自分の拠り所と生きる力

余りに休み続けると、普段のペースに戻りづらくなる。しんどくても頑張って作ってきた自分の生活のペースが、リズムが一旦停止してしまうため、いきなりそれを通常ペースに戻すのはしんどいはず。かといって、休みは休みとして過ごしてしまうから、いきなりフル稼働は心身ともに追いつかない。この連休直後、仕事に行きたくない、会社を辞めたいという人が多いのだという。せっかく休ませたのに、なんのこっちゃ?と頭を抱える社長さんも多いかも。

生きることは易しくない。どの道、仕事をしなければならない人がほとんどだ。もちろんその仕事が、選んだ道が自分に合っていないことを休み中によく考えたらというならば、新たな出発も悪くない。でも、人に迷惑をかけるのは、、。

生きるのは、それぞれに大変であるけれど、自分なりの心の拠り所があれば、力が湧いてくる。拠り所、、、自分を受け止めてくれるかけがえのない存在。

それがあるなしで人生は全く違うものになる。

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やはり、あなたを思い出す「今日」。

5月8日になった。この日はわが目標、わが憧れの人、鄧麗筠(テレサテン)の命日。もう24年になるという。生きていたら65歳・・。
テレサが眠る台北の最北端にあるこの金宝山に、もう幾たび足を運んだことだろう。24回は行けていないが、十何回は足を運んだだろう。
台湾に通っていたときには、仕事がうまくいくと毎年お礼まいりをし、台湾に久しぶりに訪ねると必ず足を運び・・・。才能ある人間は永遠に生きるのだということをそのたびに感じ、その伝説のような人生にいつも胸がいっぱいになり・・。
終わることがない、テレサへの敬愛。こんなに時間が経っても思いが色褪せず。
アジアでの私の守り神のような存在・・それがテレサ・テンだ。
生きた時代が重なる部分もあり、社会に対する意識、自由への願いについて共感するところが多く、もちろん彼女は歌に生きるスター。私は一庶民ということで生きるステージはまったく違えど、それでも同じ人として、女性として永遠に共感は薄らぐことがなく、今も静かに見守られているような気持ちにさえなる。
彼女の歌を改めて聴きながら、ああ、彼女の歌を歌いたいと思い、その頃の自分を思い出し、その歌とわが青春を重ねる。

今日はテレサを想い、いろんなことに思いを馳せ、彼女が臨んだ平和と自由を祈るとしよう。台湾に眠るわが親友の思い出と重ねながら・・・・。

そして、近いうちに、あたたかい台湾の人にふれ、彼女に再び会うために
ぜひ足を向けたい。何年経っても、何十年経っても・・。テレサは永遠。

写真は2018年春に訪問したときに撮影したものです。


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今さらながら、令和をどう生きるか。

雅子様と同い年、おなじMASAKOという名のもとに、しっかり同時代を
生きなければと勝手に思っている。
この時代は、前にも書いたが、わが人生の秋の入り口にあたる(はず)。
実りを意識して、それも自分の実りという狭い領域ではなく、
周囲が実るように行動する、努力する。
そんな風に生きたいと思う。
そして、そのために、もっと新しく学ぶ、ということもこれまで以上に行いたい。

Gいかに自分がこれまで狭い知見で生きてきたのかを知り、もっと教養を、できれば英知を養い、深い志のある人間になりたい。

まだ数日しかたっていないが、これまでの消費型、消耗型の選択を減らし、
実りのための努力を続けたい。

なんて思いながら、この連休明けからまた新しく、一歩前に進み出したい。


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音を出す難しさと歓び

人間は生まれながらにして、自分の身体という楽器を持っている。口を開けば歌が歌え、口笛もでき、二人以上いたら合唱も楽しめ、手足を叩けばビートを刻むこともでき、、、。歌いたい曲は自らが創ることもできる。一人で歩きながら、表現を楽しむことが出来る。

楽器を使うようになったのは、もともとは祭祀の時だと想像する。神さまに感謝や祈りを捧げる時にいろんな工夫がされた。のち、音楽は貴族たちの優雅な趣味として楽器をつかって表現されるようになり、一方、庶民の喜怒哀楽を表現する手法としてさまざまな大衆音楽が広まった。人間の歴史とともに、音楽のスタイルは民族や宗教、暮らしとともに多様に広がった。

ピアノに親しんできた。途中20年以上のブランクがあったが、、まだ復帰途上、微かな期待は消えないでいる。最近、ピアノしか弾いていないと見えないことがあることに気づいた。ピアノは鍵盤を叩けば、当たり前のように音が出る。もちろん電気楽器ではないので、鍵盤との向かい方で出る音は異なるし、ひとえに調律師という大切な存在がピアノという楽器と演奏者を存在させてくれている。

一方、触るだけでは音が出ない楽器も多い。自らが音を出す楽器。管弦楽器もそうだ。自分の手と、呼吸と勘で音を出していかねばならないのだ。

最近、こちらの領域にも興味が高まっている。自分の手で呼吸で音を出す苦労と出たときの喜び。自分だけの音。出た時の喜び。ピアノがスラスラ弾けるのも嬉しいが、出ない音が出せる時の感激はひとしおだ。

思えばピアノは、場所も運搬も調律も含め、やっぱり貴族生まれの贅沢品だ。より多くの人に支えられ、演奏という環境は与えられる。もちろん見た目の存在感からしても、楽器の女王であることは間違いない。そのことを理解し、その音色と技術の向上、研鑽とともに、自分自らが出す音にも挑戦しようと模索している。

響かせたい音を自ら出して、それで聴く人に感動を伝えることができたら、、。最近の小さな目標のひとつ。

自らの心身をフルに生かした表現の追求は、人間の可能性をさらに広げてくれる。

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戦争を忘れてはいけない、新時代。

上皇が、天皇時代、あれほどに国民に寄り添った行動をされたのは、自らが戦争の経験をお持ちであったこと、その責任をお感じになって、いろんな思いをもって育ってこられたことが背景になったと思っている。
その時代を経験していないと、だんだん思いが薄らいでいく。
私たち昭和の良い時代に生まれ、育ってきた世代も、意識しないと戦争を知らないで、危機意識をもたないで、平和のありがたみを知らないで行ってしまいそうだ。
それではいけない。
親たちの世代の苦労を忘れてはいけない。
親世代の人たちが背負ってきた大変な苦労。たとえば原爆の被害者も、戦争孤児も・・。時代が変わっていくことで、知らない人たちが増えていって、だんだんその記憶が薄らいでいってしまうこと・・はなんとか避けたい。

この連休中には、日本の昭和、平成の時代について考えさせられるドキュメンタリーが多くオンエアされているが、これらを自分の問題として受け止めることはとても大切であると、改めて感じる。
人はその時代に生きる。
生きるしかない。
そのときに、今日なぜ自分たちがこんなに豊かに生きていられるのかを忘れてはいけない。そして、先人に感謝し、大切に思い、自分にできることをしなければならない。

新時代になるということは、そういうことをしっかり考える機会なのではないかと改めて思う。

平和ボケに、シアワセボケに、何も考えない人間にならないように・・。

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コストなしの世界旅。

わざわざ混雑する時期に、高い費用をかけて・・の海外旅行は、本当に大変だ。
その時しか行けないとなれば、やむを得ない。そろそろお帰りのタイミングか。

どうせ行くならば、出来ればオフシーズンにひっそりと隣町へいくような感覚で、と思っている。
この連休中は、心の中の旅を楽しむ。この頃は、昔覚えたあの曲たちが、どんどんよみがえる。
何かの弾みで、世界の民謡、当時流行ったポップスのメロディや、その歌があった時代の一コマが、心に次々沸いてくる。

子ども時代は、音楽や美術や社会の授業を通じて、読書を通じて、世界を知るきっかけを得た。ああこれは中南米のメロディ、これは映画音楽、これはジャズ・・
あるいは、ベートーベン、シューベルト・・・。ああ、これはゴッホ、これはルノアール、これはザビエル、これはパリの・・・。
たずねたこともない国の、町のことを、図書館で見聞きした絵や写真、文字と
音楽などを通じ、想像して楽しんでいた。
気が付けば、いろんな刺激に触れ、断片的に自分の中で世界旅行やタイムトリップを楽しんでいた。

よく考えれば、素材があれば、想像でどこでも行った気分になることができる。旅は、お金をかけないでも、十分楽しめるものだ。
自宅にいて、映像や動画を観ることにより、町のコンサートに行くことで、もっと旅が身近になり、心が豊かになった気持ちになった。。

その後大人になって、いろんな場所へ出かけたが、予めの想像の旅があったことで、リアルな旅がより一層有意義な経験になった。初めて訪ねにもかかわらず、何度も足を運んだような懐かしさもあり、不思議に思うことも多かった。想像の旅とリアルの旅のおかげで、自分の人生で旅は重要なコンテンツ、栄養源となってきた。

年老いたら・・・もしカラダが動けなくなったら、かつて自分が行った町や国のことを思い出し、あるいはピアノを弾きながら、誰かのCDを聴きながら(ネットではなく)、昔撮った写真や絵葉書や誰かの画集を眺めながら、思い出のカップにコーヒーか紅茶を楽しみながら、ゆっくりその時代と町を思い出す、、、。そんな心の旅を楽しもうと思っている。

そう考えれば、旅はそんなことでも充分に楽しめるのだ。
映画も音楽も身近に、また世界の料理も手軽に楽しめるこの時代、
コストなしでも、素敵な旅ができる。

さあ、次はどこへ行こうか?なんの予約も要らない。



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連休、長いんです。

普通に生活を続けようとすると、10連休とはいかに長い休みなのかと
思えてくる。
日々の仕事を続け、日ごろできなかった、たまった資料の確認、読書、映画のチェックから、書かねばならない頼りや連絡や・・。

世間から連絡が入らなくなる分、時の流れが変わり、ゆったり時間が流れる。

繁華街や観光地には極力行かず、反対の方向に足を向けるようにする。

ありがたいのは、普段の睡眠不足から少し解消され、人並みに眠れる日も
あること。

でも、10日も休んだままだと、人間どうなってしまうんだろうと思ってしまう。
ヨーロッパの人々はバカンスといって、もっと長い休暇を取るが、
もともと働くのがあまり好きではないのかもしれない。
もしくは切り替えが上手い人たち。

切り替えがない、ずっとONの回遊魚にとっては、この連休はとても長い。

だからこそ、無駄がないように充実させたいと思ってしまうところが本当に
貧乏性。

そろそろ世間でも、休み飽きたとの声が聞こえているようだ。適度に働き、時に休息というリズムがたぶん日本人には合っているのだろう。♪月曜日は。。。火曜日は・・・と歌った、あの「一週間」という歌のように。

さあさあ、贅沢言わずに、今日が最後かもしれず、この一日をしっかり過ごすとしよう。

休みでも何でも、今日という日は二度と戻らないのだから。


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人が育つと嬉しい

ある企業とのコラボによる、プロジェクトもひと段落。約1年のおつきあいであった。手慣れた仕事というよりも、初めてやる仕事として、お互いに手探りの状態。でも、チームワークを発揮し、きちんとこなさなければならない。
私の担当になったのは若手女性の営業パーソン(営業マンと書くと何かとややこしい世の中らしい・・うーん)。もちろんそれ以外の関係者ともやりとりをしたが、もっともコミュニケーションをとったのがこの若手。
同じ会社に属するわけではないが、それと変わらないぐらい、頻繁にやりとりをしてときにはいいづらいこともいいながら、とにかく一緒に仕事をやり終えた。

プロジェクトが終わった日に、その上司が来てくれた。なんとうれしい差し入れをもって。
そしてそのあとメールでお礼を告げると、返信をいただく。
その内容が何ともうれしい内容。それはプロジェクトの無事の終了への感謝だけでなく、それを通じて、若手社員が成長したことについてのお礼が記されていたのだ。
一緒に取り組んだ1年の中で、彼女は他の仕事でも大きな変化を遂げたという。
そのことはこちらには見えない世界。

そんなところでも、一緒に取り組んだことのいい影響があったとは本当にうれしい限り。
数字に貢献する、市場拡大に役立つ仕事もうれしいが、人の成長に関われる仕事ほどうれしいものはない。
そのことを期待して仕事をするわけではないが、やっぱり真正面からしっかり向き合い続けることで、相手に何かを伝えることができれば・・。

本当にうれしいプロジェクトエンドとなった。

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「夏の時代」を越えて・・新たな季節に向かう。

平成最後の日、自分なりの30年間を思い出していた。
世の中の動きとともに、自分はどうだったのか・・。
京都に住み、会社員になって3年目・・。ニューヨークに初出張したのはまさに30年前の5月。30歳で東京転勤となり、35歳を前に独立し、新たな環境で生き始め、ありがたい出会いに恵まれて・・
仕事も止まることなく、元気に続けることができた。想定外のチャンスにも恵まれて、本当に順調な日々を過ごすことができた。
海外にも多く出向くことができ、新たな世界観を醸成することもできた。
音楽活動への復帰もこの平成時代での出来事だ。
新たな自分の生き方をいろんな方が応援してくださった。
東京、台湾、返還前の香港、マカオ・・・。
世界は広い、自分は小さいということを全身に叩き込みながら、小さいながらの自由な生き方を追求し続けた・・・そんな時代でもあった。
ライブもCDも出版も、演劇も、ラジオも・・コミュニケーションクリエイターの名の下に、企業のマーケティングコミュニケーション支援をしながら、多様な活動にトライした。
不思議だったのは、どんなこともやれた。幸運としかいいようがない。周囲のおかげだ。
そのなかで、もっとも印象深いのは、NYの同時多発テロのニアミス経験。
あの日をきっかけに世界が変わった。
これにコミュニケーションの変化。ネットが前提の社会になった。
そして自然災害の脅威にもさらされた・・といいつつも、わが身はおかげさまで無事に元気に暮らし続けている。
何の苦労もなく、本当に順調に・・・。
ただ前を向き、ただひたむきにがんばってきた・・というひとつの時代。
それが私の平成時代だった。自立して、自分らしく生きるということへの挑戦の時代。人生を四季にたとえるならば、まさに平成は「夏」の時代。
いい夏の日々を今、かみしめている。

令和の時代がやってきた。何も考えなくても時間は過ぎていくけれど、
同世代の方が、国の象徴という大変難しい仕事に取り組まれるのだから、
少しは私も世の中の役に立つように、貢献の時代、恩返しの時代・・そして
良い実りの秋にしたい・・。
挑戦しながら、周囲への配慮を欠かさず、優しく賢明な人になれるように。
新しい時代への私なりの抱負である。

さあ、この時代も命が終わるまで、生き続けていこう。

平成の時代に別れを告げ、新たな時代へ。平和で優しさに満ちた社会になるように。

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平成最後の日に、「節目」を想う。

これで平成という時代が終わり、明日から新たな時代がはじまる。
今日は、日本人にとって、大きな節目の日。
それぞれがいろんな思いで過ごす1日になりそうだ。

これを機会に人生の節目を考えてみる。
人生にはいろんな節目がある・・。
誕生日、入園、入学、進級・・・・就職、結婚、出産、昇進、独立、引退・・・・となくなる日まで・・。
節目があることで、それまでの動きを見直したり、リセットしたり、また新たに始めることができる。
人生には実に大きな節目から、小さなものまでさまざまあるが、節目が多ければ多いほど、強い人間になれるのではないかと思う。

人から与えられる節目もある。
自分からつくる節目もある。

後者が多い方が個性豊かな人生になるのかもしれない。

仕事ひとつとっても、一つのプロジェクトが終わり、また新たに何かをはじめることは大きな節目だ。
この季節はこのようなことも多い。

この連休に、自分のこれまでの節目を振り返り、これからの節目について考えたい。だらだら生きることをしないためにも・・毎日という節目を有意義に生きるためにも・・自らつくる節目について思いを馳せたい。

平成という30年、本当にありがたい時代であった。

この大きな節目にまず、心から感謝したい。

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