一人何役もやりまっせ!

ある企業様主催の会食を兼ねたセレモニーイベントのお手伝いをさせていただいた。新社長就任のお披露目と、来る周年記念に向けてのお客様をお招きしての「感謝の会」だ。
企画から一緒に練り上げ、何度も何度も打ち合わせをした。その主催企業にとって、何十年に一度といってもいいぐらいのビッグイベント。
みんなで創り上げるというプロセスが大変重要だ。

今回は、プロセスは黒子であったが、当日は司会と会食時の生演奏を担当した。
司会者は、ご参列のみなさんに顔を向けて話すので、すぐわかるが、ピアノ演奏は背中を向けて弾くので、気づかない人も多い。
気づこうが、気づかれまいが、どちらでも良い。
両方の役割をひとりで果たせることを楽しみながら、行う。

司会は司会で会を進行、演奏は演奏でムードづくり、盛り上げに役立てば・・。

演奏しながら、会場を振り返りつつ、お客さんの様子を見ていたら、あるお客様がずっと自分を見ていることに気づき、目が合う。
「あ、司会の人がピアノ弾いてる」という感じだ。その人はずっと私の演奏を機にかけてくれていた様子。

そして、この会がお開きになり、お客様がお帰りになるときに、その方が歩み寄ってくださって、「司会とピアノと両方やられるんですね~」と大変興味をもって話しかけてくださった。その方もミュージシャン経験もあるようで、音楽で仕事をするということについてのお考えもあるようなご様子。

司会だけ、演奏だけ ではない、両方やるというところがいい!とその方はおっしゃっていただき、また近いうちにお会いすることになった。

ひとり一役の時代でなくてよい。自分ができることはなんでもやればいい。
何でも、何役でもしまっせ。これこそがコミュニケーションクリエイターの進む道。これからも、わかる人にはわかる稀有な道を進んでいきたい。

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マネジメントコミュニケーションという発想。

高齢化社会のなかで、必要とされている仕事のひとつが福祉のお仕事。介護にかかわる人々のご苦労には、本当に頭が下がる。
経済の発展とともに、人間の寿命は延び、一方、生きるためには働かざるを得ず、そのために本来そうではなかったことがどんどん外注化され・・・。福祉はまさにその影響下にある業界であると思う。

社会のために、人のためにと高い志をもって取り組む人たち若き人たち、需要が高いだけにその職につくことはできても、そのあとの継続がなかなかむつかしい。現実はそんなに簡単ではない・・。認知症など様々な疾病、老化が進むお年寄りたちのお世話をし続けるという大変な仕事。しかも人手不足であるが故にハードな職場環境。
現実には思う通りにならない、ストレスがたまり、怒りが爆発することも少なくなく、離職率も大変高いと聞き、納得もしながら、危機感も抱く。
福祉の仕事は本当に頭が下がる。でも、お世話にならずに生きていくことは難しい世の中になっている。

さて、その福祉の現場では、怒りをおさえる、鎮めるためのトレーニングも積極的にされているとのこと。そのひとつがアンガーマネージメント。
怒りを制御し、うまく落ち着いて仕事ができるように自分でコントロールする術を身に付けるコミュニケーション方法といえばよいだろうか。
暴力に向かわないために、また自分がストレスをためないためにも、こういった処世術は大変有効だ。
この感情のコントロールの必要性は、介護だけでなく、日常社会においても大変重要だ。最近は、コミュニケ―ションが乏しくなり、うまく伝えられないことで、摩擦や衝突が起き、事件になることも多い。そこで、その解決法のひとつとして、マネジメントコミュニケーションという考え方はどうだろう?

たとえば、いつも笑顔で接するようにする。なんでもプラス思考で考える、
相手を一面的ではなく、多面的に理解しよう、いいところを探しそうと努力する、褒め合う、最後に感謝の気持ちを伝える。自分のことも褒める・・などなど。相手だけでなく自分との向き合い方も見直すことも重要だ。

日々を楽しく有意義に過ごし続けるために、自分をマネジメントするそんなコミュニケーションのあり方はどうだろうか?このことは、大変重要なことだと、最近思っている。

このテーマ、今後、もう少し突き詰めて、考え続けていこうと思っている。
怒りをおさめるだけでなく、バランスよく感情豊かに、もっと前向きに、毎日を楽しく感じられるように感謝の気持ちが増えるように・・・そんなあったかいコミュニケーションの花が世の中に咲き乱れるといい・・。そんな風に思っている。

一人ひとりが、まず自分をセルフマネジメントし、社会とうまく共生していくため、幸せに生きるために、コミュニケーションを役立てたい。

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せめて親不孝しない人生。

最近、残酷すぎる事件が続いており、そのたびに心が痛い。

無差別に人を傷つけたり、人生を奪ったりするそんな事件が起きるたびに
その被害者そのご家族のことを思うと、決して他人事と思えず、胸が痛い。

いつ、どこで自分もそういう目にあうのか、まったく予測不可能な、物騒な世の中になってしまったことが悲しい。
一方、被害者だけではなく、加害者の家族のことも同時に思い浮かび、これも心が痛い。
また、そういった事件が起きたことがきっかけで、父親がわが子を殺傷した事件を知り、さらに心が痛む。

親の責任として、そんな選択をされたのだろうが、あまりに悲しすぎて言葉が出ない。
他人様を傷つけるような人間になってはいけない。これは当たり前のことであるが、同時に親不孝もしてはいけない。

と、思うが、でもその感じ方ももしかしたら、人それぞれなのかもしれない。

人に迷惑をかけない人生。これはまず人として大切なことであるが、環境によって人生はさまざまである。

報道も伝え方を考え、とにかくこういった事件が増えないように配慮をしてほしい。

モノの豊かさとうらはらに、心寂しい現代社会。ぬくもりや、思いやりを取り戻したいものだ。
とにかく、親不孝をしない人生。大きく成功するよりも、そっちが人として大切だ。
被害者、加害者。いつでもなりうる。ではない社会を目指したい。


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会社の歴史を語る仕事への誇り

名古屋に拠点を移し、そろそろ2年になろうとしているが、気が付けば、この地に世界を代表する日本のモノづくりのルーツがあり、しかもそれが本当に近所である偶然?うれしく、改めて、ここを選んでよかったと思っている。
そのひとつは、トヨタ産業技術博物館だ。
トヨタのミュージアムといえば、もうひとつ、郊外に広大なトヨタの博物館があるが、こちらは車そのものを数多く展示し、世界の車のコレクションも充実しているため、車好きな方にはたまらないが、近所にある前者は、まさに豊田佐吉が開発した織機の工場跡につくった、トヨタのモノづくりの全貌がわかるミュージアム。
織機部門と自動車部門に分かれて、豊田の歴史と技術を丁寧に展示している。
衣食住の「衣」の発展を支えたのは、まさに豊田佐吉さんの功績だったのだと改めて実感できる感動の空間である。
そして、織機づくりの技術が、車の製造にも活きていることが、素人にも感じることができる。


今回2度目の訪問となったが、平日でもありゆったり見学できたのは良かった。それに加え、各コーナーにスタンバイしている説明員のスタッフの案内を受けることもでき、それも大変勉強になった。とくに、今回感動したのは、写真の女性スタッフ。研修生の名札がついていた。きいてみると、スリランカ人の方だ。

1歳半から日本に来て、こちらで育ったそうで、日本語はお見事。流れるようにしかも一生懸命にトヨタの歴史を話してくれるのが、大変印象的であった。彼女が担当したのは豊田喜一郎氏が織機の契約でアメリカ出張に行ったことが、自動車部門設立に至り、最初の乗用車をつくるまでのまさに自動車部創世期のお話し。
展示してある写真、ジオラマ、車の複製などを見ながら、トヨタの最初の自動車づくりについて、大変わかりやすく語ってくれた。
この博物館は、海外からの見学者も多く、バイリンガルで対応するのは必須であるが、世界から集まるお客様に、世界のトヨタを印象づけるにも、彼女のような存在は大変貴重と思った次第。
「全部、覚えているの?すごいね。そんなすらすらトヨタの歴史が話せるなんて」と称賛すると、彼女はとても喜んで、「はい、がんばってます!」と答えてくれた。
まさにNHKの「クールジャパン」にも出てきそうな彼女が、立派にトヨタの歴史を話す・・さすがTOYOTA。自動車部門設立後、TOYODAからTOYOTAに名称が変わったそうであるが、個人の名前ではなく、世界に通じる名前になるために響きも大切などの理由があっての名称変更で、のちに工場があった町も豊田市になる。地名まで変えてしまう企業って、すごい!
モノづくりこそが、人を豊かにする。という時代。トヨタのおかげで、日本人は戦後、豊かな暮らしを享受し、経済的にも世界と肩を並べることができた。今でも海外で共通する日本語のひとつは、TOYOTAだ。
研修生の彼女がこの名古屋から世界に向け、さらにご活躍されることを心から応援している。




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ハードル上げるか、下げるか。

人と向かうときは、なるべく敷居を低くしたいと思う。
意識しなくても、自然と、相手と溶け込むように、お互いに警戒なしで、会話がはじまるようにしたい。
そこには笑顔であったり、丁寧な言葉がけであったり、名刺交換の仕方ひとつであったり・・あるいはちょっとしたサプライズありの挨拶であったり・・・ちょっとした工夫があるといい。
人に対しては、親しみやすい人、話しやすい人と思われた方が、さらなる交流に発展しやすい。
言い換えると、人様に対しては、ハードルを下げて・・が良い。

一方、自分のハードルについては、最近、少しづつ上げていこうと思っている。

これまでやってきたことの延長、くりかえしだけでなく、やれるかな?と思うことも含め、やりたい!できるかも!と一分でも思うならば、やればいい。
そんなとき、ググっと自分のハードルを上げるのだ。
最近は、自分のハードルを上げていくのが楽しくもある。よし!いくぞ!と
モチベーションも一緒に上がる。

ハードルはどちらに向いているか?で 上げたり、下げたり・・自在に操っていきたい。


人と人の間には、壁があると思わず、越えて楽しいハードルがあると思えばよい。



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安楽死を選ぶ準備は?

あるドキュメンタリーコンテンツを見て、神経難病と闘う人の最期の選択について衝撃を受けた。
いずれ人工呼吸器をつけて生きることになる、という宣告を受けたその患者さんは、自分の力で生きられない、自分の言葉で感謝も言えないようなカラダになるなら生きていたくない・・ということで、安楽死を選択された。
現在、日本では積極的安楽死というのは認められておらず、外国で日本人がその処置を受けられるのは、スイスのみということで、彼女は自分でそのことを調べ、スイスのその民間団体にコンタクト、登録し、実際にそこに家族と出向き、そしてそこで本当に自らの人生を終えた・・。スイスに到着して3日で帰らぬ人となった。


一方、同じ病と闘いながら、人工呼吸器をつけて生きることを選択し、家族に助けられて行き続ける患者さんの例も併せて紹介された。

この2つの生と死への向かい方を見て、自分だったら・・と考えざるを得なかった。そして、思わず、そのスイスの団体のことをネットで調べた。

人にとって、人生をどう終えたいか・・は人それぞれ。でも、今の医学は生き延びさせようとして、延命処置などを施すが、それには賛否ある。
できれば、死ぬ権利も与えてほしいと私自身も思っている。

今はおかげさまで元気で、健康でしたいことを思い切りできる状態であるから、
安楽死は自分にとって選択すべき方法でも何でもないが、いずれ、何か起きたらそんなことも考える必要があるのかもしれない。
もちろん自分のことだけでなく、家族の死についても・・。

それにしても、安楽死で旅立つというのは何とも悲しいものだ。
しっかり意識をもって、愛する人にお礼を言うことができるが、その数分後、
致死薬によって、息絶えるのだ。それを見守る、家族はどんな気もちか・・。
本人が望んだ方法だからということと、もう苦しまなくていいから・・という気持ちと、一方、あっけなく逝ってしまったことへの喪失感は・・・。
涙なしで、見られない光景であった。

それにしても、スイスという国はいろんな意味で先進国だと思う。
人が人としてきちんと人生を送ることができるように、法律もインフラも整っているようだ。すべて住民の意志で決定されるというのも素晴らしい。

安楽死。日本では、自殺ほう助で有罪となった人がいるが、日本はいざというときに、もしかしたら不自由な国なのかもしれない。

自分で期限を決めてそれまで生きるか、最後まで与えられた時間を生ききるか。
どちらもありだと思いたいし、どちらの勇気も素晴らしいと思いたい。

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代わることができない代わりに。

東京を脱出したわけのひとつは、親のこともある。
元気ではあるが、おかげさまで、まだボケていないようであるが、それでも
体力の低下は避けることができない。
もともとスポーツが好きであった父が、走ったり、激しい運動は難しく、
歩行時に足が痛むというのがこの何年間かの苦労でもある。

それでも、車いすのお世話にならないで、自力で歩く、杖を使ってでも
遅くてもゆっくりでも、自分で歩く・・ここを何とかがんばってほしいと
父をいつも励ますが、痛みというのは、本人しかわからない。

体力低下、老化を自覚してくると、気弱になってくるのか、時々弱音を
吐く。
「なんで、自分ばかりが痛いめに・・・」
といったことをつぶやく・・。
痛みを代わってあげられないことは、本当になんともつらいもの。

通院するように、リハビリにいくように、薬も飲むように、あたたかい
お風呂でマッサージするように・・と、いろいろ言うが、代わってあげることができず、
「痛いの痛いのとんでいけ~」とおまじないをしたり、励ますことしかできず、そんな自分が、とてもはがゆい。
応援はできるが、協力もできるが、痛いのは、代わってあげることができないから・・。
人間、結局は自分でがんばって生きていくしかない。
まだ、自分で歩き、話し、食べて・・・普通に生活ができるだけありがたいと
思い、父ができる限り、長くがんばって自分の力で生きられるように、応援したいと思っている。絶望しないように、ささやかな楽しみでも、それがひとつづつでも増えるように・・・。

痛いのは生きている証拠だけれど、痛みは誰にとってもつらい。
運転免許も返納し、いろんな意味で、父からいろんなことを奪っていることが
切ないが、それでもまだ自力で生きていてくれること、好きな晩酌ができること、そんな今でも楽しめることに目を向けて、出来る限り誘っていきたい。

彼の痛みが消えるように、何かできることがあれば・・・。頑固じいさんだけになかなかむつかしいが、この気持ちが伝わるといい、その気持ちが痛みをやわらげたり、癒しになれば・・と思うが・・。

父にずっとエールを送り続ける。それも私の大切な役割だと信じている。
なんだか小さくなっていく、ちぢこまっていく肩を抱き、一緒にゆっくり歩き、
「お父さん、がんばろう!お父さん!がんばろう」最初はカラ元気でも、言い続ければ中から元気が湧いてくると信じ続けて・・・。


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脱サラ、卒サラと組む。

これからの社会、健康長寿を推進するならば、生涯現役は必須かもしれない。
これまでは、サラリーマンが定年を迎えたあとは、現役引退ということで、
ゆったりお過ごしの方も多かったが、最近はそういうケースは少ない。
定年年齢も繰り上がり、また経済面での必要性からも、長く働こう、社会活動をしようという人も増えている。
私の周囲にも、活動的な先輩は多いし、増えている。

最近、そろそろ定年という方から、一緒に組んで仕事をしない?といった
お声もいただく。私は脱サラ(中途退職者)、相手は期限一杯立派にお勤めを果たされた卒サラ。40年以上の会社員生活から、新たなスタートをしたいとのこと。

会社の看板を背負ってきた人たちが、ある日、その看板がなくなる。
立派な肩書をもっていた方も、ある日、ただの人になる。

そのことへの不安も正直あると聞く。
こちらは、20年以上前に、看板がなくなったから、(といっても立派な看板か肩書きかは人それぞれであるが)、そういう意味では、ただの人としては
先輩ということになる。

ひとりで20年やってきた自転車操業と、大きな組織でキャリアを積まれた方と
お互い、補える面は多そうだ。
人として尊敬できる、人として共感できる人とのジョイントは歓迎だ。

脱サラ、卒サラ。お互いの強みと経験を活かして、わくわく60代への道を
切り開くのも面白そうだ。





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エコから生まれる素敵な感動

この写真は何だ?と一瞬思われるだろう。ピンクのエコバッグ。どこで売っている?いや、売っていない。地方のあるハンバーガーショップの食器返却場に
畳んで何枚かカゴの中に置いてあったものを1つ、いただいてきた。
それが入っていたカゴに「キャンペーンの幟旗で作ったエコバッグです。使っていただける方、ご自由にお持ちください」と書いてある。色はピンクだけでなく、緑だったり、赤だったり、黒だったり、色とりどりのバッグが数個入っていた。一見、何かわからないが、気づけばびっくり!まじ?思わず広げたくなる。
すべて期間限定のキャンペーンで使った店頭用の幟を再利用してあるのだ。偶然気づき、興味をもったお客さんは持ち帰るが、目立つようには置いていないので、今回、気づいて本当にラッキーであった。
「誰がつくられたのですか?」「奥でハンバーガーつくっているパートさんです」とお店の人が微笑みながら教えてくれた。
その人の仕事はオーダーされたハンバーガーをつくることであり、エコバックをつくることではないだろうが、きっと「キャンペーンが終わったら捨てるの、もったいないね~」というという感じで、この取り組みがはじまったのだろう。
「すごい、いいのできたね~。じゃ、お店においてみる?」そんな流れだろうか?マニュアルにないおもてなしだ。そこに手先の器用なパートさんがいて
くれて、処分されていく幟たちをもったいないと気づいてくれて、それに感動してお店で置かせてくれた店長がいて・・。と、あれこれ、勝手に想像したら楽しくなる。この協力・共感体制が素晴らしい。

近々、お店の人にお礼を言いに行こうと、思っている。なんだかこれをもっているだけで、その人の気持ちが伝わってきて、とても幸せな気持ちになるのだ。
そして、またあそこに行こう、行きたいと自然に思うのだ。そして人に「こんな、いいことがあったよ~」と言いたくなる。
また行きたいと思う店には、このような手作りのサプライズがある。
マニュアルにないからこそ、感動する。自発的な、なんだか楽しさが伝わってくる行動・・。想像しただけで、シアワセになる。

おもてなしとは、コミュニケーションとは・・この拡散の時代だからこそ、よりアナログであってほしいし、ぬくもりある、心のふれあいであってほしい。
あたたかい心に触れるだけで、人はシアワセに元気になれると思うから。


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エネルギーを注入する仕事

このたびお会いした町工場の社長夫妻。

いろんな困難を二人で相談しながら、毎日きりもりされている。

脱サラをして受け継いだ会社経営だから、なんとか軌道に乗せなければ・・
仕事に追われる日々、ゆっくり長期的な視点で考えるゆとりもなかったようだ。

この度お声がけいただき、会社訪問して、社長夫妻と一緒に会社の棚卸をしてみる。

問題もいろいろあるが、夢につながる可能性もたくさんある。
一人じゃ大変だけれど、夫婦なら乗り切れる。

二人の視野を広げ、夢をもって、まずはいろんな現象、思いを見える化することをおすすめする。
夫婦だけだと、ついつい今日明日の話にとどまってしまい、大きく将来を見据えることができないが、第三者が関わることで、自分たちのことも客観化でき、
現状とすべき方向も見えてくる。

3時間ほど語り合った。気のせいか、奥さまの頬が紅潮し、社長も笑顔になってきた。
「なんだか、わくわくしてきました。がんばりますわ」
と二人でいい感じ。

困っている人に元気を注入し、やる気を引き出し、道を切り開くお手伝いをする。なんと、ありがたい仕事かと思う。
笑顔が生まれる会社になるために、一緒に前に進みたい。

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