東海最前線16回目分を公開しました。

東海地区の企業さんにヒントを提供する、ビジネスニュースサイト東海最前線の担当コーナーの16回目分をアップしました。

今回は当ブログでもご紹介した、岐阜の青果仲卸会社のカネ井青果さんです。
https://tokai-saizensen.jp/archives/1465

ぜひごらんください!

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盛夏は、日替わり朝活!

最近、何度か朝の過ごし方について書いているが、暑さに負けない日々の暮らし方として、朝の価値は高まるばかりだ。

健康づくりのための一万歩ウォーキングを実現するためには、2時間ほどの
時間が必要。暑くならないうちに完了させたい。でも、ひたすら歩くだけでは楽しくない。目的、経由地が必要だ。朝6時すぎにやっているところはないか?

あ、あったあった。そういえば自宅から徒歩30分ぐらいのところに、24時間スーパーがあることを思い出した。緊急事態宣言時、営業時間に前まで行ったが、混雑していたため引き返してきたが、早朝となればわけがわけが違う。
ということで、早朝の食品スーパー目指して歩き始める。
その日入荷する商品はまだ陳列されていない時間帯だ。逆に、昨日何が売れたかなどを視るのに、大変良いタイミングである。しかも来店客が数名ほどしかいないため、店内観察にも向いている。早朝出勤のスタッフが品出ししている風景も新鮮で、朝早くからのおつとめに頭が下がる。

ということで、4000歩ほど歩いて到着、涼しい店内に入って売り場をゆっくり見ながら、マーケティングリサーチをする。
これは、いい!いろんな企業のいろんな商品や価格帯を見る、パッケージを見る。時短料理の商品がこんなにあるのか、知らない加工食品が多くてびっくり。生鮮売り場の産地の表記も改めて見てみたり・・・。ゆっくり見ることができなかった売り場を丁寧に見ていく。大型量販店は郊外に多いため、これまであんまり利用してこなかったが、人がいない分新鮮だ。単に買い物ではなく、リサーチに向いているのだ。
ゆっくり見ていたら、知らない間に時間が経過。おっと、暑くなってしまう。

そろそろ戻らないと暑くなる。と帰り道を急いでいたら、卸売市場が近くにあることを思い出す。そうだ、市場は朝早いんだ。そして、業務用がメインではあるが、個人にも販売する店もある。
ということで、帰り道に、市場へ向かう。確認すると、朝4時から営業しているという。そうか、市場を目指してウォーキングも新たな企画だ。
午後の時間帯とは違い、活気がある市場。
ああ、無事にお店が営業できていて安心だ。緊急事態のときは大変だっただろう。

そんなこんなで、気が付けば出発から2時間以上経過、1万歩近く歩いたようだ。
かなり暑くなり、もう戻らねば。
朝はリサーチタイム!として大変有効。気づけてよかった。
暑さ収まらないこの日々、日替わりで、朝ウォーキングに絡めてさまざまな体験を楽しんでいる。
コロナと猛暑のおかげで、朝の価値がますます高まっている。
ただ苦しいだけでなく、楽しさをみつけなくちゃ!

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7時まで、7時から

コロナだけでなく、この暑さで、日常のさまざまな活動を
妨げられるのは、悔しい。
暑さなんかに負けたくない・・・
と、先日も出先で、20分ほど屋外を歩いたら、ちょっと不安になった。
すぐ目の前にあったコンビニに入って涼み、水分補給をする。
とにかく、名古屋も岐阜も京都も・・・暑すぎる。
気を付けないと熱中症になる。他人事ではない。


ということで、8月この時期は、昼間は屋外での滞在時間は減らしたい。
でも、動かねばならない。健康面でも今やウォーキングは必須の日課だ。
「朝、5時ごろなら涼しいよ」
とのひと声で、先日5時すぎから歩いてみた。確かに暑くなく、快適だ。
日が昇る前までが、勝負だ。
かといって、毎日5時から歩こうとすると、それまでにやることがいっぱいあってさらに睡眠不足になってしまう・・。
が、なんとかがんばって6時から歩き始める。
そして、歩くならば、何か目印、目当てがほしい。
その方が楽しくなる。
7時から始まる喫茶店。
7時からはじまる●●。
それ以前にやっているお店はコンビニ以外は、あまりないが、
早朝マーケットに目を向けてみる。
思い立ったのが、パン屋さん!早い時間からやってそうだ。

ということで、ネットでパン屋を探したら、7時から営業のお店を発見。
そこを目指して、そこの営業開始とともに店に着くように、ひたすら歩く。
そういう目標ができると、朝歩きもがぜん楽しくなる。

5時台は歩く人が少ないが、6時すぎると、結構歩いている人がいて驚く。
皆さん考えることが同じだ。
今のうちに、歩こう!ということだろう。
静かな住宅街を歩き続ける。
コンビニだけは、元気に営業中、すでに駐車場にも数台車がいて、朝の仕事前のひとときを過ごしている人もいる。
コンビニはオアシスだ。
やっぱり、朝早くても、その時間帯に活動している人がいる。
縁の下の力持ちの仕事が多いことを知り、満員電車だけが通勤ではないということを改めて知る。

7時ちょっと前にパン屋さんに到着。もう開店している!素晴らしい。
多分、自分がお客さん一号。
元気いっぱい
「いらっしゃいませ~」の声が気持ちいい。
今日も新たに始まった!という気持ちになる。
朝の挨拶は、ぴかぴか!だ。やる気がみなぎっている。
思わず、ひとつ多めに買ってしまう。
「ありがとうございました~~!」
レジだけでなく、厨房の奥からも、
元気に声が聞こえてくる。

早朝から営業するパン屋さんて、なんて健康的だ。
焼き立てのパンを買って、再び外に出る。
もう日差しが強くなってきた。あまり歩けなさそうだ。

お店は7時から。
散歩は7時まで。
この時期はどうやら、この時間がぎりぎりのラインだ。

朝歩きしなくてよい秋が恋しいが、パン屋さんは年中7時営業開始。
とにかく気持ちよい朝散歩。おすすめである。

今日もスタートするとしよう。

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八百屋の賑わいが生み出す力

八百屋という言葉が好きだ。百貨店より数字が多いせいか?八百屋さんの店頭は、カラフルだ。自然の色は凄い。同じトマトの赤でも品種により、農家により、違う。赤、緑、黄色、オレンジ、黄緑、白、紫・・・。野菜や果物の色は、見るだけで人を吸い寄せるパワーがある、まさに恵の色パレットだ。
そんな野菜や果物をずらり並べる、元気な八百屋があると、その周囲もみるみる元気になり、お客さんも吸い寄せられるように集まってくる。
大手スーパーやデパートの売り場。こちらも品揃え豊富で、見ていて楽しいが、八百屋という業態はさらに魅力的だ。
専門店という存在が貴重であることと、大手量販店のように画一的ではない点、
人の顔、人の目が伝わるという点。この人が、こだわってあの農家から仕入れてきた。というストーリーが見えやすいのも良い。
専門店の魅力はいろいろある。もちろん値段も手ごろであれば、尚良し。
この2年ほど、ずっと注目してきた八百屋さんがある。岐阜駅の構内にある期間限定の八百屋!カネ井青果という店名であるから、一見、八百屋なのである。
でも、ただの八百屋ではないということがすぐにわかる。
豊富な品揃え。決まった農家からきちんと仕入れている信頼関係がわかり、またお値段がとても安い。こんなお客にとって嬉しい八百屋は珍しいのだけれど・・・。奇をてらったディスプレイはなく、商品そのものがまさに主役であり、手書きのPOPがこれまた人肌を感じる。
何度も利用しながら、この八百屋さんは、仲卸の会社が運営していることがわかった。なるほど。抜群の仕入れ力があっての店舗運営。いいものを適正な価格で自信を持って商品を提供できるのだ。
一度買ったら、納得。お客さんはみるみるリピーターになる。
この繁盛店。このたび閉店。期間限定ではじまったのだから、無理もないか・・。と肩の力を落としかけたところ、同じ駅ビルの中のさらに目立つ場所に移転営業することがわかった。
多くの利用者が安堵したことだろう。
さて、そのお店は、移転後、営業再開した今も、順調にお客様を集め寄せている。
若い店長や女性スタッフがいきいきと働く青果売り場。社長自らも売り場に出て、丁寧に品出しをする。自信が仕入れてきた青果を見る目には、真剣かつ愛情も注がれる。お客さんとの対話が楽しそうで、八百屋ってこんな感じだったな~とその空気をも懐かしく思わせる。
八百屋が元気だと駅も、町も活気づく。コロナに負けない、勢いの店には人がさらに集まる!思わず行きたくなる八百屋。今、元気に成長を続けている。
(本記事の詳細は後日、別途公開予定)

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怒りを鎮める力。

父が脳梗塞で倒れてから、もうすぐ一年になる。自宅で普通に暮らして、80歳を過ぎても元気だと自他共に健康だと言っていたのに、あの日から、父の生活も周囲も一変した。入院後、容態が落ち着いた頃、病院に出向き見舞うたびに泣いて、我が身の不自由さを嘆いていた。おかしな話であるが、その頃も決していい状態ではなかったのに、今となっては、まともに会話ができていたあの頃をまだ懐かしいと思うことがあるほどに、時間の経過とともに、その後も父は変化している。今となっては、父が運転して迎えにきてくれたことは、もうずっとずっと昔の物語になってしまい、その父と同一人物であると思うと胸が苦しくなるほどだ。

脳梗塞を患った方の中には、後遺症として怒りやすくなり、周囲に暴力を振るう人もおられるとのこと。記憶が薄らいでいくことは老化現象からもあり得ることで、そのこと自体はやむないと諦めもつくが、怒りの症状は、周囲にも迷惑もかかるし、本人にとっても不幸である。

父はもともと怒りやすい気性でもあったが、それがさらにひどくなっている。ちょっと何かきっかけがあると怒りが発症、爆発する。
そんな場に居合わせると、こちらにもその矛先が向かう。
そのときの父は別人のようで、ある意味不思議な感覚に襲われる。
生活が病気によって一変してしまったことへのストレスもあるのだろう。

そんな父をいつも穏やかにさせてくれるのが、ぬりえの存在だ。たった一枚の輪郭だけの絵。
とにかく何も行事がない日は、施設の大部屋で、自室で、もくもくとぬりえをしている。色を選んで考え、着色していくのが楽しいようで、一日何時間もやっているようだ。そのときの父はおとなしい。
機嫌がいいときは、自分の作品ファイル(自分がやったぬりえを入れたファイル)を見せ、「こんなうまいのを描けるのは、他にはおらん」と自慢する。
そんなときは、「そうやね~。」と、こちらも幸せだ。

今、ぬりえもいろいろある。つい最近までは、ぬりえなんて、子供の遊びと
思っていたのに、今は違う。書店で探したり、ネットでみつけてプリントしたり。大人のための、介護のためのツールとしてぬりえは定番アイテムである。どうやら、父は風景のぬりえが好きなようだ。人物ではなく風景が好きというのも何か理由があるのかもしれない。
1枚の絵に向かっているとき、何を思っているのか?あるいは無心か。

もろもろ職人であった父である。ぬりえに没頭するのは理解できる。
せめて、この楽しみが長く続くよう、楽しめるように応援したい。

人生は喜怒哀楽というが、怒りも哀しみも、この四文字のごとく、喜びと楽しさに挟んで、感じないようにできないだろうか。

父の幸せ・・・今になって、そんなことを言っているのも手遅れかもしれないが
できることを考えたい、と同時に周囲に迷惑をかけないように・・・。
そんななか、今できることは、ぬりえを通じたコミュニケーション。
なんともいえない。これが現実。自分自身が怒りも哀しみも、喜楽で挟んで包んで、乗り越えたい。

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痕跡を意識する。という気づき

原爆投下、終戦記念日が続くこの週に、長崎で被爆された経験をもつ、修道士の話に触れるきっかけをもった。私が気に言っているEテレの「こころの時代」の放送である。あまりに興味深い方で、再放送も含め拝聴した。

今は92歳。今も大変お元気で、地元の子供たちに、原爆の恐ろしさについて
語り部としての活動をされているとのこと。
その方のインタビューの中で、心に残る言葉があった。
「人は誰でも、痕跡をいうものをもっている。それを持って生きている。」
痕跡とは、「傷」のこと。
この言葉が心に響いた。

そうだ。人には他人には見えなくても、何らかの傷を負っている。それがカラダの傷である場合も、心のそれである場合も・・・。
そのことで苦しみ続けたり、時間とともに徐々に癒されてはいても、そこまでの苦労が半端ないものであったり、実は今も消えていなかったり、それがきっかけで人生が変わってしまったりすることも・・・。
その人にしかわからない苦しみ、傷がある。
そのことを知らずに人にかかわっていることで、何気なくその傷口に触れることがあるかもしれない。

見えない痕跡を思いやって関わること、また痕跡を経験としてその苦労を乗り越えていこうとすること。他人にも、自分にもこの痕跡の「意識」は大切だと思った。

最近、老いた母にきつい言葉をかけてしまうことがある。
それはもしかしたら、彼女の痕跡に関わることかもしれない。
相手にとっては、それは痛い傷口になるのかもしれない。
思いやりが足りていただろうか?
親子だからといって、遠慮なく傷口を触れてはいないか・・。
など振り返ってみた。

人は心も、病気だけでなく、傷も負う。
幸せとは、心身の健康から生まれ、その健康とは痕跡との向かい方も含まれる。

この修道士さん、長崎在住。尊敬するポーランド人のコルベ神父の研究もされているようだ。いつか、お会いしてみたい。
語り部をされていること自体、痕跡を癒す活動なのかもしれない。

猛暑の中、この方から新たな学びと気づきをいただいた。
コロナが落ち着いたら、ひ一度、できればお会いしてみたい・・。
どうぞ、お元気にお過ごしいただきたい。

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朝歩きの恵み

世間のお盆休みも、今日が最終日。そろそろエンジンを・・という方もおられるかもしれない。
この連休、単にリラックスし続けてているだけでは、ちょっともったいない。

普段やっていないこと、やれていないことをこの期間に試してみるのに適している。

例えば、食事のデリバリーやネット注文の比較お試し。ピザやハンバーガー、お寿司まで。このコロナですっかり宅配業がお馴染みになったが、暑くて外出がしんどい時には、このサービスを利用し、可能であれば比較してみるのもいい。

といいつつ、 実際、このデリバリーのお試しは、私自身、この連休でまだ実行できていない・・。

その代わりのおためし・・・。
それは、早朝歩き。猛暑であっても、朝早ければ暑くて歩けないということもない。

ということで朝5時からのウォーキングをお試し。さすがに暑さもマイルドで歩ける。歩きたいけれど、炎天下の中は、限界がある。
早朝の時間帯ならばいいだろう。

ということで、普段の朝起きの習慣を生かして、朝歩きに挑戦。
5時すぎに自宅を出て、まずは約二時間歩き続ける。

きょろきょろしながら歩き続け、こんなに早い時間に道をゆく車を見ながら、パンやさまざまな食材を運ぶトラックを見て、毎日こんな早く働いている人がこんなにいることに、敬意が生まれる。お店で販売される商品は早朝配達される。それがあければ店は開けられない。
まだ眠っている商店街のなかに、5時半からやっている喫茶店も発見。そんな時間帯でもお客さんがいる・・。午後には店を終うようだ。
道に水をまく女性もいる。通路に咲く花に水をやっているんだ・・・・。その人の毎朝の習慣なのだろうか・・・。
いろんな朝があるもんだ・・・。

暑くなってきたため、そろそろ涼みたい。7時から営業とのサインが出ている店に入ってモーニング。
なんとも、至福のときである。すでに常連さんで席がうまっているのにも驚く。

町が起きている昼間の時間とは違う、1日のはじまりを感じながら、小さな発見をたくさん得る。その余韻とともにアイスコーヒーをいただく。
幸せのモーニングのあと、たまたま、朝市をやっている会場を知り、足を運ぶ。8時にもなると、人が多く集まってくる。

この猛暑のなか、一日をどううまく健康的に過ごすか。一日24時間。朝もあれば、夜もある。どんなに暑くてもやりくり可能な時間がある。

今日は連休の最終日。今日も朝から元気に動くことにしよう。
ささやかなことでも、はじめてみる。試してみる。そこから新たなヒントも生まれてくる。

小さなことでも、発見があると1日が豊かになる。幸せになれる。

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昭和パラダイス、、。

時々、ラジオから流れてくる「東京パラダイス」という曲がお気に入りだ。
オリンピック用に用意された曲なのか?は不明であるが、昭和の東京オリンピックの時代を懐かしんでいるような、メロディラインのTHE演歌である。
実は私が大変お気に入りのタブレット純氏が素晴らしい歌唱で歌い上げており、
本当に昭和を謳歌した人にとっては、泣けてくる名曲だと思う。
東京をうたっているが、実は昭和は良かった!と思わせるところがこの曲の深さ。
希望に満ちて、豊かな社会を目指しがんばっていた時代、今はその目標はある程度達しかもしれないが、心の豊かさでいけば、当時の方が勝っていたのかもしれない。

ということで、最近、わが昭和時代にタイプトリップすることが多くなった。
ふるさとに足を運ぶ回数が増えていることも関係している。いろんな情報の断片から、昔を思い出すことが増え、思わず手をとめたり、立ち止まったりもしている。
その昭和の後半から平成にかけて、東京との接点も深くなっていった。
そんななかで、昭和の東京の一番の思い出は、新宿歌舞伎町の存在だ。銀座ではない。
お金がない時代は、新幹線に乗らず、青春18きっぷで東京~京都を往復したこと、最終電車がなくなり、歌舞伎町の店で始発まで待っていた夜。そして通い通った、あるスナック。
この店を知ることで、大人の東京人の仲間入りをしたのかもしれない。
ゴールデン街から、歌舞伎町の真ん中へ。
こんな世界があるのか~。お酒と演歌(カラオケ)と通う人々。昼の世界と夜の世界も少し知った。
その店のママとは、もう店を閉めて何年も経つ今も交流を続けている。
忘れたころに・・・のやりとり。
今回、コロナ見舞いを送ったら、思いがけずのプレゼントが届いた。

昭和パラダイス。人情の深さ、思いやり、やさしさ・・。このことを教えて
もらったのがこの歌舞伎町のお店であったかも。

そんな昭和を思い出す。今日は75年目の終戦記念日。自分の知らない苦しみの昭和があったことも忘れずに、昭和時代を偲び、懐かしみたい。

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純粋なモノに軍配を。

香港で若い民主主義運動家が逮捕されたという報道は、国内外を揺るがした。
え?あんな若いかわいらしい女の子を、逮捕しちゃうんだ。それも初めてでなく・・。権力に抵抗するものは、どんな奴でも見逃さないぞという権力側からの
見せしめなのかもしれない。
でも、彼女は純粋に、ふるさと香港を自由な街にしたいだけで、欲にまみれているわけではない。
まっすぐ行動する純粋さが、権力者には厄介ということか。
危険な目にあわないようにと心配しながら、「加油(がんばって!)」と心から応援している。

一方、アメリカにやっと希望の光が差してきた。秋の大統領選は高齢者の戦い?とあきれ、あきらめかけてていたが、多様性の中から、女性の副大統領候補が指名された。このことは、投票権も何もない私にとっても、とてもうれしく、久しぶりにアメリカの報道を見て、安堵した。
ここで、アメリカが正常モードに戻ることを、目を覚ますことを願いたい。

まっすぐ前を見て、弱き人を理解し、助け、そしてお互いを尊重しながら、平和な国をつくる。アメリカという国をひとつにもう一度まとめたい・・という思いは、政治家として、まっとうな考え方である。

純粋な人。自分の生き方に信念をもって貫ける人。相手が誰であれ、しっかり自分が主張できる人。
とても好きだ。自分もそうありたいと思い続けている。

純粋に頑張る人に軍配を上げてほしい。今、神様にお願いしたいことだ。
今回のさまざまな香港、アメリカの動きは、今後の世界の動向に影響を与えるだろう。

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オンライン+(プラス)へ

セキュリティが心配と思っていた、あるアプリを使ってのWEB会議ももう避けられなくなってきた。
なるべく安心できるシステム、サービスを選択してきたが、ここまで普及すると
周囲に合わせての選択が必要となる。ここまでくると何を使用しようが、ネットである以上のリスクはある。
まずは、会議。リアルの会議よりも、段取りよくできるように準備もするので、スマートな会議が可能となる。
時間内に終わることも多い。世間話もあまりなく、事後の余韻・確認はメールで
リアルな会議より機能的であり、合理的であるが、何かが足りない感じもあるが、まあ、そんなもんか。

次は、オンライン研修、セミナーの類い。
講師業をされている知人にアプリの活用術について、まさしくオンラインで学ぶ。こういう知り合いがいるということは大変ありがたい。この方は何か新しいツールが生まれると率先してとことん試される。自分がわかることについて、人に教えることに対して、熱心でサービス精神にあふれている。そんな存在だ。
今はオンラインでの講師業について、新たな生き残りを積極的に模索されている。そんな方にいろいろお聞きし、参考にさせていただいた。
さて、
自分がオンラインでどこまで一定時間、しっかり発信し続けることができるか?
大学・学校の先生方は早々にオンラインの授業をする必要が出てきたため、
かなり工夫され、オンラインでも飽きさせない術を心得ておられるようだ。
これまで、依頼を受け、会場に行って、話をする。あるいはワークを行う。
といった講師の仕事が、
オンラインで実施することになると、いかに画面上で飽きさせないか・・という点がポイントになってくる。
そのアプリの機能をうまく使いこなすこと、他のツールと組み合わせて
時間配分を再度検討する・・
などなど、これまでのアナログでの工夫と異なる工夫が必要となる。
ツーウェイのコミュニケーションをどこまで取り入れるかも、ポイントだ。

回線の状況、パソコン上の問題・・・・。配布資料の準備・・・・。
アナログの講義とは違う、新たな負担がかかってくる。

ではあるが、なんだか面白くできるのかもしれない。と、こんなことも
思い始める。
元気が売り、情熱を伝えたい講師の場合のオンライン講座の組み立て。
うーん。なかなか知恵が要りそうだ。

知識を学べるとか、それだけではなく、それ以上のもの、オンラインでやるにせよ、オンライン+を考えなければ・・・。
このインフラを生かしつつ、さらに工夫をすること。
オンライン+(プラス)。この発想を大切にしたい。
生身の人間は、オンラインだけで満足することはないと思うから。

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