に貫いてほしい。
それを示すためにも、身を削って望んでおられるトップの姿勢に敬意を表したい。
行政の長であれば、公務に携わる人ならば当然、国民、県民、市民、町民ファーストで
なければならないとは思うので、
本来の姿を示すという心意気があるのだと思う。

そして、その成果を期待したいし、国の運営を担う方々にも、国民ファーストを実践してもらいたい。
どんな仕事をするときも、自分ファーストはいけない。
当たり前のことを、いいな~と思わせてくれる、都民ファースト実現の行動に
期待したい。

企業向けの勉強会で、
顧客目線ということをいつも言っているが、同じことだ。
そう、行政も変わらねば、マーケティング発想が必要なのだ。
これも、当たり前のことであるが・・。

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「足る」を知る。改めて。

タイの国王が亡くなった。79年も在位されていたので、ほとんど国民はその代しか知らない。
国民の父として、師として、その生き様、存在そのものが国民の心のよりどころであった
ため、そのかけがえのない存在を失くした今、悲しみは計り知れないようだ。

即位60年のときに発行された特別紙幣。そこには国王が農地を訪問され
農家の人々の話を伺っておられる姿が描かれているとのこと。
いかに国民の目線でモノを見ようとされていたか、人々にとっていかに身近な王様であったか
象徴的な記念紙幣になったようだ。
日ごろより、国民に「足るを知る」ことの大切さを説いておられたとのこと。

背筋がすっと伸びる言葉だ。

成長成長発展・・・これは足るを知らない、南米のかの元大統領も言われたところの
貧困な人の発想なのかもしれない。

足るを知ることが、真の豊かな人生につながる。
私自身、反省すべきところが多い。

そういえば、タイの人たちは本当に心優しく、穏やかだ。
これは国王の存在も大きかったのだと今になって思う。

いい父親に導かれ、生きてこられたのだ。

喪に服す黒い衣服が買えない人たちに、Tシャツを黒色に染めたり、
無料で黒い衣料品を人々に提供する人たちがいるという。

偉大な人の最期から、学べることはたくさんある。
教材、教本は、変化する世界中にある。

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もっと丁寧に、一日を生きる。

勢いで流してきたような、とにかく駆け抜けてきたような
そんな時代を過ぎ、ふと立ち止まる。

先への見えない不安がどんどん増すなかで、
ただひとつ確実なのは今日ここにいるということ。
この現実と向き合い、
元気に仕事をし、ものを食べ、眠ることができる。
そんな これまで、当たり前と思ってきたことに対し
改めて感謝をしながら、
とにかく、丁寧に丁寧に生きなければと思う。

1日をかみしめる。
そんな意識をもつことで、自分の行動も変わってくるはずだ。

毎日毎時、この瞬間を見過ごさないように、
とにかく丁寧に、精一杯生きたい。

もちろん楽しく、明るく、元気にをベースには
変わらない。

という心積もりで一日を始めると、気持ちも穏やかで
パワーも満ちてくる。

今日も丁寧に、心を込めてスタートする。

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ネット時代の世論形成

昔は選挙でも、何でも一方的な発信が基本。
人びとはそれを熱心に受容した。
街頭演説も、ポスターもそれなりの意味があり、新聞記事を読み、
政見放送などを見ながらその人や政策を判断。
組織力がある候補者は、その人脈で票集め。
これが昔からのニッポンの選挙スタイルだったと思う。

それが今や、ネットの時代となり、、、。
いろんな立場の人が、それについての意見を出し合うものだから、
見えないうちに世論が変わっていくということにもなっている。
論点はそこだけじゃないはずなんだけど・・と思っても、ある1点だけが
集中的にチェックされて、その一言で民意が動いてしまうこともあり・・。

広報とは世論形成であるといった人がいるが、まさにネットでは
それが容易にできてしまう、ある種の怖さがある。

またトータルに観るのではなく、部分的に見て全体を判断して
しまう傾向もあるかもしれないのも、個人的には気になるところ。

日本だけでなく、アメリカも同じこと。
ネットというメディアに、翻弄されながら、注意深く発信を
していかねばゴールにはたどり着けない。
何が正しく、何がそうでないのか。
見極めが難しい昨今、見る目だけはきちんと養っておきたい。

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方言に泣く。

今、大ヒット中のアニメ大作「きみの名は。」を劇場で観る。
アニメを映画館で観た記憶はほとんどないが、これは舞台がわがふるさと?らしい。
ということもあり、どんな風に描かれているかの興味も沸いて、劇場に向かう。

最初のセリフから、岐阜弁が流れてくる。
そして、岐阜の片田舎に住んでいた少女が、東京に行く夢を見る・・・
そこで映る、東京の風景・・。
方言は、昔の私自身。親元を去ったときの自分の状態。
そして、東京は20年以上住んできた自分のホームグラウンド・・。
この両者が自分の中にぐいぐいっと入ってきて、私は映画の最初から
泣きっぱなし状態になってしまった。

この映画は様々なメッセージが込められた、そしてとくに、
レクイエム的な要素を含んだ、今だからこその作品だ。

世の中にとってもそうであり、私自身にとっても、今だからこその作品
として楽しませてもらった。

方言に泣ける。思い出しても・・また・・。

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