もう春だから、新たなこと。

もう春だ。受験生に負けていられない。新入社員に負けていられない。
ということで、こちらも新たな挑戦だ。
挑戦には、リスクが伴う。やるリスク、やらないリスク。後者はやらなかった、続かなかったという場合の後悔だ。それが嫌なら、やればよい。
やるリスクは、がんばれば頑張るだけ、そのリスクは軽減される。やる以上は、がんばるだけだ。その自分との闘いを、55歳から始めてもいいと思う。もちろん60歳からでもいつからでも。
やろうと思ったときが、自分の春だ。おしまいと思ったら春は来ない。
と、今、何かが自分の背中を押している。きっと春の風のせいだろう。

冬眠している暇はない。新たな自分の発掘をはじめよう。と思うと、心身ともにポカポカしてきた。


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野菜づくりで元気に健康長寿。

写真は、京都府にお住いのおじいさま。私の友人のお父さまだ。ご本人には、お会いしたことはないが、もう何度も自らが作られたお野菜を送っていただき、美味しくいただいている。面識はないけれど、息子さんである友人を通じて、もうこのお父さんにも何度もお会いしているような気がしてくる。
新潟の仕事で出会ったその友人は、京都出身であり、名前の一文字が私と同じ「昌」であることから親近感を持ち、関西弁で気軽に話し、すぐに打ち解けた。そして新潟から青森へ転勤されたのち、京都へ。私もその後、名古屋へ移動し、活動範囲が西に向いたあたりから、このおじいさまのお野菜を送っていただく幸運に巡り合った。
夏は色とりどりの、冬は大根を・・。暑い日も寒い日も一生懸命、畑仕事に精が出る。あまりにも寒いのではと思い、この冬、父子に帽子を送ったら、大変気に入ってくださったようで、この写真はその帽子と大根とご本人。あまりにいい写真で、何度見ても笑みがこぼれ、いつまでもお元気で。と、つい声をかけてしまう。
いっぱいいただいた大根、おすそ分けもさせてもらって、みんな幸せ。ひと口いただくたびに、このおじいさま~かずへいさん~のことを思い出すのである。
いつまでも、どうぞお元気に畑仕事なさってくださいね。
86歳、大変お元気だ。こういった暮らしはとても素敵だと思う。

それにしても、お帽子がよくお似合いで・・・。うれしい。

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モトをとるワンデートリップを

たとえば、日帰りで東京に、京都に行く。かつて住んでいたころは、そこでの1日について、そんな考え方はなかったけれど、今はちょっと違う。出かける以上はモトを取って帰ろうと思うのだ。パソコンをもって空き時間にパソコン仕事も
という考え方もあるが、それはあとで帰ってからまとめてやるとして、そこでしか体験できないことをとにかく優先しよう。という考えだ。
数日前の京都では、気が付けば二万歩近く歩いていた。打ち合わせ、待ち合わせの間の時間を無駄にしたくないと、歩いたことがなかった小道をどんどん歩きながら、京都の裏の顔を見ながら、平安京の足跡を見つめ直す。
昨日の東京でも、喧騒の週末は本来避けたいと思いつつも、せっかく来たならばとTOKYOらしい売り場、空気を感じる場所に身を寄せる時間をとる。気がつけば、20000歩ほど歩いていた。今の自分なら、この町をどう感じるのだろう。街の変化を肌で感じ、その頃の自分を思い出したり、忘れかけていた人とのやり取りが蘇ったり、、。そんなタイムトリップも含め、私にとっては、モトをとることのひとつ。
東京の場合は、人の観察も意味がある。
消費行動のさかんなこの町で、押し流されていくように消費の時間をまさに「費やす」人たちを見ながら、いろんなことを感じとることも大切だ。
とにかく、どこにいても同じ。ではない時間の使い方、作り方が良い。どうせ行くなら、そこでしかできない時間を楽しもう。


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美術館の役割と存在意義。

美術館は、私にとって公私ともに、発想、発案の泉であり、心の洗い場である。
世界の、日本のどの町に行っても、美術館と聞けば、まずチェックして、自分の興味あるテーマ、作品があれば、足を踏み入れる。
今回、初めて訪れた美術館は、徳島の大塚国際美術館。「とにかく、一度は行く価値がある」と言われていた。どんな価値なんだろう?と、一定の興味はあった。
淡路島から少し足を延ばし、鳴門のこの美術館に出向く。
巨大な敷地。美術館の前にも不思議な迎賓館。どこか遠くの国へ来たような感じになるが、いずれも、大塚グループの建物。

さて、この美術館はグループ会社の陶板の転写技術で、世界の名画たちを複製、一挙公開されたもの。絵画のみならず、システィナ礼拝堂から、世界の著名な建築物、建造物を、陶板を用いながらダイナミックに再現している。
ゴッホの7つのひまわりという作品は、転写技術に加え、職人の手技も生かされ、特に素晴らしく、見事に仕上がっていると感じたが、それ以外にも世界中の、おなじみの名画たちがずらりそろっているそのボリューム、規模にとにかく驚く。
「よくここまで作ったな~。さすが」
こちらの企業は商品開発でも大変ユニークで、世界的にも有名であるが、この美術館も税金対策で名画を買って展示するという美術館ではなく、自社の技術を著作権のない名画を使って見せ、しかも他の美術館より高価な入場料をとる。これ自体がしっかり新事業、ビジネスだという点も感心する。
四国の玄関の観光地として、認知度も高く、平日でも多くの人が集まっていた。
アートに、より多くの人が親しめるという点での貢献度は大きい。
「ルノアール見てきたわ」「モネの水連、庭にあったわ」という感じ。
しかし、いずれも本物ではない、本物の絵画は1点もない。

たとえば、何点かでも、その絵の本物があり、それと比べさせてくれるならば、それはそれで面白いかもしれないが、とにかく、ここはすべて「転写物」。
転写物でアートを楽しむ空間なのだ。
確かに、美術館とは、本物の名画を展示する場所・・という定義はないはずであるので、この美術館も大いに役割、意義がある。

国内に、世界にこのような発想なミュージアムが存在し、にぎわっている点に感心し、またその一方、やたら本物を見たくなってきた。

いろんなアートがあり、いろんな人が楽しめる。それはそれでよし。
この企業の50周年事業のひとつで、地元に貢献したいとの思いから生まれたミュージアムだそう。あっぱれな発想、行動力。できれば入場料を他の美術館並、もしくはそれ以下にしてくれたら、もっと来場者が増える?
いや、ここは美術館ではなく、世界の美術館を陶板技術で巡るテーマパークといえば納得?
いろんな面で学びの多い、美術館探訪であった。
お世話になった時代のこの企業の、歴代の経営者のことを想い乍ら、時代の変化と、普遍なる企業文化について、考えるいい機会になった。



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元気のないペッパーくん。

2年ほど前までは、人気の的であった、ペッパーくん。
携帯ショップはもちろん、そのほかのお店の入り口で、通行客に話しかけ、
会話にも応じて、AIの最先端のアウトプットとして、一世を風靡していたはず。
今も、店舗やホテルで時折、見かけるペッパー君。
 でも、どこかしら、彼の姿勢に自信なさげな、頼りなさと悲哀を感じる。
あるホテルのペッパー君の横には大きなPOPが。
「ぼくを たたいたりしないでね」と悲しい文言。
なんだか、人間がロボットを叩く?いじめのようで心穏やかではない。
「なんでも、ぼくに聞いてね」
と発売当時はそんなPOPだったら目にしていたのだが・・・。そっちの方がうれしい。なんだかこのコピーは・・・。

時の流れとともに、珍しくなくなり、いずれ不用品となり、企業もレンタル期間を過ぎ、更新をせず・・ある情報筋によると、ペッパーくんがどんどん返品されどこかの倉庫では、在庫でいっぱいだ・・。冗談のような話、うつむいたペッパーくんが倉庫にズラリ並んでいる光景を想像してしまう・・。

どんなものでも、流行りとすたりのなかで、生まれ、終わる。
一人の人間には、はやりすたりという言葉は向かないが、人間の代わりにお世話をしてくれるロボットの流行りすたりのスピードは速い。

なんだかうつむいたペッパーくんは、悲しくて・・。
なぜか、人間の身勝手さもそこに感じた。

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毎日語りあえるリッチな暮らし

一緒に生活する相手がいることは、とても幸福と思う。でも、その相手と毎日語り合うことはない。日々の会話で十分かもしれない。そして時々飲みながら語るのは良い。

それだけでなく、いろんな人と語る時間は人生において有意義だ。

食事しながら、一杯のコーヒーで。相手や状況で様々であるが、とにかく語り合う相手がいてくれることは、とても嬉しい。

ここのところ、いろんな職業、年代の人と毎日のように語り合っている。仕事も人生も含めた、語り合い。

お金を残す人生も、名前を残す人生も無縁であるが、人を残す人生。というと、大げさになるならば、人とのつながりを残す人生は無縁ではなさそうだ。いろんな出会いに恵まれ、その関係がいろんな形で続いていくこと、そしてささやかでも、だれかに何かいい影響を伝え、与えることができることは、人生の最高の宝だと思う。
語る相手、語る内容、語る時間。これらがクロスされた人生は、もしかしたらどこかの大金持ちの人より豊かなのかもしれない。

嬉しい毎日の積み重ね。人生はやはりミルフィーユのように縁を重ねて、観覧車のように回り続けたい。

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さらば、死ぬまでに食べたい逸品。

これは、名古屋の中心から、名古屋駅方面の夜の街並み。
夜の街に、観覧車がほのかに浮かぶ。エッフェル塔もどきがあり、
La Grande Roueもどきがあり、またセントラルパークなる名前の
公園もあり、と名古屋は洋風もどきな一面をもつ。
そして、この手前に見える鉄板料理。
こちら、鉄板ナポリタン。子どもの頃、よく食べた。その頃のご馳走。
ふるさとを出てから、卵焼き敷きの鉄板のパスタは食べたことがない。
東海地方のご当地グルメだ。こちらも洋風もどき。
とても美味しい。トマトソースのパスタと卵焼きは色といい、味といい
最高のマッチング。
しかし、30年以上その存在を忘れていた。
名古屋に来て、幼き日のご馳走を思い出し、そして久しぶりに試してみる。
文句なしに美味しい!アツアツの鉄板と舌の格闘。
子どもの頃に美味しかったものは、今もおいしいと感じるようだ。

この最近みつけた、名古屋、東海地方の代表グルメを提供してくれた店は、実は1月で営業を終了する。

もういけないので、なんとか行ってきた。
その感動がこの1枚だ。
もう一度食べたい。またどこかで。

最後の食事といわれたら、この卵焼き入り鉄板ナポリタンを選びたい。あと2日の営業となる。

昭和と平成の良き時代、地域の人々に多くの楽しみを与えて来た中日ビル。その二階にある名物店、ビルとともに、この1月で幕を閉じる。





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こんな時に限って、を乗り越え

とても慌ただしい朝。この書類を見直して、プリントして先方に送らなくちゃ、、。時間がない時に限って、時にパソコン、時にプリンターのご機嫌が悪く、そのおかげで予定通り一日が過ごせなくなる。夜中になってもマシンと格闘。なんでこんな時に限って、というアクシデントは、たまにある。焦っても仕方ない。冷静にどう対処すればいいかを何通りも考える。

昔、翌朝がプレゼンなのにプリンターが言うことを聞いてくれず、当時近所にあった、24時間営業のサポートセンターに持ち込み、朝までに治してもらったことがあった。

今はクラウドの進歩で、ネットを使ったり、メディアやデバイスをうまく使えば、プリンター機能を外に求めることもできるようになった。そのため昔より途方にくれるということもないかも。

絶対なんとかするの一心で、危機対応に向かう。

こういう事態は、本当にこんな時に限って 訪れる。

なんとかする。なんとか切り抜ける。でここまで来たから

これからも、なんとかする。

計画通り、予定通りに、事が運ぶことの奇跡に改めて感謝し、不測の事態も想定して、ゆとりを持って進みたい。パソコン、プリンター、ピアノにスマホが、我が必需品。

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ここでも、手をあげてるよ。

Fお子様向けイベントは、ビジネスマンたちと向かい合うよりも、緊張する。
 毎月担当するたびに、慣れてきたといえばそうであるが、大人向けイベント以上にお子様の顧客満足を気にする。
泣き出す子はいないか?みんなノリノリになってくれるか?
自分が考える企画に、果たして今どきのお子さんは興味をもってくれるのだろうか?
さまざまな不安な気持ちを抱きながら、精いっぱい企画を考えて、ぎりぎりまで構想を練る。
今回は、笑いヨガと音楽と、ゲームと、ジャンケンが詰まったオリジナルプログラム。これらを40分ぐらいで行う。
なかなか、皆さんノリがいい。今日はうまくいきそうだ。
いい感じで、じゃんけん大会。
私とお子様がジャンケンして、一番になった子にはプレゼント。
ということで、お子様と対決した。そして、一見、順調に私に勝ったお子様に
プレゼント。
すると、もうひとり違うお子様が、「私も勝った」と小さくつぶやいた。
へ?そうだったのか。見えなかった。
それから、その少女のことがずっと気になった。じっと私を見ているように感じた。
イベントが終わってから、すぐその子のところへ行き、よく話して、謝って、景品を選んでもらった。何度も謝った。
彼女はずっと私の目を見ていた。許してくれるかな、もう来てくれないかな。
「本当にごめんね。許してくれるかな。また来てくれるかな?」
と言い続けると、彼女はうなづき、私とハイタッチした。

ああ。よかった。
お子様にもっと寄りわないといけない。見えないときもある。でも
もっと見ないといけない。

私もぼくも・・の不満がないように、小さなお客様の目に手に、心を配ろう。

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継続と工夫で、どんどん進化。

今回で3回目を迎えた、モスバーガーの一部店舗ではじまった障がい者アート展。その名も「モスごと美術館」。店内空間に、障がい者の方の素晴らしい作品が何点かを展示。今回は新作も加え、その制作風景も動画で見られるようにするなど、さらなる工夫を行った。そして、この時期は新潟ご当地B級グルメたれかつバーガーも限定発売というダブル企画で、お店も活気づいているようだ。ちょっとした思いつき、ひらめきが、世の中に具現化されることは、本当にうれしいこと。しかもそれが一過性でなく、継続されることがありがたい。
 仲間たちとこの取り組みを推進しながら、私たちの頭は先の世界に向かう。
店舗は、おいしい食べ物と、それをつくってくれる、提供してくれる人たちの笑顔、そして素敵な空間の三拍子で見違える存在になる。
自分がかかわるお店が、自分が応援するお店が全部そうなるように、そうであるように継続的に、工夫しながら応援を続けたい。
それにしても、気持ちいい空間で、おいしいものをいただく。このひとときは幸せだ。外食をするということは、価値ある時間を過ごすということ。
お店は、そのことを肝に銘じて、お客様をいつも受け入れたい。

以下は本取り組みについての資料 

https://www.mos.co.jp/company/pr_pdf/pr_190115_1.pdf

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