改めて日本を信じ、自分を信じ、前へ。

とても爽快な気分で、なんだか気持ちよくて・・。
そんな7月のスタートを切った。

まさかこの結果までは、
それを報道するメディアをコントロールすることはできなかっただろう。
事実は事実。
事実がそのまま報道されただけのことだ。

日本人はよく見ている。

世論調査すら、その手法、ターゲット、ヒアリング内容によって結果はいくらでも
変えることができるため、それ自身を信じる人もいないのではと思うような今日の
報道の実態。

でも、選挙の結果だけは、正直に出る。
しかも直接国民(都民)が選ぶとなれば、正直な結果が出る。

日本人はちゃんと見ている。
選択肢がないと、選べないが、選択肢があれば、ちゃんと選ぶ。
そのことが証明された今回の結果。

日本の有権者に、安心をした。
いや、よっぽど みんなが「NO」と思うほどの原因があるのだ。

日本がよくなるように。
新しい発想で、新しい力で、そして勇気で。
経験がない。それは誰しも最初はそうだ。
そこから始まるのだから、それでいい。

正しい目、勇気ある行動。
世のために自分ができることを
ちゃんとやっていかねばと、改めて思う。

日本をあきらめず、
日本を信じ、もっと誇りをもてるよう
自分を信じて、一歩前進。

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不完全なまま生きる。

いくつになっても、成長していないと感じることが多い。
いまだになっても、自分が何気なく発する言葉の間違い、
そういうつもりじゃなかったと反省が続き、
また広い心をと思ってはいても、気が付けば、
みるみるシュリンクしてしまいそうになることがある。

いいことがあれば、うれしくなり、
ちょっと違うと思うことがあれば、悩んだり・・。
50代になっても、小さなことで悩むのはいったい?
と思うが、
生きている限り、多かれ少なかれ、悩み続けて生きるのだろう。
でも、どんなときも、
それぞれにいいお手本がいてくれることで、
励まされ、勇気が湧いてくる。

人間はいくつになっても、不安定で、不完全で。
それが人間だと、
人間だもの・・と赦す自分もいて・・。

完全を求めすぎず、少しリラックスして、
大きく生きてみよう。
完全を追い求めるよりも、不完全を楽しむと思えば
同じ人生も、楽になる。

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公式サイトの夏メッセージ公開しました

グラン・ルー公式サイト夏メッセージ
季節ごとに写真とメッセージを更新しております。
夏のページをアップしました。

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つらいときこそ、いいとこ探し。

ある知人の年賀状には、毎年同じメッセージが込められている。
それは、「いいとこ探しの冒険」。
その人もコミュニケーションの仕事をしているせいか、いつも
その目線で物事をとらえる習慣があるようだ。
私は、この言葉に助けられることが多い。

とにかく、どんなことにも、どんな人にも、どんなものにも
いいところはあるはずだ。
そのことを、見つけようとする姿勢が大切だ。

ややもすると、人は自分に甘く、他人に厳しくなったり、
人のことを簡単に批判しがちになる。
批判はとらえようによっては、関係悪化につながったり誤解を
生んだりすることも多い、
意見を言うこと、自分の考えをもつことはとても大切で
あるが、できれば何でも否定的に見る、悪いところ探し
ではなく、小さなことでもいいとこ探しをする方がみんなが
幸せになれる。
そう、認め合うところから、ハッピーコミュニケーションは
生まれる。

彼女は、毎年そのメッセージを発信し続けている。
そのブレない、まっすぐさに改めて好感を抱く。
地道ではあるが、とてもいい言葉だ。
思い起こせば、つらいときほど、その言葉を思い出し、
相手のいいところを見ようとする。
いいとこ探しをするためには、相手目線ややさしさが
大切だ。

いろんな学びを与えてくれる、友の存在に感謝する。

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しがみつかない生き方。

最近、辞職すべき、いや、しない。などの話題をよく耳にするが、
第三者に聞こえてくる情報にはもちろん偏りもあるだろうが、
それにしても、誰が見ても聞いても「????なんで?」という
人がなりふり構わず、そのポストにしがみついているような・・。
なんのために、その人はその職を続けなければならないのか?
世の中にためになる、真の使命感があるならばよいし、
それはもう、その人の価値観・人生観であるので、そこはまあ
いいが、でも、そんなにしがみつきたいのかな~。と思えて
しまうのも正直なところではあるが、
人のことよりも、自分のことにおきかえる。

どんなことにも、ほどよい距離を置いて もちろんその時その時は
一生懸命やらねばならないが、何かに執着すると、
自分のバランスが崩れそうだ。
やめるときは自分から、うまく去っていく、去り際・・・は大切。
どんな自分が自分らしくいられるか・・を考えたら
時期をみながら、次に向かう準備も大切。

とにかく、必死にしがみついている感の人は、とても不細工だ。
それを無理にスマートにみせようとすればするほど、かっこわるい。
私が私がといえば言うほど、空虚。

とにかく、いつでも何のための仕事、自分の役割は?
自分のあるべき姿勢を常に問い続け、
何事にもしがみつくことなく、潔く生きていきたい。

しがみつきそうになるとき、客観的に自分を見るようにすると
良いのかもしれない。

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自分自身の資質を問う。

最近、「その人の〇〇としての資質を問う」という話題を
よく見聞きする。
とくに、政治家についてのその問いかけが多くなっているように
感じる。
政治家、経営者はとくに、世の中のリーダーであるべき存在であり
その国や、町や組織をまとめていかねばならない、社会への影響が
大きい仕事なので、とくにその人物の「資質」は問われるのが当然。
それがないのに、その役割にしがみついている人たちは、社会悪とも
いえる。
この「資質」ということば。
資本の「資」、品質の「質」。
先天的に備わっている部分と、努力して資質を高める方向と両者が不可欠だ。
さて、人の資質を問う前に。自分のそれを問い直したい。
自分は何をすべきか。それをするにふさわしい力量と人間性を備えているか。
という問いかけだ。
人のことを言う前に、自分はまだまだすぎて、まずは自分だ。
資質は意識した瞬間から、高めることができると思う。
目標をもち、それに向かって努力する。
決して名誉欲のためではなく、人として社会に役立つ人間になるために
何をするのが一番良いか。そしてそれに見合う資質を身につけるには
どうするのか。という問いだ。
人のことよりも、まず自分。

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ときには流し、流され・・が良い。

いろんな情報、いろんな人々が自分の目の前を日々、通り過ぎていく。
そう、通り過ぎていく。

気が付けば、何事も同じところにはいないで、時間とともに
拡散したり、消え去ったり、忘れ去ったり・・。

それでも、他者から受ける印象的な情報、言動は心のなかに
ずしんとそのままになっていることがあり、
そのことを思い悩んだり、そのことが原因で迷って、
苦しくなることもある。

この時代、自分だけがくよくよしていても生きていけない。
だから、「流し、流され(たふり)」
も大切だ。
とくに自分に違和感のあることこそ、
「あ、そう。そういうこともあるんだ」
位の勢いで、流していく。
人は他者のことを、さほど大切に考えてはいない。

流す力。馬耳東風とは、本当にいい言葉だ。

流し、流されたふり。
そのなかで、流されない自分こそが、本当の自分なのだと
思う。

流し・・。音楽の職業でそんなのがあった。
まさに、そんな生き方も魅力的だと思う。

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印刷会社出身同士の共感。

音楽から離れた18歳、哲学や文学を勉強したところで、受験勉強もろくにしてこなかった
おかげで、教員にも現役で採用とはならず・・。
たまたま、「マーケティングプランナー募集 文章を書いたり、考えたりすることが
好きな人」という募集に興味をもち、よくわからないまま入社した印刷会社という職場。
そこで文章を書いたり、企画を練ったり、プレゼンをしたり・・。そんな20代。
まだまだ女性の活躍という場は少なかった、いや、これからという時代であったから
自分にとっては、お試しも含め、大いなるチャンスがあった。
その印刷業界で、ユニークな人たちにたくさん出会った。
そして独立後、30代後半。自分より一回り若い人で、同じ女性で、印刷会社でまさに
企画をやっている人たちとの出会いがあった。
自分も若輩であるが、もっと若い人がいきいきがんばっていることに珍しく
仲間意識をもった。
印刷会社に入社する女性はちょっと変わっていると思う。
広告代理店や新聞社、出版社で働く人と同じような仕事をする。
でも地道であり最後は自社の印刷機を動かさねばならないので、企画だけでは
食べられないという現実も背負っている。
同じ背景で同じようにコミュニケーションづくりの仕事をしている人たち。
その人たちとのつながりは、今もつながっている。
印刷会社出身だから、紙が好きで、本が好きで、書くのが好きで・・。
デジタルもいいが、アナログの良さも大切にしている。
いつも黒子の世界であったが、この印刷会社で働く女性たちには、
時代を越えて、共感を抱き続けている。

そんな印刷会社で働く女性たちが、パッケージやサービス業や・・
女性ならではの感性を生かした新たな仕事を創っていることに
誇りを感じる。

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方言境界線への興味。

よく新潟で「あ、関西の人ですか?」
と言われてきた。新潟で関西弁だと、佐渡の人が親近感をもって
くれたり、また関西弁だと「面白い人」という印象があるようで、そんな見られ方を
されたことも、新潟時間でのコミュニケーションでは、得をしてきたかもしれない。

自分の生い立ちが、真ん中から西寄り時間も長かったため、
関西の言葉が自然に身についたのかもしれないが、
東京では相手が関西人であると自然とそうなるが、
普段はいわゆるちゃんぽん語。標準語+岐阜弁+関西弁?。
TPOによっても自然と変わる。
周囲には、関西弁もあれば、東北の言葉もあり、もっといえば
外国の言葉もいろいろ混じっていて、
東京にいると、
「ああ、この町は〇〇弁だな~」と思うことはなく、
なんでもあり!のコスモポリタンであると感じ、そこが面白くも
あった。

一方、だんだん西へ向かっていくと、言葉がだんだん変わっていく。
方言を感じるようになる。
どこでという境界線が引けないけれど、
最近、名古屋でお会いする営業の人たちの多くが、しっかり関西弁であることに
驚いた。名古屋弁ではなく、関西弁だ!
これは、テレビの影響かもしれない。
吉本新喜劇を子供の頃から見ていたせいか私も西の文化を身近に感じる。
それが今も変わっていないようだ。
とにかく、名古屋地区は関西弁エリアである。

言葉は行政区ごとに変わるわけではないだろうが、言葉の境界線には
興味が沸いてくる。
見て育ったメディア、人々の交流、要するに誰とコミュニケーションし
誰の影響を受けたかにより、言葉は変わる。
人は、生の言葉でコミュニケーションする。
これからも方言境界線に注目しながら、その土地ごとのコミュニケーションを
大切にしていきたい。

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20年前のアルバムから教えられること

このたび、10年以上、開封しなかった箱から、何冊かの分厚いアルバムをみつける。
そのなかには、幼き頃の写真が少々と、20代以降、出張やプライベートで訪ねた
国内外の写真プリントが綴じられている。
丁寧に1枚1枚、アルバムによっては手書きでコメントなども入っている。
20代は30代前半の自分自身の表情、ファッション、その当時の仲間たちの
様子も大変懐かしく、ついつい見入ってしまうが、このアルバムを手にしながら、
当時、自分がひとつの体験を大切に扱っていたように感じた。
どこへ行く、どこへ行った、何を見た、何に感動したか。
当時はフィルムに限りがあり、今のスマホのように無尽蔵に撮り続けることは
できない。1枚1枚大切に撮らねばならない。
写真を撮っても、現像・プリント代にお金がかかるので、考えて撮影していたのだと
思う。
そんななか、残された写真たちは、とても大切な思い出記録だ。

アルバムを見ながら、この十数年、デジタル化が加速してからのわが行動を
振り返る。
カンタンに撮る。たくさん撮る。
カンタンに消す。
でも、これをきちんと編集するなどはしたことがない。
その時その時の感動をきちんと残しておこう・・という気持ちは
昔より薄らいでいるかもしれない。

情報をもっと大切に扱わねばならない。
必要なものと、必要でないものをきちんと随時整理して
丁寧に自分の人生時間を残していかねばならない。

若き日のアルバムを見ながら、人間はもしかしたら、退化しているのでは
と自分が何かと恥ずかしく思えてきた。

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