応援という最高の贈り物。

世の中には、いろんなギフトがある。何か物をあげる、もらうというのも有難いし、自分もそういう機会を考えること自体、少なくない。

ただ、何かをもらって嬉しい以上に、自分のことを気にかけてもらえることが嬉しい、そう、その気持ちが嬉しいのだ。

このたび、創立記念日ということで多くのメッセージをいただき、それぞれに何度も読み返した。儀礼ではなく、心からの応援、激励。これこそが、何よりのギフトだ。

人を助ける、応援する。

このこと自体が立派な贈り物。

不思議なものでこのギフトを受け取ると、もらうだけでなく、自らも誰かにそれを贈りたくなる。

応援というギフト。誰にでもあげることはできないのかもしれないが、あげたいと思える相手とは、信頼関係や尊敬の念があるはずだ。

応援というギフト。

本当にかけがえのない大切な贈り物。

いっぱいもらったら、今度はいっぱいお返ししたくなる。

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ふるさとの歌が、またできた。

先の投稿でも書いたが、わがふるさと、岐阜の長良川の夏~初秋の風物詩は鵜飼い。写真はそのクライマックスのときの写真だ。ちょうど対岸にいて、この水面に移る漁火に感激してシャッターを押した。

この様子から、松尾芭蕉の一句が思い出され、とても共感。

この短い句とこの風景はまさにぴったり合う。
おもしろうて、やがて悲しき 鵜飼かな。

この句に勝手にメロディがついて、すらすらと曲ができた。
タイトルは「やがて・・・」早速、グラン・ルー記念日のコンサートで初披露。
地元の方が多いだけに、大変ご好評をいただいた。

やがて・・・

おもしろうて おもしろうて 
やがて かなしき 鵜飼かな
おもしろうて おもしろうて
やがて かなしき 人の世は   

闇に映える 漁火の夢が
ほどなく消えて 水面落ちる 
闇が包む  すべての時を
見た夢は何 消えて流れて

おいかけても おいかけても
やがて 旅は終わりだと

探しても 探しても
やがて かなしき 人の世は

闇を照らす 漁火ひとつ
ふたつみっつ そしてむっつ
拍手が沸いて 時は止まり
そして闇が包み、終わる。

おもしろうて おもしろうて 
やがて かなしき 鵜飼かな
おもしろうて おもしろうて
やがて 涙 あふれてる 

単純だけれど、ちょっとだけ、侘び寂びを。

 

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おかげさまで、21周年記念日

1998年に脱サラをして、21年の歳月が経った。
今日、9月17日はおかげさまでの創業記念日だ。
35歳で元気よく、勢いづいて広い世界に飛び出し、走り出した小娘も
もういいお年頃。
人生は観覧車のように・・と思い続け、唱え続けて、20年以上、軸を
変えることなく、歩き続けてくることができて、本当に良かった。
登山をする人生ではなく、世界をぐるぐる回る、あるいは回す人生なので、
どれだけ上昇したのかとか、高いところまで登ったのかはわからないが、
とにかくよく回った、回した。という感じだ。
新しい出会いがあれば、新しい観覧車が回り始め、ずっと回っている観覧車も
あり、知らない間にあちらこちらで、「ぼくの観覧車も回っていますよ」
なんて、言ってくれる若手社長たちもいる。
自分の思い、考え、感性に共感、共鳴いただける人たちに囲まれて、
静かに21年目をまた始めることができることは、とてもうれしい。

自分の存在が誰かの、どこかの役に立っていること。

このことを日々感じながら、努力できることに喜びを感じる。

人には生まれながらに、背負うべき荷物があるそうだ。

言い換えれば、役割。

自分に与えられた役割は、コミュニケーションで世の中を元気に優しく

することだ。これは21年経っても、これからも変わらない。

自分の役割をしっかり全うできる、一人前の人間に。

おかげさまで21周年。見守ってくださる全ての皆様に感謝を込めて。

今日は、岐阜新聞でもロビーコンサートを行います。

22年に向け、どうぞ今後ともよろしくご支援ください。


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医療と福祉の現場で働く人への敬意と感謝。

いやはや、本当にお世話にならないとわからない、福祉や医療の世界の大変さ。
日々の仕事では、その業界の方向けの勉強会や、関わりもいろいろもたせてもらっているが、父親がお世話になることになって、本当にこの仕事の大変さや
ありがたみが身に染みる今日このごろ。

経済優先の社会になり、共働きの人が増え、一方、介護や看護を長時間必要とする人も増え、今日の福祉サービスがある。
ふた昔前には、介護サービスはこんなに充実しておらず、在宅介護という言葉もない時代、多くのお年寄りは自宅に住み、家族が世話していた。施設はこんなに充実していなかったと思う。


長寿社会になり、さまざまなサービスが増え、段階別にきめ細やかに用意されている一方、若い人の離職率も高いとも聞く。

若い理学療法士さんや看護師さんが、かわるがわる父の容態を見ながら
サポートしてくださっている。技術だけでは務まらない。程よい接客、コミュニケーションスキルも必要な仕事。多くが老いた患者たち。彼らに優しく向かい、手を取り、足をさすり、体を起こし、食事から排泄の介助まで、、、。

仕事だからとはいえ、本当にありがたい。自分たちではできないことばかり。

敬老の日、改めてこれからの社会に欠かせないのは医療、福祉サービス。

この仕事に取り組むみなさんに今、改めて感謝したい。

世界一高齢者を多く抱えるこの国の行方は、しれないが、、、。


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一生懸命泳ぐマグロ

いつもいつも動いている。仕事をしている。何かしている。
仕事もそれ以外も、気が付けば、いつも止まることなく、泳ぎ続けている。

ある経営者の方が、90歳を越えても、まだとにかくお元気に動かれており、
「わしゃ、まぐろですわ。止まったら死にますわ」
笑いながら、そんな言葉を元気に発しておられた。

おそらくマグロ人間科の人は、生まれながらずっと泳ぎ続けるようにできている。

私もおそらく、マグロ人間科に属するのかもしれない。
とくに、最近は、深さや対岸が見えない海を泳ぐことになって、とにかくおぼれないようにと必死に泳いでいるような気がする。

それこそ、止まったら沈んでしまう。だから、今は気を付けながら、気を張って
一生懸命に泳ごうと思っている。
疲れるけれど、今はいつも以上に泳がなければならない。
と、そんな時期が人生には何度かある。

自分が沈んでは、自分がおぼれてはいけない。ちょっとどきどき。

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それどころじゃないんです。

台風の影響で、まだ停電している地域があると知り、心が痛む。
電気も通信も使えない。
便利なこの時代、このライフラインが絶たれると、生活はままならぬ。
しかもこの暑い時期・・・。
千葉の皆様に、早く元通りの生活ができるよう、心からお祈りしている。
大変な状況のなか、まったく違う世界のことのようにモーニング姿の記念撮影の
報道・・・。
こんなセレモニーやっている間に、被災地に目を向けて何かすれば?と
改めて、怒りがこみあげてくる。

それどころじゃないんです。

どんな美辞麗句も関係ない、今日か今か、を迫られている人たちが世の中にいる。困っている人にすぐ手を差し伸べてくれる人、声をかけてくれる人、本当の意味で言葉だけでなく、寄り添ってくれる人がホンモノだ。

それどころじゃない。
報道の世界とは別に、そんな思いでいる人たちがたくさんいる。



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仕事をより楽しくする出張生活。

東京から名古屋に移ってきて大きな喜びのひとつは、京都が近くなり、私に散っては、隣町感覚になってきたこと。

おかげさまで仕事や用事、懐かしい人々との交流が再び始まり、気がつけば毎月が毎週ぐらいの頻度で訪れることになり、今週は週3回ペース。

住めばいいのに、というほどもいてくれるほど、有り難い動きになってきている。

京都はやはり千年の都。

東京とは違うジャパンプライドを感じる街だ。

東京京都を毎日行き来していた頃を懐かしく思い出す。

通うことが楽しいのは、幸せだ。

また来よう!と思えるように、仕事にも精が出る。

おそらく、好きな街で仕事ができるということは、モチベーション的にも大変効果的だ。
多すぎる外国人観光客を横目に、仕事をするステージとしての京都を楽しむ。
東京でも、名古屋でも、新潟でもない、KYOTOならではの魅力があふれている
のは今も昔も変わらず。

さあ、今日も元気に今週3回目の京都へ出かけよう。新たな出会いも、目覚めも学びも全部ありがたい。これらが、私にとっての京都土産でもある。

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オーロラを見上げた夜は永遠に

9月11日。18年前。この日から世界は変わったといっても過言ではない。
この日から、テロという言葉が、一般社会のなかで常態化し、世界は対立するものだ、憎しみ合うものだ、人間の行動には報復というお返しもあるのだ・・と、本来、あってはならないネガティブな思考が広まるようになった・・。
国際平和、協調を唱え、多民族が活動する自由の象徴の都市NYで、あの嘆かわしい事件が勃発したあの同時多発テロ・・・。今も世界貿易センターの衝撃の記憶は、鮮烈なままだ。
この日以来、そしてその後のネットの普及により、テロの常態化は加速し、平和を目指す姿勢とは真逆の自分主義へと、世界全体が進行している。
間違いなく、9月11日は国際社会に大きな衝撃を与え、今なお、その影響を与え続けている・・。そのことが、忘れ去られようとしているかもしれない。
もちろん、被害にあった関係者だけは忘れることはない。

この日、NYに向かっていた私にとって、この事件は生涯忘れることのない、
教訓と確認の日である。
いつ、どこで何が起きるかわからないことへの覚悟が芽生えた日でもある。

生まれて初めて、「ニアミス」という経験をしながら、世界とのかかわりを
実感し、一歩違っていればどうなっていたかという緊張感と無事生きて帰れたことへの強運への感謝と・・・。いろんな感情が蘇る9月11日。
きっと同じ飛行機に乗り合わせた仲間たちも、同じことを思い出しているだろう。
この日は、私にとって、忘れられない、忘れてはいけない大切な日。
あのテロのおかげで、生まれてはじめて、アラスカのオーロラを見た。
美しすぎる広大な夜空の光が、18年の歳月を越え、私の中によみがえる。
あっちの空では悲劇が起きている、こっちの空では美しいオーロラが広がって・・。同じ空の下なのに・・・。
できればすべての空の下が平和であってほしい。
今も無事に生き、この日のことをしっかり思い出せることに感謝したい。
久しぶりに飛行機に同乗した仲間に会いたくなってきた。

生きているこの奇跡に感謝して、きちんと生きよう。
今まだNYは9月11日だ。改めて、被害を受けた方たちに祈りを込めて。

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「今の仕事は手を動かすこと」

父の主治医の先生と面会、いろいろお話をお聞きする。とにかく、麻痺を解消するためには自発性。とにかく左手を動かすように・・・。リハビリは人が代われない。自分次第で結果が変わる。
「今の仕事は、毎日とにかく手を動かすこと。グーパー、グーパーってね」
先生の真似をして、私も父に言い続ける。
おかげさまで、右半身が元気であり、口も達者なので、まだまだ可能性がある。

今の仕事はこれ!

とにかくこの仕事を頑張ってやり遂げてほしい。
人間、かすかな光が見えれば、そっちに向かうことができる。それはその人の意志次第。

父の仕事は手を動かし、麻痺を軽減、解消する努力をすること。
そして、
私の新たな仕事のひとつは、出来る限り、家族と一緒に父の応援をすること。
やはりピンチはチャンスだ。
新たな仕事をすることで、今まで見えなかったことが見えてくる。

今の仕事はこれ!
今しなければならないこと。それを、きちんとしよう。そうすれば道が開ける。
と、信じていこう。

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毎日感謝、が増えていく。

親の高齢化により、疾病により、これまで出会うことがなかった世界の人とのかかわりが増えてくる。
福祉の世界、医療の世界は、若くて元気なうちにはあまり関係がない。
しかし、年をとると何か起きる。やっぱり起きる。人生は無事では済まない。


このたびの緊急事態。そのときには近所の方が助けてくださって、行きつけの先生の助言もあって、その後、病院や行政の包括センターという、少し前まで存在すら知らなかった組織で働く、ソーシャルワーカー、ケアマネージャーといった方たちのお世話になることになる。
福祉、医療の世界でお仕事されている方たちの知識や経験は自分にはまったくないもので大変助かるし、こういうときのためのお仕事であることも知り、尊敬の念が湧いてくる。
などなど、これから、この世界とのかかわりなしでは、生きていけない。


家族のため、親の最善の最期に向け、いろんな方にお世話になりながら、と思う。それにしても、世の中のしくみ、流れをまだまだ知らないものだ。
何か起きないと、そのときにならないと、わからない。
まだまだ、世間知らずの自分であることを再認識する今日この頃。
みなさまのおかげで、周囲のおかげで、自分も家族も生きていられるのだと
心から感謝。なんだか、毎日さらに感謝の思いが増えている・・。

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