平和なワンシーンをつくる仕事

このところ、お子様向けの仕事を 企画実施しているが、今月は、ボウリング体験の場を企画。ボウリングといえば、約40年前に大ヒットした娯楽。カラオケの前に一斉を風靡したエンタメ。各地にボウリング場ができ、場所によってはスケート場が併設だったり、とわが小学生時代が懐かしくなる、そんなスポーツ。

しかし、今どきのみなさんは、ボウリングをするのか、興味あるのか。

そんな興味もあり、企画。しかもボウリングをするだけでなく、ボウリング場の裏側も探検。マシン室も見せてもらうという社会学習付きのプログラム。

予想を超える申し込みをいただき、厳正なる抽選で選ばれた親子が参加。

子どもたちが真剣にボウルを投げ、投げたボウルもピンも見ないで、ベンチに駆けて戻ってくる姿など可愛らしく懐かしく、親御さんたちがニコニコも、ハラハラもされながら見守り激励される姿も微笑ましく、純粋な平和な日曜のひと時を垣間見た。ふと昭和に時代がタイムトリップした感じでもある。

ほのぼのした時期がもてる日本は幸せだ。いつも思うが、出会った子どもたちにはどうか健やかに育っていただき、そして大きくなったらいつかどこかでこんな一コマも思い出してもらえたら嬉しい。

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「自由」について今こそ。

新作ではないが、やっと観ることができた映画。「スノーデン」。そう、情報スパイとして、米国から追われ、亡命を続けている元CIAの実在の人物のことを描いた映画。ストーリーも実際、実話にもとづいているというから、気になっていた。
911で世界では、テロが当たりまえのようになってしまった。
自分の、自国の安全を確保するのが難しい。そして、その安全は、情報の監視という点からもつねに脅かされていることを、改めて知る。

今回の映画でもっとも恐ろしいと思ったのは、日本の国家安全を握る重要な情報はアメリカの手中にあるということ。もし、同盟国でなくなれば、日本を消すことは容易だということ。今日の味方は明日の敵になるかもしれないが、日ごろからの関係づくりのむつかしさを改めて知る。

そして、アメリカの情報機関では、世界中の人々の情報を監視することができるとのこと。情報を監視ということは、身を拘束されていることと同義である。
なんでも、好きなように情報のやりとりができ、好きなように情報発信をして、共有しているかのような日頃の生活の中、裏では自分がどんな嗜好があり、交流があり・・・といった個人情報が盗み取られているのだ。

Amazonで検索した情報がすぐ、他のサイトを見ていても広告として目に飛び込んでくる。人の行動を先導する。気持ち悪い世の中だ。

ネットがないと生きられない・・というのは、実は不自由なのかもしれない。
いや、不自由なのだ。
自由とは何か。もしかしたら、ネット社会から遮断された自分を確立する準備をした方が良い。といいつつ、ブログを毎日書き続けているが、これは不自由に向かっているのだろうか?目指すのは反対の方向であるが・・。

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命名の想像コミュニケーション

人には名前があるように、自分の持ち物にも名前を付ける楽しさを
最近、覚えた。
たとえば、車は「ひふみくん」ナンバーが123だから、そんな名前にする。
「事故おこさんように、たのみます」と、車に声をかける。

引き続き、最近入手した楽器には、今命名を悩み中だ。
「ピアソラくん」にするか、「ピアフ」にするか?ピアフは苗字だとすると、「エディット」がいいか、はたまたイタリア生まれなら、マルチェロか。
名前によって、その楽器の性別も変わるので、そのあたりのイメージングも重要だ。

客船にもクィーンエリザベス号とかあるように、大切なものには名前をつけるのが良いと思う。呼びかけたりすることで、愛着も芽生え、大切にするようになる。名前をつけることで、モノにも魂が入るような、まさに人格化され、
自分のパートナーのようなありがたい存在になる。そして、そのモノを通じて、成長したり、夢をかなえたり、そしてより幸せに。

と、大切なものには、そんな想像的コミュニケーションを楽しむようにしている。

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赤いお目めにエール

いろんな課題を抱えておられる事業者さんとお会いする。女性の起業も、シニアのそれも増えている。いろんな経験をもつ人が、自分の力で新しい市場を作ろうと頑張っておられる。

しかし、思った様にはうまく進まない。思いがあっても進み出す術や勇気がいるイマイチ持てない、自信がない、などさまざま理由でお困り、お悩みの方が会いに来てくださる。

そして時には、話しているうちに涙を流される方もいらっしゃる。話をしているうちに、溜まっていたものが溢れ出すように。誰にも言えない悩みだったり、プレッシャーだったり、わからない不安だったり、いろんなことを抱えて日々過ごしておられるのかもしれない。その気持ち、理解できる。

泣くのは、浄化作用。混乱していた心を静かに見つけ直すために、一度出すだけ出す。心のオリをとるような感じかも。

泣いて笑ってこころのクリーニングをして、自分の夢に向かって動き出して欲しい。もちろんその人それぞれの人生であるので、その方がいろんな外野の声を参考に判断されたらいい。

赤いお目目の頑張る人を応援したい。
泣けることで、整理ができ、頭がクリアになって動き出せるなら、

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30代の自分に戻れるか?の挑戦

30代前半まで、弾丸的移動をよくしていた。たまった代休消化として、ロンドン・パリ・NY各二泊づつの世界一周旅行。しかも各滞在地で自らに課題を課して動いていた。
それ以外にも、現地2泊のブエノスアイレス行。なんでそんな遠いところに短い時間で?と人には言われるが、2泊でも2日ではなく4日の滞在になることをわかっての計画。また滞在の長さではなく、目的があっての訪問だから良い!と
とにかく気を張って、行くぞ!という気持ちで突き進んでいたあの時代。
  今、とてもその頃のチャレンジングな自分を試したいときがある。
守っている自分は自分らしくない感じがし、新たな世界をまだ見たいと思うのだ。
 ふと、そんな20年前のようなことを今もできるかな?と思うことがある。
ベートーベンが生まれて来年は250年だと、いろんな業界筋が騒ぎ始めている。実は1770年はヘーゲル生まれた年でもある。私には忘れられない特別な年。どうも今、ドイツに一歩近づきたい心境だ。
よし、いくぞ。
でも、そこまでいったら、さらに一歩、自分のルーツを確認したい。
そう、ドイツとフランスはお隣だ。日帰りで行けるよな。
ということで、今、久しぶりにひとり弾丸ツアーを練っている。
近日、実行。やれるかな?ととことん、やろうと思うことを、久しぶりに
突き詰めて行動し、すっきり新たな発想を集めるとしよう。

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ピンチを乗り越え、強くなる。

うまくいかないときほど、ショックなことが起きたときほど、実はいろんなことがよく見える。
順調なときに、いい顔で、お言葉をいただくことももちろんうれしいが、悔しいとき、つらいときにこそ、こっそり手をさしのべてくれたり、激励してくれたり、応援してくれる人の存在がよくみえる。
つらいときにこそ、寄り添ってくれる人。愚痴でも何でも聞いてくれる人。
勇気が出る言葉をくれる人・・・。ああ、こんなに思われているんだと気づける
ときは、実はそういうときだ。
順調満帆なときには、見えない。
肩書きがどうだから、表面上のつきあいをする。のではなく、人として信頼し、応援してくれる人がどれだけいるか。そのことが、働いてきた財産となる。
一生懸命がんばっていれば、必ず道は開ける。
陰ひなたなく、がんばっていれば、見る人が見ている。
人はピンチが多いほど、強くなれるのだと思う。

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ひとつひとつ、やり切るのみ

年度末に向かい、周りではいろんな動きがそろそろ。転勤、移動。特に宮仕えの仕事では、それが我が勤め、我が運命と、悲喜こもごもの春。日々の暮らしのバランスが崩れそうになると、誰もが慌てる。計画的な人生は、なかなか全うできない。希望どおりに道が拓ける場合は良いがそうとも言えず。

社会で生きている、誰かと関わり合いながら仕事する場合、組織の変化の影響も受けることしばしば。特に組織に属さない場合は、自由の反面、保護されないため、影響が突然にという場合もあり、気をつけないと路頭に迷うこともあるやもしれない。

いざという時に困らないようにするには、日々の仕事をひとつづつしっかりこなしていくこと。全てはひとつひとつ。仕事も出会いも丁寧にひとつづつ。

たとえどんなことがあっても、自分の心に曇りがなければ、ひとつひとつ進めていけば、道は必ず拓ける。

と、そう信じて、人生のシーソーゲームをゆっくり進む。そう、年度末は自己調整期間でもある。世間の荒波に埋没せぬように。

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夢の有効期限はなし。

春は、わくわくとかいうけれど、実際には不安定なことが多い季節でもあり、どうなることやら・・と思うことが多いのが現実。

誰も自分のレールは敷いてくれないし、自分が進む道がいろんな状況で阻まれようとしても、それを乗り越え、元気に渡り歩いていかねばならない。

最近、不安になることがある前に、プラスな気持ちで生きていくために、夢を明確にもつことにしようと思う。
〇〇になる。〇〇をするんだ。ああなりたい、こうなりたい。
この願望は、いくつになっても、いくつ描いても良いはずだ。

今、春を迎えるにあたり、夢をいくつか挙げて、それに向けて進もうとしている。年齢など関係ない、夢を抱くことに、有効期限も賞味期限もない。

いくつになっても、夢があれば、不安な状況は乗り切れる。

夢を見つつ、それに向かって邁進する。1日中は無理でも、毎日僅かな時間でもそんな時間があれば、と願い、前向きにもがく。

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目の前のお客様に向かう仕事

若かりし日、寄席には、あまり足を運んだことがなかった。
よしもとは、幼稚園の頃からテレビで慣れ親しんでおり、土曜の昼は下校後、
親と昼ごはんを食べながら見ていたような・・。大変懐かしい。
なんば花月には、一度ぐらいは足を運んだかもしれないが、生で演芸を楽しむなんて、子供には贅沢すぎた。
ところが、東京に住み、近所にも落語家が住んでいたり、地域で寄席が多く開かれて、また自分自分自身も年を重ね、仕事の領域も広がってくるにつれ、芸人の仕事が大変気になり、生で見たいと思うようになった。
落語が好きになったきっかけはわからないが、一人で座ったまま、お客さんに向かって身振り手振りと話しだけで、新たな世界を見せる仕事というのは、本当にたいしたものだと思うようになった。
もちろん漫才も芸人によっては素晴らしいと思うが、落語はちょっと芸術的であるとも思う。
それ以外にコントも、マジックも・・なんでも学ぶことが多くあると思うようになった。
共通するのは芸人自身が、言葉や体を使って、人々を自分の世界に引き入れ、感動を与えるというところ。
芸人という仕事は凄い。
このたび、初めて大阪の寄席に行ってみた。かつてテレビドラマでも舞台になったところのようだ。大規模な寄席ではないが、平日でも8割以上お客さんが入っている。昼も夜もさまざまな催しをしながら、経営の安定を図っておられる様子。
10代の若き女性落語から、60代後半ぐらいのベテラン噺家まで・・。3時間の間に数名の演目を聴き、その合間にコントや皿回しなども観覧。
いやはや、素晴らしい芸っぷりに、楽しみながら感動。人前での話し方、表情、創作落語であれば、話の展開・・・などいろいろ考えながら、自分ならと思いながら聞き入っていた。
芸人の仕事をするから参考になるということではなく、たとえマーケティングの仕事だけをしていても、大変に参考になるのだ。

どうすれば、お客さんが喜ぶのか。お客さんの反応を目の前にその場で見ることができるのは、この上なき幸せでもあるが、試練でもある。
やっぱり、お客さんを目の当たりにする仕事はシビアである。
生の仕事。自分もそうだ。
もっといろんな芸人さんから学びたいと思った。

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泣き笑い求め、日々ネタ探し


ライブや公演では、演奏だけでなく、話もよくする。
それを楽しみにされている方もおられるようで、ありがたいような、いや、ありがたい。
先日の集まりでは200名ほどの男女、おそらく60代以上の方が多くお集まりであったと思うが、あるお客様は私が発する言葉ひとつひとつを、楽しんでいただいたようで、ずっと笑っておられた。
「奥様は魔女」のような、昔のテレビドラマのように笑い声がしこんであると
つい、つられて笑ってしまうが、今回、あのお客様はそういった役割でもあった。
その笑ってくださる話のネタの多くは、私の身近な話題から生まれたものが
多い。大変くだらなかったり、ときには自虐的だったり、ときには一人二役であったり、まあ漫才や落語ももしかしたら、ヒントになって
いるのかもしれない。
うわっつらの言葉ではお客様は笑い続けない。

「あるある」・・と身近に感じてもらいつつ、「そうそう」と思ってもらって
「そうか~」と気づいていただいて、「ああ、そうだな~」と納得していただけて、そして、そのあと、お客様の心、言動、行動に何か変化が起きればうれしい。
こんなことを思って、最近、毎日、暮らしている。
深刻ぶらずに、軽快に人の心にタッチできたらいい。

笑ってくださる、泣いてくださるお客さまが、私を支えてくださっている。
心豊かに、よく生きることはネタづくりにつながる。

ネタが自然と口に出るように、いろんな感動を求めて歩く。西へ東へ。遊びながら仕事に勉強になる我が人生は、とても楽しく幸せだ。


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