ときには感情をスィッチオフ。

アンガーマネジメントという学習法があるようであるが、
人間は感情の生き物でもあるから、湧いてくる感情をそのまま
むき出しにすると、人間関係がうまくいかないため、
ときにその学習法は有効であると思う。
医療や福祉、教育関係の仕事をしている方にはとくに効果的かも
しれない。
いちいち怒っていたら、やってられない仕事には有効だ。

仕事だけでなく、介護の場面でも同じことがあるかもしれない。
仕事だと思えば、まだ割り切れるが、これが仕事でなく、
たとえば自分の家族など近しい人との関係となれば、
冷静でいられないこともある。
そんなときに、いちいち年寄り相手に怒ってみても、弱い者いじめみたい
で後味も悪い。

最近は、ときに感情をスィッチオフすることの必要性を感じる。
そうすると、いろんなことがなんでもなく思えてくる。
許すという寛容の気持ちになれない場合は、その手前の処方として
感情のスィッチをOFFにする。
それがうまくできるのも、もしかしたらコミュニケーションクリエイター的には
必要かもしれない。

面白くないことがあっても笑う。そんなことも必要。
もちろんOFFにしすぎることで、ストレスがたまらないように、
思いっきり感情を放出、開放するときも必要だ。

生きることはセルフマネジメントが不可欠。
人に迷惑をかけないために、自分も傷つかないように。

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コミュニケーションは万能薬

いろんな状況下で研修をご依頼いただく。

企業の業績が好調で、今さらに力を付けようという場合。
これからさらに変化に対応するために必要なので‥という場合。
ちょっと厳しいことが続いてしまい、なんとか打開せねばならない場合。

どんな場合でも、コミュニケーションを活かすこと、コミュニケーションを
見直すこと、そう、コミュニケーションは万能薬だ。

ピンチをチャンスにすることも、チャンスをさらに増やすことも
コミュニケーションのチカラによって可能となる。
もちろん気を抜くと、その逆もあるため、気を付けなければならないが。

コミュニケーションは自分次第。

辛い人を笑顔にする。元気がない人を勇気づけることもできる。

そんなことができる。

そんな気持ちで、職場に花が咲くように。と研修を行う。

コミュニケーションで会社は良くなる。

ひとりひとりがこのことに気づけば、必ず行動も変わる。と信じている。

一生懸命学んでくださる方の様子から、こちらも学びをいただく。

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深刻な人不足に直面

超高齢化社会の恐怖を最近、実感し続けている。
前の原稿にDecadeのことを書いたが、10年はまあともかくとしても自分は高齢まで生きたくない。と真剣に思っている。
バランスのとれた社会保障がない限り、高齢化社会は不幸だ。
そうでなくても、温暖化で地球が破壊に向かっているのに、若い人にこれ以上
どんな負担を負荷をかけようとしているのか・・。
先に生きる人の責任について、つくづく考えさせられる。

飲食業も小売業も、深刻な人手不足。営業時間の見直しは当然だ。
介護施設も然り。せっかく親が入所できると思っていた施設が急に対応不可能となった。人手が急に足りなくなった。退職者が多い業界とは聞いていたが・・・。
しかし、その施設に入りたい高齢者と、入れたい家族の数は膨れ上がっている。
待機児童だけでなく、待機老人・・・。
他人事ではなく、自分事として見に起きてはじめて、これからの社会の大変さを痛感する。

発展とは何か?成長とは何か?

もう今の日本にはそういうものは不要だ。
経済のお祭りは不要だ。
長く生きてしまう年寄りたちは、幸せなのだろうか?
身体の自由がままならなくなった親を見ていて、なんともいえない気持ちになることが多い。
今できることは、家族が共倒れにならない前提で、出来る限り父に
寄り添うことだ。
それがなかなか思うどおりにいかない。
が、こんな問題を抱えている人が、今、日本中にいっぱいいる。

人手不足は、深刻だ。安易に外国人に頼るのも・・・ありがたいけれど、
根本的な解決になっているか・・・。

日々、勉強。

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Decade感覚をもって。

今ごろになって、NYのスタジオから新年のグリーティングメールが届く。
日本ではもう新年のあいさつは賞味期限切れという感じであるのに・・・。
と思いつつ、こういった海外からのメルマガは、英語の勉強にも良いので、削除せず、来るままに受信し、興味ある部分だけチェックする。
ブロードウェイを目指すアーチストが通うスタジオであるため、夢があふれる。

それだけでも元気が湧く。
さて、そのニュースレターの最初に出てきた言葉に目が留まる。

2020年新年おめでとう。だけではなく、新しいdecadeのスタート
だからもっとお祝いしよう。という意味の書き出しだ。


このdecadeという言葉、つい最近、まさに新年に久しぶりにあった仕事仲間と話していたときに出たワードで、その偶然に驚いた。
10年という意味で、10年の始まりということだ。
2020年代の始まりということだ。
であるから、何か大きな流れも含め、しっかり時代の変化を見極めていこうじゃないか、その流れをしっかり見て、ちゃんと生きていこうじゃないか。
とそんなことになる。
確かに先日話していた仲間も、この10年間、世の中がどんな風になるか、しっかり見届けたいと言っていた・・。


私は、10年という月日を思い浮かべ、ちょっと寒気がした。
まず、自分が60代半ばになっているということを想像。うーん、全力で走れる最後の10年になる?と思いたくないな~。それよりも、果たして10年後、自分は生きているのだろうか?
などなど、10年後のことを想像したら、なんだか落ち着かなくなってきた。
ということで、2020年はNew decadeのはじまりだ。一日一日大切にしないとあっという間に・・・。

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ふるさと新春ライブのレポート公開しました!

さる1月16日に開催されました、新春ララライブ♪のレポートをアップしました。以下からごらんください。

http://www.mahsa.jp/mclubf20_46.html

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仕事は自分を育てるもの。

何のために働くのか・・・と問いには、お金のため、生活のためという答えが一番現実的である。とくに組織で働く人や、時間で働く人にとっては、仕事=収入ということになることが多い。
もちろん生きていく上で、仕事の経済面は大切であるが、それ以上に、仕事は自分を成長させてくれるものであると、最近、改めて思う。

経営者や起業される人には、仕事に対する熱い思い、理念を持っている人がほとんどだ。
毎日、いろんな仕事に出会う。35年ほど仕事してきても、飽きることがないほどに毎回違う課題に巡り合う。
そのたびに考える、悩む。
その経験が次に活かされる。
ときには寝ても覚めても考える。それが仕事。
喜ばれるその瞬間のために、悶々とする。
その繰り返しから、自分に力がついていくように感じる。
仕事は自分を社会の中での居場所を与え、成長させてくれるものだ。
そのことを忘れずに、挑戦を恐れずに続けたい。

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「運命」を大切に。

先日のふるさとライブでも公表したが、私にとって今年はベートーベン生誕250周年の特別な年だ。ことあるごとに、ベートーベンの偉業や生きざまを自分なりに受けとめ、伝えていきたいと思っている。

そのライブでベートーベンのメドレーを即興で演奏した。まずは、お馴染みの・・となるとやはり、「ジャジャジャジャーン」の主題があまりに有名な交響曲第五番「運命」。全曲は知らなくても、曲の出だしはほとんどの人が知っている。
この「運命」。ベートーベンはどんな思いでつくったのだろう。
自身の聴覚への苦痛、苦悩。これを自らに課せられた運命と感じながら創ったのではと想像する。

知人のマジシャン(正確にはマジック・アーチスト)が以前、運命と宿命は違うと話してくれたことも、今になって改めて思い出す。
命を運ぶのが運命。すでに自らにやどっている変えられない宿命・・。

運命とは、命に運ばれてくる縁のようなものだ。

いいことも、時にはそうでないこともあるが、
これを、活かして、より強く生きることもできる。
運命は、ときとして、自分の生きるバネになるのでは。
そう、自分自身で運命は変えられる・・と思うのが良い。

最近、そんなことをよく考える。
運命を受け留め、運命を越えて、人生をまっとうする。
運命に負けるな。運命を活かす。
と、前向きである方がいい。
ベートーベンのこの曲も、私には悲壮感だけでなく、底知れない力を
感じる。

自らに与えられた運命を活かし、さらに道を切り開こう。

今日もジャジャジャジャーンの朝が始まる。

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想定を超える日々の連続に備え

地球が壊れてきている。このたびのオーストラリアの火災もその一例である。
あると思っていた自分たちの生活の場が、さまざまな自然との不調和により、崩壊、喪失していく。
さまざまな病気も、同じ。
まさかそんなこと?という事態が加速して、増えている。

毎日生きていると、いろんな想定をしながら準備をしていても、突然病に倒れたり、いろんな事故もあり・・

目標通り、計画どおりいかないこともある。自分の力ではどうにもならないこともある。

多分これからはもっとそんなことが増えると思う。

何があっても、どんな時も、命さえあれば。と思うことにする。

また ケサラサラの精神で。なるようになる。なるようにしかならぬ。

諦めではなく、そんな受け皿を自分の内面に持っていることで、あらゆる事態にも柔軟に対応できる。

何事にもしがみつくことなく。

運命に身をまかせる、しなやかさを身に付けたい。

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気が付けば25年。忘れてはいけない

1995年1月17日早朝。
あの日からもう四半世紀が経ったとは・・・。
阪神・淡路大震災。この週末、改めて思い出す。
あの朝、それを知ったのは、出張先のホテルで観たテレビのニュース。
そのあとクアラルンプールから関空へ向け、すぐに出発、帰国する予定だった。
テレビで見た衝撃の映像。普段よく見たことのあるはずの高速道路の無残な姿。何が起きたのかとドキドキしながら、関空に降り立ち、そこから電車移動はできず、幸運にも私自身は、飛行機を乗り換え羽田へ・・・。
一緒に出張した関西のみなさんは、帰路の手段なく大変な思いをされた。

あれから、25年。

つい先日神戸を訪ねたとき、町はすっかり復興。きれいで活気ある街に
なっていたことに、月日の流れは凄いと思いながらも、知らない人にとっては
何もなかったと思えてしまうな・・とも感じていた。

1月17日が来てメディアが報じることで、あの現実を改めて思い出す。
被災された方、大切な方を亡くした方にとっては、一生忘れることのできない
朝であることも改めて身に染みる。
再び当時の記録映像を観ながら、もしわが家がそこにあったら、家族がいたら・・と思うと、とても他人事とは思えず、胸がいっぱいになる。

いつ、どこで?何が?おきても不思議ではない今日この頃。

後悔のない毎日を過ごさねばと改めて思う。

何も起きない・・無事であること。これが一番の幸せだ。
忘れてはいけない。教訓として学び、生きていかねば。



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コミュニケーション重点の年!

ネットも普及し、働き方改革という流れもあり、仕事をする上で、便利な条件や環境が整いつつある。と、思いがちであるが、
こんな便利な時代だからこそなのか、ここのところ、コミュニケーション研修のご依頼を同時期に何件かいただいている。
ネットで、メールでやりとりができてしまうから、顔を見てしっかり話すということを意識して機会を作らないと、一緒に働いている仲間のこともよく知らないで毎日が過ぎていき、人間関係も希薄に、あるいは誤解のまま月日が流れていってしまう、そんななか仕事でのミスも生まれてしまう。また、お得意先への対応も、かつての営業職だけでなく、技術・企画職でも、プレゼンや営業を任されることも多くなり、対外的なコミュニケーション力がますます求められるようになってきた。

家族でも、職場でも、同じ環境で過ごす仲間。また一緒に仕事させていただく大切なパートナー。である以上、信頼しあって、協力しあって、いい仕事、いい人生になるように一緒に工夫したい。
と、思ってもすれ違いや、コミュニケーション不足は否めないということも多く、小さなトラブルも少なくない。

経営者の方から、そんな現状をなんとかしたい、社員全員が同じベクトルを向いて進めるようにしたい、それぞれがコミュニケーション力を養って、対外的にも活躍できるようになってほしい、プロデュース力を身につけてほしい・・・

と、さまざまな願いから、ご依頼をいただく。

その研修内容はもちろん課題によって、違えど、目指すところは同じ。
そして、コミュニケーションは目先の日々の仕事だけでなく、社会で生きる以上、最重要課題である。
コミュニケーション研修。わくわくしながら、その責任をかみしめながら準備を進める。


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