平成感謝ウィーク

もう1週間しかない平成時代。連休前で忙しく過ごす人も多く、
自分もそのなかの一人であるが、
でも、できれば、出来る限り、この1週間、平成で一番丁寧に生きて
みたい、過ごしてみたい、そうしなくてはと思っている。

暦が変わるだけ、年号が変わるだけといえばそれだけのこと。

しかし、人間の暮らしはすべてこの暦とともにある。

この平成に出会い、ありがたいご縁を授かった人には、今、感謝の言葉を
お伝えしはじめている。

おかげさまでいい平成でした。

お互いに振り返り、感謝をするにはちょうどいい機会である。

だから、連休前だからと流されず、毎日を丁寧に過ごしたい。

周囲への感謝が改めて芽生えてくる。

改めて意識する、へいせいカウントダウン。

カテゴリー: Essay (Word) | 平成感謝ウィーク はコメントを受け付けていません

静かに平成を見守りたい・・

平成が終わり、新たな令和という時代の幕開け。
4月30日が5月1日になる時点で、新たな時代が到来する・・・。

これは生まれて初の体験の人が多いことだろう。

これまでは、天皇の崩御という悲しみのなか、新元号が発表され、その時代に
そのまま突入した・・。
この度の天皇陛下の退位というご決断は、国民の時代観にも大きな影響を与えていると思う。

良かった点は、お元気な天皇皇后さまにお礼を、感謝ができるという点。全国民が実際に会いに行けるわけでもないが、そのことが一番大きい。

この重要な世代交代は、なんと10連休中に行われる。
4月30日は、5月1日は、いやこの10連休すべてが、「ありがとう平成、ようこそ令和」をテーマに各イベントが賑やかに執り行われるだろう。

しかし、何か営利目的、商業主義なイベント、(便乗も含めて・・)には
ちょっと距離をおきたいかも・・。
これは、軽々しいものではない、厳かな節目だ。
だから、言葉だけのお祝い、感謝ではなく、何か静かに日本国民でいることに、あるいは日本という国に静かに思いを馳せる日でありたい。と私は思っている。

天皇皇后さまは最後の1日まで、1秒まで、業務を精力的にこなされ、そのひとつひとつにはいろんな思いをお持ちであろう。
心中お察ししながら、本当にお疲れ様でした、ありがとうございました。と
頭を下げたい。

平成という時代は・・・とまだ最終総括をするには早いかもしれないが、
とにかくどんな時でもいつも国民に寄り添そい続けられたお二人には、感謝感動だ。

今年の4月30日は、静かに平成30年間、元気に生きられたことを感謝する一日にしたい。この10連休は、足元を見つめ直す時間にするのが良さそうだ。

カテゴリー: Essay (Word) | 静かに平成を見守りたい・・ はコメントを受け付けていません

世界遺産で忙しくなる人への祈り

早朝、久しぶりに民放のニュースを見ながら、朝の雑事に手を動かし、テレビから漏れ聞こえる声からふと画面を見ると、見知った人が映っている。
「あ、また出ておられるわ」
その方とは、もう4年ほどのおつきあいになろうか。何度かお邪魔して、一度はそこでオルガンコンサートもさせていただいて、信者でもない私にも寛容に接していただいて、そのシスターのお人柄がとても好きで・・・。時々、テレビで見かけると、ついつい、お忙しいだろうと思い、差し入れを送ったり、手紙を送ったり・・・。
その方がおられるのは、長崎市中心から車で約1時間の町。そう、かの遠藤周作が感動し、この町を心のふるさとと愛し、ここから作品も生まれ、遂には映画にもなった、「外海」という地区にある出津。この名前の教会もある。(写真)この一帯は隠れキリシタンの里として知る人ぞ知る場所で、この教会などは昨年、世界遺産に登録され、今や長崎の主な観光・巡礼地(後者がメインが良いが)になっている。ひっそりとしていたこの町が活気づいてきた様子。
このたびの世界遺産登録で、このシスター、大変お忙しくなられた。
世界遺産登録が決まったときも、インタビューで「神様にお仕えするだけです」とおっしゃっていたことがとても印象的であった。神様に仕えることが、教会やそれにまつわるさまざまな有形無形遺産を大切に守ることになるのだ。
私にとっては世界遺産は関係なく、素晴らしい出津教会や、シスターがおられる救助院のあるこの町のことを思い出すといつも心が清らかになる。
世界遺産登録もいいけれど、ずっとずっと守り続ける人のご努力にスポットを当てたい。そのおひとりがこのシスターだ。
以前、一度お送りしたミントのキャンディが美味しかったとのこと。ということで、それを連休前、差し入れにとお届けする。神にご奉仕される方を応援するそんな普通の庶民がいてもいいだろう。いつの間にか私のなかで、このシスターは心のおねえちゃんのように位置付けているのかもしれない。
愛する長崎、愛する外海。隠れキリシタンの思いが今も眠るこの里には、なぜかいつも惹かれ続けているが、実はこのシスターとのあってこそ、その思いがより深まっているのだと確信する。
世の中には、利他の精神で生き続けている人がいることを知り、では自分は?の自己点検。
美しき空の下、ここに静かに眠るド・ロ様の存在に感謝を忘れず・・。

そして、このたびのパリの大聖堂の火災の報に接し、こちらの教会でこのようなことが絶対ないように日々のご無事を、平穏を祈っている。


カテゴリー: Essay (Word) | 世界遺産で忙しくなる人への祈り はコメントを受け付けていません

成長を続ける人とともにサルーテ!

この写真。名古屋駅前でのワンショット。両手に花、いや両手にきらきら星。私を挟む二人の紳士は、新潟の経営者たち。一人は約15年前、もう一人は4年前、それぞれに私が講師を務める勉強会に参加され、その後あるきっかけでこの二人が出会い、経営者の大先輩・後輩としてお互いに刺激を交換しながら交流を続け、今回、一緒に展示会に出展されるまでの関係となった。

伝え下手と言われる新潟県人のなかでも、この二人はそれに当てはまらない。常に、情熱と努力と工夫を重ね、臆せず積極的に発信。しっかり着実に自分の進むべき道を歩んでおられる。
同じ製造業、同じ町工場の後継ぎ息子という点での共通点がありながらも、それぞれが自分らしく独自路線で挑戦している、実に頼もしいお二人。
先輩から見れば若手は、まるで自分の20年前のよう・・と懐かしくもあり、つい教えたくもなり。また後輩はひたすらに先輩にいろんなことを教えてもらって目標になる先輩がいることで、よりやりがいが生まれる。
経営者同士の先輩後輩という関係はなかなかむつかしいが、とってもいい感じ、まるで兄弟のようでもある。
そんな二人が名古屋の展示会に出るので、どうしても一緒にカンパイしたいと言ってくれた。 とてもうれしくて、うれしくて。
自分の言ったこと、示したことを実行し、今日まで進んでくださった。何年たっても、時々思い出してくれているようだ。
信頼されることの幸せを感じ、そして関わった人の成長を知ることができ、我ながらありがたい仕事をさせているな・・と胸いっぱいになる。
フランス国旗柄とオレンジのネクタイというなかなかいないおしゃれな彼らは
自分をよく見せる術もばっちりだ。
これからもまっすぐに自らの道を進む。
もちろん、一生応援し続ける。
東京での再会よりも、名古屋で・・というところが、また思い出になる。


カテゴリー: Essay (Word) | 成長を続ける人とともにサルーテ! はコメントを受け付けていません

危機はチャンス!みんな一緒に!復旧復興

先にも書いたノートルダム寺院の火災は、世界的な衝撃であり、キリスト教徒ならず、世界中のパリファンが絶望の淵に立たされる瞬間であった。
とくにあの尖塔が燃え堕ちる瞬間は・・・。

しかし、もうフランスは立ち上がっている。早期に必ず復旧させると。
世界中から寄付が集まっている。
おそらく、この状況では、ストライキもやっている場合ではないと関係者も気づき始め、違う行動をとり始めるだろう。
不平不満、自己主張をし、対立している間に、大切なものがなくなってしまったら・・。しかもそれは、みんなのアイデンティティ。しかも自国の誇り高きシンボル・・。
今こそ、立ち上がらねばならないとみんな、思ったことだろう。
他の国の人から見れば、大げさかもしれないが、パリがパリであるゆえんの
大切な象徴がなくなってしまうと、そこには町の魅力は失われる。
いつまでもパリがパリであるために、今こそみんなが結束しなければならないし
外国人である私たちも応援したい。
どんなときも危機はチャンス。
それを乗り越えて新たな歴史がまた開かれるのだと信じたい。

フランス中の大聖堂から毎日祈りの鐘が鳴り響いているのだという。
争っている場合ではないよ。
みんな一体になって、助け合って 自分の町を国を守らねば。

神様が・・あの国にはいるのだと改めて思っている。

カテゴリー: Essay (Word) | 危機はチャンス!みんな一緒に!復旧復興 はコメントを受け付けていません

蛇腹の魅力。

初めて、アコーディオンのコンサートに出向いた。
なぜ55歳にして・・なのか。
シャンソンや、タンゴの影響は間違いなくあるだろう。
あの切なく、哀愁に満ちたオルガンの音色は、心に染み入る。
まさにアコーディオンとは、蛇腹のことであり、これを使って空気を送り込んで音を出すという、まさに人力の楽器。人が歌っているようにも聞こえるから、
尚、哀愁を感じるのかもしれない。

そのアコーディオンにはいろんなことができることがわかった。
バッハやモーツアルトのようなクラシック音楽の演奏にも適しているようだ。
もちろん作曲家たちが生きた時代より後にできた楽器であるから、
後から編曲して、演奏するようになったのだろう。
教会にいるような気持ちで聴ける、そんな音だ。

またパリの街角で流しのお兄ちゃんが弾いているようなミュゼットという
三連符が続くワルツ。アコーディオンといえば、このイメージが強い。
よくテレビや店舗の効果音やBGMで使われているのはこの類。

さらに、ギターやチェロと組んでのトリオ演奏などもあり、
バイオリンと組んでのタンゴもあり・・。

いずれもあの限られた鍵盤、スペースでよくそこまで表現できるのだと
感心するが、アコーディオンとはマルチな可能性をもつコミュニケーション楽器だ。
あの音色。懐かしく、甘酸っぱくて・・・悲哀に満ちて・・。

まだまだ音楽の世界の入り口にしか立っていないことを実感する。
ぜひ、アコーディオンで綴る愛の歌を作ってみたい。

音楽は人の心を打つ。演説を聞いて泣く人はまずいない。
でも、音楽を聴いて、思わず涙することはよくある。
演奏は感動のコミュニケーションだ。
アコーディオンの世界に触れ、改めて音楽のチカラを知った。



カテゴリー: Essay (Word) | 蛇腹の魅力。 はコメントを受け付けていません

燃えるパリへの哀しみと・・。

なんたるショック。
未明のニュースに目を疑った。ぶるっと震えがきた。まさか・・・。
わが愛するパリのシンボル。京都でいえば清水寺に相当するのだろうか?
屈指の観光地でもあり、世界遺産の先駆けとしてもあまりに有名な、ノートルダム寺院が燃えている映像だ。
津波のとき水が怖いと思ったが、今度は火が怖いと思った。
 すべてが違いすぎるが、あのニューヨークの同時多発テロを思い出してしまった。そしてあのときの衝撃は自分がそのタイミングにNYに向かっていたからということも関係しているが、このノートルダム寺院の火事については、ああ世界のみんなの宝物がめらめらと燃えていく・・ことへのショック・・。
何百年も持ちこたえてきたのに、こんな短時間に灰と化してしまうとは・・。
なんだか歴史の火葬のようで・・・。

3月に駆け足でフランクフルトからパリに日帰りで出向いたとき、そこには足を向けなかった。そう、ノートルダム寺院はいつでもある、ずっとある。そんな存在であった。むしろ、移動式観覧車にばかり目が行っていた。
こんなことになるなら、ああ、行っておくべきだった・・。もう一度、あの堂々たる素晴らしい眼前にそびえたつ、ゴシック建造物を、しっかりこの目に焼き付けておくべきだった。
まさか、燃えるとは・・。映画の話ではないかと思えるほど・・・・。

と、日本に住み、何百回も観たわけではない私がこんなにショックに思うほどであるから、パリ市民からすれば、キリスト教の信者さんからすれば、いかほどの哀しみであろう。心からお見舞い申し上げたい。

かのナポレオンもここで戴冠式を行った。有名なその様子を描いた作品をNYかパリの美術館で観たことがあった。それだけではない。フランスを代表する国のリーダーたちの大切なセレモニーはここで執り行われてきたのだ。

凱旋門は市民の暴動で痛めつけられ、今度はまさかのノートルダム寺院の火災。
神様が人間に反省を促したのだろうか?
「みんなちゃんと仲良く、平和な社会に向かった生きなさい。そうしないと全て破壊されるよ」と、いうことをこの事故(まだわからぬが)をもって示したのだろうか?
争っている場合ではない、一致団結し、思いやりの心をもって、まさに博愛の心を持って生きるようにと諭したのだろうか・・。

と、そんなことも思えてくるような、今のタイミングでのこの火災。
わがグラン・ルーにとっても、この寺院は大変重要な存在だ。
パリといえば、観覧車に気づく前に、ノートルダムだったのだから。
ああ、パイプオルガンは無事であろうか?

現地で聴いた荘厳の響きと燃える火がなんだか一体になって・・・。
気づきなさい。目覚めなさい。と、人間の驕りを鎮めるための強烈な哀しみを
与えられたのか・・。

すべては私の心の中の妄想だ。本当に悲しくて、今でも駆け付けたい気持ちだ。
過去に撮った写真はどこに?気が付けばあまり撮っていない。いつでもそこに
在るから・・・と思ってきたから・・。
パリの人々にお見舞いを。世界遺産なのだから、大切にしなくては。
みんなの憧れ、パリがずっとパリであるように。みんなで努力しなければ、協力しなければ・・。これは他の都市も同じことだ。

カテゴリー: Essay (Word) | 燃えるパリへの哀しみと・・。 はコメントを受け付けていません

家族が見守る、晴れ舞台。

このたびの朗読劇ツアーでは、演劇関係者、役者のファンとそのお連れ様など多数おいでいただいたが、それ以外に印象深かったのは、演者や作家の家族やお仕事仲間たちのご来場。
東京公演のときには、東京近隣在住の役者のお父様やお母様が。なかには京都から新幹線に乗って駆けつけられた方もおいでになった。
上田公演では、長野出身の役者ということもあり、前宣伝も効いて、ご両親はもちろんのこと、おばあ様やご親戚ご一同さまが花束をもってのご参加。
孫や姪っ子の成長ぶり、昔の仕事仲間に久しぶりに・・・とあたたかい再会の時間ともなった。

その中のひとり、あるお母さまとお話しした。娘さんの活躍を心から応援されており、忙しくても毎回舞台があるときは京都から駆けつけてこられる。スタッフへのお気遣いも欠かさず、本当にありがたい限り。
またある役者のお婆さまともお話しをする機会があった。
「こんなに小さかったのに(手で高さを表しながら)、もう見違えるようになって。もうそこに〇〇子が立って芝居やっていると見ているだけで泣けて泣けて・・」そんな風に語っておられた。
役者に作家になる夢を抱き、東京へ出ていった息子、娘たちをどんな風に家族は心配し、見守ってこられたのか・・。
通ってきた道は少し違えど、自分の場合も結果、同じようなことだ。
地元での演奏会や何かステージがあれば、母親が一番に、先頭を切って参加し、
近所の人に声をかける。地元ならではの歓迎ぶりがある。

今回、仲間のご家族たちがステージを見守り、仲間たちが花束をもって駆けつけてこられる様子を見て、母親や自分のことを普段から応援してくださっている方たちのことを思い出し、ありがたいと心から胸がいっぱいになった。

家族の応援。仲間の応援。
これがあってこそ、みんながんばれるのだと思う。
どんなに喧嘩をして、出ていったとしても、
そうであれば、より一層、がんばっている姿には涙なしでは語れないはず。

がんばっている姿を見せることができるということが、一番の親孝行なのかも。
今回、役者や作家の親御さんとの対話から、改めて、感謝の気持ちが生まれてきた。

さあ、地元の温かい応援に応えて、初心忘れず元気にがんばろう!

カテゴリー: Essay (Word) | 家族が見守る、晴れ舞台。 はコメントを受け付けていません

ともに創る、ステージの快感と感動

3月末から始まったドラマリーディング(朗読劇)「真夏の雪」の東京・上田ツアーも無事終了した。5日間9公演で、のべ300名ほどのお客様においでいただいた。
東京は空が見えるカフェバーで、上田では写真のような小劇場での開催。
箱が変われば、作品が違って見える。まったく別物になる。
天気の変化で演技も気持ちも左右される東京会場アリーナでのカジュアル感とオープン感もよかったが、上田の会場 SAINO TSUNOでは、集中してお客様が劇に向かい合えるTHE STAGE。楽器も東京での電気ピアノから、上田では、ヤマハのアップライトでまさに生音に変わり、弾き心地と響きは確かに向上。
遊園地、観覧車が舞台の朗読であったため、カラフルな椅子で楽しさを演出。
そんな素敵なステージで役者たちと一緒に演じた。

どんなステージに立つのか、立てるのか。
それにより、気持ちも高揚。演奏への意識も変わる。
素敵なステージは、最高の衣装だ。

ステージでの本番というのは、何度やっても緊張の連続だ。
団体戦の場合は、とくにそうだ。演奏ではじまり演奏で終わるため、責任重大。
特に最後のクライマックスの演奏直前では頭の中を血管がどくどく動いているのを感じるほどに、大変緊張する。
一体感、役者をセリフをたてる、引き立てる、最高の効果・・を意識すると余計に緊張する。うまく弾こうとすると余計に間違えそうになる。ヒヤヒヤの一時間。
と、ステージが素敵だけに、完璧な演奏ができたかといえば、
毎回毎回、反省は尽きないがこのなんとも言えない緊張感の中で
やりきったということが最も大切であり、お客様の反応もおかげさまで
良かったのがうれしい。

限られた人生において自分が立つステージがあることは、何よりの幸運だ。
今回も見知らぬ街での初ステージで、新たな出会いをいただいた。
同じステージに立てた仲間とは、演者、表現者としての共通の貴重な経験を、そして、そこにおいでいただいたお客様には、作品を通じ、人生のひとときと思いを共有する一体感をいただいた。劇後に行ったミニライブも熱心に聴いていただき、涙される方もいてくださって、思いが伝わったことも嬉しかった。

さあ、次はどんなステージに向かう?作る?


写真は素敵な上田の会場ステージと、愉快で素敵で輝く仲間たち、本番劇後のミニライブの様子。

カテゴリー: Essay (Word) | ともに創る、ステージの快感と感動 はコメントを受け付けていません

笑いの工夫という無限の創造性

なぜ、東京にいる間にもっと通わなかったのだろう。と思う空間のひとつが、
寄席、演芸場。
一昨年前、引っ越し間際に急に浅草通いをして、ああ、もっと早くから都内の演芸場巡りをすべきであったとちょっと後悔。
もっとも、若いときには、この分野に興味もさほど湧かなかったのかもしれないが。

まんなかに拠点を移してから、ふたたび吉本や松竹やと 大阪のお笑い文化に接する機会も増え、なんだか懐かしく、ほのぼのして、人間の幸せの源泉はやっぱり笑いだと再認識するようになった。
新喜劇も大好きで、いつかそんな作品づくりに関わってみたいと真剣に思いつつ、やっぱり一人でできることをもっと究めた方がいいとか、真面目なセミナーでももっと笑いを取り入れて、新しいことができないかとか新たな妄想も生まれ始めている。
そんななか、寄席に行き、ピン芸人たちの芸を見ながら、自己表現という仕事について勉強させてもらっている。
今回、思わず泣いてしまったのが、パペット落語で知られる(多分、知る人は多いだろう)鶴笑さんの芸。
話術ももちろん素晴らしいが、パペット人形を使って、BGMをフルに使いながら、汗をかきながら、俗にわかりづらいと言われている演目「桜山」という、想像するにちょっと難しく、ある種残酷な作品を面白おかしく、演じまくる。
何に感動したのか、なぜ、どこが心の琴線に触れたのかわからないが、私は彼の演目を見て、泣けてきた。
多分、笑いの世界、想像の世界を自分なりに作り上げている、その一生懸命さに心うたれたのだと思う。
見えない世界を心のなかで見えるようにする仕事は、やっぱり尊い。
そして、誰もやらないことを考え、カタチにするということが素晴らしい。
鶴笑さんは、今、目指したいアーチストの一人だ。
そう、落語家は立派なアーチスト。感動のオンリーワンを目指そう!

カテゴリー: Essay (Word) | 笑いの工夫という無限の創造性 はコメントを受け付けていません