言葉足らずの愛を、助詞で唄う。

今年最初のライブでは、なんとか新作を発表したくて、
それでも時間をかけてじっくり・・は難しく
壮大な曲づくりはできなかったけれど、歩きながら口ずさめる程度の
小品を本番前にざっと書いた。

今の私の関心テーマのひとつである、「老夫婦のコミュニケーション」。
それを見ている目線で、歌詞を書いてみた。
それぞれ考えていることがあるだろうに、会えないまま、
ネットも使えないから、伝えることも難しいまま、
半世紀以上一緒に暮らした日々が、止まった時間となって
日々が流れる。

そんな状況を娘が見ているという目線での作品だ。
最近、父の施設に持参する手紙の中に、母の直筆も入れるようにして
いることからヒントを得た歌だ。
歌詞はこんな感じだ。(一部抜粋)


「言葉足らずのてがみ」

父は 父の 父が 父も
  
父に 父を 父と 父よ。

母は 母の 母が 母も

母に 母を 母と 母よ。

思い通じると いいね。  

笑って過ごせる 日々を  

楽しい思い出 並べ 
   
生きた道のり 立ち止まる。♪

・・・・・

言葉が上手く出ない夫婦。
何が言いたいのか よくわからない。
でも、主語を言うだけで 思いがあり、
また助詞が変わるだけで、いろんな風景が広がる。
今、離れて生活して1年半になる両親のそれぞれの
言葉足らずとあふれる思いを歌にしてみた。
昨日のミニコンサートで、こちらも即興演奏で初披露。
あたたかい拍手をいただき、こちらの心があたたまった。

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本日岐阜新聞ミニコンサートです。

今年初めのミニコンサートです。(岐阜新聞本社ロビー 予約制 本日満席)
会場で配布する資料を公開します。
細かいプログラムは、会場でアドリブ変更する可能性があるため、
テーマのみを記載しています。演奏するオリジナル曲の一部は歌詞を配布しています。


演奏曲の一部はネットでも公開しています。
La Grande Roue:Poem & Songs (mahsa.jp)

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張り合いが生きがい

本日は岐阜新聞社でのミニコンサート。こちらでも、緊急事態宣言が発令される
とか・・であるが、今のところ、予定通り準備をしている。
東京から引っ越す少し前から、隔月ではじめたこの演奏活動。
自主企画とは違い、地元の公的な場所で、ひとりでも多くの、知らない方に
聴いてもらえたら・・。と、ささやかな地元へのお礼の気持ちから・・。
面識のないお客様が新聞を見て、おいでになることもあれば、ご紹介から足を
運んでくださる方もあり、コロナ前の演奏会は満席となり、賑わっていた。
笑い声も手拍子も響いていた。
状況は変わった今。それでも母親にとって、この演奏会はいきがいのひとつだ。
誰を誘うか、何を着ていこうか、演奏会が終わったあとのお楽しみは・・・。
雪の可能性もあるということで、タクシーの予約手配を手伝いながら、
彼女にとって、お出かけ、そして娘のコンサートは楽しみのひとつだということを再認識する。
そういった機会があると、気力もみなぎり、元気になる。
今の時期、かなり限られてくるけれど、小さなイベントはとても大切だ。
母にどれだけの機会をプレゼントできるのかわからないけれど、
今できることは、張り合いある暮らしをしてもらうためのサポート。
日々のなかで、小さなハレをたくさん作れたらいい。
そんな気持ちで、今日はコロナに負けない冬を元気に生きるレパートリーを
届けたい。

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やれるだけ、ありがたい。

コロナとの共生。我慢が必要。仕方ない。
そんななか、雪の立ち往生に巻き込まれている皆様のことが気にかかる。
早く早く救出されるように、祈るのみ。
自然は本当に恐ろしい。
雪は美しくもあるが、生きる上での敵でもある。

各地の成人式も、PCR検査をした上での実施や、ドライブスルー、ドライブインなどこれまでなかったスタイルでの実施が話題になっていた。
一生に一度の成人式・・迎える人々にとって、このコロナ時代の記念日は
生涯忘れることはないだろう。

予期せぬことがくりかえし起こり、次々と困難が立ちはだかる。
いつ、自分にもそれが・・と思うと、決して安心はできない毎日だ。

そんななか、明日12日には再び、岐阜新聞本社でミニコンサートを実施する。

https://www.gifu-np.co.jp/info/lobby_concert/


昨年1月後、何か月も休止になっていたが、その後、主催者も万全なる
コロナ対策をして、人数制限のなか、お客様にもご協力いただき、こちら側も体制を整えて、なんとか継続している。
もともと音響の不要の会場であったが、ビニールカーテンの設置で音が聞こえづらくなるため自前の機材も持ち込むようになった。
お客様参加型のやり方も考えてやらねばいけない。
「一緒に歌いましょう~」とはいいづらい。

と、いろいろあるけれど、とにかくこのような場でも、演奏できる場があることがありがたい。
オンライン演奏もあり・・ではあるが、お客様の環境によっては、それができない方もいる。また生の方が絶対いい。

ハイブリッドの発信ももちろん検討しながら、このように演奏する場をもてるだけで、やれるだけで、本当にありがたい限り。

今できることを、やり続ける。
やれるだけ、ありがたい。
元気で、ありがたい。

(写真は昨年のコンサート再開当時の様子)

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FOOD INSECURITYに目を向ける

コロナは人々にさまざまな影響を与え続けている。
ニュースは毎日、感染者数を日課のようにトップニュースとして取り上げて
いるが、心配なのは、ここには発表されていない方の数。
医療のお世話にはなっていなくても、生きるのに困っている方は多い。

年末から年始にかけて大人食堂という活動が、東京でも行われたようであるが、
生活に困る方を支援される取り組み。おそらく各地、さまざまな形で支援をされる方がおられると思う。本当に頭が下がる。

職を失い、食べるものにも事欠くという方が大勢おられるということは本当に深刻だ。会食云々など、無縁の世界だ。

ニューヨークでは、コロナで活動できない劇場で、その劇場のスタッフたちが
食糧支援の活動をされていると聞いて、あたたかい気持ちになった。
NGOの取り組みとして、地元のお困りの方に寄付で集まった食料品を
栄養バランスを考え、袋詰めして、毎週各家庭に届けているとのこと。

コロナで対面で人に会えない。コミュニケーションできない、自宅に籠りっきりのお年寄りはこのサービスを本当に楽しみにされており、週に一度の支給に幸せを感じておられるとのこと。
劇団のマネージャーは、心の栄養を提供する劇団の仕事と、体の栄養を提供するこの食糧支援は同じだ。とてもやりがいを感じているという。いい話だ。

FOOD INSECURITY~食料不安。この言葉がNYでは日常語になっているとのこと。
日本でも同じだ。困っている人を見たら助ける。
これは当たり前のこと。

外食の時短と、この食糧支援。どちらも食だ。食べること。
生きるとは食べること。
贅沢なしで、普通に食事をさせていただける日々があることに感謝するしかない。
まだまだ自分は何もできていないと実感。小さなことからはじめよう。


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声をあげる覚悟と応援と・・

再び、緊急事態宣言が発出された。東京から、東京への出張は見合わせ、
そしてリモートで打ち合わせ。これができる仕事はまだ救われる。
なんども、そしてどんどん営業時間を短縮していかねばならない飲食店
の皆さまや、観光関係の皆さまは、ほんとうにお気の毒でならない。
仲間のお店も心配でならない。行って売り上げに貢献できないことが心痛い。

ある報道番組で、この宣言下でも、午後8時以降も営業を続けると決断されて
いる店主の方のインタビューを見て、釘付けになった。
東京の一等地で店を営むには、毎月高い家賃がかかり、またある程度の規模のお店であると、従業員の数も多く、人件費も莫大だ。その家族の生活もかかっている経営者となれば、営業を続けなければならない。とのこと。
もし、時短営業をしない店として店名が公開されても構わない、もし罰金を科せられたら、裁判で戦う。
語気を強め、涙目で怒りを込めて語っておられた店主の声を聴いて、胸がつぶれそうになった。
先が見えないことに対して、行き当たりばったりの対策についての、心からの叫びである。
店主の方が、どんな思いで、インタビューに応じたか。覚悟をもっておられるのだと思う。
現場を見て、声をきいて、どうすればみんなが安心して協力できるのか・・。そのことをしなければならない役割の人たちは、現場を理解しているのだろうか。

夜の会食だけが、感染源ではない。
夜のお酒を提供するお店はもちろん感染しやすいが、
町の喫茶店で大きな声で長時間数人でしゃべり続けている高齢者も同じこと。
そこには目を向けられているのだろうか。また飲食店はその店だけで成り立って
いるわけではない。その店に出入りするさまざまな業者さんもいてのお店である。この関係者も含めたら、どれだけの人々が悲鳴をあげておられることか。

また、都会と地方での営業自粛、時短要請の痛手は、かかるコストが違う分、
大きな差があるということを、もっとよく考えて、対策を講じていかなければ
ならない。
こんな矛盾だらけの穴だらけの対策に対し、怒りやあきらめが生まれ、そして
全体的に、1年前の緊張感と変わってきてしまったのは、
人々の中に、「どうせ・・」
という気持ちがあるのだろう。悪い意味で、コロナに慣れてしまったのだろう。
デパートなど人の多いお店に入るときに、手の消毒をする人は一年前に比べたら減っている。
密になっている場所も多く、かろうじてマスクだけは着用している・・という
状況に見受けられる。

上述のインタビューに応えておられた歌舞伎町のその居酒屋。
焼き鳥で有名なお店だそうだ。
勇気をもって声をあげられた。
自分のことは誰も守ってくれない。
自分は社員、その家族の生活を担っていかねばならない。
その責任感と、背負うリスクの重さ・・・。
この覚悟・・・。どんな気持ちでおられるか・・・。

この行動を心の中で応援するとともに、しかし、でも・・という
気持ちが交雑する。
「みんなで今は!」
という気持ちになれなくなってしまっている日本・・・。
コロナとともに、体たらくな政治のせいで、日本の国はこの一年の間にも
じわじわと変質してきているようにも感じる。
信頼しない、信じない、というウイルスの蔓延?これではいけない。

今回の宣言で、コロナでではなく、経済で命をなくす人がいないように。
自分ができることは、まずしていく・・それしかない。

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霧が晴れる日への切望。

コロナ禍のなかの、動乱。
この1年間での世界の大きな動きは、このウイルスの台頭がその要因のひとつでもあったかもしれない。
コロナがなかったら、世の中はこれほど変わらなかったはずだと思うと
その功罪について改めて思うことは多い。
そして、その余波はまだまだ続く、霧は晴れないまま、マスク暮らしは続く。

しかし、とにかく、アメリカの大統領選は終わった。信じられない議会の占拠という歴史的汚点を残しつつ、とにかく世界の大国はひとつの時代を終え、そして次へのバトンタッチ。

内心、ほっとしている。
そのリーダーはキャラクター的には、またスピーチ力では魅力的な一面もあったかもしれないが、またビジネスマンとしての才能はそれは凄いのだろう、押し切ってしまう力があるからこそ、ここまで国のカタチを変形することもできたのだろう。
しかし、分断は良くない。嘘も良くない。自分ファーストも良くない。
ずっと四年間思ってきたし、その悪しき影響が自分の国にも影響が出ないかと
どきどきはらはらしてきた。

民主主義が揺れ動き続けたこの4年。
そして今は、アメリカに限らず
香港のことも本当に心配だ。

大国の綱引きはますます目が離せないどころか、どう日本が巻き込まれていくのかも気になるが、なんとか平和に、人々が自分が思うことを、考えることを自由に発信でき、違いがあっても受容し合える世のなかになってほしい。

不当な逮捕、殺戮、憎しみ合い、貧困・・・。まだ日本には顕在化してきていないかもしれないが、他人事ではない。
コロナがきっかけとなるのかどうかわからないが、
真の民主主義が、そんな言葉を必要とせず、空気のような存在である社会に
戻ること、さらに浸透することを心から願っている。

緊急事態宣言の下、まだまだ霧は晴れない。
早くマスクをとって、新鮮な空気を心配なく吸うことができ、
自由に語り合える・・そんな世のなかを切望したい。

アメリカが好きな国に戻るか?ニューヨークに活気が今再び。
わかりあえる世のなかになるように。
心から祈り、自分が今ここでできることをやるのみ。
霧は必ず、晴れると信じている。


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決めたどおり・・以外もあり

コロナの感染拡大は、とどまるところを知らず、仕事に、暮らしに・・と
振り回される今日。
このコロナ生活に慣れてしまって、緊張感を失い、ハレの日気分を楽しみ始めたあたりからさらに感染力は増大、さらに変異種の登場で、感染は広がり続けている。
目に見えない敵を甘く見てはいけないということだろう。

コロナ前であれば、
ビジネスでも何でも、決めたことは計画どおりやる!
が基本の「キ」であったが、
このコロナのおかげで、予定変更、計画見直しが度重なる。
せっかく考えた企画も、実現できないで終わっていく、
いつまで延期かわからないけど、今は様子見・・・。

そんなわけに、みんなでさあ元気に挑戦!
という空気になりづらいのが、このコロナ禍の特徴かもしれない。
でも、今すぐ行動できなくても、少し時間をおいたらできるかもしれな
いので、できるはずなので、それを願って
いろんなケースで用意しておくのが良いと思う。

こんな場合は、あんな場合は、もしかしたら??

という具合に。

いろんな道を考えていけば、どれかを選んで進むことができる。

決めたどおりに行かなくても嘆いたり、攻めたりせず。
コロナのせい・・といいつつ、着々と代案を用意し続けよう。

その準備が躊躇なくできる人が、企業が、コロナにうち勝てるのかも。

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あと24年。

日々、老いた母との格闘?が続いているが、ふと
24年後、自分も親と同じ年齢になるのだということに気づき、愕然とする。
世のなかの多くのお年寄りを見て、日々関わりながら、
「年をとるとは、大変だ」と
他人事のように考えながら、時間に追われて日々処理をしている自分。

「もう、若くないので、あんたみたいに、わしは動けないんだわ~」
「そんなに早く早くと言わんといてくれ~。パニックになるわ~」
との叫びにも、年寄りだから仕方ないじゃん。ぐらいの気持ちで軽く
聞き流し、その代わり、手を差し伸べたらいいと思っている今日。

しかし、よく考えてみれば、24年すれば、自分は81歳。
どうする?
手をさしのべてもらわないと生きられなくなる?
今は、想像もしたくない。
でも、親がその一例を、姿を見せているのだ。
そう思うと、ただ事ではない。

昨年末、40年ぶりに再会した同級生が、
「私たちが動けるのも、あと25年だよね。」と言った言葉も
鮮明に残っている。

これまで生きた道のりの三分の1は、まだ進まねばならない。
しかも老いながら・・。
何もせずに、ぼーっと老いるのは、社会に迷惑がかかる。
生きていくならば、覚悟をもって、これから老後の自立を
見据えていかねば・・。

まずは、頭がしっかり動くように。仕事と勉強とピアノは必須だ。
そして、カラダがしっかり動くように。日々動くこと、運動。
自分が尊敬する人を求めて、そこに向かっていく姿勢も必要だ。

意識しなければ、いい人生の締めができない。
世にあふれる、人生の先輩たちを見ながら、
今なら間に合う!

とギアを入れる。
「年だから。」
そんなこと言ってる場合ではない。
年を言い訳にしても、誰も助けてくれない社会になるかもしれない。
自力で生きる。少しでもそれが持続するように・・・。
24年、25年。先の自分を見て 毎日をみつめていこう。

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厳しい時代の仕事はじめにエール!

規模の大小、業種を問わず、数多の経営者にお会いしてきた。
まあ、社長の仕事は大変だ。年末年始といっても、頭が休まることは、ほとんどないだろう。ここは、社長さんと社員の大きな違いのひとつだ。
日々の業務も大変であるが、とくに年末になると、今年の総括と、来年に向けて目標を、方針をどうするか・・・。数字の着地ももちろんのこと。
とくに中小企業ではまさしく、社長が全部考え、きりもりせねばならぬ。
「わが社」という一艘の船をどう舵取りしていこうかと思案されるが、一人で考え、整理するのは大変なことだ。時々、これでいいのか?と不安にもなる。
自分が進めようとする道、そしてそれについて社員への伝達。
何しろ社員には、自分の意図どおりに動いてもらわねばならない。
伝わり方ひとつで、メッセージの入り方ひとつでやる気も変わってくる。
多くの会社では、年頭には社長のあいさつがあるが、1年のはじめの決意表明は発する方にも、受けとめる方にも重いものがある。双方にとって、緊張の瞬間でもある。

実はこのところ、通年はもちろん、年末年始もこういった類のサポートが増えている。
社長が考える段階からアドバイスをしたり、考えたあとの原稿の添削、プレゼン資料の確認、リハーサル・・・昨日もオンラインでリハーサルをして、ダメ出しをしていたところ。
年末から年始、とくに3日あたりから、社長さんたちからのメールがはじまる。
そして、5日仕事はじめの方が多いのか、4日はその事前準備に追われる。
会社が始まる前に、きちんと準備をする。
社長のメッセージは大切だ。
今回もいろんなチェックをしたり、アイデアをお伝えしたりさせていただいたが社長たちは思いをもって、自分の言葉としてしっかり語られることだろう。
私は黒子として、当日はエールをおくるのみ。
私にできるのは、あくまでも相手目線。
今回の場合は、社員にどう響くか、伝わるかという点での目線でのサポートだ。

良い仕事始めになりますように。
どの企業におかれても、社内が一体となって、いいスタートが切れるように
心から願っている。

苦しいときほど、社長はゆとりをもって!元気に組織を率いてほしい。

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