良質な「受け手」でありたい。

本当に世の中、情報だらけだ。
ゴミ箱なのか、宝箱なのか。
それすら、わからなくなるほどの情報量のなかで
本当に真なるもの、自分にとって役に立つもの、心豊かにして
くれるものを探していく努力が必要な時代と言えるだろう。

そんななか、強く感じるのが、
受け手の見識が大変重要になってきているということ。
与えられた、目の前に現れた情報を鵜呑みにするのは、
そのまま信じるのはときに、危険。
純粋に素直に受け取りたいが、モノによっては、冷静に
客観的に受け留めなければならない。

ときに「疑う目」をもつということだ。
ワンクッション置くということでもある。

そのために、簡単に入手できる目の前の情報に接するだけでなく、
いろんな人に日頃からあって、世の中には
さまざまな思考の、価値観の多様な人間がいるという
ことを知っていることも良質の受け手でいるために必要だ。

今は特別な人が発信する時代ではなく、
その気さえあれば、誰もが送り手になることが
できるため、その質も見極めていく必要があるのだ。
人は感情の動物であり、欲望の存在である。
そこから発信される情報はときとして恣意的なにおいも
発する。
それも受け手はきちんと嗅ぎ分けなければならないのだ。

賢い受け手が増えれば、悪質、低レベルな発信者は淘汰されて
いくだろう。
情報の受発信にはパワーが要る。
だから、時間つぶしには使いたくない。
どうせ発信するなら・・、せっかく受信するなら・・。
そこをしっかりと考えて、行動したい。

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年に一度、オンリーワンの人生展覧会を楽しむ。

年賀状とは、日本固有のコミュニケーションツールである。
年賀状のはじまりは、もちろん郵便制度がはじまった明治以降であろうが
このように国民的行事のようになったのは、お年玉年賀はがきの発売にも
関連しているのでは・・と推察する。
ネット社会になり、年賀状を出さなくなったという傾向もあるが、
それでも、普段メールでしかやりとりしない人でも、1枚のはがきを
送ってくださることが多く、日本の正月をありがたく思う。
今年も200枚ほどの年賀状をいただいたが、1枚1枚にその人の
人生観や生き様が現れていて、私にとっては、人生展覧会を観せて
もらっているようで、楽しい。

その年賀状にはいろんなカテゴリーがある。

1.自分の家族と自分の最近の写真
2.自分の旅行先、仕事の様子の写真
3.干支にちなんだもの(自作であったり、刷り込みであったり)
4.自分の思い、決意を書き上げたもの
5.自分の作品(写真や絵・句など)
6.営業的なもの
そして、それに属さない、まったくのフリーメッセージのもの。

私はここ2年は、1年間使ってもらえるように?とカレンダーカードに
してみている。そこに手書きメッセージも添える。

いずれにせよ、一言でも、相手に向けたメッセージがあると
嬉しい。
一方、今年で年賀状を終わります。と書いてあるのは
ちょっと寂しい感じ。今から決めなくていいのでは・・と
思うのだが・・。ま、それも4のカテゴリーか。

今年もそれぞれの楽しい人生展覧会を拝見させていただき、
うれしいスタート。
受け取る人によって、この展覧会の作品も作家も違う。
世界でひとつの、年に一度のコミュニケーション大会でもある。
この中の何名かといくつ、再会があるのか、それも楽しみ。

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ますます凛として、永遠のお手本は京女。

以前、某企業の日本茶のTVCMに出演され、お茶の間にも広く知られた
元女優で服飾専門家の市田ひろみさん。
実は、会社員時代にとある広報紙の取材で、自らが経営されている京都市内の
美容院にお邪魔して、お話しを伺ったことがある。そのとき、先生が働く、
自立した女性の先駆けとして長く活躍されていることに深く感銘を受け、
その後、先生が服飾関係のイベント等で講演をされるときも、何度かうかがっていた。
しばらく年賀状やはがきのやりとりもあったが、京都を離れてからはご無沙汰
になってしまい、その交流もすっかり途切れてしまっていた。

時々、テレビで拝見し、今もおきれいだな~とか、あのなんともいえない
京都弁での語りにほんわかしたり・・・・。
でもお会いしたのはもう20年以上前で、先生がいかにお若いといっても
かなりのお年・・・・。お元気だろうか?と本棚にある先生の著作を見ながら
思い出していた。

そんな矢先、京都駅のデパートにて日本画の展覧会があり、そこに
市田先生が登壇され、きもの文化と女性についての講演をされると
偶然知り、すぐ駆けつけた。これを逃してはならぬとの気概で。
会場には多くのきもの愛好家、市田ひろみファン、日本画ファン・・
いろんな方に囲まれ、会場内の作品を観ながら、先生が上村松園はじめ
著名な作品を先生視点で解説されながら、会場全体を巡る。

そのトークったら、まったく20年前とお変わりなく、これには驚いた。
そして、先生はサハラ砂漠に行ったときのスケッチを図案化したという
オリジナルのきものをお召しになり、髪もしっかりばっちり・・。
とにかく以前と変わらない、凛とした市田ひろみさんだった!

男性では、日野原先生がすごいと思っていたが、女性の生命力では、
この方が日本一?ではないかと思うほどで、
そして、元女優というだけあっての、独特のオーラを放っておられた。

そういえば、以前、取材に伺ったときに、撮影するときは
「こっちから撮ってな」
と、ご自身が撮られる良い向きを指示されていたことも思い出す。

自分はこう見られるべき、こうあるべし。
この厳しい信念をずっとお持ちなのだ。
衰えを知らぬ、ますます美しい素敵な働く女性に
勇気と元気をもらった。

公演後、先生にご挨拶。
「20年前に取材にお世話になりました」
「それはそれは、お世話になりまして~」
相変わらずの気さくな感じに、京女のおもてなしも
感じ取った。

ああ、やっぱり凄いなあ。
背中を拝ませていただき、私もがんばろう。

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ふるさとを思う、昭和の政治家。

今年は、あの田中角栄の生誕100周年だそうだ。
75歳の生涯。ということは、もう亡くなって四半世紀が
経つことになる。

私は彼の死後に、新潟に仕事で通うようになり、
この政治家の偉大さを改めて知ることになった。
高速道路を行き来するとき、何度となく
「なんと立派な道路はいっても、これは田中角栄のおかげで・・」
との声を耳にした。

日本列島改造論は、まさに田中氏の政治理念が結集した一冊だ
そうで、その思想をまさに具体的に実行した。
戦後の日本を立ち上がらせるために・・。地方が元気になる
ように・・・との思いを込めてのインフラ革命だった。
確かにとくに、新潟県内の高速道路事情は大変立派で、
私自身も大変感謝している。おかげで雪の日も安全に移動が
でき、仕事ができる。
今も多くの県民たちが、「角栄さんのおかげだ」と感謝している。

政治家としての最後は残念な結末になったが、
角栄氏が遺した、政治家最後の言葉には、ふるさと新潟を強く
思う言葉が冒頭に出てくる。
雪国の新潟、不便な新潟に住む人たちの暮らしをなんとか
したい、なんとかするんだ。という気持ちがあふれる人だった
ようだ。
交渉力もあり、戦後日本の海外との関係を回復された実績も
素晴らしい。
とくに日中国交回復の実現。
昔お世話になった、上海錦江飯店がその調印式だったという
のも今や懐かしい話。

隣のおやじ・・という存在だったと、角栄を取材してきた
記者たちは親しみを込める、
「今、この時代に生きていたら・・」
という言葉にも共感する。

政治家とは・・・。こういう人のことだ。
もちろん清濁あり、善悪も見え隠れ・・・それぐらいでなければ
つとまらない仕事かもしれないが、
人間として、世襲ではなく、ゼロから出発した一般人として、
ああ、人間努力すればなんでもできるんだ。
と思わせてくれる人のいい例だ。
生きておられたら、一度会ってみたかった。

柏崎に記念館があることを知る。
ぜひ春になったら訪問してみたいし、
日本列島改造論もぜひ、読んでおこうと思う。

大物。
愛されるリーダー。
自立した存在。

今の時代は・・・。
昭和のパワーを今ふたたびと
強く願う。
今日も雪の新潟、高速道路を多くの車が行き来
していることだろう。

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どこから来たのかよりも、どこへ向かうか。

過去の投稿にも何度か登場している、タクシードライバーの話題。
なかなか奥の深い仕事で、興味が尽きない。
今回は、
イタリアのドライバーが、ドキュメンタリー番組のインタビューで答えた言葉。

人間は、
どんな家柄の生まれであるとか、学歴であるとかそんなことは
関係ない。

そう、どこから来たのかよりも、どこへ向かうかが大切だ。

この言葉に、深く心をうたれた。

私自身、時々、自分自身のコンプレックスについて悩んできた。
それはまさに、どこから来た・・・についてである。
これは、どれだけ悩んでも変えることができない。
過去のことだから。

でも、このドライバーの言葉どおり、

どこへ向かうのか・・がもっとも大切なのだ。

自分は残された人生、何をしたいのか、何をしようとしているのか。
まさにどこに向かおうとしているのか。

いつまでも後ろを見ているよりも、今ここに明日に向かって
生きている以上は
前を向いて。

もちろん人にもよるが、タクシードライバーには、きっと深い人生を
歩んできている人が多い。
そして実に多様だ。
だから、こんな言葉も聞けたりするのだろう。

どこから、ではなく、どこへ。

その心がけと行動次第で、人間はどれだけでも
幸せになれそうだ。

今日は成人式。成人する若者たちにも、どこへ向かうかを
大切にしてほしい。
そして、わくわく、楽しく進んでいこう。

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今それ?そこまで言うの?の疑問。

はっきり書かせていただくが、
信頼したいと思ってきたテレビ局の
最近の
ニュースが、
見るに聞くに堪えない
あるいは、
なんで、今それ?
と思う素材と表現が多く、大変残念でならない。

視聴者に伝えなければならないことがそれか?
もっと大切なことがあるのでは?
はぐらかしている?ごまかしている?
何のチカラ?
うら若き女性アナウンサーが口に出すのも恥ずかしいような
言葉を発しているのを、ああ、こんな知らなくて良い
ようなお下劣な内容を、一斉に国民の多くが知ってしまうのか・・。
と心から残念に思う。

残念と思いながらも私がそこのニュースを意識する
のは、きちんとした、まともな放送を
他局に比べて扱っていると信じたいからだ。
しかし、その期待が裏切られることが増えてきた昨今。
もちろん、素晴らしい取材番組もあるので、そのために
お金は払う。
が日々のニュース番組はもっとためになる情報を
国民が知りたい、知らねばならない本当のことを
伝えるべきだろう。
女性週刊誌のような、夕刊紙のような
三面記事優先のような報道はやめてほしい。
と、心から思ってしまう。

放送を通じ、何を視聴者に伝えたいのか。
その報道により、どんな広がり、影響を想定するのか?
ここを考えているのかなという疑問である。

興味本位なネタを赤裸々に伝えることを
アナウンサーたちは拒否しないのだろうか?
きっとできないのだろう。
或いは考えないことにしているのか。

そこも疑問に思う。
これでいいと与えられた原稿を読んでいるだけであったら
申し訳ないが、ジャーナリストの端くれではない。と
思ってしまう。

ニュースを選ぶ人の見識、センス
決定者の意図、
いろんなことがグレーに見える
最近のニュース。

お願いしますよ。
天下のNHKさん。

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日本の郵便力は世界一

ネット通販の成長により宅配業が大変な状況になり、1社の値上げから
郵便局が影響を受けているそうで、こちらも人手不足だ。
日々お仕事されているみなさん、寒いなか本当に大変だ。
一方、この季節といえば、年賀状!
この慣習は世界でも日本だけのようで、年賀状という新年の
コミュニケーション文化はネットの普及により出す人が減ったと
いっても、一年で最も取扱数が多いのは間違いないだろう。

手元に届くと、やっぱりうれしい。
時々、事故や多少のトラブルは聞くが、もともと真面目な
日本社会において、郵便物においてもその国民性は
生かされていると思う。

実は、昨年11月後半、知人にニューヨークから航空便で
現地の手帳を送ってもらう依頼をした。
彼は11月末に郵便局へ行って手配をしてくれた。
「1週間で届くでしょう」とメールが届き、
舞っていたが、それは今、1月を過ぎても届いていない。
ネットでの配達の経路を見ても、おかしい。いまだに
NYの周辺をうろうろしているような・・。
同じところをいったりきたり・・。
なんといい加減な郵便事情だと、今回の選択を後悔する。
どこかへいってしまったのかもしれない。

日本じゃありえないことが、外国ではおきる。
日本の郵便配達への責任は素晴らしい。

さらに、引っ越してもちゃんと転送してくれるのも、
本当にありがたいサービスだ。

今日届く郵便物を楽しみに待ちながら、日本は素晴らしい国だと
思う。

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相手によって変える。

80代の父親との会話。
どうも、若い時と同じように話していても
伝わらないということが最近わかってきた。
耳が少し遠くなってきたため、大きな声でゆっくりと。
そして、あまりいろんなことに口を出すのも
よろしくない。
好きにしてもらうのが良さそう。
そう、見守るという姿勢。
そして、ここは絶対言わねばならない
ということは、
家族だといって、元気で若いときと同じように
強く言っても、反発されるだけだ。
できる限り、優しく、そっと、わかりやすく。

年老いて いろんなことにもどかしさを
感じているだろう親。
自分なりに一生懸命 毎日暮らそうと
がんばっているのだ。
と応援する姿勢が大切だ。

ともすると、若いときと同じように
強くモノを行ってしまうこともあるが、
反省しながら、
年老いた親との会話の仕方、
コミュニケーションの仕方を
日々、悩みながら模索している。

それにしても、最近、
鬱陶しい。
と言われることも多く・・。
ま、めげることなく
がんばろう。
これも、大切な愛のコミュニケーション。

相手によって、向き合い方を変える。

自分が自分がではなく、相手目線で。

今年の課題のひとつだ。

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なんのために生きるか。を問う正月。

新年は、しっかり自分と対峙するひとときである。
世界を俯瞰するとかいっておられる方もおられるが、
まずは
世界を知る前に、己を知る、己を見る、俯瞰することから
始めたい。

自分は何のために生きるのか。

その目的があって、いろんな手段・方法がある。
肩書きとか職業とかは、目的の後に考える、

あるいは、何かをしようとしているとき
その理由があるはずだ。
その理由が、人生の目的になっていることもある。
をの目的が利己的なものでなく、利他の視点であり、
少しでも世の中がよくなるため・・であるように
したい。
そうすることで、自分自身も嬉しいと思えるからだ。

先日見た、アンドロイドを開発した研究者のインタビューのなかで、
その学者は、なぜロボットを作ったのかについて、答えていた。
ちなみに、
彼は自分自身のロボットを作っている。

それは自分を知りたい、自分に興味があるからだとのこと。
自分って、人間って何なんだ。
ということを知るためにロボットを創ることにしたという。
子供のころ、
あたりまえのように大人から指示された言葉ひとつひとつに
疑問をもったことが、目的につながってるとも言っておられた。

この疑問が目的になる!
という点にとても共感する。

私にはロボットをつくる才能も、意思もないが、
少なくとも
生きている意味をしっかり見えるように
していきたいと考える。

大それたことはできないが、
自分が生きているのは、このためだ。
ということをもっと明確に表現していきたい。

昨今の経済最優先の世界の動向、人間本位、自分第一の
流れがどうも違うと思っているから。
それを突き詰めると、社会が超カオスになり、
やがては争いが始まる。
争いが来る前に、地球の怒りが爆発するかもしれないが。

そうならないように、
人が相手のことを思いやれるように
そんな世のなかになるように、
自分ができることをしていきたい。

そのことを、この新年、ずっと考えている。

このために生きています1
と笑顔でいえる人は素晴らしい。

そうでありたい。そうなりたい。

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タクシードライバーに学ぶ新年。

タクシードライバーという仕事は興味深い。
個室の移動。限られた時間でコミュニケーションを図ることが
可能だ。
お金さえ払えばどこでも連れていってくれる、
その人次第で、その移動時間が楽しくなる。
ついつい、愛想悪い人でなければ、いろいろ聞いてしまうので
短時間ではあるが、いろんな人生を垣間見ることができ、
勉強にもなる。
とくには、海外に出たときや出張先でのタクシー。
印象深かったのは、まず、アメリカのドライバーたちだ。
陽気で英語が達者な人、或いは上達したい人は積極的に話しかけてくる。
聞いたこともない国から来ている人、アフリカや中南米の
家族のために頑張って働いている人。
以前シカゴで乗ったアフリカから来たドライバーは
イスラム教のことを細かく教えてくれ、なんとコーランまで
少し歌ってくれて、大変驚いた。日本でなら読経するドライバー
というところ?会ったこともないけれど。

以前、都内の移動では、悩み相談室みたいになって、離婚間近の
人の悩みをきいたこともあった。
ドイツのボンでのドライバーとは、哲学の話で盛り上がった・・。

N放送局で、世界のタクシードライバーの番組を
やっていたのをみて、NYのドライバー達を懐かしく思い出した。
多くのタクシードライバーの共通点は 彼らは新たな夢を
もっているということ。
ここでがんばって稼いで、〇〇をしようという夢がある。
あるドライバーは母国バングラデシュに貧しい子供たちのための
学校をつくるのだ。と目を輝かせていっていた。
日本の政治家絡みの学校をつくりたい・・・とは何かが
違う。

今の仕事をしながら、自分の夢に向かう。
この生き方、一見ストレートではないかもしれないが
大変と思うが、夢をもって生きている、仕事をする
ということ自体が素晴らしく応援したくなる。

この新年、このドライバーたちのインタビューを見ながら
私の夢は?
改めて問う。
これをしたい。明確な夢。
これを持つことで、目の前のこともがんばれる。

世界中のタクシードライバーたちが、元気に安全に活動され
それぞれの夢に向かうよう、心から応援している。

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