表現できる才能と澄んだ心。

ハンセン病で苦しむ患者さん。社会と隔離され、差別されて生きながら、絵を描いて自分を表現して、生きてきた。
その作品は、あまりにも緻密であり、混じりけのない世界が描かれており、純粋な世界に心洗われる。
これは、ドキュメンタリーで知った話題であるが、以前、東京近郊にあるハンセン病の資料館を訪ね、こういう世界があったのかとショックを受けたときのことを思い出した。

一方、最近は知的障害のある方の作品の展示活動の応援をさせていただいているが、彼ら、彼女らの作品も本当に素晴らしく、どこの専門の大学を出たわけではないのに、なぜそんなに・・・と思うほどに、天才的な才能を感じることが多い。

型にはまった、無難な生き方、安定を求める生き方。平和が当たり前の生き方。
これを求める人が多いが、そうしたくても、さまざまな理由で不自由な境遇で生きている人が多い。一般社会で受け入れられず、生きてきた人たち・・・。そんな障がい者の中には、驚くべき才能をもつ人たちが多い。

その才能を表現する、発揮することで、その人の人生は豊かになる。

その応援をする人が私の周囲にはいる。このサポーターの力も素晴らしいと思う。

表現できる才能がある・・という幸せ。

人にはそれぞれ違った可能性がある。そのなかで表現という世界は本当に素晴らしい。

これからも、私は私の表現力を磨きつつ、素晴らしい才能のある人たちの表現の場づくりを応援できたらと思っている。

最後に。冒頭に書いたハンセン病の患者さんの言葉。
ある別の患者さんの作品を見て、こんなひと言を言っていた。
「あの人の作品は心が澄んでいる。ぼくのは濁っている。」
ご本人自体こそ、澄んでいるのに、、、と私には見えた。

私の心は、どうだろう?きっと濁っているなあ・・。いかん、いかん。

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もしかしたら、これで良かった?あいちトリエンナーレ。

あいちトリエンナーレ。開催が迫り、告知する紫色のポスターやサインが街角でも露出、一度は足を運んでみるかどうしようと迷っているうちに例の騒動があり、一部作品展示の中止。そして再開。観に行きたいと思った終盤は混雑が嫌で結局やめてしまったが、この議論にはある意味、問題意識をもっていたし、世間の騒ぎ方も気になっていた。
今もさまざまな問題は山積みであろうし、とくに財政面では心配だ。愛知県民であるからということだけではないが、何か腑に落ちないところはある。
その点は今は脇に置き、「表現の自由と作家」について今回思ったことを記してみる。これは、実際作品を観に行けなかったが、中止となってから作家たちが行ったことを綴ったドキュメンタリーを見ながら考えたことでもある。

アート、芸術作品。とくに美術のジャンルにおいては、それはカタチ残るもの。
音楽とは違う。音楽は目に見えない世界、ひたすら聞き手の想像により、ある世界が生まれ出る芸術で、瞬間の連続で表現される。
美術作品はモノとしてある以上、いろんな人が同時に見て、それについてさまざまな印象、見解をもつ。
その作品がどんな思いで創られたかということよりも、一目見て、そのメッセージを勝手に解釈することもできてしまう・・という一面がある。だから今回のようなことになるという場合もある。
それは特定の政治的意味をもっていなくても、人によってはそう解釈してしまうものでもある。それは、時代やタイミング、情勢によっても変化する。
またどこでそれを発表するかによっても、伝わり方が変わってくる。


今回、そんなことがいろいろ混ざり合って、反対する人が多く出たのだと思う。
でも、この騒動があって、作家たちが実際に、その思いを伝えよう、メッセージを伝えようと反対派の人や、主催者や、一般の人に向けて、積極的に活動を始めた。コールセンターの対応も、作家自らが担当し、反対する人の声を直接聞き、作家としての思いも伝えた・・・。一度、中止され再開されたことで、反対も賛成もしていなかった人が、その作品に興味をもち、足を運んだという例もあっただろう。もしかしたら私もその一人だったかもしれない。

今、コミュニケーションクリエイターとして生きている自分は、完全なる純粋なアーチストになりきれなかった中途半端さがある。しかし、生き方はアーチスト的でありたいと常に思ってきたし、今もそう思う。

アーチストとは、自らの作品をもってメッセージを世のなかに発信する生き方だと思う。人によってはそれに感動するし、そうでない場もあるが、作品から何かを伝えることができる、崇高な生き方ができる人・・・がアーチストだと思う。一方、アーチストは作品づくりに夢中になる一方、なぜそれを創ったのかとかその思いを語ることをあまりしない。また語ることをよしとしないのかもしれない。

でも、今回に作品展でわかったことは、公的な空間で作品を発表するときには説明、コミュニケーションが不可欠ということだ。
モチーフが何であれ、もし何か問題になりそうなものであればあるほど、きちんと事前にメッセージをすることも、作品づくりに折り込まれなければならない。
見てくれる人が自由に感じ取ってくれたらいい。というだけではすまない素材・作品もときにはあるのだ。自由に感じ取ればよい・・・では公的には無責任になってしまうこともありえる。

そう、芸術作品も「人間・コミュニケーション」の一環にあるということ。
言い換えれば、作品を通じ、コミュニケーションすることで、より理解が深まり、議論もされ、その作品によって人々の心がより豊かになったり、考えるきっかけが生まれることになる。

作家はメッセージを。
もっとコミュニケーションを。

この必要性をおそらく、今回、ご苦労された作家たちは感じつつ、この騒動があって見えてきたこともきっとあったのだと思う。

学生時代、「作品があり、演奏者がいて、観客がいる。」この三者一体があってこそ芸術は完成すると学んだ。観客がいないと作品は未完なのだ。

音楽だけでなく、美術もそうだ。もっと鑑賞者と向き合わなけばならない。はい、展示しますから、ご自由に。ではなく・・。

まったくの想像でしかないが、この作品展が東京や京都であれば、NYやパリであれば何の問題もなく、平和に開催を続けることができたかもしれない。愛知、名古屋でであったから、今回のような結末になったと思うが、これは大変意味があることで、作家が一般社会と交流する貴重な機会を得られ、また「パブリック」に向かって表現するときの教訓も多く得られたのではないだろうか。

表現する作家さんや、作品を映像で観ながら、涙があふれてきた。

アーチストという生き方は素晴らしい。やっぱりそっちへ行くべきか。いや、つなぎ目にいるのがいいのか。

いつか、出展された作家さんと話してみたい。

この展覧会は失敗ではなく、大いに意義があった。と思っている、

ああ、行けばよかった・・・。


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連日、頭のフルマラソン?

最近、もっと自分の脳みそがもう少し大きかったらいいのにと、思うことがある。パソコンやスマホであれば、電池を入れ替えるようになのか、ハードディスクの容量を増やすようになのか・・とにかく、今わが小さな脳みそは、結構フルな状態に近い・・でも、まだまだいけそうな感じがする。そのギリギリ感がまたちょっと快感なのかもしれない・・というへんな習性。
人間の頭に入れる情報は、単なるデータではない。そこがコンピュータとは違うところ。感情や思いやそんなものも一緒になってインプットされる。
単に言葉や文字を記憶するのではなく、その相手の心理や想像したことまでもインプットされる。

いわゆる自分のこれまでの仕事に加えて、親のことなどが入ってくると、考えねければならないこと、しなければならないことがおのずと増えて、従来の仕事をしながら、それを回していくというのは本当に大変で、そう思うと、子育てをされ、フルに働いてこられた方は本当に大変だっただろうと思う反面、これは協力者が周りにいないと、絶対無理と思う面もある。

私の場合は、自分から仕事を創ってしまうからその気になれば、増えていく。
もちろんなんでもチャンスやタイミングがあってのことだから、思いついたことは絶対にやる。すぐやる。

いずれにせよ、ため込みすぎず、順番にアウトプットしながら、忘れていくのが良い。

とくにネガティブな情報や経験は、入っていると重いから、さっと消去できるといい。

もうしばらく、頭のフルマラソンを続けるとしよう。
もちろん単に走っていくのではなく、ひとつひとつを丁寧に、心を込めて・・
でなければだめ。乱暴に、雑にならないように、スマートに走らねば。
と、書くことで一呼吸している。

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「まさこさま」「まさこさん」

仕事では苗字、姓で呼び合うのが常識になっている。
それが当たり前すぎるが、ちょっとオカタイ感じ?
「今尾さん」。これが通常の呼び名になっていることが
多い。「今尾先生」と呼ばれると、ちょっと背筋が伸びる。

人によっては「マーサさん」と言ってくださる方もあり、仕事中でもそう呼んでいただけると、グローバルでソフトな感性に拍手を送りたくなる。

仕事で長年お世話になっている、ある企業の幹部の方は、私のことをずっと「まさこさん」と呼んでくださる。

このファーストネームで呼ばれたときの気持ちはとてもいい。

ココロの距離がちょっと近くなったような うれしさも高まる。
男の人も、きっとファーストネームで呼ばれると、よりココロを開いて
くれるだろう。

ということで、ファーストネームで呼ぶことを臆せず、続けたい。

もちろん相手による。

「雅子さま」と「まさこさん」。どちらもファーストネーム。

えらい違いであるが 、、、。

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五感に訴えるご挨拶・・

あっという間に年末年始の準備モードになっている。
仕出し屋さんも、ケーキやさんも、印刷屋さんも、お米屋さんも、それぞれ年末年始の恒例行事のために今年も忙しくされている。
印刷会社は、企業の商業印刷を扱うところももちろん年末年始や年度末に向けての準備で忙しくなるが、年賀状を扱うお店も忙しい。
昔ほど、年賀状は出されなくなったというが、それでも毎年はじめのご挨拶メッセージツールとして、日本のお正月を盛り上げる最強アイテムだと思う。
お正月は年賀状を見て、懐かしい人を思い出す・・そんなひとときもいいものだ。

かくいう私。ことしはちょっと進化して五感に訴える年賀状を・・・と検討中だ。

デジタルの世のなかになってきたからこそ、アナログの、五感を生かした
コミュニケーションが貴重になる。

どんなおめでとうをお届けするか・・・。受け取る人の顔を浮かべながら考える
瞬間が、こちらもわくわくする。

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父と話す、宝の時間。

出張もなく、2~3時間ゆとりが持てそうな日は、1時間かけて父の病院に行く。
気になって行かないより、ちょっと無理しても行った方がいい。
リハビリでお世話になり、1か月半。入院してからは2か月半。
入院生活に慣れることは決してよくないが、穏やかな日が過ぎているような感じがする。
病院の窓からは、木曽川が見え、空も広く見え、日差しも入る。
この風景が、父を毎日癒してくれているのだろうと思いながら、眺める。

元気だったころは、そんなにいつも話さなかった。
すぐ喧嘩になった。
しかし、今、少し弱った父は、とても素直で、会話をしていてもちゃんと通じる。
気が付けば、いつも父を励ましている。
「歩けるようになったら、家に帰れる。だからがんばって。」
今、父にはそれを言うことが薬となる。なってほしい。

83歳の老人に無茶を強いる気はない。でも、奇跡は起こるかもしれないし、努力していれば、絶対に道は開ける。と信じていたい。
これまで、こんな時間はなかったかも・・・と思うと、この時間はお宝だ。
いつか、こんなひとときも思い出になっていくのかもしれないが、
今は、こうすることが、私にとってもいい時間だ。


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病院ピアノに出会う。

先に駅(空港)ピアノのことを書いた。
あればいいというもの・・ということでもない、ということもわかった。

どうせなら、聴く人の心に響く、沁みるそんな空間での演奏が良い。

そんなこんなで、最近気になっているのは、父の入院先の玄関にある
立派なグランドピアノ。

前を通るたび、毎回気になっていた。

また10年ほど前だったか都内の病院へ毎月ボランティアで演奏に行って
いた頃のことも思い出した。

今、父は同じ建物の上でお世話になっている。
外出ができない。
であれば・・・。

病院に連絡して、このピアノで演奏会ができないかと問い合わせしてみる。

歓迎され、開催することに即決した。行うべき、ボランティア活動。
入院、通院される方、ご家族たち、そして父にも聴いてもらえたら・・。

実際行うには、来年の3月。それまで入院しているとは考えづらいが、それはそれ。退院していればそれはそれで、感謝を込めてやればいい。

いろんな病で入院し、お見舞いに来られる方たちに少しでも元気になって
いただけるならば・・・。

ピアノに似合う空間。病院には似合う。

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どこでも駅ピアノ?

何年前からだろうか、世界の空港やターミナル駅にピアノがあって、それを空港や駅の利用者、通行客が自由に演奏している・・その様子を流す番組が人気のようで、何度も再放送をくりかえしていて、時々ながら見をしている。

世界にはいろんなピアノストがいるもんだ、と感心したり、共感して見たり聞いたり、時には、ここでじっとしている自分が嫌で悔しくなったり・・・。

ある人からすれば、そこにピアノがあったら、あなたは絶対弾いているでしょうと言われ、確かにそうするかも・・と思っていたのは、外国の駅での話。
そして駅ピアノがない時代、ナポリのホテルのピアノを朝よく弾かせてもらったと懐かしく思い出す、旅とピアノの思い出・・・。

そして、最近小さな夢が浮かんだ。

もし機会があれば、自分が少女時代に使ったピアノをお世話になった地元の駅に寄贈して、そこで皆さんが弾けるようにするのはどうか?と・・・。
小学生の頃から毎日のように、レッスンに向かうのにお世話になったあの駅に・・・と思っていたら、つい最近、地元のもうひとつのJR駅ビルに、また京都駅にもピアノが設置されたことを知る。

まず、驚いたのは京都。黒いグランドピアノが中央改札の前の広場に置かれている。そして、わざわざピアノの横に「駅ピアノ」と看板があり、これには正直、興ざめした。京都はなんでもアピールする、なんでも発信するが、これはピアノがあり、誰かがそっと弾き始めたりするのが良いのに・・・。いかにもコマーシャル的な感じ。そのうちカメラを設置して、そのうちNHKで流す予定なのかも・・とすると、なんだか萎える感じ。もちろん弾いている人はいる。喧騒のなか、がんがんピアノの音もそれに負けじと鳴り響く。テレビで見た駅ピアノとは違う世界だ。もっと静かな場所においてくれたら・・・と勝手に思いながら、近寄らず、改札前を通行する。
そして、地元のJR駅ビルにおかれたピアノ。アップライトのピアノ全体が現代アート風にペイントされて、迷彩服のような色彩のピアノになってしまっており、これにも触りたいという気持ちは起きない。ピアノはシンプルであり、そこから出す音色が多様であるべきで、ピアノ自体の色やデザインが派手すぎるのは、こちらも気持ちが萎える。

ピアノはシンプルで、そっと置いてあるところに存在感があるのが・・というわがどうでもいい持論が湧いてくる。
とにかく、間違いなくテレビの影響で、日本にも駅ピアノが増えつつある。
弾くなら、やっぱり海外でが良いかな。
次回は、ぜひパリの北駅でトライしたい。まだおいてあれば・・・。

表現の場が増えるのはとてもいいことと思いつつ、公共の場の在り方についても考えつつ・・・。
音楽は、つくるひと、奏でる人、聴く人の三者が一体になってこそ、良い音色になるが、一歩間違えると、騒音にもなる。そんなことも忘れず、快適な仕掛けを考えたい。


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インバウンドも量より質がいい

インバウンドという言葉がオリンピック開催に向け、普及している。外国人観光客といえばいいのに、いかにも、目新しい表現が好きな日本人らしく、業界も一般にも・・・。

経済も成長率を重視するが、このインバウンドでも、日本に来た外国人の数と、消費した金額でその成果を図る傾向があるが、そのことについて、懐疑的に思うことが多い。
そんななか、先日、マカオを訪ねる機会があった。
中国の返還後、マカオは大陸のお客様に向け、カジノもホテルもショッピング機能も充実させ、お隣町からの観光客を日々迎え入れている。
特別区になっているから、同じ中国といっても、まだ外国人観光客のような扱いの中国人が、わんさと押し寄せている。
ひところ銀座で爆買いしていた中国人を思い出す、量である。

一方、仕事で京都に出向くことも増えているが、京都駅から観光地に向かう路線、そして観光寺院、町なかは、外国人であふれかえっており、京都の風情は損なわれつつある。

この大勢の観光客は、本当に歓迎されているのだろうか?
マナーも守れず、大きな声で騒ぎ、道やバス内を占拠し、大きなスーツケースで町を闊歩する観光客の群れに、不快感を覚える人は少なくない。

インバウンドが町を汚し、マナーを破り、街の魅力を損ねさせる・・という現実が間の前にある。

日本がマカオが京都が、本当に好きで、興味があって、その土地でなければならないことをしっかり体験し、吸収し、国に帰ってからその良さを周囲に伝えつつ、また足を運び、その土地を理解する。気が付けばその町の応援団になっている・・。地域との交流は終わることなく、友情に変わり、いずれ町と町の関係にもいい影響をもたらす。

と、関係づくりのきっかけとなり、来る人、迎え入れる人両者の人間性や教養を高めてくれるような、そんなインバウンドなら、歓迎だ。

でも、質よりも、量を追いかけている・・・。
数字では見えないことがあるのだけれど、数字が伸びれば成功だと思っている
経済オリエントの人たち。

日本がこんなに荒らされて、もとに戻ることはできるのだろうか?

いやはや、2020はもっと心配である。

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カゴの大きさと生きる道。

ある上場企業の女性の取締役の方とお会いしてお話しする機会を得た。

50代後半ということで同じ世代。
就職への向かい方、仕事への姿勢、女性としての生き方・・・
おそらくこれは、現在の20代の人たちとは違う、30年以上
男社会で生きてきた、表現しづらいが骨太の信念のようなものがあるという点では共通している。

そうでなければ、今日まで仕事を続けてくることは難しかったはず。

会話のなかで、

「私は自分がいるカゴが小さく感じられてきて、脱サラしました」というと、
その方は
「私の方は会社が創業間もない頃に入社して、その後どんどん忙しくなり、会社も大きくなって、カゴが大きくなって、どうしよう~という感じで、走ってきたんです」

なるほど、企業戦士として働く自分が入っているカゴが、どんなサイズかによってやりがいや、価値観も変わってくるのだと思った。

カゴが大きくて・・・と思ったことがない私には、とても新鮮な気がした。

企業戦士として働き続けてきたその人は、ゴッドねえちゃんのようで、たくましい。男のなかで踏ん張ってこられたその強さ。

歩く道は違えど、何か共感するところが多々あった。

50代の女性。がんばっている人たちは、とてもすがすがしく、そしてキャリアがあるのに、偉そうでない。その自信がまた小気味よい。

カゴのなかで生きるか、飛び出て、身の危険を感じながらも自由に飛び続けるのか。

どっちもあり。

みんな違って、みんないい。かごもいろいろ、それぞれの役割を全うすればいい。

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