やれ、網戸が破れて虫が入ってくるから、張替してほしい。
風呂の追い炊きもしづらい・・という親からの連絡を受け、実家の近所の
昔からお世話になってきている商店に連絡をして、一度見てもらえないかと
お願いをする。
その商店は、50年前は、プロパンガスの販売会社。今はガスに関連して
水回りの工事一切から、リフォームにいたるまで、おうちの便利屋さんのごとく、業務内容を広げておられる。といっても、近隣のもともとの顧客(両親のように)から、何かのついでに「あそこがおかしい」「ここをみてほしい」と声がかかって、対応するようになったということのようだ。
もともとプロパンガス販売業が、今やおうちの何でも屋さん。ガス屋さんが網戸の修理?玄関の手すり付け?社内で対応できないことは、地域の専門業者さんと組んで、そこに依頼する。まさに、便利屋アライアンスだ。
網戸を扱う会社も、営業がいなければ仕事にならぬ。普段から各家庭に入り込んでいるガス屋さんが営業をしてくれていることになる。
専門店のアライアンスによって、高齢者が住む町は支えられている。
子が同居していれば、なんてことないことも、そこにいない、すぐに帰れないときに町の便利屋さん的存在に連絡する。
とはいえ、そのガスやさんも本当は便利屋さんではないため、お金のとれないサービスもしているような心配もあるが・・。
またガス屋の担当者は、大変親切で明るい。地域のお年寄りにはとても助かる人材なのだ。こういったつながりを見ていて、安さで勝負する量販店とは違う、もともと地域に根差す専門会社の存在感について実感する。
町の便利屋さん。暮らしの不便を解決してくれる人がいてくれることはとてもありがたい。こと、高いところに手が届かず、電気もわからない私としては、そういう便利屋さんに助けてもらって、親との別居を可能にしている一面もある。
高齢者の生活の不便。◎◎弱者といわれるお年寄りが安心して暮らせるように
地域の力を借りて、感謝していきたいと思う。
町の便利屋アライアンスに感謝
腕・器量よし、丁寧な名医
医者もサービス業であるということを理解される方も増えてきたが、まだまだ高齢で自ら病院を拡大されてきた大先生たちのなかには、横柄な態度を取られる方や上から目線の方もおられ、正直こういったタイプの医者には一生世話にならないぞ、そこに行くぐらいなら、自力で直してやる!ぐらいの気持ちも芽生えるほど医者も千差万別だ・・。
身近に利用するお医者さんは自分のことをわかってくれる人が良い。そんなわけから、歯医者や整形外科は今も東京で利用していたクリニックに、針灸治療は新潟の治療院で、お世話になっている。腕がいいのと、ちゃんと説明をわかるようにしてくれる、態度がいい、親切というのが利用している理由だ。そのなかのひとつは、待ち時間が長く、そこはちょっと困るが、それでもいつでも多くの方が待合室にいる。それだけ人気があるということだ。
腕は確かで、器量よし、そして丁寧。これが私から見たいいドクターの条件。
そして、その医院(病院)は清潔が一番。新しい方がもちろんいいが、新しさ以上に清潔感が優先だ。
そんなクリニックや先生は、東京だけでなく、地方にももちろん存在する。
今回たまたまみつけたクリニック。町中にある、いかにも町医者。
上記の条件を全て満たしている。そして、ここの先生は、まだ40代であり、若さに満ち溢れ、元気いっぱいだ。
難聴の方には大きい声で診察されたり、痛みがある方には冗談を言いながら痛みを癒すコミュニケーションをとられる。 あるとき、そのドクターと話しをする機会があった。
「先生の対応は本当に素晴らしいですね。丁寧で、親切で。尊敬しますわ」というと、先生は謙虚にこうおっしゃる。
「いやいや医者は、サービス業ですから、当たり前ですよ。ぼくら、手術なんかもしますけど、患者さんがその時痛がっておられると本当に申し訳なく思うんです。でもそのあと良くなられることを楽しみに、がんばってがんばってと励ます、そして先生良くなったよ。と言われるのが一番の喜びなんです」
この寄り添い方がとても素敵だと思うし、こういう医者ならば人にも紹介したくなる。
最近、同じ名古屋で女性の脳外科専門医の存在も知った。お会いしてはいないが。海外から学生が学びに来ている、脳外科の大先生であるが、この方も腕だけでなく、人としても素晴らしいようだ。毎朝、病院のロビーで患者さんと一緒にラジオ体操をして、今日退院される患者さんを拍手でお見送りされる。
腕もいいが、コミュニケーション力もある。
これが、選ばれる医療関係の条件。
医者だけが特別ではないが、これから、ますます重要になる、お世話になる医療機関。しっかり見極めて、ホームドクターとしてお世話になれるように、おつきあいしていきたい。
このままずっと作る?売る?
経済のローテーションがなければ、世の中はどうなってしまうのだろう。
インカムがあるから、消費もすれば、豊かな余暇もある。
しかし、いよいよ老後は年金頼みは無理となり、2000万円ないと
これからの長寿社会生きられませんよ~なんて、言われてしまうと
ほとんどの生活者は困ってしまうのでは?
そんな貯金無理という人も多いと思う。
今さら投資をするとかいう前に、まずは節約をしなければならないと思うのが常識人の考えではないだろうか。
消費税のことも考えると、モノを買わなくなる人が増える。
売れなくなる。財布のひもはきつくなって当然のこれから・・・。
一方、それでもメーカーはどんどん作って、どんどん売ろう売ろうと、さまざまな手を尽くして、生活者に向けて情報を送ってくる。それに左右されている人もいるが、そんな時代がいつまで続くことやら・・・。
生きていくことの厳しさ、どう生きなければならないか・・の絵が描けないままなんとなく平和にぬくぬく育ってきた現代人、これから、しっかり考えて自分の人生に必要なことだけを選んで、堅実に生きていくことができるだろうか?
私自身、将来は見えていない。おそらく私だけではないだろう。
ただ、思うのは、ある日突然将来があるのではなく、毎日毎日、一歩づつ将来に向かっているのだから日々できることからやっていく、計画を立てながら動き始めることが現実的なのだろう。
となると、自動的にまだまだひもが緩い財布を閉めていくことになるし、
もうそんなに欲しいものはなくなるはず・・。
もう、モノはこれで充分である。
この境地に立って、地道に生きることが一番のようだ。
しかし、こんな生活者が増えるとメーカーも流通も困るはず。
自動車メーカーはいつまで車を作り続け、売り続けるのか?
自動化運転であればいいという話でもなく、車がなくても生きていける分野まで
創造してくれたら、本当に素晴らしいと思うのだが・・。
もうすぐすると、夏のセールがはじまる。セールしなくてもいいように
売れる分だけ作ればよいのに・・。
セールも含め、なんとなく買ってしまった消費者が、やっぱり要らないとオークションに出す・・。
過去の失敗を反省し、余計なゴミのサイクルをつくらない、それに関わらないようにしないと・・と身の処し方も考える今日この頃。
本当にいつまで作り続け、売り続けるのか?成長とか発展とか要らないから、コンパクトな人生で幸せを実感できるように
なれたら・・。
すべて、反省と自戒も含め、もっとモノを大切にしていた、ありがたかった時代を振り返り、消費という欲望の闇から、脱出して生きていかねば・・・。
気が付けば、日本は心身ともに貧困の国・・・とならないように。
一人何役もやりまっせ!
ある企業様主催の会食を兼ねたセレモニーイベントのお手伝いをさせていただいた。新社長就任のお披露目と、来る周年記念に向けてのお客様をお招きしての「感謝の会」だ。
企画から一緒に練り上げ、何度も何度も打ち合わせをした。その主催企業にとって、何十年に一度といってもいいぐらいのビッグイベント。
みんなで創り上げるというプロセスが大変重要だ。
今回は、プロセスは黒子であったが、当日は司会と会食時の生演奏を担当した。
司会者は、ご参列のみなさんに顔を向けて話すので、すぐわかるが、ピアノ演奏は背中を向けて弾くので、気づかない人も多い。
気づこうが、気づかれまいが、どちらでも良い。
両方の役割をひとりで果たせることを楽しみながら、行う。
司会は司会で会を進行、演奏は演奏でムードづくり、盛り上げに役立てば・・。
演奏しながら、会場を振り返りつつ、お客さんの様子を見ていたら、あるお客様がずっと自分を見ていることに気づき、目が合う。
「あ、司会の人がピアノ弾いてる」という感じだ。その人はずっと私の演奏を機にかけてくれていた様子。
そして、この会がお開きになり、お客様がお帰りになるときに、その方が歩み寄ってくださって、「司会とピアノと両方やられるんですね~」と大変興味をもって話しかけてくださった。その方もミュージシャン経験もあるようで、音楽で仕事をするということについてのお考えもあるようなご様子。
司会だけ、演奏だけ ではない、両方やるというところがいい!とその方はおっしゃっていただき、また近いうちにお会いすることになった。
ひとり一役の時代でなくてよい。自分ができることはなんでもやればいい。
何でも、何役でもしまっせ。これこそがコミュニケーションクリエイターの進む道。これからも、わかる人にはわかる稀有な道を進んでいきたい。
マネジメントコミュニケーションという発想。
高齢化社会のなかで、必要とされている仕事のひとつが福祉のお仕事。介護にかかわる人々のご苦労には、本当に頭が下がる。
経済の発展とともに、人間の寿命は延び、一方、生きるためには働かざるを得ず、そのために本来そうではなかったことがどんどん外注化され・・・。福祉はまさにその影響下にある業界であると思う。
社会のために、人のためにと高い志をもって取り組む人たち若き人たち、需要が高いだけにその職につくことはできても、そのあとの継続がなかなかむつかしい。現実はそんなに簡単ではない・・。認知症など様々な疾病、老化が進むお年寄りたちのお世話をし続けるという大変な仕事。しかも人手不足であるが故にハードな職場環境。
現実には思う通りにならない、ストレスがたまり、怒りが爆発することも少なくなく、離職率も大変高いと聞き、納得もしながら、危機感も抱く。
福祉の仕事は本当に頭が下がる。でも、お世話にならずに生きていくことは難しい世の中になっている。
さて、その福祉の現場では、怒りをおさえる、鎮めるためのトレーニングも積極的にされているとのこと。そのひとつがアンガーマネージメント。
怒りを制御し、うまく落ち着いて仕事ができるように自分でコントロールする術を身に付けるコミュニケーション方法といえばよいだろうか。
暴力に向かわないために、また自分がストレスをためないためにも、こういった処世術は大変有効だ。
この感情のコントロールの必要性は、介護だけでなく、日常社会においても大変重要だ。最近は、コミュニケ―ションが乏しくなり、うまく伝えられないことで、摩擦や衝突が起き、事件になることも多い。そこで、その解決法のひとつとして、マネジメントコミュニケーションという考え方はどうだろう?
たとえば、いつも笑顔で接するようにする。なんでもプラス思考で考える、
相手を一面的ではなく、多面的に理解しよう、いいところを探しそうと努力する、褒め合う、最後に感謝の気持ちを伝える。自分のことも褒める・・などなど。相手だけでなく自分との向き合い方も見直すことも重要だ。
日々を楽しく有意義に過ごし続けるために、自分をマネジメントするそんなコミュニケーションのあり方はどうだろうか?このことは、大変重要なことだと、最近思っている。
このテーマ、今後、もう少し突き詰めて、考え続けていこうと思っている。
怒りをおさめるだけでなく、バランスよく感情豊かに、もっと前向きに、毎日を楽しく感じられるように感謝の気持ちが増えるように・・・そんなあったかいコミュニケーションの花が世の中に咲き乱れるといい・・。そんな風に思っている。
一人ひとりが、まず自分をセルフマネジメントし、社会とうまく共生していくため、幸せに生きるために、コミュニケーションを役立てたい。
せめて親不孝しない人生。
最近、残酷すぎる事件が続いており、そのたびに心が痛い。
無差別に人を傷つけたり、人生を奪ったりするそんな事件が起きるたびに
その被害者そのご家族のことを思うと、決して他人事と思えず、胸が痛い。
いつ、どこで自分もそういう目にあうのか、まったく予測不可能な、物騒な世の中になってしまったことが悲しい。
一方、被害者だけではなく、加害者の家族のことも同時に思い浮かび、これも心が痛い。
また、そういった事件が起きたことがきっかけで、父親がわが子を殺傷した事件を知り、さらに心が痛む。
親の責任として、そんな選択をされたのだろうが、あまりに悲しすぎて言葉が出ない。
他人様を傷つけるような人間になってはいけない。これは当たり前のことであるが、同時に親不孝もしてはいけない。
と、思うが、でもその感じ方ももしかしたら、人それぞれなのかもしれない。
人に迷惑をかけない人生。これはまず人として大切なことであるが、環境によって人生はさまざまである。
報道も伝え方を考え、とにかくこういった事件が増えないように配慮をしてほしい。
モノの豊かさとうらはらに、心寂しい現代社会。ぬくもりや、思いやりを取り戻したいものだ。
とにかく、親不孝をしない人生。大きく成功するよりも、そっちが人として大切だ。
被害者、加害者。いつでもなりうる。ではない社会を目指したい。
会社の歴史を語る仕事への誇り
名古屋に拠点を移し、そろそろ2年になろうとしているが、気が付けば、この地に世界を代表する日本のモノづくりのルーツがあり、しかもそれが本当に近所である偶然?うれしく、改めて、ここを選んでよかったと思っている。
そのひとつは、トヨタ産業技術博物館だ。
トヨタのミュージアムといえば、もうひとつ、郊外に広大なトヨタの博物館があるが、こちらは車そのものを数多く展示し、世界の車のコレクションも充実しているため、車好きな方にはたまらないが、近所にある前者は、まさに豊田佐吉が開発した織機の工場跡につくった、トヨタのモノづくりの全貌がわかるミュージアム。
織機部門と自動車部門に分かれて、豊田の歴史と技術を丁寧に展示している。
衣食住の「衣」の発展を支えたのは、まさに豊田佐吉さんの功績だったのだと改めて実感できる感動の空間である。
そして、織機づくりの技術が、車の製造にも活きていることが、素人にも感じることができる。
今回2度目の訪問となったが、平日でもありゆったり見学できたのは良かった。それに加え、各コーナーにスタンバイしている説明員のスタッフの案内を受けることもでき、それも大変勉強になった。とくに、今回感動したのは、写真の女性スタッフ。研修生の名札がついていた。きいてみると、スリランカ人の方だ。
1歳半から日本に来て、こちらで育ったそうで、日本語はお見事。流れるようにしかも一生懸命にトヨタの歴史を話してくれるのが、大変印象的であった。彼女が担当したのは豊田喜一郎氏が織機の契約でアメリカ出張に行ったことが、自動車部門設立に至り、最初の乗用車をつくるまでのまさに自動車部創世期のお話し。
展示してある写真、ジオラマ、車の複製などを見ながら、トヨタの最初の自動車づくりについて、大変わかりやすく語ってくれた。
この博物館は、海外からの見学者も多く、バイリンガルで対応するのは必須であるが、世界から集まるお客様に、世界のトヨタを印象づけるにも、彼女のような存在は大変貴重と思った次第。
「全部、覚えているの?すごいね。そんなすらすらトヨタの歴史が話せるなんて」と称賛すると、彼女はとても喜んで、「はい、がんばってます!」と答えてくれた。
まさにNHKの「クールジャパン」にも出てきそうな彼女が、立派にトヨタの歴史を話す・・さすがTOYOTA。自動車部門設立後、TOYODAからTOYOTAに名称が変わったそうであるが、個人の名前ではなく、世界に通じる名前になるために響きも大切などの理由があっての名称変更で、のちに工場があった町も豊田市になる。地名まで変えてしまう企業って、すごい!
モノづくりこそが、人を豊かにする。という時代。トヨタのおかげで、日本人は戦後、豊かな暮らしを享受し、経済的にも世界と肩を並べることができた。今でも海外で共通する日本語のひとつは、TOYOTAだ。
研修生の彼女がこの名古屋から世界に向け、さらにご活躍されることを心から応援している。

ハードル上げるか、下げるか。
人と向かうときは、なるべく敷居を低くしたいと思う。
意識しなくても、自然と、相手と溶け込むように、お互いに警戒なしで、会話がはじまるようにしたい。
そこには笑顔であったり、丁寧な言葉がけであったり、名刺交換の仕方ひとつであったり・・あるいはちょっとしたサプライズありの挨拶であったり・・・ちょっとした工夫があるといい。
人に対しては、親しみやすい人、話しやすい人と思われた方が、さらなる交流に発展しやすい。
言い換えると、人様に対しては、ハードルを下げて・・が良い。
一方、自分のハードルについては、最近、少しづつ上げていこうと思っている。
これまでやってきたことの延長、くりかえしだけでなく、やれるかな?と思うことも含め、やりたい!できるかも!と一分でも思うならば、やればいい。
そんなとき、ググっと自分のハードルを上げるのだ。
最近は、自分のハードルを上げていくのが楽しくもある。よし!いくぞ!と
モチベーションも一緒に上がる。
ハードルはどちらに向いているか?で 上げたり、下げたり・・自在に操っていきたい。
人と人の間には、壁があると思わず、越えて楽しいハードルがあると思えばよい。
安楽死を選ぶ準備は?
あるドキュメンタリーコンテンツを見て、神経難病と闘う人の最期の選択について衝撃を受けた。
いずれ人工呼吸器をつけて生きることになる、という宣告を受けたその患者さんは、自分の力で生きられない、自分の言葉で感謝も言えないようなカラダになるなら生きていたくない・・ということで、安楽死を選択された。
現在、日本では積極的安楽死というのは認められておらず、外国で日本人がその処置を受けられるのは、スイスのみということで、彼女は自分でそのことを調べ、スイスのその民間団体にコンタクト、登録し、実際にそこに家族と出向き、そしてそこで本当に自らの人生を終えた・・。スイスに到着して3日で帰らぬ人となった。
一方、同じ病と闘いながら、人工呼吸器をつけて生きることを選択し、家族に助けられて行き続ける患者さんの例も併せて紹介された。
この2つの生と死への向かい方を見て、自分だったら・・と考えざるを得なかった。そして、思わず、そのスイスの団体のことをネットで調べた。
人にとって、人生をどう終えたいか・・は人それぞれ。でも、今の医学は生き延びさせようとして、延命処置などを施すが、それには賛否ある。
できれば、死ぬ権利も与えてほしいと私自身も思っている。
今はおかげさまで元気で、健康でしたいことを思い切りできる状態であるから、
安楽死は自分にとって選択すべき方法でも何でもないが、いずれ、何か起きたらそんなことも考える必要があるのかもしれない。
もちろん自分のことだけでなく、家族の死についても・・。
それにしても、安楽死で旅立つというのは何とも悲しいものだ。
しっかり意識をもって、愛する人にお礼を言うことができるが、その数分後、
致死薬によって、息絶えるのだ。それを見守る、家族はどんな気もちか・・。
本人が望んだ方法だからということと、もう苦しまなくていいから・・という気持ちと、一方、あっけなく逝ってしまったことへの喪失感は・・・。
涙なしで、見られない光景であった。
それにしても、スイスという国はいろんな意味で先進国だと思う。
人が人としてきちんと人生を送ることができるように、法律もインフラも整っているようだ。すべて住民の意志で決定されるというのも素晴らしい。
安楽死。日本では、自殺ほう助で有罪となった人がいるが、日本はいざというときに、もしかしたら不自由な国なのかもしれない。
自分で期限を決めてそれまで生きるか、最後まで与えられた時間を生ききるか。
どちらもありだと思いたいし、どちらの勇気も素晴らしいと思いたい。
代わることができない代わりに。
東京を脱出したわけのひとつは、親のこともある。
元気ではあるが、おかげさまで、まだボケていないようであるが、それでも
体力の低下は避けることができない。
もともとスポーツが好きであった父が、走ったり、激しい運動は難しく、
歩行時に足が痛むというのがこの何年間かの苦労でもある。
それでも、車いすのお世話にならないで、自力で歩く、杖を使ってでも
遅くてもゆっくりでも、自分で歩く・・ここを何とかがんばってほしいと
父をいつも励ますが、痛みというのは、本人しかわからない。
体力低下、老化を自覚してくると、気弱になってくるのか、時々弱音を
吐く。
「なんで、自分ばかりが痛いめに・・・」
といったことをつぶやく・・。
痛みを代わってあげられないことは、本当になんともつらいもの。
通院するように、リハビリにいくように、薬も飲むように、あたたかい
お風呂でマッサージするように・・と、いろいろ言うが、代わってあげることができず、
「痛いの痛いのとんでいけ~」とおまじないをしたり、励ますことしかできず、そんな自分が、とてもはがゆい。
応援はできるが、協力もできるが、痛いのは、代わってあげることができないから・・。
人間、結局は自分でがんばって生きていくしかない。
まだ、自分で歩き、話し、食べて・・・普通に生活ができるだけありがたいと
思い、父ができる限り、長くがんばって自分の力で生きられるように、応援したいと思っている。絶望しないように、ささやかな楽しみでも、それがひとつづつでも増えるように・・・。
痛いのは生きている証拠だけれど、痛みは誰にとってもつらい。
運転免許も返納し、いろんな意味で、父からいろんなことを奪っていることが
切ないが、それでもまだ自力で生きていてくれること、好きな晩酌ができること、そんな今でも楽しめることに目を向けて、出来る限り誘っていきたい。
彼の痛みが消えるように、何かできることがあれば・・・。頑固じいさんだけになかなかむつかしいが、この気持ちが伝わるといい、その気持ちが痛みをやわらげたり、癒しになれば・・と思うが・・。
父にずっとエールを送り続ける。それも私の大切な役割だと信じている。
なんだか小さくなっていく、ちぢこまっていく肩を抱き、一緒にゆっくり歩き、
「お父さん、がんばろう!お父さん!がんばろう」最初はカラ元気でも、言い続ければ中から元気が湧いてくると信じ続けて・・・。