ネット社会での自衛

長年利用してきたホテルチェーンの顧客情報の流出事件の報道。なんでも、昨日今日はじまったのではなく、何年も前から何度かハッカーによる情報流出があった模様。なぜ、今になって報道するのかもわからないが、グループ合併によりさらに外部から狙われる可能性が高まったのかもしれない。

と、以前はそんなことは自分に関係ない別世界の話と思ってきたが、気がつけばネット社会が浸透すればするほど、かつて想像しなかったような事態に出くわすことも多い。見知らぬ人からのメール。詐欺メールも然り。最初はいちいち、びびっていたが、最近は何がきても疑ってかかる。要注意。もちろん事前にブロックする対処も心がけているが、それでも時折まったく知らない、覚えのない海外からのメールも入る、怪しい文面。とにかくいちいち相手にせず、無視、削除。そしてこういう事例は他にあるのかをすぐチェック。ネット社会は困った面も多いが、すぐ情報が得られるという良い面もある。誰かが自分と同じような経験をしていることがすぐわかり、役に立つ。会ったこともない人に教えてもらっていることもあるのだ。よく考えれば不思議で、それがほんとうかウソなのかも見極めが難しい・・が、そんな中で毎日情報をかぎ分け、かぎ分け生きているような感じがする。

とにかく、今の世は、つながろうと思えば世界が広がる分、つながりたくない人や世界との接点もできてしまう。その覚悟ももちながら、自分と相性のあう手段で世間と関わっていくのが良いのだろう。

個人情報が流出しても、結局は他人は何もしてくれない。だから、自衛の精神で日頃から覚悟をもって生きていくしかない。便利は安心と相反する面もある。今日もどこの国からかわからない、不思議なメールを横目に、見えない網の目の怖さを感じている。見えない世界で見られているのだ。ネット社会は人間を変える。あまりいいこと・・ではないような・・。

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NIPPONトイレおもてなし

ホテルやレストランなどのトイレに設置してあるトイレットペーパー。ここは実はとても重要なおもてなしポイントだと思っている。ちゃんと次の人のことを考えて、ペーパーの端を三角形に折り込んで、次の人が使いやすいようにしておくことは、実は誰もができる、簡単なエチケットであり、ささやかな行為であるが、とても意味ある素敵なおもてなしだ。

お掃除のプロの多くは、トイレットペーパーをそのように三角形にされているはず。さすがに家でそこまでやっているかどうかは疑問であるが、家でもやっているご家庭があったら、かなり生活レベル・意識が高い素晴らしいお宅だと思う。外国のトイレではその習慣は見たことがない。どんな高級ホテルでもだ。これは日本固有のきめ細やかな気配りだろう。十年近く前に、上海のできたてのホテルに泊まったとき、トイレの便器のなかにバラの花びらがまいてあったのには困った。これは詰まってしまう、あまりうれしくないおもてなし・・。

であるが、ペーパーの先端を三角に織り込んであるのは、何気なくうれしいおもてなしだ。先日ある高層ビルのトイレに入ったときのこと。お掃除の方がせっせとお仕事されていた。なんだか入るの悪いな~と思いつつ、「いいですか?」と断って使わせていただく。ちゃんとトイレットペーパーが三角形になっていた。これは戻しておかねばと思い、使ったあと、三角形にして外に出た。出るときにお掃除の方に、「トイレットぺーパー、ちゃんと三角形にしておきましたから」と、声をかけたら、その方、嬉しそうに「どうも」と返してくださった。これから、お掃除の方がいてもいなくても、毎回そうしなくちゃと思った次第。日本のおもてなしは、こんなところからも・・・。みんなでぜひ心がけたい。

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忙しくならない年末

ここのところ年末年始、ゴールデンウィーク、お盆休みなどと無縁の生活をおくっているような気がする。

多くの企業、ほとんどのお店は年末だからと忙しい。長距離移動の交通機関も予約でいっぱいになる。日本列島総移動のように、多くの人が同時に日本の空を陸を移動する。

そんな世間のバタバタを横目で見ながら、なぜ自分はゆったりしているのだろう。自分は普段通りに過ごしているだけだと思うが、企業や組織の場合は、まもなく年末年始の連休に入るため、その分の仕事をこなしているのだ。

休むからその前が忙しい。いわば楽しいバタバタなのかもしれない。

と、師走という言葉に似合わない12月をゆったり過ごす。年末年始は中でゆっくり読んだり書いたりもいいかと静かな時間を待つ。より静かに、より日常的な時間を過ごしたいと思う。

人が働くときもそれなりに働き、人が休むときもそれなりに働き、人がバタバタしている時にちょっと休む。

こんなスタイルに慣れてきた。

人が休む、働くときにその環境を作ってくれているインフラ業界、サービス業の方への感謝の念も生まれてくる。

バタバタしない師走は、世間がよく見えるという点で贅沢なのかもしれない。

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ポイントポイントの洪水社会に

ポイントポイントポイント、、、、もしくはクーポン。今やほとんどの店で買い物したり、サービスを利用すると、メンバーになるようすすめられ、ポイントの付与が特典となって、それを集めると何かをもらえたり、、、と一見良さそうな販促手段。ポイントをためる会員カードの数が増えすぎて、お財布に入らないと、それ専用のウォレットを持つ人も周囲にいたが、最近はアプリの普及でスマホ一つで複数のカード機能も持て、一見、便利。

お店にとっては囲い込みのための手段であるが、でもお客は一つのコンビニしか利用しないということはないから、一人で多くの店舗の会員になっていたりする。またレジで必ず、「◯◯カードはお持ちですか?」と、マニュアル通りのトークで店員さんから聞かれ、ないといえばかならず入会を勧められ、この時間も勿体なく、「◯◯カードお持ちですか?」と尋ねられる前に断るケースも多い。

一生懸命集めたポイントも、ひとたび組織も合併や変更があれば無効になることもあり、貯めたところで、期待外れの特典も多い。

今、顧客とのいい関係を作るのに、このポイントではない方法。

そっちを頑張るお店に興味がある。

ポイントポイントをやり続ける。こんなに多くてどうなのか。もちろんそう言いながら、無意識にマイルをせっせと貯めている私。もう消費と一体化したこの販促。

コンビニで外国人スタッフに、スラスラ ポイントサービスを説明され、感心しながら戸惑う今日この頃だ。

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赤いクリスマスのおお!シャンゼリゼ~。

今年で独立20周年、わがグラン・ルー誕生はパリのルーブル宮からコンコルド広場、そして凱旋門にかけてのシャンゼリゼ通りだ。コンコルド広場はマリーアントワネットが処刑された場所であり、自由の象徴。そこにやってきた移動式観覧車。それに乗り、シャンゼリゼ通りから何度も何度も眺めて、「人生は観覧車のように」が浮かんだ。だから、La Grande Roue はパリ生まれ。

コンコルド広場からまっすぐシャンゼリゼ通りを歩けば、凱旋門に出会う。

その凱旋門が最近、傷づけられている。デモ隊が暴徒化し、社会問題になり膜論大統領が国民に丁寧に自らの思いと反省を語るニュースも印象的で、フランスとは黙っていないで、きちんと言い合えるコミュニケーションレベルの高い国かもと思った次第。おかしいと思うことに、暴力はさすがによくないが、「反対!」の意を唱えることは悪いことではない。自分の意見をきちんという、聞く。それが自由の国、フランスの良さであると思ってきたが、最近は暴徒化しているのはいささか残念。そこまでしなくても、通じるだろという感じ。

おかげで、シャンゼリゼの週末は怖くて観光客も減っているとのこと。赤いイルミネーションが情熱から暴力に代わってしまっては パリの名がすたる。と、揺れるパリの12月を見ながら、民主主義とはやはりコミュニケーションであると、考える。

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それは、子どもの頃からの夢?

子供向けのイベントで、博物館体験ツアーという企画を開催する。今回は岐阜県の博物館での化石の展示見学や、化石の取り出し体験や、学芸員が行う化石のクリーニングのデモ見学などなど・・。食育やビンゴなど楽しく、ちょっと見栄えのするイベントには興味を持たれる方も多いが、博物館?化石?どうだろうか?とやや心配もしたが、化石に興味をもつお子さんやご家族もいらっしゃって、まずは胸をなでおろす。そして、感心したのはお子さんたちがメモをとりながら化石を見たり、学芸員の話を聞いていたこと。化石の取り出しにはもちろんみんな意欲的でゴーグルをして、石灰を叩き、アンモナイトを取り出した。

今回とても興味深かったのは、古生物専門の学芸員の先生の存在。子どもたちにわかりやすく、化石の話をしてくれたり、化石のクリーニングを見せてくれたり、さらには恐竜をもっと多くの人に知ってほしいと、その出会いの場をつくりたいと私にまで熱く語ってくださった。

この方はいつから、恐竜や化石に興味をもたれたのだろう?ふと、素朴な疑問がわいた。きっと大人になってからではなく、子供の頃から好きだっただろうな。そう、今日の会場に来ている子どもたちの中からも、そんな夢を抱く少年少女がいるのかもしれない。子どもの頃からの夢がかなうって素晴らしい。何億年前の生物への探求、冒険をしながら大人になる、生きていけるなんて、とても素敵なこと。ちなみに岐阜は、古生物の生息地としても見逃せない地域だそうだ。そして恐竜も・・。福井だけではないのだとふるさとの魅力を再発見。

子どもたちの興味関心を引き出し、夢につながるいろんな企画を提供できたら、これも故郷への小さな恩返しになるかな。

さて、わたしの幼き頃の夢は何だったのだろう。忘れていた時代をふと思い出す。

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歌神さんが降りて来る!

作曲家 遠藤実さんは、新潟ゆかりの方であることを、新潟に通うようになって知る。そしてつい最近、在りし日のインタビューを見て、雪国暮らしの厳しいご苦労が作品にも影響していたことも知り、作られた名曲のメロディの奥行き、深さに納得。とくに「星空のワルツ」は、正に厳しい雪国の夜空に輝いた、満天の星からヒントを得たらしい。

曲が出て来るときは、「歌神さん」が、何かの思い出の情景とともに、一緒に降りて来るのだそうだ。だから理屈からは曲は生まれない。確かにそうだ。

曲を作るという行為は、まさにそういう瞬間の創作。心の奥に溜まった苦しみや悲しみが、何かのきっかけに美しいメロディになる。

だから、いろんな感情、喜怒哀楽は創作の糧になる。だから、それ自体を大切にしていこう。そして、いつかのタイミングに「歌神さん」が降りてくれるよう、日頃から純粋な気持ちでいたいと思う。

今度、星空のワルツを、新潟の雪を思い浮かべて歌ってみたい。

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便利に慣れすぎない

通信機能が停止し、先日、日本では一時、パニックになった模様。公衆電話を使ったことがない人たちが、初めて使った、久しぶりに公衆電話に人が並んだというニュースに、改めて時代の変化を感じ、驚く。この10年で、携帯の進化により、スマホの普及により、コミュニケーション環境が大きく変わるだけでなく、「ケータイ」は、私たちの暮らしそのもの、もっと大きく言えば経済活動にも影響をもたらすようになった。ひとたびネットワーク機能が停止すると、人の暮らしがすべて止まってしまうのだ。この便利な暮らしに慣れると恐ろしい。がないと、環境がひとたび崩れるとパニックになる。災害と同じことだ。台風や地震に備えるように、通信災害が出た場合、どうするかも考えておくことが必要だ。もしもの場合は、こうしようというルールづくり。あわてず、冷静に対応することも含めて・・・。なんでもつながっていて当たり前・・に慣れすぎている自分たちが怖いということを今こそ知る良き機会だ。とはいえ、今回は自分が使っている携帯には影響がなかったため、それは経験してみないと、わからない。しかし、いえることは、便利に慣れすぎて、つながっていることが当たり前と思わなず、日頃からアナログな暮らしもできるよう、ちゃんと備えておきたい。たとえば、今日の日曜ぐらい、ケータイを持たないで暮らしてみるなど、、、。



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思い出のお宝を大切に。

フリーマーケットは面白い。いろんな時代の世界の、日本の珍品が
手に入ったりする。
このモノたちは、どのような歴史を生きてきたのかなと思い、
それがそんな人たちのもとに移っていくのかな・・・といろんなことを
想像する。
大切なものも、持ち主がいなくなったり、いろんな事情でマーケットに
出品されていくのかもしれない。

一方、大切なものについて。
このたび、何年も付けていなかったブローチがみつかって、うれしくてコートに付けて、外出した。
「落としたらいかんな。気をつけなくちゃ」
と思い、時々確認しながら、街歩きをしていた。
雨が降ってきて、途中で荷物を肩にかけたり、信号の変わりそうな
横断歩道を走ったり、激しく動いて、なんとか雨にあまりぬれずに
かえってきた・・・が、ブローチをどこかに落とした模様、、。
このショックはとても大きく、すぐに寄った先々に連絡をして
落ちていないか確認し、それだけで足りず、翌朝1時間以上を
引き返すことに。でも見つからなかった。

落としてはじめてその大切さに気づく。
10年以上昔、たぶんNYのデパートで買った・・・
クリスマスの時期にうれしい雪の結晶のブローチ。
本当の雪のように、どこかに舞い降りてしまった。

モノには、思い出が詰まっている。
そういうものたちを大切にしていきたい。
思い出のないモノを増やしても意味がない。
そう、モノをもっと大切にせねば・・。
なくしてみての教訓。

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歴史愛好家の方に向けて・・・の小さな提案が実現。

ザビエルの訪ねた町というご縁で、交流がはじまった、長崎県の平戸市。
ザビエルが訪ねていなかったら、もしかしたら私も訪ねていなかったかもしれない。
さまざまなご苦労と準備の末、今年、ついに世界遺産に登録された。
町を挙げての喜びである。そしてこの機会を逃してはならない。しっかりこの土地の歴史の
価値を多くの方に知っていただかなくては、そして先人から続く聖なる祈りを、受け継がねば、、。

私事としては、平戸の生月島でザビエルに捧げる曲を演奏する機会をいただき、もう3年が経った。
その後も時々、この島に通い、小さな交流を続けてきた。
そして、この世界遺産登録を祝して、何かできないか・・と浮かんだアイデア。
もっと平戸のことをいろんな人に知ってほしい・・。
そんな思いから、隠れキリシタンに関する特集企画の必要性を、PHP研究所に
提案をし、平戸市に押し掛け提案、その結果、歴史月刊誌「歴史街道1月号」紙面にて、
8ページの特集掲載が実現。
歴史愛好家の方たちに、平戸をまだよく知らない人たちに、ぜひこの美しい島
平戸を知っていただき、興味をもっていただく機会になればと思う。
私の妄想につきあってくださったPHP研究所のNさんや、押しかけ提案に
対応いただいた平戸市のみなさんに感謝だ。
ただいま、全国主要書店やAmazonなどで入手可能。歴史ファンには人気のある雑誌のため
売り切れになる可能性もあるようだ。もちろん版元PHP研究所でも購入可能。
PHP研究所 歴史街道
これからも、思ったこと、浮かんだことは臆せず、どんどん提案していこう。
ザビエルへの道は、こんな形でも切り開かれていくのだと信じている。
ところで、この歴史街道という雑誌、なかなか読み応えのある読み捨てしたくない、よくできた
雑誌だ。読者の手元に保存されることを願っている。
そして、ひとりでも多くの方にこの紙面をお読みいただき、平戸の重く、深い歴史を知り、
そして訪問していただければ・・。
一度訪ねれば、必ず大好きになる、素敵な楽園、そしてありがたき学びの聖地。
少なくとも、平戸は私にとって、そういった存在になっている。

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