新たな生き方を進む。という気持ちで。

父親の半生は、車ありきの時間だ。
通勤はもとより、私のレッスンの送迎、そのほか、家の用事のために
欠かせない車。
父はみんなのアッシーくんであった。
車の運転。それは父の誇り高き、専売特許であった。

その60余年の運転生活を、このたび卒業した。
していただいた。というのが正しいかもしれない。
もちろん強制ではなく、あることがきっかけで、もうそろそろ・・
ということになった。
最近、逆走者を間近に見たこともあったせいかもしれない。
高齢になると、いかに運転が危ないか、そしてそのことで
残りの人生や家族を狂わせるか・・。
珍しく静かな話し合いのもと、父は了解してくれた。
そして、気が変わらぬうちに・・・の返納。
これから、新たな毎日がはじまる。
少々不便ではあるが、もともとなかった。と思えるように
早く新たな環境に慣れることがとても大切だ。
父に寂しい想いをさせないように、これもあり!と
思ってもらえるように、いろんなコミュニケーションを
とっていこうと思う。
大きな事故を起こす前に、人様に迷惑をかけないように。

心配ごとをひとつひとつ取り去って、安心して
残りの人生を楽しく生きてもらえたら・・というのが
今の一番の願いだ。

年だからと落ち込むことなくよう、一生、前向きに
楽しく生きていけるように。
そんな人生づくりを応援したい。
気持ちの切り替えには、ひたすら感謝と称賛、尊敬。
人は周囲の応援から、元気になれるはずだ。

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人生は泣き笑い劇場。

この何年かの間、父とのやりとりで、思わず一緒に泣いてしまう、
そんな場面がある。
もちろんいじめているわけではなく、怒られているわけでもなく、
いろんな場合に究極の選択をしなくてはならず、
その話し合いにおいての涙だ。

父は、子供のころ、訳もなく怖かった。
我が家の場合は、母も同じだ。
言葉によるコミュニケーションが難しい環境であったから。
親に何か言うと、盾をついているかのごとく、生意気だと
叱られることが多かったから。
また、親の理解を越えたことをこちらが考え、行動するため
そのため、その反応が怖かった。
頭ごなしがとにかく、嫌だった。
プロセス、話し合いは成り立たず。命令口調の会話も嫌だった。

と、それも今となれば良き思い出。いろんな修羅場も懐かしくさえ思える。
昔はそれだけ親に力があった。いいも悪いもそういう存在であった。
しかし、
今は違う。
こちらの意見に従うようになった。信じてくれているのかも
しれないが・・・。
そして、涙もろくなってきたようだ。

親を泣かせたくないが、真剣に向かい合うとそういうことに
なることもある。
そして、
一緒に泣く。
そして、そのあと、すっきりして何もなかったように
普段通りになる。
笑って、喫茶店に行き、コーヒーをいただく。
それが日課のように・・。

本当に、人生って泣き笑い劇場だ。
それを繰り返していると、健康長寿になるのかな。
そうだといい。

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いい思い出、つくろ!

親の高齢は、家族愛・団結を強くするものかもしれない。
もしかしたら、これがきっかけでそうなっていくべきなのかもしれない。

健康問題、運転問題、経済問題・・・。
長く生きることは難しい、一筋縄でいかない
ということを日々感じる。
そして、だんだんと、親の生活にいやがおうにも
関わっていかねばならないことが増えることに
正直戸惑いもありつつ、一方、それも仕事だと
思うようになる。
自分自身の生活をがんばるだけではなく、
親のことを常に意識し、そのことに費やす
時間も徐々に増えてくる。
ま、自然な流れだ。

と、自分の生活自体も変化していくことに
人生の節目、折り返しというものを実感しはじめる。

最近、妹との合言葉は
~いい思い出、つくっていこうね~
だ。
1回の食事でも、会話でも、それぞれが
後になっていい思い出になるように
したい。

心がけと一工夫。
それだけで小さな親孝行はできるのだと
思う。

人生は最後、もうこれ以上前に進めないという
瞬間が必ず訪れる。
そのときに、楽しくうれしい思い出がたくさん
心のアルバムに綴ってあれば、
幸せな一生の幕を閉じることができるのだと
信じている。

いい思い出、毎日ひとつ。
そう思うと、人生では
何が大切なのかが改めて見えてくるような
気がする。

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がんばった分、気持ちいい。

人生は小さな山越えの連続だ。
次々、課題がふりかかる。
自ら望むもの、ふりかかってくること・・。
もちろん山だけでななく、谷に直面することもある。
山を見るとき、谷を見るとき、
「よっしゃ、越えてやるぞ「」
とその頂きを見上げるように、
そのゴールを想像する。
その多くは、お客様が喜んでおられる様子、笑顔である。
そのことだけを思いながら、準備を行う。
手抜きだけは絶対しない。自分が気持ち悪い。
それでは伝わるわけがない。
相手は毎回違う。目的とそこで示す内容も異なる。
相手にあわせた内容にするために、ぎりぎりまで
準備を行う。

今回初めての福祉関係者向けのセミナーは、
おかげさまで、参加者が大変盛り上がり、楽しんで
学んでいただき、仕事に生かしていただくものを
提供できたようだ。
朝は緊張して座っている人が、帰り際は
すごい笑顔になって、うれしそうに帰っていく。

この笑顔を見ると、ああ、がんばってよかったと
思い、自分も幸せになる。

とにかく、一生懸命やって相手に伝わると
うれしい。
何事も同じこと。
口先だけじゃ、伝わらない。

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一点集中、ひたすら入魂。

一度に百人以上の方を前に、話をしたり、演奏する機会は少なくない。
その人数に戸惑うことはない。
ただ、音楽を楽しんでいただくときも、勉強していただくときも、
それぞれに、かなりの集中が必要だ。
演奏会の場合は、トークのときはアドリブで話しており
そのとき頭の中は演奏会自体の流れ。
次の演奏曲にスムーズに入るためのストーリーを無心で話して
いる。そして、演奏に集中。演奏自体にミスが出ず
いい演奏ができるようにと、邪念が頭をよぎらないように、
とにかく集中せねばいけない。
そして、勉強会の場合は、音楽会とは違う集中が必要だ。
数時間行う勉強会の場合も、2~3時間の場合も、
ストーリーとタイムスケジュールを組み、そのなかで
その日やらねばならないことを、どう進めていくか。
聴く側に戸惑いなく、安心して、できれば楽しく、楽に頭に
入れてもらえるように集中せねばならない。

毎週、違う集中の機会をいただく。
左脳も右脳もぐるぐる回る感じだ。

いずれにしても、参加いただいた方に喜んでいただくこと。
その一点のために、ひたすら集中。
そのために何度も何度もイメージトレーニング。

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若者ともっと話そう、語ろう。響き合おう。

仕事では、年長の方との交流も多いが、自分も年齢を重ねるにつれ、20代や30代の若者と一緒に
行動することも多くなる。
一緒に移動する車の中や、たまにつきあうランチなどは、新鮮な時間だ。
自分が子供をもたないせいもあるが、おそらく20代前半であれば、親御さんが同世代。
そんな若者たちと、話をするのは私にとっては貴重な時間だ。

今回、一緒に仕事に出かけたのは30代前半の青年。
上司が一緒にいると彼自身とはあまり話せないし、三人以上いると、移動中は楽しい世間話
しかできないが、二人となると、ずっと掛け合いの会話になり、相手次第で話題も広がる。
今回、ご一緒した彼とは、初対面であったのに、しがらみもなく話せ、たちまち多いに
盛り上がる。人生観やいろんな価値観に共感できる点が多かったようだ。
もともと警察になりたかったが、体調のため、公務員の道を選び、今は地元のために
がんばろうと意欲に満ちがんばっている。
警察官になろうと思う若者にあまり出会ったことがなく、まっすぐな姿勢にこちらも
背筋が伸びる。
そんな彼と半日、一緒に企業訪問など行う。
私の仕事を見ながら、企業さんの話を聞きながら、新しい気づきも得ていただけた
ようで、
終わったあとに、喜びのお礼メールが届いた。

一緒にいることで、元気が沸いてきたという。
そうか、若者に何か伝えること、与えることができているならば、
何よりのこと。
単に、うるさいおばちゃん、よくしゃべるおばちゃん 関西弁のおばちゃん
ではなく、
その奥にある心の中の動きについても、見てくれているのだろう。
「また、お会いできるのを心待ちにしています」
ひとりの青年からそんな結びの言葉をいただけるのは、とてもうれしい。
別れるときに握手したときの、くちゃくちゃの笑顔を忘れない。

ときには、いつでも。若者と話そう。
彼らにできる限りの応援を。
そして私自身も、元気をいただく。

素直で、社会に向かって生きる若者を応援し続けたい。
年長の方には感謝を、
年下の人には応援を。

両方大切だ。

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プライドを保つことについて、考える。

父がもう今月後半で、81歳になる。
おかげさまで、頭も体も同じ年齢の男性の中では、元気な方だと思う。
毎日のたわいもない夫婦喧嘩が、脳の活性化になっていることは
間違いないだろう。
話す相手がいる、喧嘩できる、むき出しのコミュニケーションが
ずっとできる、言い換えれば何十年もしてきたことが、ずっと
できるということは、人生においてとても幸せなことだと、
素直に思う。
やかましい実家の両親の喧嘩の現場を見るにつれ、近くには
いたくないが、傍目から見ていて、二人が元気でいることを
ありがたいと思う。

そんな元気な親であっても、だんだん老化のおかげで
生活に変化、変調が出てくる。
たとえば車の運転だ。
いつまでも、車を運転していてよいのか。
ここは大変悩ましい問題だ。
とくに、私の父は、私が生まれたときから、頼れるアッシー君
であり、私の音楽での成長は、父の支えのおかげとも
いえるから・・。
運転が自慢の父から、車を取り上げることはとても心苦しいこと・・。
でも、そろそろそうしなくてはならない。
同級生が亡くなったり、施設に入ったり、
元気で自由に動ける人が減って、
それだけでも寂しいのに、車がないと・・。
でも、それを前向きに乗り越えてもらわねば。
今、父とできる新たなことをいろいろ模索している。
父が喜ぶこと、やる気がもてること、何かないかな。

人は小さくてもプライドを持ち続けることは、ある意味大切だ。
これができる、これはできる。自分はこれがすごい。
と思えるところは大切なのだ。
今、父のいいところ、喜ぶポイント、好きなスポット
をあれこれ考えている。

生き方が真反対なだけに、骨も折れるが、これが
私の新たな仕事だ。父の笑顔のためにがんばろう。
と、勝手に自分に新たな課題を与えてみる。

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いい仕事をしていただくためのお手伝い。

福祉のお仕事をされている方々への勉強会をこのたび担当する。
お仕事を円滑に進めていくための、コミュニケーションスキル、
テクニックは確かに重要であり、人手不足の昨今、限られた
時間のなかでいいコミュニケーションをとり、一緒に働く
仲間といい関係でお仕事ができれば、それに勝るものはない。
そこでぎくしゃくしたり、消化不良のコミュニケーションが
続けば、さらに入居者やその家族たちとのコミュニケーションにも
影響が出る。
商品を作って、それを売る、市場をつくるという仕事も意義があるが、
福祉の仕事を選び、日々頑張っておられる人はもっと意義があると
思う。
経済の成長が一番大切なのではなく、一人一人が元気に幸せに
生きられることの方が大切なのだ。
うわっつらの政治屋の薄っぺらな言葉と裏腹に、重い現実がある。
今回、福祉の仕事をされている人に出会う。
まずは敬意を表したい。そして、応援したいと思う。
彼らが良き仕事をしていただくために、コミュニケーションクリエイター
として、何かのきっかけを得ていただけたらと心から思う。

誰かがいい毎日を過ごす、いい仕事をするため・・のお手伝い。
これが私の仕事。心を込めて、自分ができることをまっとうしたい。

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この上なき、うれしい誉め言葉。

今回の小千谷でのふれあいコンサートが終わった後の出来事。
とある紳士が近づいてきて、声をかけてくださった。
コンサートの感想だろうか。見た目からすると、地元の名士、
経営者という感じだ、。

「あのー、年収1000円を越える仕事に、秋葉原で包丁で魚をさばきながらお客
さんに向かって話しができる人というのがあるそうですが、
魚を切りながら、話をするとはとても難しいわけです。
あなたは、立ってピアノを弾いて、歌って、そして話す。
こういうことができる人は珍しいです。
秋葉原の包丁売りを思い出しましたよ。いやー、たいしたもんだ・・」

やっぱり商売人だと思いつつ、このような例えから感想を言って
くださるというのは初めてのこと。

とても新鮮で、とてもうれしく。

そう、立って弾き歌い。時には片足で立って歌っている。
これこそ、マーサ奏法だ。
そのことを見続けてくださっていたお客様がおられることに
とても感動した。

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動く個室の有効活用。

タクシーというのは面白い。
公共交通機関よりお金がかかる分、使い勝手の良い、
動く個室である。
運転手さんとの相性がよければ、最初に出会う地元の人として
会話も楽しめることもあることも多い。

最近では感じの悪い運転手という人にあまり出会うことがない。
礼儀が良い方(当たり前ではあるが)が圧倒的で、またいろいろ聞くと
きちんと答えてくれる人も多い。
不案内の町に行くとき、その街を知るには、タクシードライバーにたずねるが
良い。地元の人でありながら、いろんな人を乗せ、いろんなところに出向いて
おられるので、客観的な情報も得られやすい。

今回は、コンサート当日、駅から会場へ向かう20分ほどをタクシーに
乗って移動した。その街のことをいろいろ聞く。いいところ、大変なところ。
自分が知っているその街のことがあっているかを確認するにも有効だ。

さらに、「ちょっと〇〇を探しているので、直売所寄れますか?」
と無理も言える。「んん、どこにあったかな~」
記憶をたどりながら、直売所に寄ってくれる。そして車から降りて
その野菜を探している私のあとについてきて「ありますか?」
と聞いてくれる。親切なドライバーだ。

そして、次に、車内はリハーサル会場にもなる。
「ちょっと声出していいですか?」発声練習というよりも、
ちょっと心配な作り立ての曲を試してみたくなった。
「あ、どうぞどうぞ。」
そして、できたてのその街のことに歌詞を
かえた、いわゆる替え歌を歌ってみる。
「これ、この町のことを替え歌にしたんですけど、合ってますか?」
すると、運転手さんが
「いい歌ですね~。全部、この町のことが入ってますよ。よくご存じですね~」
と太鼓判を押してくれて、安心。よし、この替え歌は今日のイントロで歌うことに
決定・・・。ということで、タクシーがリハーサル会場になった。

いい運転手さんと出会うと、なんだかそれ自体が一期一会で、人生の縮図を
生きた感じすらすることがある。
おそらく、もう二度と会わないケースが多い。よく話す運転手さんであれば
人生を語りだす。初対面なのに、しがらみも面識もない分、自由に
話せる究極のコミュニケーションができる。

今、こうして書きながら、
ふと、NYのタクシーを思い出す。世界中の面白い話を聞いたな・・。

タクシーは移動手段というだけでなく、コミュニケーションの場として
考えても面白い。
「本番、がんばってくださいね!」
降りるときに、そんな言葉をかけられて、やる気が高まる。
なんだか、家を出るときみたいだ。

たまたま出会う運転手さん・・により、その次の時間がよりハッピーに
パワフルになれる・・・
というのもとても素敵なことだ。

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