ラジオと学生向けの情報誌で、「コミュニケーションなんでも相談室」というコーナーを担当しているが、実に毎回いろんな相談をいただき、答える方が勉強になっている。ラジオでは、街角で集めてきた社会人や学生さんの悩み、情報誌は学生からのメールからの悩み。人見知りをしてしまうがどうしたらいいか?人と会話が続かないけどどうしたらいいか?目を見て話すことができないけどどうしたらいいか?お母さんがなんでも知りたがるけど、どうしたらいい??いやな上司とどう関わったらいい?同年代の異性の同僚にどこまできいて大丈夫・・・・??なんだか人と人が関わることすべてがコミュニケーションそのものだとつくづく思わされる。
コミュニケーションの悩みについて、「とくにありません」という人は少ないのではないだろうか?私自身ももちろんある。いろんなことを抱え、ときには葛藤しながら、模索しながら進んでいる。とてもじゃないけれど、コミュニケーションが上手とは言えないし、正直、コミュニケーションが上手というのも信用できない感じでもある。いろいろあっても、ぶつかりあいながら、悩みながら乗り越えていこうよというスタンスがいい。ときにはさびしい想いや、残念な気持ちや、なんで?という思いにもなることもあるかもしれないけれど、悶々としているのではなく、相談できる人がいれば聞いてもらい、行動する術があれば実行してみて、そこでまた考えても遅くはない。
死ぬまで、人と人が関係を持ち続ける限り(=生きているということだ)コミュニケーションはなくならない。セミナーでよく話す。「コミュニケーションとは『通信』。通い合って信頼を深めること」本当に通い合わなければ解決にはならない。コミュニケーションに悩む人は美しい!?
コミュニケーションの悩みは尽きることなく・・
最後は、やっぱり故郷がいいらしい。
日本に駐在し、25年以上日本で勤務されてきた知り合いが、このたび帰国されることになり、久しぶりにお会いする。初めて日本に来たときは、怖い国とも思い、成田から折り返し帰国したくなった・・・それぐらい言葉も何もわからなかったのに、いつしか日本のことを大好きになり、言葉はもちろん日本のことを広く理解し、日本人とのビジネスも円滑にうまく進められ、数々の業績も挙げてこられた。一時期は、このまま永住権をとって日本で仕事をしてもいいと思う時期もあったそうであるが、50代を過ぎ、母国と日本を行ったり来たりし、また母国での久しぶりの正月などを過ごすにつれ、故郷に帰ってもいい、帰りたい、故郷っていいな。と思うようになったため、今回の帰国は納得のいい機会になったという。日本で多くの友人ができた、これはとてもありがたい。でも、やっぱりビジネスで来ていたので、友人といっても会社あっての、肩書きあっての関係からであるため、まったく素の状態でおつきあいするということにはならなかったのかもしれない。故郷には家族も、友達もいっぱいいるので気が楽、そして日本へ来ていた駐在員仲間もほとんどがもう日本にいないので、やっぱり最後は故郷がいいと自然に思うようになったそうだ。
自分の場合は、会社の命令で故郷を出たわけでなく、自分の意志で出てきたのだからちょっと背景が違うが何ともいえないが、年を重ねることにより、少しづつ故郷を意識するようになってきたことは間違いがない。
ただ、25年以上住んでいると、「日本に住む」という身分と離れる、通常的に日本の景色を見ることがなくなる・・ということに寂しさを感じるそうだ。
今後は出張として、訪問客として日本を訪れるだけのことだけであるが、どうも「住んでいる」と「訪問する」日本には大きな違いがあるようで・・。
どこにいるにせよ、人はずっと同じ状態にはない、時間の経過、環境の変化により、自分の住む場所は変わっていく。ずっと同じ場所にいたとしても、まったく同じではない。変わっていくことを恐れず、そして帰っていくことも自然な選択として・・考えていくことが必要な年頃になってきたかな。と、その駐在員の話を聞きながら、わがことも考えていた。
「気」もちよく、生きていくこと
仕事先で、ある社長さんから「年を重ね、いろいろ体調不良になってくると、昔と比べていろんな意味で『気』がなくなるね・・」と苦笑しながら言われる。その社長と出会ったのは20年ぐらい前だったか、そう確かに50代のとき、あふれるばかりの元気でもってぐいぐいと周囲を引っ張り、がんばっておられた。あまりの元気さに驚くときもあった。それに比べればちょっと今は心配な体調でもあるが、それでも「やらねばならぬ」という気力に満ちておられ、偉いなといつも感心させられる。そのポジティブシンキングライフはお手本のひとつだ。
病気とは「気が病む」こと。ここから体も不調にもなる。だから基本はいつも「気」。
気持ちをしっかりもって、自分がどうしたいか、どうありたいか、どうしたいのかを
しっかり持ち続けることで、元気が湧き、気力も満ち、がんばれるはずだ。
自分に自信がなくなったり、いきがいをみつけられなくなると、「気」が自分から離れていってしまう。気を張り詰めていようと思うとしんどいから、どうしたら気分が気もちよく生きられるか・・・そのためにどうすればよいかを考えるようにしたら良い。
気持ちいい人生のためには力も湧いてくるはず。最近、本当に生きるには「気」こそが
もっとも重要だと思うことが多い。とにかく元気にいこう!そうそう、調子悪くても「から元気でいこう」と教えてくれた人がいたことを思い出す。
究極のカフェは、わが家か?

NYでは、最近古い店舗や教会(正確には牧師養成所)などをリノベーションした一風変わったカフェが人気だ。立地も繁華街に限らず、こんなところで経営成り立つの?と思うような町のはずれにも誕生、静かな話題を集めている。スタバがまずいアメリカンコーヒーから美味しいコーヒーを飲用するライフスタイルを生み出し、そしてサードプレイスという空間が誕生、全米だけでなく世界中に現代人に不可欠なカフェ文化を普及させたが、マニュアルにない究極の手作り、そしてトレーサビリティにもこだわるオンリーワンのカフェが新たな潮流のようであり、そして古き建物の中で静かに1杯のコーヒーを味わうひとときが、忙しい日々をおくるニューヨーカーたちの癒しにもなっているようだ。そこはコーヒー1杯5ドル程度だから、スタバよりも1ドル以上は高い。さらに驚くのはSENCHA。ちゃんとした日本の急須で正確に時間を計って淹れてくれる。ただし湯飲みにではなく、ドイツブランドの耐熱グラスに注ぐところがNYらしいが。しめて6ドル。一応2杯くれる。NY在住の仲間は、「日本じゃ、煎茶にお金払う人いないよね。ばかばかしい」と言っていたが、コーヒーもお茶も同じぐらい価値がある。その1杯へのお茶・豆、器、そして淹れ方のこだわり・・・。5ドルでも6ドルでも決して高くないという感じはした。カフェ・・・今、ビジネスの現場でもいろんな業界でも、カフェという名前を付けることにより、人が集いやすい空間・イベントが企画されている。カフェという言葉からは限りない解放感がある。一方、流行っているカフェに慣れすぎると、「やっぱ、おうちで飲もうか」という感覚もある。おうちでおいしく飲めるのが究極のカフェなのかもしれない。自分を自由に、解放できる時間をもちたい。この願望、欲望は世の中が忙しく、過密になればなるほど、高まるのだと思う。
リノベーションカフェ。こちらは日本でも人気の兆し・・確かにある。
空に近くなるとクリエイティブになる
NYには高層ビルが多い。どれもデザイン的に美しく、またその摩天楼の上に広がる空が好きだ。それは東京の空とも違い、世界の移民たちが描いてきた夢のようでもある。
高層ビルの窓から、空を見上げ、手を伸ばしてみる。普段会えそうにないものに出会えるような、可能性を感じるのも不思議だ。私はそのとき、先に旅立ってしまった友人たちのことを思い、空に話しかける。NYにいるのに、台湾や上海でお世話になった、あるいは京都や東京でよくしていただいた彼、彼女らがNYの空にぷかり浮かんでいるように思えてくるのだ。そんなときは、自然に曲が生まれる。NYは無理にジャズを演じる必要ことがない町でもある。自分のオリジンが自然にむき出しになる。
今回はこの近くなった空のおかげで、今年春に旅立ったANNEを思い出し、自然に哀悼歌が浮かんできた。彼女が国際的に生きるということを教えてくれた。だからNYで思い出したのかもしれない。べたべたのアジアンメロディーをANNEソロジーとしてまとめたい。どこの空から見ているだろうか。きっと中国の空とNYの空は近いはずだ。
人は空に向かうと心が自由になり、創造的になれるようだ。
四半世紀前の自分に出会う、あの場所
ここに来ると25年前の自分のことを鮮明に思い出す場所がある、私にとってのそれはマンハッタンのグランドセントラル駅前。
はじめての海外渡航は、25歳のとき。会社員になって3年生の出張。学生時代にもそれ以降も経験がなかった私にとって初渡航先であるニューヨークは、まさに海外、外国そのものであった。あれから25年。どれだけあちこちへ行かせてもらったことだろう。それは初訪問のNYでの印象がとても刺激的だったから、それを忘れることができず、その後ももっと外へ外へ・・・ということになってきたのだろう。そしてどこの国、町に行こうともこのNYが拠点になっていることも、納得できる。今回50歳になっての訪問。四半世紀と思うとなんともしみじみ。25歳のとき研修仲間が撮ってくれたグランドセントラル駅前での1ショット。その1枚はちょっとだけ緊張しながらも、初の国際的な時間を満喫している?ちょっとだけ背伸びした自分がいる。あれからこの前を何度も通り、いろんな出会いもあった。そして今回、久しぶりにその写真を撮った場所あたりに立ってみる。25年のさまざまな思い出がよみがえり、よく25年間無事に過ぎたものだと思い、しみじみとした気持ちになる。今でも、この町を飽きることなく自分の活動の源にしている。75歳になっても来られるようにと願う。足の裏が擦り切れるほどまだ歩ける自分をうれしく思う。たまには節目のとき、その場所に立ってみると見えてくるものがあるかもしれない。
あの写真はもうない。しかし、自分の胸の引き出しにずっとしまってある。
☆上記の原稿は10月18日分ですが、移動時間の都合で17日夜に更新しました。
「笑うところが違う」のが、いい。
ライブや公演の作り方を勉強するため見慣れないミュージカルも観に行く。看板と劇場に集まっている観客の客層だけで品定めをすることもある。好きな作品は何度も観続けているが、ときにはまったくの未体験ゾーンに身を置くことも大切だ。今回は、語りが多いコメディだ。
トニー賞受賞とあるので、作品としては申し分ないだろう。開演してからすぐにお客の反応でこの作品の前評判がわかる。ちょっとしたアクターたちの言葉や表情で爆笑の渦になったり、拍手があちこちで起こればノリはOKだ。ところで、語りの多いミュージカルはちょっと苦手な部分もある。言葉が聞き取りづらく、何を言っているかよくわからないことも多い。聞き取れた単語と前後の動きでストーリーを自分なりにつないでいく。それでもわからないことも多い。隣の男性は英語圏の方だ。言葉尻で笑ったりしている。私はそこは沈黙だ。むしろ、アクターが狙って何かをしようとしている表情や呼吸を察知し、大声で笑う。だから、お隣の方と私は違う場所で笑い合っている。いいじゃない、それぞれ面白いのだから・・。そこで思う。人は会話、言葉自体でまず内容を理解し、その表情や抑揚、視覚的な演出、そして音楽で心動かされる。言葉がわかる人は前者をまず楽しむだろう。私が海外で体験するのは多くは後者だ。それでもおおいに笑い、泣く。さて、これを自分の公演やライブに置き換える。言葉の面白さはMC。日本で行う場合それはまずまず、努力と準備次第でできないことはない。そしてさらに感動を与える要素の工夫、磨き。
今回観た作品からも、きめ細やかな演出、心にくい面白さを多く学んだ。
人はそれぞれ笑いところで笑い、泣きたいところで泣けばよい。それを楽しむために時間をお金を費やし、来てくださるのだ。コメディは人生の苦労をふきとばず瞬間的な清涼剤だ。よし、もっと今年は・・・。ここに来るとやっぱり新しいネタが湧いてくる。
それにしても、隣の男性は、「なんぜこいつはここで笑っているんだ?不気味な奴だ」と思っていたことだろう・・・。
「タクシーで語り合う」?のも時にはよし
旅先では荷物が多いとき、歩き疲れたとき、不意の大雨などのときにタクシーを利用することが多い。NY空港でのタクシー乗り場ではいつも緊張する。どんな車?どんなドライバー?何度乗っても緊張する。まず、オンボロのタクシーでないことを祈る。そして怖くなさそうなドライバーであることも・・。人は見かけで判断できないが、やっぱりそう思ってしまう。だが、だいぶ慣れてきた。そのせいかは知らないが、最近おかげさまで悪い人、怖い人にはあまり遭ったことがない。本当に怖い人、悪い人は見かけはそうではないから。以前若い頃、白タクというのに騙されて・・・・・ということもあったが、そのミスは二度と繰り返さないように用心して、こぎれい、イケメン風のドライバー、おかしな誘い方はひたすら無視、ちょっとオンボロ車率が高くても比較的安全なイエロータクシーを利用するようにする。今回、巡り合った車も、おんぼろ・・・であった。ドアもちょっと危ない。車内も汚い、運転手と客席とのバリアもない、運転手自体大丈夫?と心配にもなる。このおんぼろ社、日本ならこれだと営業させてもらえないんじゃない?と思うほどの古さ。ドライバーもちょっといかついおにいちゃん・・。でも、乗り場でそれに乗るようにと言われたため、それに乗るしかないのと、先方はドアを開けて客である私を待っているため、ぱっと切り替えて満面の笑みであいさつを交わし、車に乗り込む。そこで笑顔をふりまいておけば、相手も親切になるはず?車に乗り込み、二人だけの密室で沈黙は怖いので、なんでもいいから話しかける。まずは天気の話。これは大丈夫だ。そして、そのドライバーの運転が安全で的確であれば、褒めちぎる。これで相手も気持ちよく、より安全に運転してくれる。
毎回、いろんなタイプのドライバーに出会うが、これは実はコミュニケーションの勉強であり
世界を知るにもいい経験だ。家族のこと、仕事のこと・・・話し続けて「信仰する宗教は?」
と質問を受ける。これは日本で、タクシーの中ではなかなか出ない話題だ。「うーん、私はとくに特定の宗教を信じないけれど、多くの日本人は仏教、そして時々イベントとしてクリスマスなどカトリックの行事も受け入れ、楽しんではいるけど・・・」と答えると、彼は熱く語り始めた。「いやー、仏教は宗教(releasion)ではない、societyだ。宗教というのはムスリムとか、カトリックとかユダヤとか・・・神がいてもっと自分に近い存在だ・・・」彼はエジプト出身40歳、NYへきて20年以上。家族は母国らしい。そして熱心なイスラム教徒だろう。この話を聞いて、仏教は宗教ではないという見方にある意味納得した。宗教の定義自体が日本でのそれと異なるのかもしれない。そして、神の存在があって自分は導かれているということもなるほど、だから神に敬虔であり神の名の下に何でもできるのだ・・。ま、その信じる対象が異なってもそれぞれ、自分がおかれている状況で、それを信じ、幸せに生きているならばいいと思う。車をおりるとき、「子供5人もいるんだから、がんばって!パパ!」と言ったらかわいらしく笑って見送ってくれた。と思ったら。私の荷物を取り出してくれたあと、ボンネットが閉まらなくなり、自分で修理し始めていたのも印象的。きっと時々そういう事態になっているのだろう。
この国は何人に出会うかわからないのが魅力のひとつだ。ピラミッドをみて育ってきた人たちとは違う人生観に宗教観。違うもの同士が尊重してがんばって助け合っていくのが良い。
宗教の違いで、恐ろしい争いが二度とないようにと強く強く思う。
「それを聴きたい、歌いたい」って言われる幸せ
最近、「人生は観覧車のように」をラジオ番組(自分のではあるが)でリクエストいただいたり、歌の仕事をされている方からも、「この曲をいつか自分も歌ってみたい、楽譜が売っているといいな・・」とそんな声をいただく。
自分の思いを描いた作品を聴いてもらったり、歌ってもらったりしていただけるのはこの上なき幸せだ。そして「本当に人生ってマーサさんの言うとおり、観覧車みたいだわ」と年上の方から言われるとちょっと恥ずかしいような気にもなるが、素直にうれしい。どこか自分のことを共感いただいているような気になり、生きていく自信がもてる。
自分の作品は自分の哲学、信条でもあり、心情そして自分の存在そのものだから。
歌い継がれる、何度も聴いてもらえる、人々の鼻歌になってしまうような・・・そんな作品をもっともっと創りたいと、思う秋の空の下・・。時に普段と違う空の下では、新たな発想も生まれる・・・そんなことを期待しながら。
10月15日分更新について
移動などの状況により、上記10月15日分の原稿更新は、通常より遅れることが
ございますので、ご了承いただきますようお願い申し上げます。

