「ながら」 で楽しく、フル稼働

仕事をこれまで通り続けながら、親のことに関わる日々は、おかげさまで大変めまぐるしく、毎日、大したことではないのに、綿密な計画、段取りが必要だ。
家族、ご近所、介護関係の皆さまとの連携が重要なため、まさに仕事と同じように共有をいかにスムーズに行い協力を得るか。

ずっと一緒に過ごす在宅介護ができない以上、これは乗り越えるべきハードル。そのハードルも毎日飛びながら走っているとだんだん慣れてくるが、緊張はとけないものだ。

いろんな思いを抱きつつ、とにかくうまく24時間の中でやりくりするには、「ながら」アクションが欠かせない。同時に複数のことをうまくやりきるということだ。

電車に乗っているうちにビジネスメールを全て処理する、美顔器に顔を向けながらタブレットで原稿を書く、料理しながら企画する、歩きながら発声をするなどなど。ひとつの時間でひとつのことでは、回らない。だから同時に複数おこなう。

もちろん二つのことに同時集中は難しく、考え事しながら洗い物していて食器が割れるなど、たまにアクシデントもある。これは余計な仕事を増やすので 注意しながら が大切だ。

これでなんとか24時間が回っている。今しばらく、そんな日々が続くだろう。
ただ、1日に1回は、ざわめきをリセットし、落ち着くひとときを持ちたい。
人によっては、それが祈りであったり、瞑想であったり、形はさまざまであろう。
私の場合は、ヨガかラジオ体操か、朝のクラシック音楽か・・・。
しばし、無になり、そこからはじめる。
今日もきっとてんやわんやの一日になる。「ながら」で楽しもう。

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こんなときこそ、おもてなし。

半年前の計画では、今週はドイツ各地とパリに行っているはずであった。
それが2か月前には、長崎行に変更となった。
海外が無理なら、先に国内で・・・。長崎も1年以上ぶり。

と思っていたら、コロナ感染が再び広がり、それすら難しくなってきた。
とくに長崎県の平戸に住む知人は、現在、地元の医療機関につとめているが、
県外の人と会わないように、自らも島から出ないようにということになっている
とのメッセージで、再会は難しくなり、三度、今週の外出は延期となった。

飛行機のキャンセルはもう何度していることか、ホテルもやっと予約できたのに・・・。キャンセルするのが、ホテル業界も大変で、しのびない。
ネット予約であれば、顔が見えないため、機械的な処理であるが、
馴染みのホテルは直接担当者に連絡をしているため、キャンセルはこの時期
申し訳ない気持ちになる。
それでも、早めに言わねば・・・と、
フロントの責任者に連絡を入れる。
「大変楽しみにしていたのですが、少しずらして来年早々に行こうと思いますが、変更してもよいでしょうか?」
とメールすると、
「お気遣いありがとうございます。私たちは、いつでも今尾様お越しをお待ちしています。当日でも構いませんので、キャンセルの場合はご連絡ください。」

との返事。結果的に延期することにしたが、彼女の「私たちはいつでもお待ちしています」の一言に、大変感動を受けた。
こういう一言が言えるのは、さすがだと思った次第。
メールでのやりとりだけでも、伝わる。
おもてなしの気持ちとは、こういうことだ。と心から思う。

今日の売り上げが減るのは、普段以上に厳しいけれど、いつでも待っています。
と歓迎の気持ちを伝え続ける事自体が、リピーターを増やす、お客様の心と繋がり続ける鍵だと思う。

こういう関係がとても好きだ。
サービス業に関わる方とは、こんな関係を一緒に創っていきたい。
好きなお店とは、お互いが思いを寄せ続けることが大切だ。
ある日突然お店がなくなったりしないように、応援しなければ。

コロナがおさまったらすぐ会いにいかなくちゃ。長崎の皆さんに・・。

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57歳、目指すは高校三年生!

昨日12月3日は、多くの贈り物やメッセージをいただき、本当にありがたい1日であった。1,2,3と覚えやすい日に生んでもらっただけでも、大きなギフトであると改めて感じる。
素敵な色合いのお花のアレンジメントが今年も届き、思わず、本当はコロナさえなければ、行っていたはずのパリのクリスマスオーナメントを付けてみる。
これは、まさしく1年前の12月3日。ルーブル宮内にみつけた観覧車が立つ、移動遊園地の中で求めたものだ。このサンタくんは、フランスの地方の作家さんの木を使ったユニークなアートだ。このサンタくんと目があって、日本まで連れて帰り、ずっと1年間、私のそばにいてくれた。いただいたお花にとても似合う。

この1年を思い出し、皆さまからいただいた数々の応援メッセージを抱きながら、私なりの1年を描いてみる。
57歳になったのであるが、今、私が目指したいのは40年前の自分だ。
高校生の頃。とくに三年生。
ピアノをわが人生のなかでもっともがんばっていた時代だ。
そこを目指したい。
長く生きるのであれば、ショパンを弾けるかっこいいおばあさんを目指したい。
70歳を越えても尚、卓越した素晴らしい演奏活動を続ける韓国人のバイオリニストの演奏ぶりを横目で見ながら、死ぬまで現役で輝くとはどんなに美しいことかと思ったこともひとつのきっかけだ。

とにかくこの1年間は、高校三年生を目指す。
人は意識すれば、なんでもできる。
それを信じている。

多くの愛にあふれたメッセージをお寄せいただいた皆さま、本当にありがとうございました。一言一言が、私にとっての宝物です。

さあ、存分に生きよう。今日からも。

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原点回帰のバースデー。

今日は12月3日。1963年のこの日の夜8時ごろ、地元のお産婆さんのところで、
生まれたらしい。寒い夜だったとか、その時間にプロレスの力道山が・・とか
母が昔言っていたことを、今、思い出す。


今年の誕生日は、なんだかいつもと心持が違う。
親がいなければ、自分は生まれていない。育ってもいない。
このようになったかどうかは別として、ひとりの命、存在として、
こうして生きているのは、親がいてのことだ。
その親たちが、だんだん老化し、人生のラストに向かっている今日。
来年の誕生日に、親はいるのだろうか?生きているだろうか?
ふと、そんなことが頭をよぎる。
であるならば、今日は親に感謝を届ける日にしなければ。
誕生日に親がいるかどうか?なんて、これまで考えたことがなかった。

もともと、誕生日はおめでとう。以上に、誕生させてもらって、生きさせてもらって、ありがとう。と感謝の気持ちを届ける日だと思う。


と、年々その気持ちが強くなっているが、とくに今年は、心身ともに疲弊し、
元気とはいえなくなってきた親たちのことを思うと、
駆けつけてお礼を言いたくなる。

コロナで今、父には会えないが、手紙を書いて、託しておこう。
腰が曲がってしまい、思うように動けなくなってきた母には、ちょっとした美味しいものを届け、一緒にお祝ができれば。
母はよく
「腹を痛めて生まれてきた子」
という表現をしていたことを思い出す。

そこから57年。無事に元気に、幸せに生きてこられたのは、親がいて、そして周囲の皆さまのご支援、導き、ご協力があって・・・。
だから、今日は感謝のバースデー。そして、原点回帰の日とする。

来年も親に感謝ができるように、どうぞ元気でいてほしい。それが今、一番
欲しい誕生日プレゼントだ。

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どんなときも、「変化を楽しめる」人に。

師走になったとたんに、お世話になっている企業の皆さんとの会話、メールとともに歳末感が現れる。
それぞれ、残された一か月を有意義に過ごし、いい1年として結びたいとの思いがあふれている。
それにしても、今年はオリンピックで盛り上がるどころか、とんでもないパンデミックイヤーになってしまい、生活も仕事も、社会全体が大きな影響を受けることになった。今尚、その渦中である。
「消えてなくなりそうもないし・・」、「当分おつきあいしていかねばならないですね」と、コロナとの関係はまだまだ続きそうだ。
対策をしっかり講じながら、前向きに生きることが生きる前提となる。
ある方から、「しっかり対策しながら、そのなかで変化を楽しんでいきたいです」とのメッセージが届く。
この「楽しむ」ということが大切だ。
コロナで良かったこと、気づいたこと、得られたこともたくさんあった。
これを受け入れることが、毎日を楽しむことにつながる。
少なくても、世界は広がった。大切なことの優先順位が変わったかもしれない。
政治家もチェンジとなった。これも、コロナと無縁でないだろう。
何もかもが、当たり前ではないということがわかったこと自体が、
私には、ある意味、楽しくもある。
どんなことも普遍でなく、また可能性が潜んでいるとも受け取れるから、
また、ある一定の縛りから解放されたところでの自由な気持ち・・・もあるから。

だから、今年2020年は、実はさほど、大変だった~とは思わない。
こういう事態を楽しめて、良かったとも思うことが多いから。
まだまだ楽しめそうだ。すべては自分次第。
と、切り替える力、変化を楽しめる力。で閉塞感を乗り越えよう。

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今改めて、KEEP ON

マジシャンの心友は、ブログを見てはエールを送ってくれたり、また他のメディアでみつけたいい記事やコンテンツなど、私に参考になりそうな情報を時折
報せてくれる。
ときには、新聞のスクラップを郵送してくださることもあり
このデジタル時代だからこそ、とても新鮮でうれしく有り難く受けとる。

今回は五木寛之氏が新聞連載で書いていた原稿を引用しながら、「どんなに小さなことであっても、よろめきそうになっても、止まらずとにかく続けることが大切」として、「KEEP ON」という言葉を教えてくれた。

いつも無意識にそうしているつもりであったが勇気付けられたと同時に、しなければならないのにやめていたこともある、と反省。そして、仕切り直し。

人間、確かにいきなり大きなことはできるはずもなく、小さなことからすべて始まる。それを続けるというのは、覚悟も辛抱も、そして意志も必要だ。
たとえばこのブログ一つとっても、毎日続けるということが、今になって自分のプラスになっていると実感する。
どんなことでも、いいことは続ける。やろうと決めたことは続ける。

今日から12月。キープオンの見直しにふさわしい。2020年に悔いを残さないように今日から始める。

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本日11月30日は今年最後の岐阜新聞コンサートDAYです。

コロナで前半は開催できなかった、岐阜新聞本社でのロビーコンサートは、感染対策を施し、なんとか再開。

本日11月30日は、私の出演日です。
2020年最後の演奏会になる予定ですので、心を込めて、楽しい12月が過ごせるように、そして心身共に健やかな2021年に向かえるように、演奏いたします。
(再発気味の腱鞘炎と、あかぎれに負けず・・!)

本日配布する資料をここでもご紹介します。
季節を彩る日本の懐かしい曲から、クリスマスソングメドレー、世界の旅と愛の歌をオリジナルメドレーで、そしてオリジナル曲は久しぶりに、「まどれーぬ」と12月3日に旅立ったザビエルへの思いを込めて、「フランチェスコの夢」
を演奏します。
※本公演、コロナ対策により人数制限の予約制で、すでに満席となっております。来年の予定はHPにて掲載中です。http://www.mahsa.jp

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24時間体制に慣れる日々。

先月からいわゆる警備会社の見守りサービスというのを利用し始めている。
親と別居している人にとって、万が一の場合に、すぐ駆けつけることができない
こともあるため、外部の方の協力を得られるのはありがたい。
もちろん、防犯対策のためのサービスが警備会社の主業務であるが、最近では
高齢者の見守りサービスも、需要が高まっているようだ。
ネットで調べ、二大サービス会社のいずれかで検討。やはり知名度は重要だ。
安心感がある。そのどちらにするか?ということで、今回は、その実際の運営を
地元の警備会社と組んでいる会社の方を選択することにした。
万が一の場合、その会社の支社などから駆けつけてもらうよりも、現場の近くに
サービス拠点がある方が良い。何しろ、15分以内に現場に駆け付けられるというのは安心のひとつだ。
まず、装置の取りつけ。慣れない緊急ボタンの付いたボードを親の寝室に設置する。
まさか、自宅にそのような装置を要する日が来るとは思っていなかったが、
今から思えば電話やネット回線を取り付けるのと同じことだ。
緊急時にボタンを押せば、すぐに駆け付け、必要な場合は救急車も手配してくれる。そして、トイレの利用が12時間ないと自動的に出動してくれるサービス。
これはトイレのドアにセンサーを設置。
まさか、12時間トイレに行かないなんてない・・だから、行かない場合は要注意
ということだ。
そんなこんなで、サービスが開始。
ひとり暮らしの母も、緊急ボタンがベッドの脇について、ちょっと緊張?。
さて、サービス開始後、2週間ほど経つが、まあいろいろあった。
機械の設定も不安定で、何もしていないのに音が鳴ったり、そのたびに母が反応して、間違ってブザーを押したり、12時間トイレが利用されていないと夜中にこちらの携帯に連絡が入り、警備員さんが出動されたり・・・。
こちらも24時間関係なく、連絡が入るので、最初の電話はさすがにドキドキしたが、だいぶ慣れてきた。だいたいかかってくるのは夜中、未明・・。
母も12時間トイレに行かないと、警備員さんが夜中に家に来るのに驚き、さすがに懲りたようで、寝る前にトイレに行くよう、生活習慣を見直しつつある。


そんなこんなで、警備会社のサービス担当の方からお電話いただく機会もあり、
その対応ぶりには頭が下がり、また感心もしている。
いろんな方にお世話になって、見守っていただいて・・・。
ありがたいことだ。
警備会社から、その会社のシールをいただいた。なぜか多めに用意されていた。
「よろしかったら、ご利用ください。貼っておくだけでも、抑止力がありますので」
なるほど、警備会社のステッカーってすごい威力だ。確かに。

と、24時間体制の見守りに関わりながら、これまで知らなかった業界のサービスを日々勉強させていただいている。

このサービスを利用しているのは、万が一のためであるが、もちろん、その日が来ない方が良い。

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定年から夢を追う!

ここのところ、会社勤めをされてきた同世代で、ちょっと年上の方々より、定年後の相談や、内輪話を聞かせていただくことが増えてきた。

定年までカウントダウンの限られた時間を残し、いかにいい置き土産を用意できるかと、定年最後の日まで、長年お世話になってきた会社に何か残しておかねばと、頑張っておられる方もおられて、その志は、本当に素晴らしいことと、頼もしく思う。会社員である以上、そうありたい。

同時に、定年後何をするか。雇用形態を変えてでも、慣れた会社に引き続きお世話になるのか、別の世界に進むのか。この高齢化社会、60代から再スタートという方もますます増えている。働かずにはいられない事情もある。

20代前半、新卒で入社し、転職をしたことが無い場合、定年後の新たな就職には勇気と覚悟が必要だ。

最近話をする人は、その状況にある方が多い。ずっと同じ会社で、役職が変わってでも、違う仕事でも・・・というよりも、違うことをしたいという方が多い。

「せっかくの人生だから、全く違うことがしたい。」そうだ。

確かに、長年慣れてきた会社で元部下である、若き人とともに、あるいはその下で働くのは、難しい一面もあるかも。相手もやりづらいかもしれない。
とお互い気を使って、関係が難しくなることもあるかもしれない。

ある人は、一年後に迎える定年後、自分本来の「夢」に向かって頑張ってみようかなと言われる。何になりたいかと尋ねると、ちょっと照れながら、学者かな。との答え。

いいじゃん。ーこれから好きな歴史や文学を勉強するなんて、かっこいい。これからですよ!

とかつての先輩の背中を押してみる。
会社員としての生き方しかない。そんなことはない。
人生、いろんな生き方ができる、その中に働き方も含まれる。
人生一度きり。悔いないように、元気なうちに、意欲があるうちにチャレンジ!
改めて定年のない自分も、もちろん、同じ。


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あの空の下に眠る、神の子。

サッカーというスポーツは貧しい国ほど盛んであると聞いたことがあった。
ボールひとつで大勢ができるから、そのほかにいろいろ道具が要らないから。
ルールもわかりやすく、見ている人も楽しめるから。
世界には、お金持ちが嗜むスポーツもいろいろあるが、サッカーが世界でも最も人気の高いスポーツになったのは、そのような背景があると思う。
だから、アルゼンチンでもサッカーが盛んなのだと聞いたことがある。

マラドーナ。
私はサッカーに詳しくないけれど、ブエノスアイレスに行くと、マラドーナのグッズが社会運動家チェ・ゲバラやエビータ妃のグッズと同じように、町なかで販売されていたし、まさにアルゼンチンのヒーローとして、会話の合言葉にもなっていた。日本でもアルゼンチンの話をするときは「マラドーナの国ですね」という会話から始まる人も多かった。

スポーツのすばらしさは、貧富に関係なく、人々に純粋に夢を与えることだと思う。そういう意味でも、アルゼンチンの人々に、マラドーナは夢を与えた。
将来ああなりたい。と思った少年は、数多いるはずだ。
経済効果が取りざたされる、オリンピックに夢は感じない。
純粋にスポーツを楽しむ。熱狂できる。ここが重要だ。

マラドーナの旅立ち。
ブエノスアイレス市内の大統領府に安置された棺に、墓地に向かう道に、大勢の市民が別れに駆けつけたという。まさに国が喪に服す3日間。
コロナで苦しむ、そして度重なる経済の悪化にあえぐこの国に、つねに夢を与えてきたのは、
この神の子といわれる、マラドーナだ。

アルゼンチンタンゴとサッカーへの熱狂。
いずれも生を、情熱を感じる。

人々に夢を与える存在になる。素晴らしいことだ。
そして、あの国から、第二のマラドーナが誕生する日を願っている。

この写真は、以前訪問した、ブエノスアイレスの郊外にある、 Jardin De Pas

というお墓の写真。美しい静かな墓地であった。わが尊敬するアストロ・ピアソラがここに眠っていると知り、足を運んだときの大切な写真。なんと、この墓地にマラドーナも埋葬されたようだ。熱狂と夢を世界に与えた、ヒーローの存在に敬意を表して・・。
いい空気・・という意味のブエノスアイレス。今日もきっと青く澄んだ素敵な空の下、あの紫の花ジャカランダが咲いて英雄の眠りを微笑み包んでいることだろう。

世界で一番遠いけれども、心ではもっとも近い、愛する国ブエノスアイレスに愛と祈りを込めて。

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