発展の原点、希望の源に。

約半世紀ぶりにまじかで見た太陽の塔。
時々、高速道路からちらり見えたりする瞬間、「!」といつも胸が躍ったが、
今回、公園内のミュージアムに行くため、この近くを通る幸運に恵まれた。
小学一年生だったあの頃。東京オリンピックが終わって、新幹線が開通し、
そして万博。
この太陽の塔は、まさしく世紀の一大イベントを記念する巨大モニュメント
であり、そして今となれば、レジェンド。
50年近く経っても、堂々と手を広げ、空を仰いでいるこの姿。現役だ。
改めて岡本太郎さんは凄いなと、つくづく感心した。
当時、万博には1度足を運んだ。いっちょうらを来て、岐阜から出かけた。
そのときが、世界への興味を持ち始めるきっかけだったのかもしれない。
とにかく大勢の、内外の人が交流する。という場面は、新鮮で、メディアの報道も人々に夢を与えてくれた・・・日本はこれからだ!
という夢をもった、いいスタートラインだった。


時代は変わったが、太陽の塔は変わらず。
人は太陽のもとで、希望をもって生きるべし。勇気をもって進むべし。
大きく希望を抱くべし。
いろんなメッセージが詰まっているような・・・。
子どものときに見た太陽の塔が、今、改めて今をいきる私たちにメッセージを
与えてくれる。
ぶれるな。大地に立って、強く生きろよ。
芸術は爆発だ!素晴らしい。
この塔を見上げたあと、訪問した民博も素晴らしかった。
日本が世界と出会った日。忘れずに大きくいこう。

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夫婦の絆、家。

入院中の父は、過去の人生において何か月も家を空けたことがないため、家のことが心配のようだ。
元気なときも、何をしていたわけではないが、離れるといろんなことが頭をよぎるようだ。

一報、ひとり暮らしになった母は、ひとりで家のことを切り盛りしている。たとえば、落ち葉が気になる庭の木の剪定や掃除をいつの間にか、ご近所さんにお願いして、進めている。

娘たちもできることは手伝うが、同居していない分、家に対しての思いは異なる。

母は「家を守らなあかん」と、主人が不在の今、自分がしっかりせねばという気持ちが強いようだ。
そして、見舞いにいった母に、父は「家をたのむ」
と、言葉をかけていたが、そこには夫婦ならではの会話があった。

どんなに普段口喧嘩をしていても、半世紀以上一緒に住んできた二人にとって、共通の話題、関心事は「家」のことなのだ。

夫婦の絆は、まさにここ。
家を守ることが、二人の仕事なのだ。

なぜかしら、強い絆を感じた。
早く、元気になって、元どおりになって、一緒にその「家」で喧嘩できる
日が来るように・・・。

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そばスタンドでパワーチャージ!

「立ち食いそば」この言葉は、どうも今いちだ。
立ち食いというと、食い逃げ?のような、いずれにせよ、お行儀はあまりよくない。立ち飲み、というから、立ち食いなのか。ま、いずれにせよ、男言葉?
今やがんばる人のファストフードが、立ち食いソバ屋もとい「そばスタンド」だ。

実は、私は20代から30代の会社員時代、このスタイルのソバ屋さんや、牛丼チェーンには本当にお世話になっていた。
立ち食いソバ屋のカウンターは、男性仕様になっており、背が低い私には姿勢よくいただかねば食べられない空間ではあったが、その速さと安さと、店によるがまあまあ、いけるという点で時間におわれる日々、何度も足を運んだものだ。当時は男性客しかいないので、ちょっと恥ずかしい感じもあったが、最近では街角のこの類のお店にも、女性を見かけるようになった。

名古屋駅のホームのきしめんは美味しいことは、よく聞いているが、出張時代はわざわざ来ているのに、ホームで食事を済ませるなんてもったいないと思い、今となれば、自宅が近いのにわざわざ、ホームできしめんを食べるという発想にならず、もう何年も立ち食いソバにはご無沙汰していた。

が、このたび、燕三条駅で30分時間ができてしまい、今食べておかないともうタイミングが・・・。そこで目に飛び込んだ立ち食いソバのお店。
もう何十回も通っているが、入ろうと思ったことはなかった。知り合いがいたら恥ずかしいとも思った。
今回は、食べたい!と思い、勇気をもってお店に近づく。
すると券売機がある。お店は一人で女性がきりもりされている。
一瞬迷ったが、ここに来たら、カレーの麺類を食べるのが正解だろうと勝手に思い、カレーそばのチケットを買う。
三条はカレーラーメンで有名だから、きっとおいしいだろうとの想像。
そしてチケットを渡して、待つこと3分ほど。同じく電車を待つビジネスマンが2名ほど麺をすすっている。
知り合いが来ませんように・・・と思いながら、待つ。
そして、「お待たせしました」出てきたのが、家庭でつくったようなカレーがそばにかけてあり、ネギがたっぷり。
なんともいい手作り感だ。少し寒くなってきたせいもあるが、あったかいスープが身に染みた。
とにかく、無心で(早く食べないと誰かに会ってしまうというのもあったが)
いただいた。カレーそばのスープが美味しい。ダシとカレーは良く似合う。
ワンコイン以下で、大満足し、最後の一滴までいただいて、器を返却口に。
午後5時すぎの立派なディナー。さあ、これからもう一仕事して、移動だ!
やる気もみなぎってきた。
一杯のかけそばではないが、一杯のカレーそばが疲れをいやし、元気を注入してくれた。
ちょっと孤独のグルメっぽくなってしまったが、立ち食いソバは、やっぱり偉大だ。もちろんお店によるが、駅の蕎麦屋さんはハズレが少ない。

またこっそり、寄ってみたい。


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ご近所さんで成り立つ

たまたまのきっかけで知った、あるパン屋さん。
なんとお店は土日のみ開店している。週末にたまたまそこを通ったからその存在を知った。
コッペパンや食パンを店内で焼き、コッペパンには
自家製のジャムを塗って提供する。
とにかく、リピーターが多いようだ。
何回か足を運んだり、連絡先を調べてメールでオーダーしたり、名古屋へ持ち帰って人におすそ分けしたり、原稿を書く仕事で話題として書かせていただいたりしていくうちに、だんだん店主と打ち解け、このたびお店を離れて、ゆっくりお話しを聞く機会を得た。
お店なんだから、定休日以外開けるのが当たり前という常識を大きく覆しているところがユニークだ。この発想は、私にとってとても新鮮に思え、このお店に興味を抱くきっかけにもなった。

でも、実際、週に二日の開店だけでは店が成り立たない?そこが気になっていたが、どうやら、ご近所さんからの予約が大変多いようで、お店は開けないけども予約していただいた方のために別の日も焼いてお分けされているようだ。
1週間食べる分を、必ず予約される。パンはここで。ともう決まっている。その
関係も大変素敵だ。チェーン店が他にない、下町だからの特性もあるのかもしれない。
ご近所さんで成り立っている、頼りにされているパン屋さん。

昔ながらの、ご近所のためのお店。専門店。
とても理想的な、笑顔が生まれるお仕事だ。
自分がおいしいとも思うパンを焼き続け、研鑽を重ねる。
手作りのジャムも好評であるが、あくまでも、パンに塗って提供。
ジャムだけの販売は希望はあるが、しない。
自分はパン屋なので、ジャムを売って、他のパン屋のパンに自分のジャムを塗っていただくのはどうも違うから・・・だからジャムは売らない。
あくまでも、自分のパンに合うジャムしか提供しない。

などなど、いろんなこだわりが、とても気持ちいい。
この感覚は、以前、イタリア暮らしをされたことも影響されているというのも
よく理解できる。

ビジネスを広げようとする人が多い。
ブームに乗ろうとする人も多いなか、地道に自分の仕事をこつこつ続けるその志が、気持ち良くとても気に入っている。

またまた店主とお客の関係が、お友達に発展・・。これはとてもうれしい。

町のパンやさん。がんばってほしい。ひとりでがんばる人、やっぱり共感する。
高級食パンのブームと関係なく、「毎日いただく美味しいパン」を焼き続ける
このお店と、店主が大好きだ。
また近々、オーダーするのが、とっても楽しみだ。

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ネットもリアルも

いつからネットが生活の中心的存在に、日々の仕事の、暮らしのインフラになったのだろう。正直、人々はそれに振り回されている感じがする。

一人でも多くの人に検索され、見てほしいならば・・・といろんな工夫をする必要がある。それもすべてネット社会を牛耳る人達によって動かされている。こうしたかったら、こうしなさい。
そのルールにそって、情報を発信していく。
なんだかまさに作られた世界で、どうにでもできる世界で、なんでもできる世界で・・・何を純粋に信じればよいのだろうとも思う今日この頃だ。

昭和の時代といっても、戦争はもちろんまっぴらであるが、
自分たちが生まれ育った時代。まだネットがない時代に戻りたい気持ちが最近
強い。
親世代はそれがなくても生きている。自分たちの価値観で、わかる範囲で生きている。井戸端会議も健在で、その方が人間らしくて、幸せのようにも思える。
何でも知っている必要がない。信じるのは目の前に見える人、これまでのつながり。

人生はリアルだ。
ネットに依存することを極力避けたい。
ググるは、頭を悪くする。自分で考え、解決する力を衰退させる。
とわかりつつも、日々、ネットなしでは生きていない自分がいて、とても複雑だ。
できれば、なしで済ませられる、ネットを越えた力を、個性を持つ人間になれるように自身を鍛えたい。

もっと会話を、肌感覚を、五感を、本当のコミュニケーションを大切にしたい。

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お見舞いで元気になる。

父の話題が続くが、今回も・・。
倒れた直後は、あまりの急変ぶりに、本人も周囲もショックで、お見舞いに来ていただくのもちょっとためらいがあった。
元気でない様子を、変わり果てた様子を人様にさらすのは、どうも・・である。

しかし、病態が落ち着いてくると、だんだん入院生活にも慣れると、退屈になってきて見舞いが一番の薬にもなる。

おかげさまで、父のことを心配して、いろんな方がお見舞いに来てくださる。

手が動き、鉛筆が持て、字が書けるまで回復した頃から、毎日誰が来てくれたかをメモするようになった。

誰も来てくれないと、寂しいと思うぐらいだそうが、
「そう、誰も忙しいから、毎日もこれないよ」
と言わねばならないほど。

まだ食事制限があるにもかかわらず、お好み焼きを焼いてもってきてくださったり、信仰している山のお水をとおもちになったり、雑誌を届けていただいたり、
足をマッサージしてくださったり・・・。
いろんな方が見舞ってくださっていることが、回復につながっている。
デイサービスでお世話になっていた施設のみなさんも、気にかけてくださって
顔を見に行くと連絡をいただける。

人を元気にするのは、応援である。

父が本当に元通りになってくれることを、期待したい。
周囲への感謝を忘れずに・・・。
極限状態に近づくと、人間はいろんな意味で、素直になれるのかもしれない。

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自己対話で散歩を楽しむ

作家も、作曲家もよく散歩をするという話を聞いたことがある。
実際、お世話になったNさんも生前、毎日1時間ほどかけて散歩されていた。もしかしたら朝と夕の2回だったかもしれない。
ベートーベンなど名だたる作曲家でも伝記や残されているエピソードなどを読むと、散歩が日課のように出てくるケースは多い。
散歩や旅は、創作活動に欠かせない自分との対話の時間だ。

さまざまな事象を観察することも大切であるが、世界を見ながら、自分としっかり対話できるのが、この散歩の時間。

私も歩けると思った日には、ちょっと無理してでも、2時間でも何時間でも歩く。もともとリサーチに散歩は効果的であるため、歩くことは宝さがしのような感覚でいるが、自己との対話にも欠かせない。

頭を整理したいとき、頭を切り替えたい時、新たな構想、発想が必要なとき・・
歩きながら、考えるのは最高である。
世界が動いている中で、自分もそこにいることで、ほどよい刺激になったり、
いろんな発見も生まれてくる。

体力づくりにももちろん良いが、
自己との対話のために、よく散歩をする。
これからの季節は最適だ。

つらいとき、かなしいとき、表現したいとき、頭をひやしたいとき・・・

散歩は万能。もちろん歩きすぎには気を付けたい。
昨日は約16000歩。名古屋にいるにしては、多めの歩数となった。

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私が今、できること。

自分ができることは何だろう。
まず、仕事の面では、人のお役に立てるように、自分を活かしてもらうこと。
それは、自分の心身が元気で、努力を続けていれば、なんとかまだまだいけそうな手ごたえはある。
できる限り長く、社会の使い物になるよう、精進していこうと思う。

自分ができることは何だろう。
個の人間として・・・は、まず
親に対して、どこまで恩返しができるか、何ができるか。
自分を活かしつつ、相手も満足させることは難しい。

今、自分の24時間をすべてそれに費やすことができないが、

少しの時間は努力して割くことができるかもしれない。
1日のいくらかの時間を、そのことに費やすようには努力できそうだ。

だから、行こう、行けると思うときは、足を運ぶことにする。

できる限り、受け留めたり、受け入れたり・・・。

今できることをやればいい。できないことは、ごめんなさい。
そんなことを思いながら、

出張に出ない日は、気が付けば、父の入院先に足を運んでいる。

ささやかなこと、であるが、自分にできることをひとつづつ重ねて

いこうと思っている。

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涙の意味。

赤ちゃんは泣いて要求や感情を表す。
言葉でいえないから、泣く。
成長するにつれ、大人になるにつれ、人前で泣く機会は減る。
いろんな経験のなかで、感情をコントロールできるようになり、
言葉で表現することが基本。
涙を流すときは、感動したときや感情を抑えきれないとき。
いい映画を見たり、音楽を聴いたり、心ゆさぶられるとき、涙することはある。

そして、老いてくると、また涙する機会が増える。

最近、父の涙をよく見る。
年々、そういう機会が増えてきている。
言葉にならない感情、くやしさや寂しさがこみあげてきて、
涙する。

涙は女性特有の感情露出と言われたことがあった。
女は泣くから、感情を出すから長生きだと言われたことがあった。
涙を出すのは、浄化作用だともいう。

父の涙の意味は何だろう。
最近、ずっと父と向かうたびに、不自由なことに対する
複雑な感情を訴える様子に触れるたびに、
悲しい気持ちで、それをみつめ、言葉をかける。

応援するとまた泣く。

涙は言葉にならないコミュニケーションの証か。

もらい泣きしそうになるときは、看護師さんを見習って
距離を置いて それを見守る。

父は生きたい、父は元通りになりたい。

その気持ちを表現しているのだ。

人は・・・。人生の最終章まで生きようとする存在だ。

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定年退職日のご挨拶に。

この金曜の夕方に、ある方から1通のメールが入った。
おそらく3~4年お顔を拝見していない、ご無沙汰している方からだ。
「あ!」
その懐かしい名前に、どうされたのか?と気になり、すぐメッセージを読む。
すると、今日で本当になるとのこと。定年退職と(何年か前に定年を迎えられたがそのあとも、会社に残ってお仕事をされていた)
長い間、本当にお世話になりました。おかげさまで・・・・。
という文章で、「お、これが最後?これで終わったら困る」ととっさに思い、
最終日ということは会社にまだいらっしゃるのかも?と思い立ち、会社に電話をすると、もう今日は出社していないとのこと。
どうしてもご挨拶がしたいので、連絡がとれたら、お電話いただくようにお願いし、電話をきった。
すると、すぐ携帯に電話が入る。
さきほどのメールの主からである。
「いやー、突然会社に電話してすみません。これで最後では困ると思ってしまって・・」そこから、少し話すことができた。
私との関わりを大変感謝してくださって、そのおかげで、会社に広報部門もきちんとでき、メディアにもよく取り上げるようになったという報告をいただき、感謝の言葉をいただいた。
その言葉から、私もこの方にお会いした10年ぐらい前のことを思い出した。本当にいろんな相談を受けた。そのやりとりが蘇る。楽しい商品をいろいろ作り、何とか伝えようとよく頑張られたな、後身の育成もちゃんとされていたし、、、。ああ、もうそんなに月日が経ったのか。部下の方たちとはお会いしていたが、ご本人には本当にご無沙汰していた・・。なのに、こんな大切な日に思い出してくださって・・。

胸がじーんとなった。
「Mさん、これから また新たによろしくお願いしますね。今度、卒業祝いのカンパイしましょう。」

というと、元気に
「はい!」
と言ってくださり、笑顔で電話をきった。

ああ、最後にならなくてよかったと思い、メールを見直すと、会社からのメール
ではなく、プライベートのアドレスからだから、最後のご挨拶のつもりではなかったようだ。

何十年も働いてきた会社を卒業する日にご挨拶いただけるなんて、本当にうれしくて、この仕事は、時間が経っても思い出してもらえるのだと思うと、もっと今をしっかりがんばれねばと背筋が伸びた。

つとめの最後の日にお世話になった人へ、関わった人へご挨拶をする。
これはご本人にとっても大きな節目、新たな出発でもあるのだろう。
Mさん、長年のご勤務、大変お疲れ様でした。

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