「生きざま」「戦いざま」を大切に生きる。

最近、数字の結果とか相対的な結果よりも、夢や目標に向かいがんばって
生きるその過程・プロセスが大切だと思うようになってきている。
もちろん夢や目標に向かうので、結果がついてくることが一番であるが、
それに向かう真剣さ、様子こそが人生において重要だと、いろんな方を見ていてそう思う。
私自身の生き様や背中も、誰かにいい影響をもたらすこと、元気を与えることができるように、
もっとがんばらねばと思うが、これは人のため以上に、自分の人生のためだ。

さて、選挙が続く。いろいろ見方もあるし、それはそれとして。
とある女性候補の意気込みに、実は共感をしている。但し、その人がすべて〇かということとは
別の話である。あくまでもその意気込みについて・・である。

「どうぞ、私の『闘いざま』を見てください」とのこと。
巨大かつ強靭な組織に対抗し、個人で立ち向かうのはちょっとやそっとの決意ではないだろう。
男社会で長年、しかもそれが一番改革しづらい政治の世界で戦い続けてきたからこその、
今回の決断かもしれない。
報道もかなり操作されているし、また新たな敵も出てきたし、
おそらく不利な戦いになることは想像できるが、
それもわかってそこに挑む。そこは大したものだと、同じ女性として尊敬もする。
ま、ここまで来たら後へは引けないということかもしれない。
いずれにしても、かなりの度胸がないとできない選択をされたのは間違いない。
組織力がない自分は、「コトバで思いを伝える」そのやり方で戦うとインタビューで答えていた。
敵から見れば鼻で笑いたくなることかもしれない。時間もないなか、どこまでやりきれるのか。
まさにその闘いざまに注視したい。おそらくそれが彼女の政治家生命をかけた挑戦なのだろう。

生きざま、戦いざま・・・。
とにかく瞬間瞬間が勝負。人生はその連続の積み重ねだ。
自分の信念のもと、まっすぐに進むのみだ。

そして、自分のためでなく、人のため、社会のために尽くせる人を
きちんと見極めなければならない。それとその「さま」が合致していることが大切だと
思う。

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好きな仕事をする人を見ると、楽しく学べる。

長崎のことを学びたいと思い、都内・各地で行われるいろんな
講座やイベントに顔を出すようになった。
昨年は教会群の世界遺産登録を目指し、早稲田大学でもオープンカレッジ
のなかで、当テーマに関する講義がシリーズで開催され、興味深く
受講した。
そこで出会った、元高校教師のH先生は、長崎の歴史の達人!である。
今は長崎学のアドバイザーとして、シンポジウムから映画の時代考証から・・
長崎の歴史文化にかかわる様々な場面に、裏方として登場されている。
ちなみに、まもなく上映される、「沈黙」(アメリカの著名な監督・撮影は
台湾でされているようだ)の時代考証も担当されているようだ。

長崎、平戸とキリスト教文化をザビエルへの思慕を抱きながら学び、
次の関心は、離島である。
この夏は五島も訪問し、この島の歴史を探りたいと思っている。

今回、この春オープンした、日本橋の長崎館にて、この先生の講座が
行われた。
「対馬・壱岐・五島」についてのお話しをいただいた。

韓国とほど近い、これらの島。とくに対馬はそうだ。
古くから、隣国との交流がさかんであり、お互いに影響を及ぼしていた
話はとても新鮮で、東京で、東日本から見る、日本の印象とはずいぶんと
違う。
やっぱり、長崎はロマンにあふれている。

と、感じることができるのは、その先生の情熱的な話しぶりである。
長崎が大好きで、歴史バカで・・。そのことが、先生の言葉、話しぶり、
資料写真から見て取れる。

この方は長崎を愛しておられるな~。そして、歴史が本当にお好きなのだ。
好きな歴史にかかわる仕事を定年までつとめあげ、今も長崎の歴史広報マン
として、尚健在。
見ていて頼もしく、楽しくて仕方ない。

いやいや仕事をしている人。好きで喜んでやっている人。
仕事をする姿もいろいろあるが、好きで一生懸命やっている人が
発するオーラはとてもいい。

謙虚でユーモアもあり・・。
見習いたいお手本がまた増えた・・。

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100曲達成!小さな山を越え、次へ。

4月1日からはじめた新たなマイプロジェクト。毎日96小節の曲を1曲づつ、
100曲まで作ること。それが昨日7月10日に終了した。

出張に行こうが、どんな天気であろうが、何を考えていようがとにかく毎日アタマをしばし、
そっちの世界に連れ出す旅だ。
昨年は、ワルツを100曲創ると決めたが、これは毎日ではなかった。
1年のうちにと決めて元旦からかかって、5月半ばに終了した。
(そのあとCD制作、ライブツアーへと、1.2.3プロジェクトが進行した)

100曲のワルツを作ってみて思ったのは、
習慣の間隔が決まっている方が、楽に続けられるということ。
1年で100曲というのは、間隔的に不規則であり、ちょっと不安定な感じもあった。
やるときもあれば、やらないときもある、でも目標はある。
というのはなかなか難しい。

できるときにやる、というのではなく、毎日とか毎週月曜とか、
もっといえば毎朝とか、なるべく具体的にやるべき時間や枠を
自分で細かく策定した方が行動がしやすい。
これはやってみてわかったことだ。

100曲を毎日。
ある人物のことを思い浮かべ、
その人やまわりで起きたことを自分なりに想像して、それをメロディにしていく。
メロディーとコードさえ書いておけば、あとは歌曲にでも、ジャズにでも、
交響曲にでも仕上げることができる。
あっという間の3か月余り。

この人物と出会える妄想の時間は面白い。
だからこのプロジェクトは終わらない。
次はこの100曲をチェックしながら、厳選、磨き上げ、
そして発信するプロジェクトへと
すすめていく。

今回の100曲のテーマ・モデル・妄想の相手は「NOBUNAGA」。
そして、100曲目は「最期のTANGO」。

人生は登山の連続のように思う。自分が創る山ならば、上りも下りもしんどくない。
まずは、この小さな山を無事越えた自分を褒める。(笑)
自分を褒めることができるなんて、幸せだ。

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ひとりで大きくなったんじゃない。だから・・

今の自分はどうやってこうなったのか?
生まれた「血」も、育った「地」も、その後に出会ってきた、もう数えきれず、覚えきれない数多のの人たち。
その中には、学校の先生もピアノの先生も、習字の先生も・・・実にいろんな方に、いろんなことを教わって、知識やスキルを教えていただき、育った。もちろんもっとやればよかったとかいろいろあるけれど、すべては後の祭り。それよりも、今この自分でいられることは、そういった多くの先生たちのおかげ、上司のおかげである。もちろん親のおかげだ。

ちょっと忙しくなったり、ちやほやされると、なんだか勘違いして、自分ひとりで大きくなったような、自分を過大評価するような・・・そんなことはないだろうか?
絶対にいけない。
少しでもお世話になった方には、敬意と感謝を表し続けなければ・・・。

自分が人に何かをお伝えする立場になって、自分の若き時代の姿勢を反省もする。

ひとりで大きくなったんじゃない。いろんな先生のおかげだ。生涯、忘れず感謝し、できれば恩返しをしなければ。
人生折り返しを過ぎると、当たり前のことが気になってくるものだ。
悔いを残さぬよう、失礼のないように、最期を終えねばならないと思えてくるのだ。
先生方も老いてこられた、今のうちに、きちんとしておこう。
いっぱい教えていただきました。導いていただきました。
今からでも遅くない。そろそろ感謝の旅に出かけるとしよう。

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自分たちの代で終わる。だから・・

佐渡の玲子さんの話は、以前ここで書いたことがある。
ケーキやの女将さんで、以前、全国各地の物産展を飛び回り、
ご主人が作ったお菓子を一生懸命販売してきた。
ある出会いから、その後池袋に、日本橋にと、
そこにいるといわれたら、応援にかけつけたものだ。

しかし、その元気印の玲子さんが病に倒れ、
生死をさまよい、もう玲子さんのあの接客は、元気なお顔は
見ることができないのかなと心配していた・・・あれから3年。
玲子さんから、
「完治した!もう来なくていいと、医者に言われました!」
とのファックス。
そして今回の約1年ぶりの佐渡行きに、玲子さんは笑顔で迎えてくれた。
彼女は私が佐渡へいくたびに、会いにきて近況を話し、
こちらの話も熱心に聞き、メモをとる。
病気は彼女を変えた。
がむしゃらに外へ外へと向かっていたのが、病気で動けない日々が
あり、変わった。
店がきれいになった。掃除をするようになったとのこと。
前は忙しかったから、後回し。
今は外に出るのではなく、店でお客様を迎え、
地元で商売することになった。

「あと10年ぐらいですかね。動けるとしても・・」
夫婦で店をやり続け、そしていつか終わるのだという。
今からできることを、やりたいとのこと。
自分もうれしく、周囲もうれしく、30余年営業をしてきたこの店が
ここ佐渡でがんばってきた歴史を残せるようなことができたらいい。

がんばりすぎず、毎日こつこつと、楽しくできること。
儲けすぎないでいいから、続けること。

この店のファンは全国にいる。
そう長年物産展に出て、売るだけでなくお客さんとの
関係をつくってきたから。それが、がむしゃらに働いた時代の成果だ。

その方たちに、1枚1枚毎日ハガキを書くだけでも、大仕事だ。
お客様の顔を思い浮かべ、手紙を書く。ご本人にももらう人にもうれしい。
佐渡から感謝を込めて・・。
こういう道もあるのだな・・。玲子さんは
「気にかけてもらって、本当にありがとうございます。」
といい、別れ際に何度も何度も握手した。
この代で終わる。だから、悔いを残さないように。
自分にも言い聞かせ、佐渡を出る。

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「物語を生きる」と書いた、何十年ぶりかの短冊。

女性スタッフだけで自費出版の事業を担っている会社でスピーチを・・・と招かれた七夕。
スタッフのみなさんに、いい刺激になる話をということであったので、
あえてアドリブでやろうと決めて向かう。パソコンも使わず、レジュメも
シナリオもなし。
たまには、そのとき沸いてくる自分の言葉だけで伝える機会もありだ。

ホワイトボードに書いたタイトルは「こんな人がいましたとさ~。」ちょっと物語風に。
自分のこれまでの人生、仕事観、さまざまな体験について語ることで、
結局人生とは・・・ということを考えてもらえたらと思い、話しはじめた。
気が付けば1時間。最後はオリジナル曲をアカペラで歌う。
そして全員が感想を述べてくれる。

女性スタッフひとりひとりが、きちんと反応してくださったことが
何よりうれしく、また勉強会前と後では間違いなく会社の空気が
変わったことも感じられ、きてよかったと安堵する。

この会社は、社員に外部の人からの刺激を受ける勉強の機会を
「ようこそわが社へ」というタイトルで企画、継続している。
そして、ゲストスピーカーのためのウェルカムボードも
会社の玄関に設置される。今回は紫と赤の素敵なボードが私を迎えてくれた。
(写真はボードをデザイン担当されたスタッフと)
そして、七夕ということで大きな笹が玄関にお目見え。
社員さんたちが願いを書いた短冊がいろいろ吊るされている。
そして、私にもということで、書かせていただいたのが
「物語を生きる。」という言葉。
短冊を書いたのは何十年ぶりか。
今回のスピーチの内容の余韻と、
自費出版業への繁栄の思いも込めながら・・。
短冊を書くだけで幸せになった気がする。
これからも、気分は「毎日たなばた!」でいくとしようか。

とっても素晴らしい七夕になった。ありがたい出会いに感謝。
そこの社員さんが書いてくれたブログはこちら。
ミューズコーポレーションスタッフブログ

これからも、きらきらと輝き続け、抱きしめたくなる本づくりを続けてほしい。

welcomeボード短冊「物語を生きる」

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一緒に考える瞬間、協働作業が楽しくて

中小企業のみなさんがご利用になる、個別の広報相談会。その相談の対象も内容も実に多様で、毎回新鮮だ。
展示会に出るが、そこで展示するときのキャッチコピーを、社員全員で考えたけれど・・・といって、
みんなで汗をかいて出し合った案を持参されたり、今度は海外の展示会に出るが、
万国共通で伝わるコピーを相談したい・・・などなど。
こちらとしては、即答しなければならないのが基本。
そのいただいた素材から、パン!といい案を出さねばならないという,
この緊張感もたまらない。
「そうですね。これだったら・・・・・・・・・・っていう感じだとどうですかね?」
「なーるほど、それはいい。これだったら伝わりますよね」
なんて、おいでいただいた企業さんの顔が明るくなったり、笑顔になると、こちらもうれしくなる。

一緒に考えることができる仕事。
自分の力で、企業さんの仕事に何らかの味付け、トッピング、あるいかお化粧、あるいは・・・
いろいろあるが、とにかく協働作業が楽しい。
どんな相談にも対応できるように、日ごろから自分を磨き、育てることも大切な仕事だ。

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「目には目を、歯には歯を」じゃないですよね!

その一言で、その言葉を発する人の性格や物事の考え方、価値観が見えて、共感を抱いたり、ときには違和感を抱いてしまったりすることがある。
一言って、とても大切だ。

仕事でも、それ以外の場面でも、根底に愛があるかどうか・・相手を思いやる気持ちがあるかどうかはとても大切で、そのことも発する言葉から読み取ることができる。

通う美容院のスタイリストで、まじめにお客様を思って仕事をしている人がいて、彼女のことは最初の出会いから、この人は!!と思っていた。それから何年ものおつきあいになるが、
今回お会いしたときのここと。何気ない日常会話の中で、世の中のうまくいかない交渉、人間関係について話していたときに、彼女がぽろり「目には目を、歯には歯をじゃないですよね。」と発したその一言がとても気持ちよかった。

どんなに苦しくても、つらくても、その相手に同じようにしてはいけない。
どんなに苦しくても、つらくても、同じようにやり返すのではなく、違う方法で、うまくコミュニケーションをとるように、
自分はそうしよう!という意味だ。

なんと謙虚で、控えめで。でも、秘めたる力強さも感じる。

人は困っているとき、何気ない一言で、元気になったり、気づきをもらったりすることがある。
いただく言葉に耳を傾け、その言葉に感謝することで、パワーがみなぎることもある。

私も人を元気にする言葉。心がけたい。

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命を越えてつながっている。

思いやられる夏が始まった。早速、寝苦しい夜、エアコンと扇風機を付けて眠った。
夢は毎日は見ないが、週末は見ることがある。今回は約半年前に、交通事故で亡くなった方が出てきた。なんだかにこにこ笑いながら、人生だ、マーケティングだとなんだかいいながら、私に迫ってくる感じだ。「あれ?もう亡くなったのに、なんでいるんですか?」のような言葉を私はその人に返しているが、彼女は積極的に私に接近して、人生だ、マーケティングだ・・と、彼女とは関係ないマーケティング組織の機関紙(もう今は読んでいないが、私にとってはマーケティングのルーツになった大切な資料)を差して、これだとかなんだとか言っている。
そして目が覚め、それから彼女の元気な笑顔とそのサジェスチョンの意味が気になって、眠れなくなってしまい、結局は睡眠不足で朝を迎える。

なんで、夢に出てきてあんなことを言っていたんだろう。あの夢は一体、何を意味するのだろう?
最近は、ついつい、なんでもネットで検索する癖があるが、どんな言葉でも検索すると、答えが必ず出てくることに驚く・・(内容の質は別として)。そして、今回も夢占いとか、心理学のページにリンクした。
その亡くなった方とは、私が思っていた人ということで、親しい人だ。
親しい故人が夢に出てくる場合、その人が夢で手招きをすると、よくないこともある?そうであるが、今回はそうではなかった。
彼女がきっと今の私を応援してくれての夢登場だったのだろう。

そういえば、先週、上越妙高のホームで風に吹かれていたとき、彼女のことを思い出し、そのあと彼女が仕事していた店にも顔を出した。週末は、その人の息子さんたちを思い出し、長男からお米を買おうか、次男が店長しているレストランに食事にいこうか・・などと考えていたことは事実だ。
だから、きっと空の彼女がそれに気づき、喜んできてくれたのだ。と、考えることにした。
しかし、人間の意識世界とは、不思議だ。これは命も科学も超越しているように思える。

近、また違う人が、私とは何代前や、前世でつながっていたかもしれない・・だから、今も縁があるんですよ。と話してくれたが、それも含め、夏にふさわしい話題とも受け止めることができるが、それにしても、人間界はとっても不思議だ。
とにかく、彼女が安らかに眠られていることだけを、ただただ祈る。
人って、命を越えて、関係性のなかで生きている存在なのだ。きっと。

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人生という1冊の栞。

前の原稿で書いた、久しぶりに観た演劇の話の続き。
その演劇のタイトルは、「エピローグに栞を」。
作家がそのタイトルを付けた理由、意味は未確認であるが、私にとって余韻の残るタイトルだ。

エピローグとは、プロローグに対してのことば。最終、巻末といった意味。
人生でいうならば、終末~終活と最近呼ばれたりしている。

一方、栞とはブックマーカー。
本の途中に挟んだり、差し入れて、次読むところを示すものだ。

人生の終末に栞を挟む。とは意味深い。

そのことばから、人生は1冊の本であると連想する。
みんな意識していないけれど、それぞれそれなりの
素晴らしい物語を持っていると思う。

そして、その人生の一コマに栞を挟むということは、ちょっと前に進むのを小休止するような意味
かもしれない。

最近、ちょうど自分史という表現について、いろいろ検討模索していたところ。
だから、よけいに心に響いた。

財産がどうだ、相続がどうだという終活ではなく、自分の人生を悔いなく表現しておく、まとめておく・・・そんな活動の方が大事だと実は思っている。

今回の劇のタイトルから、自分の次なる課題がまたみつかった。

いずれにせよ、人生は春夏秋冬、そして一冊の本。とすれば、今、自分は何章?を生きている?
とたまには、自分の1冊の今に、栞を挟んでみるのも良い。

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