幼き日から観覧車に

22年前、パリのここで移動式観覧車をみつけ、思わず走りかけより、これだ!!と叫び、興奮した日が56歳の誕生日によみがえった。

あのときと同じ場所に、また今回もわが大観覧車は立っていた。20年前に見たそれよりも、真っ白で、もしかしたらホワイトクリスマスのイメージかも、そして空も冬空で、なんとも深みのある観覧車のいでたち。
迷わず乗る。すると中国人の親子連れが同じワゴンにのってきた。
本当はひとりでパリの一望を確認、撮影したかったが、この繁忙期に独り占めはできず、相席でパリ一周の小旅行が始まる。
北京からやってきた親子、お子様は4歳。騒ぐことなく、動く観覧車から、変わる車窓の風景をじっと見ていた。
彼女からすれば、景色が動くことも不思議かもしれない。
でも、いい経験をしていると思った。
私が幼き頃、気軽に乗れる観覧車・・・はなかった。

もし、幼き頃に観覧車から世界を見ていたら、世界観は変わるだろう。

人生の浮き沈み、見え方の多様性、諸行無常・・・などなど感覚的に覚えるのかもしれない。

スピードの速いエンターテイメントも確かに刺激的であるが、観覧車に乗って一緒に世界を見ることは、とてもいい教材にもなる。

子どもにとっても、大人にとってもグラン・ルーは永遠なのである。

今回も美しいパリを見ることができ、新たな挑戦への火が付いた。


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もっと大切な2020

12月17日は人生の先輩としてもっとも尊敬するベートーベンの誕生日だ。誕生日が2週間のご縁とはありがたい。今年は249回目の誕生日になるとのこと、そう、来年2020年は250周年を迎える、特別な年になる。

この家の3階、屋根裏で、ベートーベンは母マリアさんから12月17日に誕生したと思うと、想像が膨らむ。誕生したばかりの赤ちゃんを見て、マリアさんはこのルードウィヒの人生をどう想像しただろうか。このマリアさんはベートーベンが17歳のときに亡くなってしまうので、作曲家として大成したご子息のことはご存知ないのであるが・・・。

来年に向けて、生家を生かしたベートーベンハウスの展示室はリニューアル中。
ここに来ると、ベートーベンが耳が聞こえず想像の世界だけで、後世に残る美しいハーモニーを書き続けたことを想像し、なんとも言えない気持ちになる。

クラシック。古典。これは古くならない。永遠に、いつも美しい。時代を越えて、陸を海を越えて普遍なのだ。

人間は死して、作品を遺す。

子どもを後継ぎを遺さなくても、250年もの間、人々に愛される作品を生めるなんて本当に素晴らしい。

来年、私にとっての関心はこちらの2020。

これを機に、新たなひとりプロジェクトを開始しようと決意する。

ベートーベンのおかげで、幼き日の自分の世界が広がった。
ベートーベンが生きた時代も、街はクリスマスでにぎわっただろうか。
町を散歩しているベートーベンを想像しながら、新たな発想をたどる。

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パリの誇りよ、永遠に。

パリの東駅でICEを降り、メトロに乗り換えようと切符売り場に並ぶとまたたくまに、物乞いの人に声をかけられた。
後ろから、「スリにご注意」というアナウンスが多国語で流れる。日本語も含まれている。あ、パリに来たんだ。とかなり緊張しながら、持っているリュックを
背負わず抱きかかえる。四半世紀前、パリの地下鉄の改札で、ひったくりにあったことを思い出し、余計に身構える。
混雑ぶりはもとより、NYよりも切羽つまった人種のるつぼという気さえする、パリの町。
もし、日本が島国でなければ、東京はパリのように混雑していたかもしれない。
とにかく、緊張して混雑した車内に乗り込む。
昔のパリのメトロは情緒があって、駅の通路でもアーチストたちがさまざまな演奏を行っていた。思わず立ち止まり、電車に乗るのを忘れるほどに、異国情緒にあふれる演奏が多いのがパリの思い出・・・。
そんなよき時代を思い出し、混雑した地下鉄車内。早く目的地に着かないかと思っていたら、写真の紳士が乗り込んできた。
アコーディオン弾きのおじさんだ。
車内演奏は今も健在なんだ。ふと、大好きだったパリを思い出し、心がほころんだ。混んでいるので真ん前にどアップで見える。彼のアコーディオンはかなり小さい。これなら私でも持ち運びできる。でも、鍵盤が少ないな・・。など混んでいるためよく見える。すると演奏がはじまった。
電車が混んでいようが、どうであろうが、演奏は高らかに始まる。
シャンソンのような曲に続き、アルゼンチンタンゴのような・・・・。
この混雑している車内で生演奏か・・・。これがパリ。思わず混んでいる車内でこっそり財布を開き、青いケースにコインを入れたら、演奏しながらにこっと笑ってくれた。
そう人に癒しを与える演奏家には、敬意を表して、必ずチップを払うことにする。同じ音楽をするものとしての、協力であり、共感だ。
ふと、そのなんともいえない紳士の風貌から、彼が家を出るところを想像した。
「行ってくるよ」寒い木枯らしがふく午後に家を出て、パリ市内のメトロを乗り継ぎ演奏をする。そして・・・。
パリでは物語がおのずと生まれる。
持ち運べないアコーディオンに手こずっていた私。持ち運びなら、これもいいな。
危険だけれど、甘美な一面もあるパリ・・。
今回も健在であった。

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作曲家の仕事、暮らしを想像する時間

19世紀に活躍したフランツ・リストが残した曲はいずれも難しい。
超越技巧などの言葉が曲名に付いている作品もある。私が10代後半、もっともピアノを練習していた頃に何曲か学んだが、いずれも確かに指だけでなく、骨の折れる難易度であった。
しかし、「ラ・カンパネラ」や「愛の夢」などの名曲は卓越した技術とともに、絶対なる美しさが表現されており、時代を越えて、世界中の愛好家に演奏され続けている。
このたび、これまで学んできた作曲家たちの内面や仕事に少しでも触れたいと
ベートーベンに続き、各作曲家のゆかりの場所を訪ね始めた。
まずはワイマールにある、リストの家に向かう。
今年設立100年を迎えたバウハウスと同じ町にある。
バウハウスより先の時代を生きたリスト。ベートーベンと交流もあったそうであるが、19世紀の芸術家の仕事や暮らしが見えてくる。
二台のピアノがある音楽室と、寝室。
リストはきっと寝ていても、メロディが湧いてきたら、起き上がってすぐに書き留めた、あるいは夜中でもピアノを弾き始めたのではないか。
今にもリストが起き上がってきそうな、簡素なベッド。

ワイマールは終の棲家にはならなかったようであるが、すでに著名になっていた時にこの静かな街に住んだのは、創作のためか・・と思いを馳せる。

誕生日を機に、あきらめかけていたこと。やりかけていたこと。
これに目を向けることを決意する。
新しいことだけでなく、眠っていた世界の目覚めも人生には大切だ。
しかし、18世紀~19世紀は、ヨーロッパでは精神世界が充実していた時代だ。
哲学も、音楽も、文学も。今の時代にも新しい、素晴らしき作品・思考が遺されている。これこそが、まさに世界遺産である。
人間には考える力、表現する力という無限の可能性があるということを改めて気づかされる。
それにしても、このベッドをみると、リストも一人の人であったのだと思えてくる。彼も1日24時間の人生を70余年生きたのだ。

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父の本気、無言の返信!

父が入院して、3か月となる。思いがけず、ある日突然、一年の4分のⅠを病院で過ごすことになろうとは、家族よりも本人が一番ショックであることは間違いない。
リハビリ病棟に移って、2か月。毎日熱心な治療&指導のおかげで、父の容態は改善されている。規則正しい生活が人間に生きる力を与えるのだと、改めて実感している。

元気になってきたらきたで、
「早く家に帰りたい!」の願いが募る。
そりゃそうだろう。ある日突然こんな生活になってしまい、早く戻りたいと思うのは当然であり、その気持ちは痛いほどわかる。
でも、まだまだ在宅は難しい・・・。
「早く帰れるように、リハビリがんばってね。とにかくがんばって!」
と見舞いにいくときは、言葉をかけ続け、
「帰りたい」と泣くときは、「帰りたかったら、がんばって」
というしかない。
そして、これもリハビリと思い立ち、父に毎日応援メールをはじめた。

元気なときにも、母に送ると同時に父にも送っていたが、
「そんなもん面倒くさい」といって、返信をしてこなかった父。そんなことまで言われてまで続ける意味がないと一時中断していた。
でも、今は病院で退屈している。メールを確認することもリハビリだ。
「一応、メールしてるから、見てね。暇なんでしょ」
との言葉に頷いていた父。

そして、このたび、
無言の返信が届くようになった。
何か文字が書いてあるわけではないが、父からの返信だ。
「読んだぞ。」という意志なのだろう。
「よし、その調子、その調子」

父は自分が生まれ育った町に、実家に帰りたがっている。
ただ、それだけ。その願いが、彼に生きる力を与えている。

願いが叶えられるように、なんとかしたい。
83歳の本気。フランシスコ様と父が重なる。
83歳。まだまだ。いける。
父の人生が、悔いなきものになるようにしたい。




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コンサートでおもてなしが伝わった!!?

先日の岐阜新聞のミニコンサートに初めておいでいただいた方に感想をいただいた。開口一番
「もう、どこをとっても、昌子さんのおもてなしの心が伝わりました。」
と言われ、ああ、そうか~と心にあたたかいものが流れるのを感じた。
ああ、これでもいいんだ。これでいいんだ・・・と。


青春時代、意地をはってピアノから遠ざかった時間に比例し、技術力が低下し、少し悔しい気持ちになる自分を励ます、勇気づけるありがたいお言葉である。
その方はまさに、お客様商売をされているので、おもてなしについては、意識が高いはず。プロに理解されるとは、光栄なことだ。

「お客さんの顔を見て、反応を見て、演奏する曲を変えたり、言葉をかけたり・・そんな昌子さんを見て、そう思いました」

プログラムにも曲目を書かないのも、わけがある。
練習不足のまま、本番になることも多く、曲目を直前まで考えたいということもあるが、本番お客様の層や、好みによって曲目を変えることが多いため、詳細を書かない。
その方には、そんなこともお見通しだったかもしれない。

美しい演奏をお届けしたい。この気持ちはある。だからもっと練習をしなければ。そして、私の場合は、技術よりも心を、💛を伝えたい。
人々が笑顔に、元気になるステージを創りたい。

クラシックピアノを無謀にも捨てた18歳のときから、約40年。
クラシックの良さも改めて分かり始めている。
それも活かし、私なりの、演奏を。ステージを。

おもてなしのコンサート。まさにコミュニケーションクリエイターがすべき
表現は、これなのかもしれない。

新しいお客様が、そんなことを教えてくださった。

ありがたい。まさに56歳に向けてのバースデープレゼントだ。

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いつでも「受け手」になれること。

コミュニケーションとはキャッチボールだ。発信する側と受信する側がいる。
今はこれまで受け手と言われてきた人も、自由に発信することができる時代になり、みんなが主役のよう。これはもちろん悪いことではない。
ただ、発信するということには、いろんな配慮や工夫が必要ということをつねに頭においておきたい。
発信する立場であればあるほど、「受け手」のことを常に考えていなければならない。
この内容で、表現で本当に伝わっているか?伝わったか?この確認だ。
自分ではよいと思っていても、相手には伝わっていないことが多いし、表層的には伝わっていても、真意まで理解されることは、難しい。
伝える側にいる人は、常に受け手の気持ちになれることが必要だ。
一生懸命準備をして伝えても、相手がどんな人でどんな思いで、そこにいるかによって、聞こえ方は違うし、人によっては聞いていないこともあるかもしれない。

いつでも、「受け手」になれること。

コミュニケーションクリエイターの役割は、受け手を大切にすることだ。

最近、そのことを思う機会が多い。どんなにかっこいいプレゼンも、響かなければ意味がないのだから。

受け手が感動するコミュニケーション。これは受け手を理解しなければその工夫もできない。


相手を理解する。しようと努力すること。

コミュニケーションを豊かにする第一歩は、まさしくこれだと思う。

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長崎のおもてなしは、よかね。

長年応援している長崎のカステラ屋さん。世界遺産となった大浦天主堂の真下にある老舗である。
長崎に行けば、必ず寄り、行かなくてもどこからでも注文したり、PRしたり・・。気が付けば親戚のようなおつきあいになってきたかも・・。
久しぶりに店に寄る。
カフェスペースに座って、お茶とカステラをいただきながら、用事をしているとそこの次男、ゲンちゃんが急に現れて、「今尾さんのイメージでケーキつくってみましたよ」と写真のケーキを見せてくれた。
当店ではイートインもあり、そこでは手作りケーキも提供しているが、このシルエットが入ったケーキは新商品のようだ。いろんな絵柄ができるそうで、ショーケースに入れておくとお客さんが好きな絵柄を選んで、召し上がるそうだ。
3年前だったか、この隣の旧上海銀行長崎支店の建物で、コンサートをした。大雪の日だったが、ゲンちゃんは家族と一緒に応援に来てくれた。ケーキの白いシルエットの絵柄が雪の日のコンサートも思い出させてくれる。
このケーキ、プレゼントしてくれるという。
いただくのがもったいなく、翌朝まで眺めていた。

長崎の人は、京都とはまた違った、おもてなしの気持ちがある。
港町ならではの、旅人をあたたかく包むという感じだ。

しばらくバタバタと動き回っている日々のなか、大きな癒しとなり、疲れもとれ、新たな優しい力をもらった感じがした。

ゲンちゃんと約束する。
「来年こそは、隣の会場で(旧上海銀行)一緒にコンサートやろうね。」
そう、彼はダンサーでもある。ダンスミュージックに挑戦するのも良し。
港町長崎。訪れるたびに抱きしめたくなる出会いや交流がある。

ちょっと早いバースデーケーキをいただき、心から感謝感激。

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寄り添う幸せ、日々実感。

振り返ってみると、毎日誰かの世話を焼いている。時にはお節介をしていることもあるかも・・であるが、とにかくいろんな企業さんはじめ、多くの方に毎日お会いして、相談にのったり、思うことやアイデアを伝えたり、こうした方がいいと提案したり、ネーミングを考えたり、人を紹介したり、代わりに動いたり。り、つい最近もあるプロジェクト普及のアンバサダーと命名されたり・・・と、相手の企業や個人の仕事や、その人の人生がいい方向に向かっていくようにと、一緒に考えて動いて毎日が過ぎて、今年もここまできた。

「親身になってもらい、ありがとう」と感謝いただける時、とても嬉しいのはもちろんであるが、よく考えてみれば一緒に考えたり、意見やアドバイスを頼りにされること自体がとても光栄なことで、この仕事は本当にありがたいと心から思う今日この頃・・・。

自分を信頼していただき、アドバイスを求めていただき、耳を貸してもらえる。共感や納得もしてもらえる。・・・なんて、幸せなこと。

コミュニケーション クリエイターって、「寄り添い業」なのかもしれない。一緒に考えるプロセスを作り、心を豊かにする。改めて、このかけがえのない仕事を大切にしたいと思う。


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何回やっても反省続き

定期的に、継続して行っている取り組み。そのひとつは、ミニコンサート。

たとえば、30分という枠が一応決まっており、主催者からは多少伸びていいですよ。といつも、特別な配慮をいただき、少し多めに準備をする。
隔月に開催するため、季節や旬な話題を取り入れ、トークも演奏曲目も常連さんにも飽きられないように工夫はする。
しかし、いかんせん練習する時間があまり・・・というのも毎回のこと、気が付けば明日が本番・・バタバタと配布資料を作り始め、演奏曲目が固まるのはこのギリギリの時点。
発声練習は歩きながら、一万歩を目指す日々のウォーキングが練習時間であったりする。とにもかくにも、わらじを何足も履いているため、演奏の練習に割く時間が足りない・・・でまた1年が過ぎる。

それでも、土壇場力が身に付くというか、本番力というか、それなりにまとめることはできる・・。
今回の岐阜新聞のコンサート。50名もの方にお集まりいただき、会場は大いににぎわい、みなさんにも喜んでいただけた様子。

お帰りの際には、「握手して」と言ってくださるお客様もあり、嬉しい限り。

お客様が全員帰られたあと、ひとりで反省会。

うーん、やっぱりもっと練習しておくべきだった・・。
あそこは、もっと落ち着いて演奏するべきだった・・。

などなど、いろいろ沸いてくる。

毎回、完璧ではない。これ以上なかったということはない。

まだまだよくなる。もっとよくなる。

反省とは改善、成長のためのステップである。

お客様の期待を裏切らないように、初心忘れずにがんばりたい。

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