国内外で哀しみと感謝と・・・。

毎週日曜の夕方といえば、ちびまる子ちゃんと、サザエさん。
実はこの年になっても、録画して観るようにしている。
とても懐かしく、そして勉強になる。
昭和生まれの自分にとっては、ノスタルジーただよう
大変貴重な作品だ。

ときには百恵ちゃん、ときには秀樹が出て、明星も平凡も・・・。
西城秀樹さんが亡くなった後は、番組で哀悼メッセージが
出され、思わず手を合わせた。
時代の移ろいを感じ、昭和がどんどんいってしまうことに
哀しみを覚えた。

私がちびまる子ちゃんをとても応援しているのは、
おじいさんのともぞうさんの役を知り合いの声優さんが担当されているから
というのもある。(新潟生まれの方だ)
あの東日本大震災が起きる当日、揺れる直前に当日集まっていた収録スタッフが
書いてくださっていた奇跡のサイン色紙。これを被災地の知り合いに送ったことも
今は懐かしく・・。

その作者である さくらもも子さんが、若くしてお亡くなりになった。
日本中が驚いたことだろう。
同じ世代だったのだ。いろんな意味で合点がいく。
だからこそ、愛着がわいたのだ・・。だからこそ、懐かしかったのだ・・。

ちょうど録画した先週分を見終わった直後に、訃報を知り、茫然となった。

ともぞうさんにお悔やみメールを送った。

「・・・・・はい、とても悲しく思います。
放送は続きます。
スタッフ・キャスト一同 これからも「ちびまる子ちゃん」
がんばってまいります。今後ともよろしくお願いいたします!!」

最後に書かれた!!は 赤い文字。
どんな気もちだろうか・・。

内のみならず、東南アジア各国で放送されていたまる子ちゃんの作者を
惜しむ声は多く。世界のファンが哀しみに包まれている。

いい仕事をされ、人に惜しまれる人生。
さくらももこさん、ありがとうございました。
そんな風に人を幸せにできる人にやっぱりなりたい。

心からご冥福をお祈りします。

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受け入れる力、咀嚼する力をもっと。

コミュニケーションとは、食事にも似ていると思う。
そして、コミュニケーションも、食べることも 生きることと直結している。

人とのコミュニケーションは本当にむつかしい。
正直、面倒くさいとか、厄介だとか思うことが時にはある。
自分の価値観と違う人に出会うことももちろんあるし、
共感できない、違和感を覚える言動や行動に出会ってしまうこともある。

そんなときも、いらっとせず、怒らず、
その違和感ある言動、行動をも、
あ、そういうこともあるのだ、そういう人もいるのだ、
と冷静に受け止め、ときにはぐっとこらえたり、自分自身で収めたり
でも、ときには、うまく切り返したり・・・。
この自分との葛藤が実は大変だ。

人とのやりとり、いろんな衝撃、違和感も含め、大きな心で
まずは受け入れる、そしてよく噛んでみて、いいところだけいただく。
コミュニケーションもそんな風に心掛けたい。

入れてすぐ出そうと思うと、しんどいときもある。
おかしいなと思ったときは、よく噛んでみる。
それから、出してもいいのだ。

そして、経験とともに受け入れ口は大きくなった方がいい。
大きな器で、余裕をもって受け入れることができる、
そして、しっかり噛んで、入ってきた情報の
良いところだけをいただける人になりたい。

コミュニケーションとは、情報や思いを交換する行為。
美味しいものをいただくより、訓練が必要かもしれないが、
出会いを素敵な経験に育てるためには、それが必要だ。

コミュニケーションクリエイター、今なお修行中。

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「車いす」より「ケッタマシーン」。

車を運転しなくなった父の主な移動手段。今は自転車だ。
母は昔から、自転車を雨の日もハレの日も愛用し、30分かかるような
ところでも出かけていく。
自転車と呼ぶよりケッタマシーンといった方が向いている。

そろそろ、それを漕ぐのがしんどいかもと思い、
「電動自転車にする?」とすすめたら、
「あれはあかん。運動にならんし、重いから倒れたら自分で
起こせないから困る」

なるほど。元気でいいことだ。
自転車に乗ることを運動と思っているなら、安心だ。
最近、新しいもっと軽い自転車を購入する予定だそうで、
まだまだ乗る、自分で漕ぐつもりなのだと思うと、本当に頼もしい。

一方、父は最近、足が痛いそうで、少しづつ出かけるのがおっくうに
なってはいる。
テレビでコマーシャルをしまくっている富山の薬?サプリ?も
気休め程度に飲んでいる。
痛いのは本当につらいと思う。
そんな父を心配し、ショッピングモールへ一緒に出掛けることに
なったとき、妹が義母用にレンタルしていた車いすを
持参し、父を乗せて広い店内を歩いていた。

その時車いすにのった父を初めて見た。
正直ちょっとショックでもあった。

父はちょっと恥ずかしそうではあったが
「やっぱ、楽だな」
歩かずに押してもらえるのは楽だろう。

でも、私は
「お父さん、頼ったらいかんよ。今日だけだからね。
まだまだ自分の足で歩けるんだからね」
と言った。

いつまでも若々しくがんばって自分で動いてほしい。
グランドゴルフでもなんでもいいから、
自分の足で頑張れる限界までがんばってほしい。

車いすいいつかお世話になる日もあるだろうが、
なるべく、なるべく、その日が遅いことを願っている。

自分の足で歩く、自分の足で漕ぐ。
自分の口で食べる。
これが最高の幸せだ。

車いすにのった父には、まだ当分お目にかからなくてよいように
できる協力と、叱咤激励をしていきたい。

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お子様に喜んでいただくために

今、お子様向けの仕事を少しさせていただいている。
たとえば、お誕生日会。
今月生まれたお友達のお祝いということで、毎月イベントを
行っている。
小さな工夫で、喜びが増し、また気を抜くと退屈させる。j

時に私がステージに上がると、子どもたちも一緒についてくる。
では、一緒に踊るのかといったら、踊らずぼーっと見ていたり
そのうち泣き始める子もいたり・・。
その様子を見て笑うお母さんやお客様・・・。

●●くん、おめでとう!
●●ちゃん おめでとう!

ひとりひとりに声をかけることが大切だ。

気づいたことがある。

大人でも、子供でも、
自分を見ていてくれる人がいるということ、
自分のことを認めてくれる
ほめてくれる。お祝いしてくれる人が
いると、うれしい。

ただ、お子様の世界は大人の世界よりも
もっとシンプルで、ストレート、正直だ。
ごまかしは効かない。
とにかく。笑顔で一生懸命。
これをモットーにがんばる。

子どもたちや親御さんが
「ありがとう」と笑顔でお帰りになるのを
お送りするのが、最近、なんだかとても嬉しい。

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仕事で感動できるなんて・・

お金をいただいて、仕事をしているのに、
「ああ、勉強させてもらっているな~」
「ああ、うれしいなあ~」
「ああ、こんな方がおられるんだ」
と、素直に感動したり、感激することが
よくある。
どんなに寝る時間が少なくなっても、移動がしんどくても
休み時間がなくても、そんなこと以上に、
かけがえのない出会いがあれば、疲れやしんどさは
瞬時に吹っ飛ぶ。

私が感動するのは、
なんといっても、
真面目に前向きに仕事をがんばっている方たち。
いかに儲けようとするのではなく、
自分たちの使命をしっかり果たそうと もがいている人たちだ。
有名とか無名とか、企業や事業の規模ではなく、
自らの仕事を天職のように考え、お客様のために
尽くしている方だ。

成功しているからといって、仕事が順調だからといって
人の前で、腕組みをしているような人には、感動はしない。
言葉がどんなになめらかでも、自分本位が伝わる人、
人としてのメッキがはがれそうな人にはまったく響かないが

メッキもせず、内側から魅力が、その人らしさが
にじみ出ている人、
汗水たらしている人、
とにかく一生懸命の人に感動を覚えるし、
そんな人には、こちらもつい、いろいろ度外視で尽くしたくなる。

働き方改革とか、正直、自分には関係ないし、
人から言われることでもないと思っているが、
仕事は自分に感動を与えてくれる・・と思えることが
本当にありがたいと思えてならない。

この1週間もそんな出会いがいくつかあった。
姉妹で豆腐の会社を長年切り盛りし、30周年に向けて奮闘されている方、
量販店では商品を売りたくないから、価値のあるものを作って、直接
お客さんに来てもらえるための努力を惜しまない社長さん、
社長自らがどんどん新しいアイデアを生み、行動し、いろいろしんどくても
振り返らず前に突き進み続けている社長さん。
100年以上の老舗菓子屋。嫁いだ先の菓子屋がまさに
自分の分身であるかのように、一生懸命、商品のことを語る奥さま。
どうしたら、自社の職人さんがつくる商品をうまく伝えられるかについて
日夜考え続けている料亭の女将さん・・。
酒卸で生きていくのは難しいからといって、歴史ある会社の倉庫を使った
新ビジネスに着手されている女経営者、息子さんとの連携も素晴らしい。

などなど・・・。
本当に毎週、いろんな出会いや交わりがあって、私自身が学ばせていただいている。
私自身、神様ではないので、あるいは魔法のように、最高の解決策がずっと
出続けるということは難しいが、
せめて、違う目線から見えるさまざまなヒントをどんどん投げかけたいと
思っている。

とにかく、仕事は自分を成長させてくれるありがたいステージだ。

涙を浮かべて話してくれる企業さんなどもたまにいて、
そうするとこちらも・・・同じだ。

初めて出会って、すぐに打ち解け、応援団になる。
本当に面白い。

と、いい人に出会うと、そんな気もちが沸いてきて、
心から感謝の気持ちがわいてくる。
誰に対しての感謝なのか・・・そういったきっかけを
作ってくださった、ご縁を与えてくださったすべての
方。

仕事で感動できるとは、有り難い。
それを楽しみに今日を、ワクワクはじめよう。

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ウッディアレンと共通点?

あまりに有名なアメリカの監督、ウッディ・アレンの映画。
人によっては、退屈だとかつまらないとか、理屈っぽいとかいろんな評価があるかも
しれないが、大人になってくると、あるいはNYが好きな人間にとっては、彼の作品は
そこはかとなく面白いと感じるし、あのなんともいえない空気感も心地よい。
一方、ユダヤ人の血をひいているせいか、とても賢く、天才的だと思える部分も感じる。
そして、複雑な人間の心情の描写が見事だと思う。

とにかく、若いころはわからなかったけれど、大人向け。
そして、NYに住んで隣人たちの暮らしを見ながら、
人生を楽しむような不思議な、そんな「手の届きそうな非日常感」が私は気に入っている。

さて、その名監督はもう82歳だそう。しかし
監督にとどまらず、俳優業も音楽家としての活動もされているからか、人生経験も豊かなせいか
とても若々しい。そう、わが父と同い年なのに・・。

その監督の最近の作品。(といってもアメリカでは昨年末にクランクインしていたようだ)
邦訳では「男と女の観覧車」(原題はWonder Wheels)
そのタイトルだけで、すぐ映画館に駆け込んだ。
どんな風に観覧車を扱っているのだろうか。私の思いとの共通点はあるだろうか?
なんだったら、NYまで訪ねていくことになるかもしれない。といったいつもの妄想も
もちつつ、映画を観る。

やはり、手の届く非日常。映像はキレイだ。NYのコニーアイランドの古い遊園地を
舞台としたほろ苦いラブストーリー。
観覧車のように、いろんな人間の思いがくるくるを回って交わる、あるいは人の心の空回り
・・なども表現しているのかもしれないが。

使われているBGMも、アルゼンチンタンゴをアレンジしたものなど、とても五感で満足できる
作品。そして遊園地の中にたつ観覧車は、ストーリーが切り替わるタイミングでズームアップされる。
観覧車に誰かが乗るというシーンは出てこない。観覧車が回る前で、男と女の憎愛がくるくる
回るという感じだ。

観覧車自体はストーリーに関係ない、登場人物もそこには乗らないが、
なぜこの監督がこの作品にこのタイトルかは私なりに理解できた。
男女のどたばたも含め、人生は観覧車のようなもんよ・・・と言っているのだと思った。

観覧車はやっぱり映画のタイトルにもふさわしいシンボル、アイコン的な存在だ。
これから、もっと作品化していこうと思っているところに、新たなヒントを得た。

ウッディアレンが元気なうちに、一度話してみたいな~。私の人生は観覧車のように・・も
ぜひ聴いてみてほしいな~。・・と、映画を観たらまた妄想が・・。いかんいかん。

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明日8月25日、愛の元気人8月分オンエアです

 ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」101回目の放送です。
今回のゲストは新潟美人研究所の五十嵐彩子さん、ドローン・ジャイロの山田亘さん、新潟県民電力の湊理志さんです。
発想力豊か、行動力みなぎる素敵な起業家たちの挑戦について、楽しく語っていただきます。
どうぞ、お楽しみに!FM KENTO

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やると決めたら、びしっとやる!

親がアラエイ(80歳前後)になると、いろいろ考えることが
増えてくる。
そんななか、まだ元気に二人でがんばってくれていることは
幸せだ。
しかし、そうはいっても、お仲間がひとり、ふたり・・・と
悲しいニュースも増える今日、体力も低下していき・・・
何事も昔どおりにはできなくなることへの、寂しさや焦りもある。

そんななか、毎年秋に開催している、ふるさとライブ。
お客様への声がけ活動は、親の恒例のプチ仕事になっている。
近所の人や仲間に声をかける活動は、自分のやりがいになって
いるが、やっぱり年々大変なのでは?
「今年もやるの?やれるの?どうする?」
母親に念を押す。
「皆さん、楽しみにしてくれてるから、やるわ。がんばる」
という返事。
よし、ならば今年もやりましょう。

去年も、今年が最後と思った。
今年こそ、本当に最後かもしれない。
でも、やると決めたら、やるしかない。

一方、この勢いで、新潟のディナーショーにも火が付く、

よし、今年もやる!

と、決めたらすぐに準備にとりかかる。
やると決めたら、戻らず進む。

本当に最後になるのかもしれない。
だから、悔いを残さぬように。

トンネルの中から抜け出たように、
マーサ号がスピードあげて走り出す、

やると決めたら、ぴしっとやる。
母との狂騒曲の秋が、今年もまたはじまる。

ということで、
岐阜ふるさとライブ(10月17日)、
新潟ありがとうディナーショーファイナル(11月16日)
で開催決定です。詳細近日ご案内予定

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きらきらおめめ!の球児たちに、心惹かれる夏。

いやー。今年の夏は、なんだか 純粋な世界を見せてもらい、
感動した。
プロ野球ももちろんいいけれど、炎天下に選手も応援団も一丸となって
燃え尽きる甲子園は、夏の最高のドラマだ。

毎試合、フルにみていたわけではないが、ほとんどニュースで断片的にしか
見ていないが、今回の秋田の農業高校の活躍には、涙した。
強い選手だけを選りすぐって集めたチームではない。農業高校の生徒たちだ。
しかも厳しい冬を乗り越え、農作業を学びながら、野球をがんばってきた
選手たちだ。

薄汚れた、おかしなことが目に付く今の大人社会に、一服の清涼剤を
与えてくれた・・・そんな気がする。
とにかく、あのキラキラお目目の投手のがんばりが、日本中に感動を与えた。
もちろん彼一人ではなく、チーム全員の力である。

おめめがキレイな人は、純粋だ。まっすぐだ。
いいな。
50すぎても、キラキラお目目を目指したいと思った次第。

地元に戻った彼ら、どんなに多くの人が応援してくれていたかを
知って、心打たれたことだろう。
また新たな目標に向かって元気にがんばってほしい。
農業高校の人ががんばったことが、うれしい。
東北のみなさんが一緒に盛り上がり、秋田ひとつになり、老いも若きも一緒に感動した夏。
みんなが、おめめ、きらきら。
暑すぎる夏がきらきら輝く。暑さにより熱さが勝った夏。
まさに夏のフィナーレにふさわしいさわやかなドラマに感謝。
秋田のみなさま、おめでとうございます1

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南木曽に架かるブルックリン橋。

いやはや、NYを代表する建造物ブルックリン橋にそっくりな橋が、南木曽にあるとは。
最近、特急で名古屋から長野に向かうときにこの脇を通っているはずが、知らなかったから
気づくこともなかった。
大正時代に電力王として名を馳せた実業家 福沢桃介が創った巨大つり橋だ。
ダム建設のための木材運搬用に作ったとのこと。つり橋の上をトロッコ電車が走り
木曽のヒノキなどを大量に運んだ。木曽川のもっとも川幅の広い場所に作ったという
から・・・いろんな意味でチャレンジャーだったのだろう。
アメリカへの留学経験もあり、洋風建築への興味関心が高く、本橋の設計には
現地から建築家を招聘したらしい。
1993年に修復工事を行い、もともとの原型を生かしつつ、その場所にそのまま
保存されることになり、今は遊歩道としてつり橋を散策する人も多い。
それにしても、ほんとうに橋自体はブルックリン橋にそっくりだ。
でも、背景が山と川であるため、マンハッタンに立つあの橋とはまるで違う。
ニューヨーカーたちが見たら、きっと感動するだろう。
大正に生きた男たちの夢が今も残る南木曽。
ちょっといけば、島崎藤村で知られる妻籠宿も当時の姿を丁寧に残している。

日本のまんなかに、ノスタルジーただよう、タイムトリップにふさわしいスポットがある。
これら、実は海外の旅行客の方がよくご存じのよう。

山にそびえるブルックリン橋。
大正のロマンと、アメリカンドリームの同時に見た気がした。

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