思い出のお宝を大切に。

フリーマーケットは面白い。いろんな時代の世界の、日本の珍品が
手に入ったりする。
このモノたちは、どのような歴史を生きてきたのかなと思い、
それがそんな人たちのもとに移っていくのかな・・・といろんなことを
想像する。
大切なものも、持ち主がいなくなったり、いろんな事情でマーケットに
出品されていくのかもしれない。

一方、大切なものについて。
このたび、何年も付けていなかったブローチがみつかって、うれしくてコートに付けて、外出した。
「落としたらいかんな。気をつけなくちゃ」
と思い、時々確認しながら、街歩きをしていた。
雨が降ってきて、途中で荷物を肩にかけたり、信号の変わりそうな
横断歩道を走ったり、激しく動いて、なんとか雨にあまりぬれずに
かえってきた・・・が、ブローチをどこかに落とした模様、、。
このショックはとても大きく、すぐに寄った先々に連絡をして
落ちていないか確認し、それだけで足りず、翌朝1時間以上を
引き返すことに。でも見つからなかった。

落としてはじめてその大切さに気づく。
10年以上昔、たぶんNYのデパートで買った・・・
クリスマスの時期にうれしい雪の結晶のブローチ。
本当の雪のように、どこかに舞い降りてしまった。

モノには、思い出が詰まっている。
そういうものたちを大切にしていきたい。
思い出のないモノを増やしても意味がない。
そう、モノをもっと大切にせねば・・。
なくしてみての教訓。

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歴史愛好家の方に向けて・・・の小さな提案が実現。

ザビエルの訪ねた町というご縁で、交流がはじまった、長崎県の平戸市。
ザビエルが訪ねていなかったら、もしかしたら私も訪ねていなかったかもしれない。
さまざまなご苦労と準備の末、今年、ついに世界遺産に登録された。
町を挙げての喜びである。そしてこの機会を逃してはならない。しっかりこの土地の歴史の
価値を多くの方に知っていただかなくては、そして先人から続く聖なる祈りを、受け継がねば、、。

私事としては、平戸の生月島でザビエルに捧げる曲を演奏する機会をいただき、もう3年が経った。
その後も時々、この島に通い、小さな交流を続けてきた。
そして、この世界遺産登録を祝して、何かできないか・・と浮かんだアイデア。
もっと平戸のことをいろんな人に知ってほしい・・。
そんな思いから、隠れキリシタンに関する特集企画の必要性を、PHP研究所に
提案をし、平戸市に押し掛け提案、その結果、歴史月刊誌「歴史街道1月号」紙面にて、
8ページの特集掲載が実現。
歴史愛好家の方たちに、平戸をまだよく知らない人たちに、ぜひこの美しい島
平戸を知っていただき、興味をもっていただく機会になればと思う。
私の妄想につきあってくださったPHP研究所のNさんや、押しかけ提案に
対応いただいた平戸市のみなさんに感謝だ。
ただいま、全国主要書店やAmazonなどで入手可能。歴史ファンには人気のある雑誌のため
売り切れになる可能性もあるようだ。もちろん版元PHP研究所でも購入可能。
PHP研究所 歴史街道
これからも、思ったこと、浮かんだことは臆せず、どんどん提案していこう。
ザビエルへの道は、こんな形でも切り開かれていくのだと信じている。
ところで、この歴史街道という雑誌、なかなか読み応えのある読み捨てしたくない、よくできた
雑誌だ。読者の手元に保存されることを願っている。
そして、ひとりでも多くの方にこの紙面をお読みいただき、平戸の重く、深い歴史を知り、
そして訪問していただければ・・。
一度訪ねれば、必ず大好きになる、素敵な楽園、そしてありがたき学びの聖地。
少なくとも、平戸は私にとって、そういった存在になっている。

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ここは、いったいどこの国?

コンビニで「いらっしゃいませ」とレジ打ちをするのは、バングラデュかインド系の方たち。
デパ地下のお好み焼き屋さんで「お好み焼き、安いよ!」と呼び込みをするのも、
「マヨネーズかけますか?」ときいてくれるのも、インド系のお顔の若者たち。
道を歩いていると、どの町にいっても、観光客ではない外国人に会うのも、今や日常茶飯事。
これは東京、京都、名古屋の話ではなく、地方の小さな町で、あたりまえの風景になりつつある。
普段着で歩いていたり、自転車になれた風に乗っている外国人たちをよく見かける。
電車の中で、タイ語らしき言葉で電話をし続ける若者をみつける。
人目も意識せず、大きな声でずっと楽しそうに話し続けているフィリピーナたち・・・。
「おーい、ここは日本なんだよ。」と思わず言いたくなる。

長崎の大好きな港には、毎日海外からの旅客船がやってくる。
とくに多いのは中国人観光客。みんな番号札を首からつるして、
乗船時間まで大浦天主堂に行くのか、
買い物するのかわからないが、とにかく束になった中国人をみかけ、
銀座とはまた一味違う光景に何度も出会う。
そして、最近のニュースによると、この観光客のなかから、逃亡者もいるそうで、
年間に何十名かの中国人が、不法入国し、国内のどこかで働き始めているのだ・・・そうだ・・。

日本はすっかり変わってしまった。
移民についての考え方は、決して否定的ではない。
それは良いが、いろんなことが十分に準備されずに、気が付けば
日本が日本らしくなくなってくことに、不安と恐怖を感じる。
日本を好きで、日本にいたくて、日本でがんばりたい人・・・もちろん歓迎すべきだ。
観光であれ、労働であれ、歓迎すべきだと思う。
が、インバウンドにせよ、何にせよ、目先の数字を追い求め、多くの外国人が来ることに
お金を使ってくれることに、一方、安く働いてくれることに価値をおくために、
何か本質的なことが失われているような気がしてならない。

そして、一番大切なのは、住んでいる人の幸せだ。

最近、国ってなんだろう?とつくづく思う。
そして、
静かな国にいきたいと思う。

維新150年という。
この時期に、改めて、国とは何かを考えたい。考えるとちょっと苦しいが。

ブータンって、どんなんだろう?
国民の笑顔が絶えない国・・・の方向に、日本は進んでいるだろうか?
果たして・・・。

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経験はヒトを育てる!

振り返れば、あの経験はすごいものだった。
聖なる山口の大聖堂のなか・・。
600人以上の人が堂内に入場、そこに入りきれない何百人の人が敷地内で耳を澄ませた。
1000人以上が注目した、クリスマスセレモニー。
屋外のいる人にも聴こえるようにと配置されたマイクのみ、あとは聖堂の建物自体の残響が
スピーカー替わり。
とにかく、今から思えば、あの大勢の観客の前で、よく歌ったな~。
なんともいえない、天にも昇るような、とにかくわが人生でもこれから、そんなにないであろう
貴重すぎる経験。

さて、この経験をしたかしなかったか・・では私の人生は大きく変わる。
アカペラで声だけで、自分の歌だけで、拍手をいただける演奏ができたのは
本当に良かった。
もちろん共演したほかのアーチスト、平原綾香さんはじめ、どの方も堂々と素晴らしかったが、
自分もその一員になりきっていた。
今から思うと、この世の経験と思えないような出来事だった・・。

「ここから奥は祈りの場なので、足を踏み入れないでください」
厳重に注意され、決まった立ち位置で、天を仰いで歌った。

こんな珍しい経験ができ、またひとつ成長できた気がする。
何千人でも、何万人でも同じこと。自分がちゃんと演奏すればよいだけのこと。
アカペラという演奏、静寂のなかに広がる自分の声。
思い出すだけで、もう別世界の、お話しのようで・・。

なんでも経験してみることだ。
経験はヒトを育てる。
これは絶対にそうだ。
経験すると、それ以上のことができるようになる。

あんなに集中したひとときは、子供の頃経験したあの感じに近い。
これからも、こんな緊張感をぜひ味わいにいこう。

経験を積むと人は大きくなる。強くなる。間違いがない。

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華の色で、気持ちを新しく。

自分では買わないかわいらしいお花のアレンジが届いた。
普段は赤、紫、オレンジといったわりと濃いめの色合いを選ぶことが多いが、
このお花はたぶん、送り主のスタッフか秘書の方がかわいらしいイメージで
選んでくださったのだと思う。
この色なら、サンタクロースともよく似合いそうだと、こんな感じで
季節感を出してみると、自分のテンションも自然と高まる。
ご馳走もいいけれど、豪華なプレゼントも良いけれど、最近は気持ちや
気分などを大切にしたい。
昨日の誕生日では、いろんなお言葉をいただいた。
母親からは、いい子でよかったとか、女の子でよかったとか、おいおいこちらは55歳なんですけど~と
言いたくなるような、母の若いコメントも・・。
これからも、人類愛を大切にメッセージを発信してほしいとの勇気づけられるお言葉もあり・・。
心から応援してくださる方を信じ、大切にし、
自分の力をもっと高めていきたいのと、心はこのお花たちのように、きれいに純粋で・・・を
モットーにいきたい。

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次なる挑戦に向かうGOGOイヤーのはじまり。

おかげさまで12月3日。55回目の誕生日を迎えることができた。
自分を生み、育ててくれた親たちも無事元気であり、
自分を長きにわたり、守り、応援、協力してくださった方の
おかげで、こうして元気に55歳の出発ができることは何よりだ。

人生はいつ果てるかわからないけれど、まず今日は無事に生きている。

54歳のラストステージでは、「きずな」という言葉、歌に触れる機会を得て
人とは、まさに人と人の関係、愛があって生きられるということを改めて
学ばせてもらった。
そして、自分の来た道は、間違っていないという確認もできた。

その上で、何をするか・・。
少しカラダと心の空気を入れなおして、
ワクワク新たに生き始めるとしよう。

皆さまのおかげの誕生日。心より感謝を込めて。

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ザビエルさん、聴こえますか?

ついに、山口のザビエル記念聖堂て、ザビエルの歌を歌うことができた。
(山口さは、ザビエルではなく、「サビエル」と呼ぶそうである)

クリスチャンでもない私が。山口市民でない、出身者ではない私が・・。
平戸につづく、ザビエル滞在の地での演奏第二弾が・・ついに実現した。

ザビエルはこの地でわずか2週間の滞在ではあったが、500人もの人に
辻説法をして、布教活動をしたのだそうだ。もしザビエルが京都で
天皇と会えていたら、山口での活動は、実現しなかったのかもしれない。

1年前、この地を訪問した際に、
心に決めた、この素晴らしい教会での献歌の実現。
またもや妄想からうまれた行動。
そして1年後の昨日、
1000人以上の参加者の前で、厳かに そして心を込めて
歌った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ああ、光る海は希望の証しだと
私は立っている、君が歩き来た町へ
そう君は誰のために強く生きたの
私は感じてる 君が活きたときを越えて・・・♪

              (フランチェスコの夢より の歌詞抜粋より) 
・・・・・・・・・・・・・・・・

この歌どおり、平戸をたずね、山口をたずね・・
周囲のみなさんの応援のおかげで、
実現したこの夢。

ザビエルさん、聴こえましたか?・・・
「まさこさーん、きいてますよ」
天で、ザビエルが笑っている顔が浮かぶ。

まもなく、12月3日。

ありがたい、54歳までの仕上げがひとつ終わった。

写真は、当日の朝会場入りする前と、特別に演奏させていただいた
大聖堂内。

私の夢をかなえてくださった、山口のみなさん、本当に本当に
ありがとうございました!

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ザビエルに捧げる歌を、山口で・・・

いよいよ、山口に入った。そして、いよいよ12月1日だ。
昨日、キリシタン殉教の地、津和野にも足を運び、その悲しい歴史にも
触れ、そしてザビエル大聖堂へ・・。

キリスト教の伝来は、多くの歴史を、影響を日本にもたらした。
460年の歴史を経て、今、私たちの周りには、クリスマスという
もっとも親しみある国民的行事が定着したが、これはもともと
ザビエルが山口市で行ったミサから。

その山口市。本日から1か月、クリスマス市という名前でもって
連日クリスマスに関するイベントを行う。
そのキックオフである初日イベント。
念願であった、ザビエル大聖堂にて、「フランチェスコの夢」を
アカペラで奉納し、そのあとは、市内の湯田温泉での祝賀会で
演奏。リハーサルも無事終えることができた。

54歳最後の大仕事は、新たな挑戦。
ザビエルが、はじめて日本に来たとき、山口に来たとき
どんな気持ちであっただろう。
そんなことを想いながら、私なりの表現に挑戦したい。

「ああ、光る海は 希望の証だと・・」
リスボンでザビエルがそう思って船出したのだと
想像を膨らませながら・・。
今日は、ザビエルに語り掛けるように 歌いたい。
まさに、フランチェスコの夢は、私の夢。

紅葉美しきこの教会のセレモニーに1000名が集うのだという。
うまくいきますように!

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なぜ、ここに来たのか。に意味がある。

いよいよ、山口のフランシスコザビエル聖堂での本番が迫ってきた。
今さらながら、練習も準備も追いついていない、毎度のことではあるが
緊張が徐々に高まっている。

とにかく、純粋な気持ちで、純粋な声で、ことばで・・
450年以上前に、ザビエルがその町をたずね、滞在し、人々と対話し、彼の
使命を果たそうと努力をした、その町で、
その当時の様子を思い浮かべながら、心を込め、丁寧に歌いたい。

念願のザビエル滞在地での演奏 第二弾!
ほんとうに、ほんとうにありがたく・・
ここまで、導いてくださった神田のザビエルさんに感謝しても
しきれない。

これで、私の54歳の旅が一区切り。
純粋に、とにかく気持ちを込めて・・

なぜ、ザビエルが山口に行ったのか、
そして、今なぜ、私が山口に行くのか・・。

そこにこだわり、ザビエルを想い、歌いたい、

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次は、方言コミュニケーションに注目!

よく、新潟で「関西の人ですか?」と聞かれることは
すでに書いた。
方言は、印象付けには有効なようだ。いいか悪いかは別としても。
最近、岐阜の人と話していて、ああ、昔こういう言葉をよく聞いたな
とか、懐かしいと思うことが多くなってきた。
とくに方言を話すのは、ご年配の方・・かと思いきや
よく聞いているとそうでもない、若い人も使っている。
言葉とは面白い。ところ変われば、言葉も変わる。

そんななか、岐阜弁のかるたを発見。なぜか、その企画意図に
いたく共感をし、何かできないか!?と思いたち、その監修者である地元の
大学教授の先生にコンタクト、そして新年に地域の子供たちの
イベントに・・という企画を実施する運びとなった。

最近、言葉が乱れている・・・と思っていたが、その先生いわく
「言葉が乱れたのが方言ですよ」とひとこと。なるほど。
では、乱れること自体は悪いことではないということだ。
とにかく、方言を大切に、方言でのコミュニケーションを残したい
いろんな思いのこもった方言コミュニケーションツールを通じ、
今の時代ならではの、心温まる試みができればと思った次第。

コミュニケーションクリエイターの活動範囲は、まだまだ
開拓の余地がある。

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