2月8日より公演 生演奏付演劇「中ノ嶋ライト」受付開始

来たる2月8日から12日まで下北沢にて公演予定の、
「中ノ嶋ライト」のチケット受付を
開始いたしました。私も生演奏で出演します。
コミュニケーションクリエイター2017年の挑戦第一弾です。

日本で最初の、そして最後の小さな白熱電球工場の物語です。

ちょっと珍しい、生演奏の演劇にお出かけください。
脚本・演出は、京都出身の若手作家の滝本祥生さんです。
チケットはグラン・ルー公式サイトからお申込みいただけます。
数に限りがございますので、お早目にどうぞお申込みください。
お問合せもお気軽にどうぞ。
お待ちしております!

チケット受付

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築地で生きた方へ、合掌。

出会いは会社員のころ。ある取材の仕事で経営コンサルタントなる方から
紹介を受けた。当時、バリバリのニッチ市場の社長さん。
とにかく群れず、努力の人。
名古屋からカバンひとつで上京し、のち脱サラし、起業。
アメリカへはよくマーケティング視察に出かけ、それがその方の
大切なリフレッシュでもあり、仕込みの時間でもあった。
巨大組織との闘い、権力的なものとの闘い。
とにかく孤軍奮闘、ときにはワンマン経営者にも見えることがあったが
実は心やさしい人でもあった。
30歳前後で一度お会いし、しばらく仕事をお手伝いし、その後ご無沙汰し
そして7~8年前に再会。会社員時代には、独立をよく勧められたことも
懐かしい。
再会したときは昔とは状況が違っていた。いろいろご苦労があったようだ。
それから、頻繁にお会いし、少しでもお役に立てればと思い、いろいろ
かかわらせていただいた。
しかし、体力の低下もあり、昔のようにパワフルに動けないことへの
ジレンマもお持ちで・・。
ある時から、もうしんどいので、しばらく仕事を休みます。
という連絡があり、回復を待った。
その後、秘書の方から体調不良のため、会社をたたむことにした
との連絡。
それから、約1年。
回復を待っていた。会社はなくなっても、またお会いできたらいいと
思っていた。
秘書の方の連絡先は知っていたが、あまり頻繁に連絡するのも
どうかと思い、気になりながら、1年を過ごした。
年末だから、やっぱりと思い、勇気をもって電話をしてみた。
「社長は、すでに亡くなりました。誰にも言うなという遺言で
身内だけで済ませました・・。連絡できず、すみませんでした」
この言葉を聞くのが怖かったから、電話ができなかったのかも
しれない。

そう、こういう方だった。
いつも孤軍奮闘だった。でも一緒に食事をすると、話をすると
とても喜び、時間を忘れ、話し続けられた。
ウィスキーのロックの上に水を入れて飲む飲み方がお好きらしく、
「フローティングというんだよ」
少し自慢気に教えてくれた、築地のすし屋での会食は25年前か。

築地で起業されて以来、ずっと築地だった。
最後にお会いしたときも築地だった。
ホームグラウンドだったようだ。

電話をおいてから、ぼーっと立ち尽くした。
ずっとずっとその半生を思い出して
8か月も知らないでいて申し訳なかったと思った。

年末の押し寄せる人の波が少し収まったころに、
築地に行こうと思った。

お世話になった人たちが、星になっていく。
最後、声も出なくなっていたので、きちんとお別れを
会って言えないままになっていたのが、心残り。
心からご冥福をお祈りします。

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神が不在のクリスマス。

フランシスコ法王がバチカンでのクリスマス恒例のメッセージを
詠まれたのをニュースで知る。
和平についての言及が目立っていた。宗教・宗派を越えて
戦闘ではなく、交渉で世界の平和をもたらすことが大切だと。
ごもっともである。
そして、さらには最近のクリスマスは、本来のイエスの誕生を
厳かに祝うという意味から華やかなイルミネーションのなかの
商業主義~人間中心~の行事に変わってきてしまったことへの
憂いについてものべられていたことも、深く共感した。

日本はおめでたい民族で、まつりが好きだ。
どの宗教のイベントでも、何でも楽しいイベントにそれこそ
まつりあげてしまう。
敬虔なクリスチャンからすれば、このクリスマス商戦に賑わう
日本の姿はどう見えるだろうか。
もちろん、クリスマス時期が布教のチャンスなのかもしれないが。

クリスマスとは、その語源からもキリスト生誕の日だ。
意味もわからず、プレゼントやディナーにあけくれるだけでは
・・・である。

信仰とは?ということについて考える機会としても
有意義である。
大勢の人がミサに集う、教会の前を通りながら
いろんなことを考えた、今年のクリスマス。
世界が、どうか平和でありますように。

さあ、今年も最終週突入、あっという間に終わりそうだ。

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確かな行動力を身に付ける。

思いついたら、即行動する。
そして、その答えが希望していなかったものでも、
その結果が出たこと自体、前進だ。
ああ、自分の考えのとおりにはいかない理由があるのだ
ということがわかるから。
また結果が示してくれる、課題が必ずみつかる。
課題は次の挑戦への新たな糧になる。

何事も簡単にいくよりも、苦労した方がその目的を
成就したときの喜びもひとしおのはず。

行動するときには、いつでも自分を信じていることが
一番大切だ。
どんな結果が出ても、自分ならできると思っていればいい。

やらない言い訳、理由を挙げる時間よりも、
前向きに進める方法を考える方がパワーが湧いてくる。

行動する力を普段から蓄えておきたい。
小池百合子さんが、3つの目を持つ話をされていた。
鳥の目、虫の目、そして魚の目。
政治家にならなくても、強く生きるためには
これらの目をもつことが大切だ。

より確かに行動するために、常に見る力を養うこと。
その上で、何をすべきかを判断する力。
さらに、そして行動だ。

見て、考えて、行動する。
今年も大詰め。
私の今年の行動力を、今一度 見つめ直したい。

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HOLYなクリスマスに。

事件や災害が多発している。
人災も天災も。
世界では、戦争で命をなくしたり、家を追われたりしている人がいる。
家事で家をなくしてしまった人がいる。

一方、クリスマスパーティーはビジネス的には、一年を締めくくる
一大イベントだ。
ギフト商戦もピークだ。

平和であることはありがたい。
無事であることはありがたい。
健康でいられることはありがたい。

これに尽きる。
もちろん、乾杯はいい。
ただ、そのときに感謝の祈りを捧げたい。

そんな気持ちになる、聖夜。
今年はとくに・・だ。

富士山で亡くなった知人の一周忌のあとのクリスマス。
それもあって・・。

祈りを捧げる、HOLY NIGHT。

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復興を心から祈る。

知り合いの新聞記者から飛び込んできた、一通のメール。
「糸魚川で大火事です。昭和31年の新潟大火以来になるようです。お知り合いはいませんか?」
びっくりして、ニュースを確認すると、信じられない風景で目を疑う。
何度も足を運んだことがある、糸魚川駅前のあの街並みが炎と煙に包まれている。
映画のセットか思うほどの、と現実の世界ではないと思ってしまうと同時に、
あの東北大震災のときの火災の広がりの映像も思い出し、呆然とした。

知り合いの何人かに電話をしたり、共通の知り合いにメールをする。
直接被害にあった方はそのときはなかったが、後できいたら、先日授業をさせてもらった高校の
生徒の親御さんが営むお店が全焼と聞き、年末の稼ぎ時の想像だにしないこの事態に、街の
皆さんは一体・・・と思うと心が痛くなる。
映像メディアはこういうとき、はりきって報道を続ける。それも痛々しい。泣けてくるので
見ないようにする。消火の邪魔をしていないかと、ふと心配にもなってしまう。

地元の海洋高校では、避難所に缶詰を届けるなど、すでに対策を講じておられると聞き、一口
乗せてもらった。それぐらいで申し訳ないのだけれど、せめて何かと思う。
世間がクリスマスで賑わっているなか、まさかの事態。
目の前で、自分の家や店が・・と思うとたまらない。
こんな年末になるとはだれが想像したか。

いろんな要因が重なってのこの惨事。
夢のように、わが町がなくなった・・と知り合いからの
悲痛なメールをいただき・・たまらない気持ちになる。

人命をとりとめたことは、せめてもの救いではあるが、
それにしても、むごい自然の仕打ちだ。

ちょっとした原因から、取返しがつかない災害に発展する、この異常気象。
どうも、能天気でうかれた宴会をするような気分になれない。

いろいろ考えなさいという年末である。
実家の親に、くれぐれも火の用心と念を押す。

被災された方に、心からお見舞い申し上げます。
糸魚川の復興を、応援し続けたい。

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上昇気分で年越しをする

もうそろそろ、1年を振り返り、こんな年だった、あんな年だったと、いろいろ
思いを巡らす時期になった。
一年365日。12か月のカレンダーのなかで、どんな山をいつ上り、降りたかも
気になるところ。
1年かけてじっくりなだらかな山を登り、降りる人もいるだろう。
もしかしたら、いくつもの小山を登ってはおり、の繰り返しだった人もいるだろう。

私は、今年の山は後半からじわじわ来た感じで、今、まさに上り続けている感じだ。
今年中には、その登山は終わりそうにない。
来年にかけて登り切る山だ。

だから、今はまさに登山中。だから気持ちは上昇気分、いくぞいけるぞという感じ。

初日の出は山から見る。
心の山から見る。

今上りつつある山は、ちょっと高いけれど、登りきった後の最高の眺望目指して
行けるところまで、行くとしよう。

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ふれないコミュニケーション社会へ

ある新聞のコラム欄で、ある有名なアーチストを取材した際、握手をしようとしたら、拒まれた
ことが書いてあった。「きみの手に触れると、その菌が体内に広がって、病気になるから。だから
私はもう長い間、誰とも握手をしていない」とあり、さぞかし、その拒まれた方はそのとき
返事に窮しただろうと想像した。
確かに、どこの誰かわからない人と接触するのは、見方によれば危険ということになるのか。
じゃ、毎回手を洗えばいいじゃないかとも思うが、ま、それはそれとして。
一方、最近、街角、職場でマスクをしている人は多い。
風邪をひいているから・・だけの理由ではないようだ。
仕事で会った方がマスク姿のときが多いので、
「風邪ですか?」
ときくと、
「いいえ。菌が入らないように予防しているのです」
とのこと。
であるため、その方の口元がどんな表情だったか、またどんな心境で話をしているのか
が目だけではわかりづらいこともある。

人が増えると、人の接触が多くなると、確かにばい菌も入りやすくなる。
そういう意味でも、予防はもちろん大切であるが、
あまりにも、「ふれないコミュニケーション」が主流になると、どうも人間関係が
乾燥しそうな危惧もある。

免疫力を付けることも生きる上では大切だ。
触れることで、強くなることもあるはずだ。

もちろん、人それぞれの体質があるため、一概にはいえないが、
人との距離をおき、自らの命を健康を守ることが当たり前になると
会話コミュニケーションにも支障が出そうな・・。

会うとき、別れるとき握手をしよう、ハグをしよう。
こっちの方が人間らしくていい。
そして顔の表情をちゃんとみて会話できる関係が
いい・・と思っている。

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最後の注文の年末。

1年を無事に過ごせることは、そしてそのまま新年を元気に迎えることができることは
何よりの幸せで、実はとても贅沢なことだ。
年内で会社を廃業される方や、大切な方を失くし、さみしい思いで年越しをされる方の心中を
察すると、飲んで騒いでわいがやの年末だけではない、年越しがあるのだということを思う。

この17年間、名刺をずっと注文してきた会社。
実は最初はある文具屋さんを通じて注文していたが、そこが廃業されたため、今度は直接
注文してきた。メールでのやりとり、宅配便での納品に、代引きでの支払い。
それだけで十年以上、お願いしてきた。福岡にある印刷会社だ。
名刺は大切なコミュニケーションツールなので、とデザインはもちろん、紙にも凝って・・
そこはケチらずにやってきた。そして、好評いただいてきたわが名刺。
紫色と赤色のトレーシングペーパーの2種。生涯これでと思っていた。

その会社から郵便が届く。諸事情により、年内で廃業されるとのこと。
へえ~~。それは困った。これと同じようにできるところあるのかな。(あるとは思うが)
でも、ここのが好きだった。
すぐ在庫を見て、メールじゃダメだと思い、電話をした。
状況を確認し、即注文をした。
いうなれば「最後の注文」。
予想どおり、紙の在庫がある分の範囲での注文となった。

顔も見たことがない、担当者からご不便をおかけして・・とお詫びのメッセージ。
そして最後の注文・・・の確認。

なんとも胸がいっぱいになり、またここで作った名刺1枚1枚が急に大切に
思えてきた。
もう、無駄使いをしたらいけない。大切に使わなきゃいけない。

と、そんなことを思いながら、引き出しを整理。

おそらく、日本中で、この年末に廃業される会社はたくさんあるだろう。
それぞれの終わり方、それぞれの最後の注文。

ある上場企業の方がその昔、人間の命は限りがあるが、企業には終わりはない。
と言われていた。もちろんそうありたい気持ちはよくわかるが、
ほとんどの会社がいつか終わる。

恐らく廃業案内を出したあと、駆け込み注文が続いているはずだ。
ご担当の方たちは、この最後の注文に対し、どんな思いでかかわっておられることかと
思うと複雑な気持ちになる。

長い間、素敵な名刺をつくっていただき、ほんとうにありがとうございました。
これからも、大切に使わせていただきます。

顔も見ていないのに、1枚の名刺の向こうに、九州にあるその会社の担当者の顔が
ふと見えた気がした。そして注文メールの最後に
「私も印刷会社で働いていた時代があるので、他人事と思えません。
次の出発先がわかったら、ぜひお知らせください」
と書く。

最後の注文の名刺を待つ、年末。
いろんな年末がある。

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漢字かな文字入りで、喜ばれるお土産に。

ブエノスアイレスの友人ミゲルや、その仲間はどうも、日本の文具がお気に入りのようだ。
彼らは、ブエノスでは100年以上、世界でも2番目に歴史のあるカフェで働く。

前回、私がもっていた4色ボールペンを見て、どうしても欲しいといって、ある給仕人が近くから
離れない。
店で注文をとるときに使っている緑色のインクが出るちょっとチープなボールペンと交換してほしいと懇願、・・しぶしぶ交換した。(あとで、もったいなかったと正直思った)
そしてその様子を見てミゲルは「いいな~。日本のボールペン・・」と、うらめしそうに見ていたのを覚えていた。

それから、私は記念品として展示会などでもらう、ノベルティの名入れボールペンをとっておくようになった。
日本だと、その名前が入っていると、ちょっと使えない・・そんなものをいただくこともある。
だから、その名入れペンを、海外の仲間への日本の土産にと思いついた。

今回、漢字で社名・団体名やカタカナでスローガンなど入った名入れのボールペンを何本か持参、
そしてミゲルにプレゼントした。名入れペンだけでは悪いので、一応、4色ペンも買ってもって
いった。

すると、ミゲルは感激し、日本の文具はかっこいい、スマートだ、と喜びはしゃぎ、
いろんな紙に書いて試しては、「ワオーッ」とか言って、一人で盛り上がり、仕事そっちのけで
そのペンを周囲の仲間に自慢する。「これ、MASAKOからもらった~。いいだろう~」
という具合に。周囲の給仕人たちは羨望のまなざしで、ミゲルと私を見る。
そのペンのほとんどには、漢字やひらがなで、社名などが刷り込んである。
彼らには、その社名は読めないため、意味はわからずとも、その形がかっこいいのだ。

私はひとり笑いながら、「いいでしょ。日本のペンは!」と説明した。

帰国してから、その話を家族にしたら、大爆笑。
「へえ?そんなもの、お土産にもっていったの??」

そう、ちょっとここでは使えないかな~と思う記念品などは、思わぬところで
使えることがある。

それにしても、日本の文具は大変評判がいい。

ということで、名入れ文具も躊躇せずいただき、ストックしておくことに
しよう。
その配布する企業さんには、大変申し訳ないのだけれど・・。国際的にPRしているという
ことでお赦し願おう。

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