閉塞感を打ち破ろう!

ある企業の女性役員の方との会話のなかで・・。
なんだか社員が突き抜けない。一生懸命やるし、真面目なんだけど、行動が伴っていない、成果が出ない。突き抜けようとしない。
そんな話題が出た。
日本全体が、とくにこれまでの長きの男性社会が、サラリーマン社会がそんな風土をつくってきたのかもしれないが、組織のなかで平和に生きることをよしとするそんな人も少なくない。
よし、今こそ突き抜けよう、元気にがんばろう!
人の目を気にするのではなく、ゴールを見て突き進もうとする人は限られている。
このコロナの影響がいつまで続くか見えない今日。いつまでに終息すると期限が見えないからといって立ち止まっていたら、遅い。
その危機感を行動に変えることが、今こそ必要だ。

日本全体が閉塞感に溢れないように、いいことはいい、悪いことは悪い、そして未来に向かって、元気に立ち向かおう!と冷静に考え、熱く行動する力が今こそ、必要だ。

みんなが止まっているから、コロナだから。
これを言い訳にせず、次のことを考えて、わくわくしながら、元気に進みたい。
と考えると、毎日が輝いてくる。

見えないことが多いけれど、いい方向に想像しながら、道を開きたい。


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春こそ学び直す、学び始める。

新入学、新学期・・・。桜も咲き始め、新たなことを始めるにふさわしい季節だ。ちょっと今年はいつもと違う風が吹いているが・・・。
それでも、企業など組織では、新入社員を迎え、組織変更もあり、新年度を始める準備が進んでいる。
リタイアした方も、春になると新たな活動を模索、これまでにない挑戦を始める方も多い。

私自身も、新たに勉強したいことが増えている。
コミュニケーションについての勉強はもちろん継続、深めていきたい。
目先の手段、場当たりのコミュニケーションではなく、人間におけるコミュニケーション、歴史とコミュニケーションなど、俯瞰してこのテーマをみつめ、
どうしていくべきかについて、さまざまな切り口から学びたい。
という基本的な内容から、もっとそれを芸術の方向にシフトし、学びたいという
気持ちもある。
あるいは、学生時代に中途半端にしか学べなかった哲学をもう一度30年以上経った今、学び直したいという思いもある。
そして、音楽を歴史や精神面、コミュニケーションの観点から学び、また実技も改めて・・・とも・・。

気が付けば、やりたいことは広がるばかり。きちんと学校にも行き直したいと思っても、学びたいことがあふれており、またこの暮らしの中で どっぷり学生だけをすることは難しいため、できることからやっていく。ということになるが、大人になって、改めて勉強したいと思えるのは、春だからかも。
思っているだけでは季節が移ってしまう。早く出来ることから始めよう。
まさに生涯学習、生涯挑戦。春はやる気が高まる季節だ。

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観客なしで?選手は、演者は?

学生時代に学んだ芸術学の中で、芸術とは作家・表現者と、そして観客がいて、成り立つ。という説があり、心から納得していた。三位一体のアート。
とくに音楽という目に見えない芸術は表現してくれる演奏者がいないと、作品は成立しない。20世紀になるまで、録音や録画、WEBなどのテクノロジーがなかった時代であったせいもあるが、ひと昔前までは、観客・聴衆がいてこそ、作品が完成したといえる。まさにライブこそが作品なのである。
場の緊張、空気感・そして歓声、拍手・・すべてが作品の完成には不可欠。
演出の一種ともいえる。拍手、歓声あって感動的な作品になる。
拍手こそが、演者にとって最大のエネルギーになる。
演奏者は、聴いてくれる観客がいることで、最高の演奏をしようとがんばれる。
もちろん聴衆がいなくてもがんばるが、場の空気の張りつめ方が全く違うのだ。

観客に喜んでもらうことが、芸術の目的。

さて、スポーツに置き換える。
スポーツは、競い合うもの、競技。まずそれが第一の目的。

そして、観客に見せるスポーツへ・・・。

オリンピックは平和の祭典という以上、観客がいてこそのお祭りだ。

相撲春場所の観客なしの開催。
テレビに映る観客ゼロの様子は、最初違和感があったが、2週間もしたら
だんだん慣れてきた。さまざまな場所で、人々はテレビを通して、相撲を楽しんでいた。
老人施設では、とくにくぎ付けになっているお年寄りの姿が印象的であった。

この時代、放送やWEBがあることで、その場にいなくても楽しむことができる
芸術・スポーツ。
遠くで見守るファンたちの応援が、選手たちに伝わるといい。

もちろん、夏場所では、観客ありの賑わいのなかで、熱い取り組みが見られるようにと願っている。
観客なしで、そして感染拡大なしで、無事に閉幕できたことに心から拍手したい。

何とおいても、やっぱりリアルが一番だ。
早く芸術もスポーツも、思う存分にプレイできるように・・・。私自身も早く
動きたい・・。


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応援・協力の春!

コロナの影響で、人々の生活ががらりと変わった3月。
もちろん期間限定であることを願うが、急に行動が制限され、不自由の身となったり、どうしたらよいかわからないまま、本来であれば、春のイベント盛りのこの三連休・・・。と、これまで経験したことのない3月が過ぎていく。
学校が急に休みになり、仕事のある親御さんは、どこに預ける?会社どうする?と対応に追われたり、いつもいるはずのお客さんがまったくいなくて、途方にくれることになり・・・。

家のことは家族で、ご近所で協力できればありがたい。
そして仕事面では、仲間同士で、どうしたらいいかの知恵を一緒に絞る。
また今の時期はどうしようもないが、次の状況になったらすぐできることを今から準備しよう、と関係者一同で、考える。

また個人的に仲の良い仲間のことは、とくに何かをお手伝いしたい。
たとえば、観光客が一番の顧客である京都のタクシー。友人が観光案内もする
ドライバーをしている。転職して京都検定にも挑み、がんばってきた。
その彼からほんとうにお客さんがいなくて困っている・・・との知らせになんとかしてあげなくちゃ!
じゃ、まず自分が利用してみるか。
飲食店も然り、まずはそこを利用する、まずはそこから・・。
来店客が減って、売り上げも下がっているお店には、お客さんとして貢献する
ようにする。
ささやかな応援でも、チリも積もればになればとの思い。
そして、お店のスタッフには励ましを。今しっかりおもてなしをして、次につなぐことを伝える。こんな時にこそ来てくれるお客様を大切にしなければ。
とにかく、今年の春は応援・協力だ。
9年前の震災時の応援の内容とは少し違うかもしれないが、寄り添う気持ちは同じ。
とにかく気になったら、すぐ手を挙げて、協力する。
率先して、やっていこう。

さくらも咲いてきた、元気にみんなで前に進んでいこう!




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いいとこ探しを続けよう。

どんな人にも、見る角度や方向、時間、場所、相手によって
見え方が違ってくることがある。
当然だ。人はそんなもの。多面的である。
そして、受け取る側の問題もある。
相手のいいところを探そう、みつけようと接すれば、それが見える。
心の底で疑心暗鬼になり、疑って見つめていると、おのずとマイナスな
印象をもつことになってしまう。

せっかく出会い、一緒に仕事をしたり、何かを共に取り組む相手であれば
大切なパートナーだ。
だから、なるべくその人のことを多方面から、俯瞰してしっかりみつめ、
その人のいいところを探し、そこを活かすようにすればいい。

コミュニケーションは宝さがしの旅でもある。
ある知人は、毎年年賀状で「いいとこ探しの冒険」という言葉を
掲げているが、それを見るたびに背筋が伸びる。

どうせ会うならば、話すならば、本音で気持ちよく話したい。

そのためにも、いいとこ探しをしよう!
それが見つかると、その人のことが好きになる。
せっかくのご縁、大切にしたい。

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今、できること。知恵を出す。

このグローバリゼーションが、今回のウイルス感染拡大の要因のひとつになっている。感染予防のため、世界をつなぐ移動手段は、シャッタアウトされ、航空業界は壊滅的な影響を受けはじめているようだ。本当に前代未聞、こんな見えない敵に世界中が翻弄されるとは・・。
一方、このグローバリゼーションの加速に貢献しているのが、インターネット。
この情報インフラは、ウイルスのごとく、情報を瞬間に世界に広げることとなった。
今回のウイルス情報の拡散は、いい面、よくない面両方あるが、ネット社会だからこそ、今できることも多くある。

たとえば、イタリアの歌劇場からのメルマガ。この期間も、活動休止はしない。皆さんは、WEB上でオペラを楽しんでください。とその動画へのアクセス方法を伝えている。それが一日だけでなく、期間中ずっとやっているということだ。
演者にしてみれば、せっかく練習してきたので、出来る方法で観てほしいというのが一番の願いだろう。
ニューヨークでも、ミュージカルに取り組む高校生の卒業発表会がコロナで中止になったが、それをYOU TUBE上で見られるように支援する俳優がいる。という話題もあり、今、人が直接交流できないから、ネットは有効ということだ。
なんとも皮肉でもあるが、現時点での対応としては、とても素晴らしく、参考にしながら、今できることを、従来のアイデアにとらわれず、やっていくことだ。
国などに頼っていても、それを待っていても、解決にはならない。まず自分ができることは、と真剣に考えてみる。
必ず手はある。

グローバリゼーション。これは今後どうなっていくのだろう。

世界の分断の波が、こんな風に押し寄せるとは。

過剰な交流。これについても考える貴重な機会なのかもしれない。

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今こそ、想人。

ずっと療養されている知人。15年近いおつきあいになろうか。
今、その人のことをずっと思い続けている。

同じ女性として、心から尊敬できる真のキャリアウーマン。素晴らしいリーダー。素敵な女性。人生の大先輩が広報の勉強会に来てくださって、そこから10年以上かけて、公私のお付き合いに発展した。
本当に何でも相談できた。人生を勉強させていただいた。私の音楽も気に入って、応援してくださった。いつもお会いするときは、笑いが絶えず、お互いのパワーを交換した。

ある日、病気を告げられた。今も忘れられない。新潟のある駅の改札の前で・・。一瞬、うつむき、肩寄せ合って「頑張りましょう!」と励まし、涙を流した日から約10年。

持ち前のバイタリティで病気のこともよく自分で調べ、積極的に治療をされた。抗がん剤との戦いも続いた。元気になると連絡を取り合い、外出できるときはお茶したり、食事も。ただ、食事の回数、ご一緒する回数、量は次第に減ってきた。治療や療養で外に出られない時は、心ばかりのお花を送った。

一昨年、念願の地元でのコンサートを地元のみなさまのご協力をいただき、実現。大盛況で終わることができ、その方は私がその人のためにつくった曲「想人」を演奏すると、客席で涙を流しながら、聞き入ってくれた。
「これで、思い残すことはないです。これから冬眠します」
と言われ、再び治療に・・。

それから、もう抗がん剤はやめます。と連絡いただいたのが1年ほど前。
もう苦しいのは、痛いのは嫌。もう最新の治療もいい。
自然に生き、そして最後が来ても・・・。
との選択。その決断に納得した。本当につらい日々を長く生きてこられた。
その挑戦が心痛くもあったから・・。

それから、昨年、一度だけ、お茶をご一緒した。
その後、モノとメールでのやり取りだけが続いた。

雪が降っている間は無理だから、春になったら会いましょう。
そんな約束をしていたのに・・・。

コロナの影響で、面会謝絶となったとの知らせ。
「もうお会いできないかも・・・。コロナのせいで、妹たちにも会えません・・・。本当にいろいろご心配かけました。コンサートのことなど思い出しています。どうぞ幸せに過ごしてください・・・」
と、こんなメールが届いてしまった。

「ダメですよ。もう一度お会いしますよ。想人」とすぐ返信するが・・・。

もうお会いできないとは信じたくない。

コロナの影響で、こんな人生の瀬戸際にいる方がいる・・・。

会えない代わりに・・・と願いをかけてお花を贈る。
祈っている。その人のことを今朝も想っている。
もう一度会いたい。でも、私より先に、妹さんたちに逢えることを
心から願っている。
コロナ・・・こんなところまで・・・。

歩きながら、「想人」を今日も歌う、歌いながら、歩く。

もう一度、会いたい・・・。

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夢膨らむ、世界広がる心の旅。

少し時間ができたとき、心を開放したいとき、出向く場所。

セカンドプレイス、サードプレイスという表現があるが、自分をときにリセット、時にリボーンさせてくれる場所。一人で訪れるのがいい場所だ。それは人によりさまざまであるが、私が最近気に入っているのが名古屋市内にある楽器店の楽譜売り場だ。小学生時代、毎日のように通ったレッスン場があるビル。
そこの音楽教室フロアに半世紀前に通っていた。今は、その下の楽譜売り場。
そこに行くと、子供の頃から親しんだ曲、試験に演奏しなければならなかった曲、ニューヨークや京都などのコンサートで聴いた曲・・・。ピアノ曲からオーケストラ曲まで、そして楽譜だけでなく、音楽に関する書籍もある。
銀座の店舗に比べれば、規模は大きくないけれど、散歩しながら行けるというところ、またすいているため、ゆっくり過ごせるのもいい。
本好きは人が、書店に行く、図書館に行くのが好きなように、私はそちら以上に楽譜売り場が好きだ。
気になった曲の楽譜を見ながら、いろんなことを思い出す。そして、また弾いてみるか、よし、これに挑戦するか。と決めた楽譜を選んで買う。
たくさん買っても練習が追い付かないので、今は一回につき1曲と決める。
昔は、難易度が気になっていたが、今はきれい、美しい、心にしみるかどうか。

最近は、各作曲家が作っている同じタイトルの曲を弾き比べという楽しみもみつけた。たとえば「舟歌」。主にはベネチアのゴンドラをイメージするが、
いろんな作曲家が描いた舟歌を聴き、弾き、心のイタリア旅行を楽しむ。

メンデルスゾーンの舟歌はあまりに有名、ショパンはちょっと練習が必要。今回はチャイコフスキーの舟歌の楽譜を入手することに。

名曲アルバムで聞きほれた名曲だ。

そんなこんなで、今、飛行機に乗るのはちょっとリスクがあるため、こんな風にして心の旅を楽しむ。仕事の合間をぬったわずかの時間、そして楽譜はワンコインでも買える。

ついでに、ベートーベンと世界史の本も購入して・・。
人は心の旅ができる。これはWEBの世界とも違う、私の心の奥底に広がる一人旅だ。そんな時間がとても、気に入っている。

こんな時こそ、こんな時だから。日々の楽しみ方を工夫したい。



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窓を開け、歩きながら。

新型コロナウイルスの影響が、世界中に広がり、とくにEU各国は大変なことになっており、移動制限が地球規模で行われている。まさに世界中が非常事態だ。

外出できない、じっとしていないといけない。
移動の不自由は、ほんとうにしんどい。

そんななか、イタリアの人たちは、窓を開けて、歌を歌っているとのことを知る。

しんどいときこそ、つらいときこそ、歌う。みんなで歌う。さすがラテン系、
さすがイタリア人だ。
20世紀後半の映画のようだ。
歌うことで、つらさも忘れ、明るさや元気が戻ってくる。
みんなで歌えば楽しいということだろう。
カンツオーネの国は、さすがの文化度だ。

日本では窓を開けて歌うなんてことは、なかなかなさそうだが、

私は歩きながら歌うのが好きだ。

とくに最近は人混みから逃れ、マスクを外したときに、深呼吸とともに歌を歌う。気持ちいい。但し、あまり大きな声を出すと、振り向かれるので、
時々、ボリューム調整をして・・。

歩きながら発声練習は一石二鳥であり、心もほぐれる。

桜の花を愛でながら、散歩をしながら、お歌はいかが?

聴きながら歩いている人は多いけれど、歌うともっと爽快だ。

窓を開けて歌うなんて、ロマンチック。

ソーシャルメディアでも歌ってコロナに立ち向かう人が増えている。
歌いながら、早く元通りの生活に戻れるように!

歌は、心の友達だ。




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喜怒哀楽で生きる。

新型ウイルスの影響は、社会のすみずみにまで及んでいる。
たとえば、高齢者施設。
高齢者にとって危険なウイルスであるということで、お年寄りが楽しみにしているデイサービスも休業になり、外出も禁止。
動くのが好き、それを楽しみにしているお年寄りにとっては、いきなりの監禁生活になり、かなりのストレスになる。
これは、急に学校が休業になってしまった子どもたちと同じだと思う。

施設入所者にとってのストレス・・・。
ほどほど元気な状態で、自宅でもない空間で、外気に触れることができない生活が続くのは・・・。
そんななか、ちょっとしたことをしでかす。
それを家族が知り、施設に駆けつけ、本人に対して、つい怒ってしまう。
「なんで、そんなことするの!もう絶対せんといて」
などなど、施設にいることを忘れ、自宅でやっていたような家族での言い合いが
始まる。
その様子を施設の人がじっと見ている。

この家族喧嘩?もしばらくしたら、おさまる。

そして、最後は普段通りになり、笑って帰路に着く。

あとで父から何事もなかったように
「今日はありがとう」
と、珍しく電話が入る。

ウイルスのせいで、監禁状態になり、家族の面会も控えめだったこと、
デイサービスなどの活動が休止だったこと、
外出ができないこと。

などが重なって、年寄りのストレスが倍増する。

元気な人は行動を自分で制限すればよいが、いわゆる社会的弱者は
普段以上に不自由になってしまうのだ。

コロナウイルスの影響で、親のストレスに触れ思ったこと。
喜怒哀楽がある人生が、ストレス解消になる。閉鎖的な毎日を送ると
それもなくなる。

喜怒哀楽。それが人生。怒りや哀しみは少ない方がいいけれど
それがあるからより一層、喜楽がありがたく思えてくる。

まだ、家族で喜怒哀楽の瞬間を共有できることは幸せか。
小さな人生のこのイベントをいくつもいくつも過ごしながら
いずれは終わる日を想像すると、なんともいえない気持ちになる。

だから、今 逃げないで向き合う。
父も耐えてがんばっている。

生きるとは・・・試練であり、なんだろう。
まだ、やっぱりわからないままだ。

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