スマートなジャーナリストと彷徨うマスコミ

木村太郎さんのトークを久しぶりに見聞きする。
なんでも、アメリカ大統領選挙について2年も前からトランプ氏が勝利すると
言い続けてきた論客のひとりだ。
最近はこのことで、これまで以上に取りざたされているようだが、
何十年も前に、NHKニュースの解説をきいても、なかなか国際的で
スマートな方という印象、また最近では東京新聞に書かれているコラムを読みながら
独自の視点でちゃんとした調査をされている方という印象をもち、
最近では数少ない、まともなジャーナリストだとますます好きになった。

なぜ木村さんがトランプ勝利を予測できたかということに、
今になって、マスコミはじめ(笑)世間の目が向けられている。
そんな今も、木村さんは自然体で淡々とされており、またいうべきは
いう、斬るべきは斬るという潔さもあって、改めて尊敬の念を抱く。

どこかに媚びようとか、最近のネットニュースのように、
間接的な入る情報でもっともなように、体裁を整えるのではなく、
カラダを張っての現地取材。調べ上げている。
マスメディアの良さは、取材をちゃんとしているという点であるが
木村さんは、日本のマスメディアが目を向けない、現地のニュースソースを
きちんと独自ルートで発掘されていたようだ。
もちろん、単純なひとつの方法ではなく、真を求め、探し続けることを
し続けた結果の答えだったと思う。
ネット社会だから、洪水のような情報から、より確かなるものを
探し当てる力こそ、マスコミ力。それを木村さんは時間をかけて
信念をもって実行し続けたのだ。
調べ続けることは重要だ。
しかも世界を左右する重要な案件について。
マスコミとジャーナリスト。
この関係についても、改めて考えさせられる。

周囲に振り回されず、きちんと判断できる人間になるための
道を学ばせていただいた感がした。

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次は、地方で再会を。

初めては出会ったのは京都で。10年以上前のこと。美容業界でのキャリアを積まれ、
全国各地に移り住み、そして東京で3年。
出会ったときは、本当にかわいらしかったが、今や一人前の美しいエステシャンだ。
アーユルヴェーダも学んでくるとインドやスリランカにも単身で修行で行ってきた
り、ちょっとワーキングホリデーにと南半球まで行ってきたという行動力ある
人だ。時々連絡がとれなくなり、また現れる。そんなこんなの10年。

彼女はこのたび、東京を離れ、久しぶりに故郷の岡山方面へ戻るという。
それを聞き、最後の勤務日に仕事場に出向く。
最後の東京での仕事に、彼女の客としていたかったから。
そして、初めて京都で出会った日のことを思いだしながら、
カラダのメンテをしてもらった。
本当に彼女とは公私ともにいろんなところへ互いに出没した。
そして、「わたし、東京へ出てきてしまいました~」と驚かせてくれたのが昨日のよう。

「今度は、岡山へ行くからね。あなたも岐阜のライブに来てね」
という約束。

東京で親しくしてきた人たちのなかで、地方を向いて動き出し始めている人がいる。
ああ、時代が動き始めている。
先をわかる人が、感じる人が東京を卒業していく時代・・・の到来。予感がする。
ふと、彼女の東京最後の仕事場である、都庁を前に、新宿を見てみた。
まさにTOKYOだ。ここを夢見て、みんなやってきた、そして、いずれ出る。
東京の秋。そう、都市にも四季がある。
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最初はひとりの客として、そして今。

自分の周りにいて、見守ってくれている人たち。仕事で出会った人、人からの紹介で知り合った人・・その出会い方は多様である。そして、そのなかでも不思議な出会いは、自分がある店の客だったことから始まるというケースだ。
10年以上前にエステで知り合った彼女とは、京都で最初出会ったが、そこで終わらず、彼女の転勤に伴い北海道のニセコにまで足を運び、そこから彼女は海外に出て、そして気が付いたら東京に来ていた・・その間ずっと交流が続いた。もちろん会う回数は少ないが、気が付けば 姉妹のようだ。
ビジネスショーに出展していた企業ブースに立ち寄ったことがきっかけで知り合った彼女も、もう1年以上のつきあいだ。会社員をやめ、看護士になり、東京に出てくるときはこんな自分のことも頼りにしてくれた。
台湾のホテルの営業部長だった彼とは客としてそのホテルに泊まったときからのつきあいで、こちらも10年以上。お互い昔と違う仕事をしながらも、その生き方、価値を共有しながら、時々再会している。バンコクに住み、相変わらずの国際人の弟だ。
そして、最近は時々足を運んでいる居酒屋の社長と、さしで話をする機会を得た。
最初はひとりの客だったのに、応援したり、ときにはクレームをいい、ときに人を紹介しているうちに親しくなってきたわけだ。

最初はひとりの客。そこから新たな人間関係に発展し、人生に影響をもたらすようなこともある。

そうそう、新宿歌舞伎町のスナックのママも同じだ。
もう店はないが、今も時々お茶を飲む。

店側からすれば、単なる客。でもそれはお金を払って、利用してくれるだけの関係に終わらない
こともあるということ。
人生の大切な出会いは、こんなところからも始まる。

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この世界の中心ではなく、「片隅」で生きる。

クラウドファンディングで制作されたアニメ映画を観た。戦時下の暮らしが本当にリアルに描かれており、これまで戦争映画といえば実写、特撮でのスケール感に圧倒されるものもあり、戦争体験がない身にとっては、現実のものと思いづらかったが、この作品は普通の人たちを題材にしているだけに、心に染み入った。
先般観て感動した「君の名は。」と比較できないが、こちらもそれに劣らぬ傑作だ。
広島、呉の町を舞台にしたこのストーリー。あまりにかわいく、ほほえましいのに、残酷で、涙が途中から止まらない。そこにやさしい風景や音楽が絡まり、たまらない気持ちになる。ああ、平和でありがたい、平和がいいんだ・・・という思いもじわじわ湧いてくる。
戦争というのは、普通の人の普通の生活を変えるのだ。ということがよく伝わってくる。
ところで、この映画で一番気に入ったのはこの映画のタイトルだ。作品のラストに差し掛かったころ、主人公が、愛する人に「この世界の片隅で、私をみつけてくれてありがとう」といったような言葉をかける。そうか~。この世界の片隅か・・。私もそうだ、この世界の片隅で小さく生きている。
その片隅でいろんな出会いがあり、別れもあり、笑いもあり、涙もあって・・。片隅の人生を多くの人が生きているんだ。間違っても世界の中心ではなく「片隅」。この言葉がとても気に入った。
しかし、
戦争は中心だけでなく、そんな片隅で静かに生きている人まで巻き込んでしまうのだ。
だから、世界の片隅で平和に生きられる。そんな世の中が一番いい。
そんなことを静かに願う。

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遺言準備宣言。

ある方に、ご自身の経験から、一言書いた遺言がなかったために、大変苦労したという話を聞き、
ああ、自分が死んだあとに、最もお世話になった人に迷惑をかけてはいけないなと、しみじみ
思った。生きているときは、元気なときは忘れがちで、病に伏したら切り出しづらく、またそんな場合でないかもしれず。
そう思うと、やっぱり遺言は今のうちに、用意しておかねばならない。

わがまま、自分流の生き方をしてきた人ほど、その思いを貫き、周囲に迷惑をかけないように
旅立つには、必要なのである。

「じゃ、互いに書き合おう」。
まだ現時点では書いていないが、書初めのように、互いに机に向かって・・というのを
早くやらなくちゃ。

何があるかわからないこの世の中、人の命の行方はしれず・・。
体験談を聞いて、他人事と思えないことが増えてくるお年頃。

遺言というと、本当に縁起でもないが、そうでもない。
それをかくと、毎日をより大切にできそうな気もする。

とにかく、できる限り周囲に迷惑をかけないで、旅立つこと。
これは、自立した人生を目指すならば、大変な重要なことだ。

今、大変な思いをされている知人のことが早く、落ち着くよう
解決するようにと心から願っている。

うーん、すっきり生きるのはなかなか、難しい。

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愛するニューヨーカーたちへのエール。

NY在住の知人からは、今回の大統領選挙についての落胆のメールが届いた。
彼はヒラリーのことも最適なリーダーとは思っていなかったようであるが
トランプなんてありえないと思っていた。そしてこの結果で、かなり
しらけている。あとは、側近次第だと・・。

それ以上に周囲のニューヨーカーが大変だ。
ヒラリーを圧倒的に支持していたニューヨークはいつもの活気がなく、
とくに若者たちは悲しみに包まれている。

選挙前に、トランプをいじって大人気であったそっくりさん
コメディアン。選挙後のショーは大失敗。
現実を忘れたくて、劇場に来たのに、そっくりさんを
見て現実を思い出し、泣いてしまい、途中で席を立ってしまう
という事態もあった。
笑えない現実・・が、ニューヨーカーたちの前にある。

日本はちょっと他人事で、トランプに関連する本を販売
したり、商魂たくましいが、ニューヨーカーたちには
本当につらく、悲しい結果なのだ。
そう思うと、気の毒にも思う。
でも、前を向いてがんばってほしい。
人間は、誰しも 想定できることや、決まった道をいくのが
安心だ。
でも、本当にこれまでのままでよかったのか?ということを
気づくには絶好の機会なのだ。

メディアの存在についても、政治家の仕事についても、
本当にこのままでいいの?
違うじゃん?読めていなかったでしょ?
とこの現実自体を受け留めるには いい機会なのだ。

でも、抗議する姿勢は素晴らしい、声をあげることは
いい。アメリカの若者も女性も、今できること、したいことを
存分にすればよい。
ただ、人を傷つけたりすることだけは、避けてほしい。
アメリカは民主主義の国であるが、銃をもつ危険な国でもあるから・・。

大好きなニューヨーカーたち。
自分の可能性、夢を信じて、気持ちを切り替えて、どうぞ
がんばってほしい。

違和感は新たなパワーになる。それをプラスの方向に。
愛するニューヨーカーが、あの五番街が、どの人種年齢の人々も
すべて笑って、強く生きられるようにと心から願う。

I LOVE NEWYORK!

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尊敬するリーダーたち

オバマさんはやっぱりすごいと思う。
大統領の資質を十分にもち、最後まで役割を全うされようとしている。
彼が日本のリーダーだったら・・と思ってしまう。
ありえない話ではあるが・・。
人のことを考える、人の立場に立つ、すばらしいリーダーだ。

そして、ヒラリーさん。
彼女も素晴らしい。
敗北宣言での態度は立派で、こちらが泣けてきそうになる。
涙も見せず、そして応援してくれた人たちに感謝と謝罪と・・。
そして何より次代の人に向けたエールは、本当に素晴らしい。
きっと彼女の取り組みを引き継ぐ、若きリーダーは現れるし、そうなるよう
がんばる人もいるはずだ。
一緒に泣いてくれる人がいてくれて、ヒラリーは幸せな人生かもしれない。
それにしても、敗北宣言はトランプ氏の勝利宣言に劣らず、すばらしい。

そして、トランプさん。
私は彼は、きっとやりぬくと思う。
選挙とはキャンペーンだ。勝ち抜くための戦いだ。
そして選ばれた。
次のステージでは世界の大国として。その役割を担うという仕事が
待っている。
世界中、トランプを見たことも聞いたこともなかった人が不安に思っている
というかつてない、想定外の結果ではあるが、
彼は選ばれた。独断でわがままでなれるポジションではない。
だから、きっと彼は変わるべきは変わり、
そしてこれまでにない、いいリーダーぶりを発揮してくれるだろう。

と、そう期待したい。

何かが変わらなければ、何も変わらない。

アメリカはやっぱり好きだ。
日本よりも民主主義の国だ。

私の周囲でも、これからの世界が日本が不安です。怖いです。
という声が聞こえるが、怖がっても不安視しても、仕方ない。
前を向いて、自分の夢に向かって進み始めればよい。

心から拍手できる、ともに泣ける、尊敬するリーダー。
日本にも早く、現れてほしい。

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やっぱりアメリカンドリームの国

トランプの勝利は世界中を驚かせた。
周囲の人々の多くが不安に思う!心配!と言っていたが
意外に私の周囲には、今回の結果を密かに願っていた人もいることがあとでわかってきた。

私は、これがアメリカだ!とこの現実を前向きに受け止めている。
自然災害も含め、何が起きるかわからないこの時代、
政治の世界だって同じこと。
これまで政治のプロと思いこんでいた輩たちにとってはやりにくいことも
多いかもしれないが、国というのはまず自国のことを大切に考えることが
当たり前であり、いいかっこうをしている余裕などどこの国にもないのである。
そんなところに現れたのがトランプだったのだ。

政治家でなくても大統領になれる。
これはまさしく、アメリカンドリームだ。
多くの人が勇気を得たと思う。

女性が大統領になれることも、アメリカンドリームだったかもしれないが
それ以上に、既存の社会を真の意味で変革しようという思い、
そして、そのために異端を選ぶことが、支持されたのだ。
まさに、今回の結果は、現代のアメリカ社会が求めるアメリカンドリームなのだ。

アメリカという国は、日本とは違う。
多民族国家であり、移民たちががんばって創ってきた国。
がんばる原動力は、いつも夢の実現であったと思う。

それにしても、
トランプは、それにしても、心をうつスピーチができる人だ。
口がうまい。英語で話しているのを聞いても心に響いてくる。
(その点は、ヒラリーも同じだ)

政治は経営だ。それをトランプの手腕で示してくれれば、
次代のリーダーも変わってくるはずだ。

なぜか、私自身も勇気もやる気も沸いてきた。不思議だ、海の向こうの
話なのに・・。
心配、不安は日本も同じこと。
世界中、そんな種はいっぱいあるが、自分が何をどう感じ取り
行動の原動力とするか。
前向きに行こう!

と、書きながら今、海に向こうで起こっている
若者、女性の参加するデモは、この人たちの立場に
なると、心痛い。

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今、アメリカに学ぶこと。

アメリカの大統領選の結果がついに出た。
なぜか、こちらまでドキドキした。
1年半もかけてキャンペーン活動を展開し、両陣営ともよく
がんばった。すごいパワーだ。お金ももちろん使ったであろうが
人としてのパワーも凄い!と思う。
アメリカの選挙は何かひきつけられるものがある。
オープンだからだ。
いいことも悪いことも・・。
候補者たちの
コミュニケーション力、エンターテイメント性含め、
プロセスで楽しませてもらったり、学ぶ点も多かった。

もっとも、今回の選挙は、ネガティブキャンペーンに終始しており
ここは情けなく、みっともなかったので、終わってよかった。
懸命な国民からすれば、選択が難しい選挙であっただろう。

長かったこの戦い。結果は異端といわれるビジネスマンのトランプ氏の
勝利。どうなるかとやきもきしたが、結果は結果だ。
クリントン氏は女性だから負けたのではない。

当選決定後のトランプ氏の勝利宣言。
私にはとても好感をもつことができた。
もしかしたら、彼は闘うために、被り物をしていたのかも
しれない。

アメリカも変わる。日本もいつまでも同じではいけない。依存も良くない。
対等のいい関係を構築するために、切磋琢磨しないと・・。

密室の選挙よりも、気持ちいい。
日本はアメリカのオープンなポリティカルコミュニケーションを
もっと学ぶべきだ。

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「モノ」と「売り場」の価値を考える<2>

時々、いくつかのメーカーから「ファミリーセール」という案内が届き、
興味ある場合は、リサーチ兼ねてその会場に向かう。
ファミリーセールとは、そのメーカーの在庫一掃処分の大安売りだ。
高級ブランドと言われるガラス製品のそのセール・・・長蛇の列。そして大量にワイングラスなどを
買い物かごに入れ込む人・・・。デパートで売られているあのラグジュアリーな雰囲気とは違い、殺気立ったバーゲン会場の雰囲気に戸惑い、商品よりも商品に群がる人に目が行く。
ガラス製品をこんな風に大量に買い込むのか?
これって、もしかしたらネットで売るのでは?その仕入れにきている人もいるのかも・・。
とにかくそこで、買い物しようという気持ちにはなれず、この喧噪から離れたく、
数分で会場を出た。なんだかそのブランドへのイメージも変わってしまうほどだった。

そして後日、衣料メーカーのファミリーセール。
サザエさんで見るデパートでのバーゲン会場での争奪戦のように、お姉さん、おばちゃんが必死に
透明の袋に衣類を詰め込み、そして鏡を見たり、財布と相談しながら、買わないものを
元あった場所に戻さず、その場に置き去りにする。会場は乱れ放題。女たちの戦場・・。
もはや、そこにはいい商品はない。デザイナーの失敗作、売れ残り・・。しかもしわくちゃの山だ。
荒らされたワゴンはもはや、洋服ではなく布の塊のように見える。
こちらもその会場の雰囲気をみて、気持ち悪くなり、手ぶらで退出。

商品はちゃんとした売り場できちんと見るから、ほしくなったりする。
作る人もファッションショーや売り場を想定してつくるはず・・。
しかし、現実には毎シーズンごとに新商品を出さなければならないメーカーの宿命、
だからこういった在庫セールはお決まりの重要なイベントであり、
ここで買い物に燃える客がいる限り、売る側もありがたいことであろう。
1枚でも多く処分し、回収した方がいいはずだから。

でも、ここで見る商品は通常の売り場で
お客に選ばれなかった商品の残骸・・。そう残り物、もしくは失敗作だ。
華やかな商品の新発売から、半年も経てば、もう売れ残り・・という
悲しいファッション業界のサイクルについて考えさせられる。
なんだか、MOTTAINAIぞ。

売り場により商品の価値は高くも、低くもなる。

いつまでシーズンごとに新商品を出し続け、作り続け、買い続けるのか・・。
モノ余り日本。世界。
結局、こういったところに我こそと集まる人たちは、そのブランドを心底
愛している以上に、「買い漁るという行為」を欲しているような・・。
現代の消費という病気?について考えさせられる一幕でもある。
もちろん、自分自身の消費行動についても反省をする。

いずれにしても、売り場は商品の価値を変えるし、
いずれにしても、消費を加速させる仕組み作りについても
つくづく考えさせられる。

とにかく、まずは自らが反省だ。

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