観光地と天災

観光地とは、風光明媚である。
自然豊かである。

日常の喧騒を離れて、ゆっくり非日常を楽しみたい・・・
その要望に応えるために、観光地はある。

そして、この7月、夏休みもはじまり、夏祭りもあり、
どこもここも賑わう。
観光地のハイシーズンのはじまり・・。
そんな七夕に向かう日に、観測史上まれに見るほどの
長い大雨が西日本一帯を襲った。
住宅が流されたり、人が行方不明になったり、
そして、これから!という観光地がこの雨で甚大な
被害を被ることになる。

わがふるさとの岐阜の鵜飼でにぎわうはずの旅館街も
冠水した。
鵜飼の船も流されかけた。(全部助かっただろうか?)
盆踊りでこれから、全国からのファンを迎えるはずの郡上も
大変な大雨で濁流にのまれている。

観光で生きる街にとって、天災は惨い。
人が来なくなるのだ。

一方、観光地になりそうもないわが実家。
景色もそれなり、川も山も近くにない。
しかし、難を逃れている。

なんとも皮肉なこと。

とにかく、1日も早く広島も岡山も、京都も岐阜も・・。
それぞれの観光地がなんとか夏のシーズンに
間に合うようにと祈っている。

一言で異常気象と言い切れないほどに、おかしな
ことが続きまくっている。

雨も地震も・・・。
その前に、人間は無力だ。

雨が上がった日曜。青空がうらめしい。
そして、夜明けになると、また新たな被害が広がることだろう。

被災された皆様に心から、お見舞いを申し上げます。

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閉店とは、未来を拓くためのものである。

この1週間以内に、間もなく閉店を迎えるという 何件かのお店に
足を運んだ。
ひとつは先日書いた、名古屋で75年続いた百貨店。
閉店後も、その店の前を通ったが、
昨日まであったものが、今はない。建物自体は存在するが
今日も明日も定休日のような、人の出入りがまったくない
状態。この寂しい空気はなんともいえず・・。
でも、そのうち、この感覚も時間とともに変化し、
人々にとって、お店の存在は過去の存在になっていくのだ
ろう。そのうち、思い出に、伝説のようになっていくのだろう。
「昔、ここにこういう店があったんだよ」と。

続いて、今月に閉店するという連絡をもらった服飾関係の
売り場と、そばやさんを訪ねる。
いずれも、ご無沙汰だ。いずれも「いつでも行ける」という。
それらが、まもなく幕を閉じる。
だから、もう一度行かなければ・・と思った。

前者のお店では、久しぶりに会うスタッフたちに歓迎され
そして、お店がなくなることについてのそれぞれの
思いを語る。
店のスタッフとお客という関係は、閉店とともになくなる。
もう10年以上お世話になってきたこのお店の思い出とともに
自分の新潟でのこの10年をも振り返る。

そして、そばやさん。
ここの社長と出会ったのは、7~8年前のことだろうか。
会社全体としては、順調で新しい挑戦を続けているが
会社が新たなステップに向かうための、その1店舗の閉店という決断である
との便りもいただいており、そのことを思うと、寂しい
閉店ではない。

が、地元のお客さんに愛されてきたこのお店が、
もうすぐなくなる。というのはやはり心が揺れる。
ここで働く人たちは・・・と余計な心配をしたりも
するが、笑顔をキープしつつ、がんばって接客を
されているのを見て安心もする。

世の中にはいろんな開店があり、閉店がある。
どれもこれも、開店するときは華々しく、
そして閉店するときはそれぞれだ。

蕎麦屋さんの店頭を飾る閉店告知の挨拶ポスターは
お店の未来を感じるメッセージであった。

会社が次代に向かうために、ひとつの店が開かれ、
そして閉じられる。
応援する会社の明日への一歩のための英断に
心からエールを送りたい。

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そこをゴールではなく、スタートとする。

今、2020年を目標にしている人も多い。
もちろんスポーツ選手たちはそれがゴール。それが本番。
インバウンドもそれを目指して、ひたすら観光客数の増加を目指している
向きもある。
経済も、この年に向けて、都市整備も・・・。
もちろん会場となる器づくりも・・・。

では、2020年を過ぎたら???の不安の声も一方では聞かれる。

ブエノスアイレスのプレゼンテーションで
「Under Control」
と福島は安全だと言い放ったプレゼンターの言葉を疑い、
この年までに、その前に、東京を出た方が良い。と思っていた
数年前からの決断・・・。

もうその2020年は再来年に迫っている。
今、そのことを本番に、目標にするだけでなく、
その先を考えていかねばならない時期にきていると
感じる。
そして、どうせやるなら、開催されるなら、
そのときをスタートに、きっかけに世の中がお祭り気分ではなく
日常のなかでよくなることをはじめたい。
そのときがスタートで、何かを・・。
その考えが最近、自分のなかで芽生え始めている。

大切なのは、祭りのあとだ。
そのことを今から考え、準備をする。
それは継続可能な取り組み、
継続可能な地道な取り組みだ。

そう思ったら、2020年後も生きて行けそうに
思えてくる。

保身ではなく、自分の手柄ではなく 世の中を本当に
よくしたいと思っている、まっとうな人たちとの
協力関係のもと、
世の中が元気になればと切に思う。

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さくさく・・・いかない人生は。

最近の若い人との会話のなかで、テレビでもネットでも
「さくさく」という言葉が時々聞こえてくる。
スムーズに、順調にことが進むというような意味だと
理解しているが、合っているだろうか。
簡単に情報が得られたり、面倒なことがないときに
この「さくさく」を使うのだろう。
「さくさく、いけてます。」
などというセリフは、いかにも現代的だ。

そして、SNSやネット検索や・・・といった個人的な
世界であれば、「さくさく」もいいが、
実際生きていくという場面では、さくさく・・では
いけないはずだ。

壁にぶつかり、ときには迷いながら、ときには喜怒哀楽もあり、
・・・であるから、
さくさく生きていける。
ということはまずないと思っている。

若い人にはぜひ知っておいてもらいたい。
人間関係も仕事も、さくさく・・とはいかない。
でも、「さくさく」いかないところ、そこが面白い。
それが生きるということだ
ということを・・。

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スマホと活字の違い?

ある方から、日々更新しているこのブログエッセイを人に紹介したい
が、ネット環境がない方もおられるので・・とのことであったので、
では該当ページをプリント、10枚ほどコピーして、そこにマイ
ハンコを押して、郵送させていただいた。

「今日、届きました。
活字になると、価値観が増しますね。」
と、ご連絡が入った。

確かにそうだ。
スマホで見るテキストと、活字で見る文字は見え方が違う。
前者の利便性はもちろん感じている。
いつでもどこでも、流れるような、あふれんばかりの情報、情報、情報。
手軽さは天下一。
でも、読んでいても流れていく感は否めない。

一方、活字になるということは、その紙をしっかりもったり、おいたりして
しっかり読むのだ。だから吸収しやすく、感動もひとしお。

かつて、グーテンベルクの印刷技術により、聖書が印刷され、キリスト教は
教会から外に向かって広がっていった。
これは、活字があったから。
印刷物でなく、スマホだけしかなかったら、キリスト教は
今のように、なっていないだろう。
瞬間広がっても、拡散されても、こんなに長い間維持・継続されるか
どうかはわからない。
いえることは、活字がコミュニケーションを創り、つないできたのだ。

今改めて、
活字の良さを認め合える仲間がいることがうれしい。

紙にふれ、文字を追い、ページをめくり、考えを深める。
このステップを忘れないようにしたい。

そして、何気なく毎日やっているSNSなども、時々プリントすると
その内容の価値も客観的にみることができ、良いかもしれない。

活字で読む、確認するという行為は、頭に心にしっかり刻むことと
同義。
だから、今一度、大切にしたい。

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ふたたび、ザビエルにスポット。


これらはいずれもフランシスコザビエルの記念像である。
長崎と山口で出会ったものだ。
天に向かい、神に祈りをささげる姿だけでなく、
人々と交流する姿というのも、興味深い。
人間ザビエルを感じることができる。

ザビエルは16世紀半ば、日本で初めてキリスト教を布教した。その後日本中に、アジアに、キリスト世界に
大きな影響をもたらした。
ザビエルの死後、政教分離がなされず、17世紀はまさに禁教、暗黒の時代。
抑圧されながらも、隠れて逃れて、踏み絵を踏まずに、信仰を守った人たちの
子孫が今もいる。
世界から見れば、その独特な信仰の歴史が、このたび念願の世界遺産登録を
果たした。

一方、今年明治維新から150年。
維新はじまりの地として、山口市はその背景にザビエルの存在を挙げている。

今、長崎で。山口でザビエルの存在が注目されそうだ。

世界遺産登録のタイミングとあまりにぴったりなのが不思議であるが、
今再び、ザビエルの曲を演奏したいと思い始めている。

いつもの妄想かもしれないが、私の中で
ザビエルの風が吹き始めているのだ。

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そこは、あの方の指定席。

隔月ごとに実施している、岐阜新聞本社ロビーでのコンサート。
昨日もおかげさまで、多くのお客様においでいただいた。

が、前方にいつも座っておられるおばあさまとそのお仲間の姿が見えない。
きくところによると、そのお婆さんは、この週末に突然亡くなったのだそうだ。
だから、そのご近所のご一行様は今回、皆さんおいでにならなかった。
決まった席がいくつか空いた。
もちろん新しいお客さまも毎回おいでになるから、コンサートとしては
問題ないのであるが、
いつもあそこに座っていたお婆さん・・・がいないことが
そしてもう二度と来られることがない・・・ことが
信じられず、そして寂しすぎる。
歌を歌いながら、前回までのおばあさんの熱心な聞きぶりを思い起こる。
ああ、本当になくなってしまったのか・・・こみあげてくるものがある。

コンサートの後には全員と握手するようにしているから・・
前回、そのお婆さんにも声をかけていたはずだ。

いつだれがどこで帰らぬ人になるかわからない。
だから、こんなことは、驚くことでないかもしれないが、
でも、やっぱり寂しい。

レクイエムとして、オリジナル曲「紅い灯ゆらり」をうたった。

次回はお願いだから、誰も欠けないでほしい。
そういう気持ちで、今回もお客様ひとりひとりと固い握手をする。

いつもおいでいただいた、おばあちゃん。
ご冥福をお祈りします。
応援いただき、本当にありがとうございました。
笑ったかわいらしい顔が頭から離れない・・・。

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フレームに収まるだけでなく、時には創る。

決まった仕事を続けることはもちろん素晴らしい。大変だ。
決まった形におさまっていくことも大切だ。。
そうあり続けることでの苦労や忍耐もあり、また一方では安心感があるかも
しれない。
フレーム、枠組みがあることで、
いろんなことの境界線も見え、ここまでやればいい、これでいいという
判断もつきやすいのかもしれない。

ただ、同じフレームの中に納まることだけで、人生は満足だろうか?
ときには見慣れたフレームを一度解体して、新しい枠組みを作るという
ことも面白いのではないか。
決まったことを、決められた範囲でやること、
一方、それをはみ出して新たな価値を創っていこうとすること。
とくにコミュニケーションの世界では、それが必要であると感じる。

最近、私は新たなフレームを作りたいという思いに駆られることがある。
自分の中、周囲には大きな、小さな、いろんなフレームがある。

一方、世の中のアートに目を向けると
フレームが変わることで、違った魅力を醸し出す作品もある。
中身を生かすフレームづくり、これも大切な見方。

何から作り始めるか。壊し方も建設的に芸術的にいこう。

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恐るべき「をんなごころ」

ある説によると、女性のストレス解消はおしゃべりや、買い物、グルメ・・だそうだ。
自分にご褒美などと言っているのも、結局は言い方はよろしくないが、ストレスのはけ口だと思う。
男性は、ストレスがたまるとおしゃべりではなく、黙るそうだ。そしてお酒に走るのか・・。
買い物をして、ストレス発散というのは男性には当てはまらないようだ。

とすれば、世の流通業の味方は、キーマンは基本的には女性。
そして、はじまった夏のセールのターゲットも、貯金のように
ストレスをためた女性たちか。
名古屋の駅前のデパートではじまったセール。平日でも開店前から長蛇の列。しかし
新宿のお店に比べればかわいいものだろう。
とにかく、昔も今も、女性はバーゲンが好きだ。

デパートに並ぶ女性客。(ほんとうに男性が並んでいないから不思議だ)
一方は賑わい続けている駅前のデパート。
そして、もう一方はこの日で閉店をする町中のデパート。
どっちも主役は女性たち。

その昔は、町中のそのデパートを利用していたお客さんも、いつの間にか
駅前のデパートへと移っていったのかもしれない。
とにかく客足はそちらに向かって動いたのだ。

女ごころは、情報とともに、世のトレンドとともに動く。
とても動物的だ。
それは。あるときはビジネスチャンスにもなるが、
そっぽを向かれると、業績は低迷、閉店に追い込まれることもある。

今回、セールに賑わうお店の行列と、
閉店でにぎわうお店の行列を見ながら
いろんなことを考えた。
後者に並ぶお客さんにとっては、閉店ももしかしたら
ひとつのプロモーション、催事のような感覚なのかも
しれない。

女心は移りやすい。
いいときはいいが、怖い。

先日参加した株主総会でもそう思った。
女性の感性、感覚は、大変主観的であるが、
拡散しやすい世の中においては、
なかなか取り扱いづらい、モンスター的な
部分もあり・・・。

女心をうまくとらえ、うまくかかわっていくことが
これからのビジネスには不可欠だ。

なんだか、男の方が楽だという気持ちにもなって
しまうのは、なんだろうか・・。

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愛の元気人6月分 本日オンエアです

本日99回目の放送となります。
今回の新潟元気人のゲストは、新潟を食で元気にしよう!とにいがた食文化の普及啓蒙に取り組むピースキッチンの久保田健司さん、
空気が美味しい美容室を地元の建築会社と作り上げた、ヘアサロン&リラクゼーション結の諸橋孝明さんです。
18時~19時まで。FM KENTOでお楽しみください。(WEBからもお聴きいただけます)FM KENTO 愛の元気人

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