どうせなら、いっぱい挑戦しよう。

ひとつ新しいことを始めるのは、なんだか重い感じだ。
ゼロから、イチというのは、どうも迷いもあったり、やれるかなと疑心暗鬼になってみたり・・。

ところが、ひとつ始めてみると、「じゃあ、もうひとつやろう!」
と、挑戦課題を追加したくなる。

周囲からすれば、
「どっちつかずになるし、ひとつずつにすればいいのに」
と言われるが、そうとも限らない。
もちろん内容によるが、
イチがはじまったら、ニに進むのは、意外とたやすい感じで、
「どっちもがんばってみよう」
となるのだ。

人はやろうと思ったら、自分が限界と思うまで、どんどんイケると思う。
そう思った方が、自分のキャパが広がる気がする。

ということで、この春は、ひとつの挑戦でなく、ふたつ(以上)の
新機軸を自分の中に作る。
そうでないと、人生の時間がもったいない。結局は、貧乏性なだけかもしれないが。。。。


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やってきた人こその泪と言葉。

地道に、ひたむきにやってきた人の言葉は響くんだ。
口先だけの人間が発する言葉とは、ひとことの重みが全く違うんだ。
このことが、今回もよくわかった。

また、努力を重ね、プレッシャーと戦い続けた人の泪は
本当に美しいということも、今回よくわかった。

イチローの引退。
日本で9年、アメリカで19年の26年間・・。
名古屋生まれの野球少年は、45歳まで現役でプロの現役をつとめ、そして
引退。
まさに平成とともに、イチローの選手生活も終わりを迎えたという、このタイミング。

私は、彼の野球はもちろん、でもそれ以上にインタビューの時の彼がずっと好きだった。
一見、クールだけれど、情熱がこもっていて・・。
いつも目が涙目でも、しっかり前を見開いて、力強く話す、イチローの表情と言葉はとても素敵だ。
彼の言葉を聞いていると、じわっときて、たまらなくなる。
そんなことも多かったが、今回もそうだ。

そして、名言をさりげなく言うのも、さすがだと思う。

「他の人よりがんばったとは絶対言えないけれど、自分なりにがんばってきた」

今回、この言葉が一番響いた。
「自分なりに」という点がとくに。

そうだ、努力は自分なりにできることを、でよい。
とにかく努力あるのみだ。

また、彼は野球を愛したからこそ、そこまで努力できたのだともいった。

好きなことに打ち込める仕事ができることは、本当に幸せだ。
これも努力あっての結果だ。

いつか引退するとはみんな思っていたし、ここまでよく頑張られたと
心から拍手を送りたい。
私は、結果もすごいけれど、彼の生きざま、がやっぱり好きだ。

やってきた人の言葉と泪。

まだまだだ。自分に言い聞かせ、イチローに心からの拍手を送ろう。

まさに平成のヒーローに!

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リーディングドラマの手ごたえ上々

自分で参加するくせに、実は、朗読劇なるものを、劇場できちんと観た経験はなかった。演劇はわかるし、朗読もテレビなどでは見たことがあるが・・
ライブでいえば、音楽ライブも、演劇も、寄席もその空気は自分なりに把握しているつもり。観客として、演者として。どちらもライブは同じ空気のなかにいるということでの緊張があることは、わかっているが、
いずれにせよ、朗読劇は初めて、朗読劇で演奏というのも初体験だ。
でも、イメージはできていた。こんな感じだろう・・と・・。


今月29日よりいよいよ、その初の朗読劇中演奏を行う。行ける練習は2回のみ。
そのうちの一回目に参加した。
役者たちがほぼ読み合わせし、流れも整い、全体がつながってきた頃に、演出としての演奏が加わる。
台本を片手に、作家と一緒に「ここはこの曲、ここはあれにしよう」と、劇中に私のオリジナル作品のパーツをはめ込んでいく。ありがたいことに、これまで作った曲から選べるということで、助かる。
作家が自分のイメージどおりの作品に仕上げるために、私の曲を選ぶ。その曲を奏で、場面のイメージに合っていることが確認できると、作家がとても嬉しそうに微笑む瞬間がたまらない。
もともとそのためにつくった曲ではなかったが、そのために用意されたかのように場面に良く似合うのは、不思議。
作家のセリフと、私の演奏がなかなか良いハーモニーを奏でる。

朗読劇は役者の演技が言葉中心になるため、音楽は必須だと改めて感じ、今回の試みに手ごたえを感じる。

初顔合わせの役者たちとも、なかなかいい感じでコミュニケーションがとれ、もう何回も一緒にやってきた仲間のようになる。
今回の役者も粒ぞろい、なかなか味があって、うまい。
そして、彼らも演奏が入ることを、大変喜んでくれた。このことがとても心強い。音楽が入ると、全然違ってくるのだそうだ。立体的になるというかそんな感じだろうか?

今回上演する劇場は、立派なホールとかではなく、下北沢らしいカフェである。しかも空が見えるカフェだ。
作品に合っている。
ぜひ、みなさんに御覧いただきたい。
不思議な空間で、今年度のせわしない時期に、三連日の上演となる。開催日により、劇の後に私のミニライブも行う予定。劇中で演奏した曲から何曲か歌う。

「真夏の雪」素敵な作品になる。
予約は、こちらよりお願いいたします。

東京公演

https://www.quartet-online.net/ticket/manathunoyuki?m=0lfeigh



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30年前の研修が生きている?

20代後半では、会社の人手不足もあってか、新入社員のマーケティング研修も担当させてもらう時期もあった。今から思えば、あんな小娘が講師で良かったのかとも思うが、私自身が、とてもいい経験をさせてもらった。市場調査から提案先の発掘、課題の発見、解決のための企画、提案書づくり、、、。プレゼン、講評。そんなことをやった。その年その年に入社してくる後輩の「新人さん」たちと研修で出会うことが、楽しかった。

そんなこともずっと忘れていたが、このたび当時研修を受講してくれた後輩たちと再会、話す機会があり、当時の研修の話になった。

こんな風に教えてもらった、こんなことをやったということを聴きながら、30年前のことを一緒に思い出し、改めて共有、長い時間が経っても覚えていていただけるとは・・・と胸が熱くなる。彼らはとても成長され、今や立派な管理職。役員や部長クラスになっている彼らが、自分たちの新人時代のことを大切に話してくれることをとても嬉しく思った。

「どんなアイデア出しても全部褒めてくれたんです。それをどんどん膨らませてくれて、、、」ある管理職は、私の研修でそのことが今も忘れられないと言う。よく覚えてくれているもんだ。

30年経っても生きている、教えが生きている。自分の部下たちに的確におおらかに教えている彼らの横顔を見ながら、研修ひとつとっても、ずっと残すことが出来る仕事、大切に取り組まねばと改めて背筋が伸びた次第。

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「お葬式に流してほしい。」

先日ある地域のお寺の檀家さんたちが集まる会でコンサートをさせていただいた。おかげさまで大変良いお客様に恵まれ、とてもよく聴いていただき、盛り上がった。CDをご購入いただいた方も多く、ああ、喜んでもらって良かったと、こちらも大変満足。その余韻は私の中でまだ残っているが、そんな中、主催者の方よりメールをいただく。

「電話で少し話せますか?」「今、いいです。」

すぐ電話がかかってきた。何事か起きたのかなと思ったら、

「この前、参加されてCD買ってくださった方が、いつも車であんたのCDを聴いておられるんだって、『それが泣けて泣けて、、』と言われて、それで、『私が死んだらお葬式で流してほしいと娘にも言うてあるんです。』と言われたので、それを伝えたくて電話しました。」

なんという・・・。私の曲をお葬式に流したいとは・・。そんなこと言われたのは、生まれて初めてだ。そんなことあるんだ・・・。とてもとても感動した。

そんなつもりで作った曲ではないけれど、そんな風に扱っていただけることはとてもうれしい。人生の最後の曲・・にと思っていただけることに改めて、驚きと喜びを感じる。

不特定多数の多くの人に派手にアピールすることよりも、こんな風にひとりひとりの心に伝わっていくこと。感動の場面を創っていける機会をいただけることに、心から感謝である。
どの曲がそんな風に思ってもらえているのか・・。今度、ぜひ聴いてみたいと思う。


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不思議なギフト・報酬

ホワイトデーが終わった。あるイベントが終わった。
そんななか、ギフトやお礼にと、Amazonのギフトカードや、デパートの商品券など「ほんの気持ちです」をいただくことがある。
ギフトの形態もかわりつつあり、コンビニのギフト券がメールで届いたこともあり、最初はちょっと戸惑いもあったが、まあ、そんな時代だ。
そのネットであれ、印刷物であれ、「ギフト券」という存在は不思議だ。

同じ金額であっても、現金ならば、どんどん無意識に使ってしまう。
ああ、1000円だ・・とかいちいち思わない。ところが、財布に商品券が入っていると、なんだか特別なお宝のようにとっておくのだ。そして、どうせ使うなら何か特別なときに・・と思って、つい大切にしてしまうのだ。

かといって、すべての仕事のギャラがすべて商品券だったら、さすがに困って金券ショップに持ち込むかもしれないが、
贈りものとしていただくギフト券はなんだか特別なのだ。

このようにお金も大切にしよう。

ホワイトデーやイベントを終えて、お金以上をいただく以上の学びをいただき豊な気持ちになった。

Amazonの商品券をいただいた方にも、「おかげさまで、〇〇に使わせて

いただきましたよ」と言いたい。

なんとなく使うのは、やめよう。お金に対しても然り。

今年のホワイトデーでいただいたこの教訓のギフトは半端なくありがたい。

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10年前の自分を見る

確定申告の時期も終わった。といっても、この業務自体は、起業以来20年、専門家にお願いしているので、自分では作業していないが、申告後、提出していた資料が返ってくると、ちょっと背筋が伸びたりもする。なんとか今回も1年がんばったかなという思いと、過去との数字と比較しながら、自分の軌跡をふりかえる瞬間でもある。
申告時期は、過去の資料を整理する時期でもある。10年間の書類は保存しているが、それ以前のものは処分していく。今年も10年前の書類を、取り出し、処分に入る。その前に、10年ぶりに10年前の帳簿や申告書類をざっと見る。

ああ、10年前のわたしは、こんな仕事をしていたのだ。過去の請求書や経費の履歴を見ながら、忘れかけていた10年前の自分の働き方を思い出す。
よく続けてこられたな。あの頃はこうだった、ああだった。ああ、こういう会社のお仕事もさせてもらった、ああ、この会社とは今もご縁がある。ありがたいな・・。ああ、こんなに経費使っていたんだ・・・・などなど、忘れていた10年前の自分を思い出し、そして今と比べて、今後のありようを問い直す。

若かったな。よく続いてきたな。今回申告した資料を改めて見直すのは、もしかしたら10年後の処分前になるかもしれない。そのときも、どうぞいい感じで続いているといな。と思う。
仕事を続ける以上、走りっぱなしは良くない。
たまには、過去の自分と今を対比しながら、自分の道を確認するのはとても良い。
私の仕事の場合は、売り上げを上げ続けることが重要ではなく、「回っていくこと」が生き続ける秘訣となる。だから、回り続けるように、こつこつとやっていくのが一番だ。

確定申告がこの時期にあることは、次の年度を見据えるにも有効である。

仕事自体も、観覧車のように、くるくる回るように。改めて気を引き締めてまた進もう。

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「親の顔に、泥塗るな!」

あるタレントが今週、逮捕されたことがメディア界で騒動になっているようであるが、メディアで生きてきた人のスキャンダルというか、社会問題こそメディアの餌食・・でも、そういう職業なのだから、それは仕方ないと思うが、ちょっと冷静に横目で見ていたいとも思いつつ・・、それでも、なぜかちょっとは気になるのは、何だろう。「人間というもの」について考えさせられるきっかけになっているのかもしれない。

あるニュースでそのご本人のお父上が、テレビに出ておられ、ちょっとびっくり。顔を隠すわけでもなく、普通にインタビューに応えており、
息子に対して、ちゃんとしろということを話しておられた。

もう50代の息子は自立した社会人であるので、親としては、もう別のひとりの人間としておられるのだろうが、
社会に対し、親としてお詫びがなく淡々と語っておられた様子に、ちょっと驚いたがそれは、もう自立した存在だとすれば、いい大人になった息子のことを親がメディアで謝罪する必要もないという判断かもしれないし、ま、それはよしとして・・。

そんなことよりも、こういう場面で、年老いた親にテレビに出演させてしまっていること自体が、親不孝だなと思ってしまった。

同時に、自分の中学生時代の頃を思い出した。大した悪ではないが、当時不良といわれる格好をしている友達が多く、何かのときに、親が学校に呼び出され、親が先生に注意された。そのことに対し、家に帰ってから、めちゃくちゃ怒られ、怒鳴られた。そのときの言葉が
「親の顔に、泥塗るな~!」
であった。親を学校に行かせたこと、内容よりも先生に呼び出され、注意をされたということが、親は恥ずかしかったのだろう。

たった一回のことであったが、私はあのときの親のこわさを忘れていない。

あれ以来、親が世間に対して頭を下げなければならないようなことだけは、絶対にしてはいけない。と思うようになったのは事実。今から思えば、いいきっかけだったのかもしれない。

もう半世紀近く前のことであり、思春期はそんなこともあったと笑い話であるが、親を泣かせる子ども、にはなりたくなかったし、今もそうだ。

そう思うと、有名になることよりも、お金を稼ぐことよりも、小さなことで喜んでもらえることができるだけで、いいじゃないかとも思えてくる。

まずは、親を泣かしてはいけない。特に老いた親のことは。その人の人生を悲しい最後にさせてしまうから。

と、これも人のことであり、何も言える義理ではないが、有名人というのは
よくも悪くも、見られてしまう存在なのだ。なんともいえない大変な職業。
やっぱり、普通に生きるのがいい。




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後輩たちとの共同作品

20年前に自主卒業するまで、お世話になった会社。
あるきっかけで、新たなかかわりができ、現在在籍している女性社員のみなさんと企画編集しているTKGプレス。気が付けば4号まで出来上がった。

印刷会社が発行しているため、当然プリントされ、関係各位には配布、郵送されているが、もっと多くの方に見ていただくため、ネットでもご覧いただける。
もっと早くその存在をお伝えすべきところ、まとまったところでのご報告ですが、以下のリンク、ぜひごらんください。

TKGプレス。ただいま5号の企画制作進行中。それぞれが日々の業務に追われながらの奮闘。よくがんばっているな~。自分の在籍時代のことを思い出す。印刷会社の企画女子は、ほんとうにマルチでハードな仕事に向かっている。タフな後輩たちと一緒に取り組める課題あるとは、なんと幸せなこと。
どうぞ、ごらんください。

https://www.taihei.co.jp/tkg/

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心のバトンをしっかり渡す、世代交代に

最近、お会いしたある企業では、この春、社長交代をされるとのことが決まった。来年で〇〇周年を迎えるそのタイミングで、新世代に経営のバトンを渡すとのこと。渡す側と、受け取る側の思いはそれぞれに深い。希望と期待と不安と心配が入り混じる。でも、どこかでけじめをつけ、不安と心配を期待に変えなければならない。という覚悟をもっての交代。
そんな節目に接し、企業の世代交代について思うことを、思うことを少し連ねてみる。

組織のトップ交代には、引継ぎ作業も多くいろいろ大変であるが、事務的な引継ぎの前に、思いをぜひ改めて共有し、それを踏まえバトンタッチしてほしい。

渡す側には・・「こういう思いで、こんな風にやってきた、そして今後もこうあってほしい。」としっかり、次のトップに伝えてほしい。
ここをきちんと伝えていないと、会社自体うまく受け継ぐことができないのではと思う。そこがぎくしゃくすると、誤解も生まれる可能性もあるし、しこりも残る。それは絶対に避けたい。受け継ぐ側は、これまでの歴史に感謝し、これまで築かれた土台の上に、今自分が立っていることを自覚し、謙虚な気持ちでスタートしてほしい。思いの共有、感謝。「よろしく頼みます」「未熟ですが、しっかり受け継ぎます」両者の心の結びがあって次へ進む。

思いが共有できたあとは、社内へのアナウンス。社長が新社長を支える、応援する気持ちでいるということを社員に伝えることで、社員も安心して、新体制に備えることができる。
あくまでも、社員に不安ではなく、希望を与えるように、伝えなければならない。そこは新旧の社長が一緒に。ここは重要な仕事だ。

そして、その次は関係者への案内、お披露目などに・・。そして本格的に世代交代、新たな出発だ。

形式的にやろうと思えば何でもできるが、とにかく全ては心から。

バトンを受け取る側には・・感謝を込めて謙虚にバトンを受け継ぎ、先代たちが大切に作り育ててきた会社を守ってほしい、その上で時代に呼応した新たな挑戦もトライしてほしい。守る、攻める。どちらも重要だ。経営者はいつも、命がけだ。

事業承継とは企業にとって、大きな曲がり角だ。受け継ぐ側は、自分の代で会社を維持発展させなければならないという大仕事に、覚悟をもって取り組んでほしい。この節目に接し、どうぞ、お互いにとって幸せな、いいリレーになるようにと、心から願っている。




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