本業は何ですか?

ある企業に訪問し、いつものミーティングに入る前に、そこの社長さんが、私のCDを流された。自分の演奏が、会議の前に耳に入ってくるというのも、なんだか不思議な感覚ではある・・。
そこに社員の皆さんが、部屋に入ってこられて、「?」という表情。
私の演奏と知り、「へえ」とみなさん、静かに聴いておられる。
これまた、不思議な時間。
社長は演奏をBGMにして、そのまま会議に入ろうとされたので、
「すみません、ちょっと気になるので、いったん止めていただいてよろしいですか?」「あ、そうですか?」といいながら、音をOFFにされ、静かな普段の会議室に戻り、ミーティング開始かと思ったら、
「本業は、何ですか?」と、社員さんからの質問。
「いやー、今やっていること、すべてが本業です」
というと、不思議な顔をされる。
自分の仕事の考え方、生き方についてカンタンにご説明したら、ご理解いただいたようだ。そのあと、ミーティングで販促や広報の相談に加え、テーマソングの話まで進んだ。

コミュニケーションクリエイターは、できることは全部やる、活かす。
決してマルチではないけれど、できることは全部やる。
どれが本業とか、どれが仕事で どれが趣味 と分けていない。全てが、仕事だ。
あれこれ分けると、観覧車の回転が、ぎこちなくなりそうだ。

毎日が本業。今日は事務作業として、今日は営業に出て、今日は集金に・・と仕事をする方がおられるように、今日はコンサル、明日は音楽、明後日は原稿書き・・とそんな構成になっているだけだ。

本業は何ですか?と問われたら、コミュニケーションをつくること。
そこから、未来につながる対話が始まればよい。

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不自由と苦悩から生まれる美。

生誕250年の、この記念すべき年に、コロナで・・。
世界中のベートーベン愛好家も複雑な思いでいることだろう。
私自身も、そのひとり。
今年は、ベートーベンのルーツをもっと研究し、感謝の作品を何かつくりたいと思っていた。当然、再び現地に行く予定をしていた。
もともと予約をしていたのは4月。さすがにこれは無理だと、変更。
今は12月初めの便を確保している。
しかし、これも本当にどうなるかは、ギリギリまでわからないし、可能性は・・・。
そんな厳しい情勢のなか、ますますベートーベンへの思いが募る秋。
最近、毎朝、クラシックの番組で作品が流れる。
「月光」の深い静かなメロディが聴こえてきた。動きをとめて耳を澄ます。
こんなに悲しく美しい音色が・・・。手を止め、目を閉じて、聴き入ってしまう。
ベートーベンは晩年につれ、耳が不自由になった。聴こえないのに、こんな美しい楽曲を多数残した。
障がい者アートなどと、最近よく言うけれど、そんな言葉がない時代から、身体の不自由があろうとも、自らの人生をかけて表現している人がいた。
その代表例がこのベートーベンではないかと思えてならない。
改めて、その視点から彼の作品を鑑賞すると、より一層 感動が深まる。
人としての可能性。すべてを音楽に注いだ人生・・。
楽聖と呼ばれているが、確かにそうだ。
音に魂が宿っている。これが私の人生だ、叫びだ、愛だ・・・すべてが作曲家の生へのメッセージだ。
音楽性だけでなく、その人間性、生き様が250年もの間、人々の心をとらえているのだと思う。

改めて、会いに行きたい。その魂のいまだ住む町へ・・・。無理かな・・・。

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GO TO MIRAI!

アーチスト、作家たちと久しぶりに会う。
このコロナ禍で、アートの世界で生き延びるのはなかなか厳しい
が、それでも、わが逞しき仲間たちは、しっかり元気に生きていた。
半年ぶりに都内で再会。
芝居ができない。最初はどうしようと途方に暮れていたが、
なんとかしようということで、さまざまな助成金を探して、
経済的に困窮せず、活動できる方法を模索し、気が付けばその行動が
新たな動きになっている。

たとえば 定期的なネットでの新作配信。書いては配信、書いては配信。
書く方も、演じる方も大変だ。朗読劇だとやりやすいようであるが、それでも
毎月配信とは、がんばっている。

劇場を借りて、稽古を重ねて、集客をして・・・感動を届ける芝居が、
今やネット上で、また地方に出て、その機会があれば出かけていく。
芝居、演劇がその町の活性化にもつながることもあるというから面白い。

早速私もその中に入れてもらうことにする。
よし、京都で何かやろう、オンライン配信でもいいよ。
やろうやろう。という気持ちがある仲間たちとは、前に進む。

コロナをネガティブに扱うことは、もう卒業。
生きていかねばならない。どんな状況でも自分を表現したい、
メッセージを伝えたい。

この時代だからこそ、よけいに創造力が湧いてくる。

私も自らそろそろ創作しなくては。

今を素材に。今をネタに。
そして、世の中を元気に。

ポジティブな仲間と一緒に背中を押しあいながら 共に進むとしよう。
GO TO MIRAI!

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今しばらく、振り回されます!

父がちょっと手術、短期の入院となった。
退院の日は10時と言われていたので、それにあわせてさまざまな準備をして
病院に向かった。
もし、病状に急変あれば、当日朝でも電話が入るかも?その場合は退院が遅れるかもとの事前連絡であったが、とくに早朝連絡もなかったため、予定どおり病院に向かうため、電車に乗った。
そのとき、電話が鳴った。相手はどうやらその入院先の病院だ。
どきっとした!何か起きたのか?
電話に出ると看護士さん。
「あのー、今日何時に着かれますか?」
「予定どおり10時にと思って、向かっていますが?」
「実は・・・」
どうやら、父が早く退院したいと言い続けて、困らせているようだ・・・。
もう待てない状態?
看護士さんも手を焼かれたのだろう。
「そうですか・・・。ではわかりました。予定変えて早く伺うようにします。
9時には着けるようにしますので、待つようにお伝えください」
と、電話を切って、予定変更して、早めに病院に向かった。
父は待ちきれなかったようだ。
あと1時間が待てないのか?
という気持ちがこみ上げたが、迎えにいったら、さっきまで周囲に迷惑をかけていたとは思えないほど、落ち着いて静かであった。
「娘さんが来られて、ほっとされたのでしょう。ま、そういう方多いですよ」
つい、ため息が出る。そしてお詫び。ここんところ、よく謝っている。
また父に振り回された。という気持ちと、まあ、元気で良かったという気持ちが入り混じって、、、この感覚にも慣れつつ、いや慣れず、、。
こんなふうに、このところ父や母によく振り回される。
いろんなことで、自分勝手だなと思うことが多く、ときには腹も立つ。
しかし、よく考えれば、こうやって振り回される時期も、そんなに長い間続くわけではないだろう。

心をたいらにして、今しばらく、振り回されるとしよう。
これも親孝行のひとつかもしれない。

永遠には無理だけど・・・・・。あとから振り返り、いい思い出になるように。



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昼さがりの新宿同窓会。

東京といえば、新宿がもっともなじみ深い。
23年間、住民として暮らした町でもあるし、新宿にまつわる出会い、おつきあいがいろいろある。
とくに、「夜の街」などの呼称?も失礼な感じで付けられていたが、そうではなく、新宿の歌舞伎町は私にとっては、銀座以上になじみがある大人の街。
とくにゴールデン街は、興味深い場所であった。
その一角にあったスナックのママ。先代から受け継がれた、いかにもゴールデン街にふさわしいカウンターだけのお店。
人に初めて店に連れていってもらってから、あれから、30年以上の月日が経つ。
歌舞伎町に行きつけの店がある・・・なんていいながら、不思議がられながら多くのお客さんをご案内した。とにかく、いろんな思い出がある。
新宿といえば、住んでいた神楽坂と同じぐらい、歌舞伎町は思い出がいっぱい。
そのママとは、今も変わらぬ交流がある。
コロナ見舞いにと送った手紙がきっかけで、何年ぶりの再会となった。

せっかくなので、とやはり新宿となじみの深いジェントルマンもお誘いし、
三人で、新宿同窓会の開催。
その紳士は、学生時代新宿に住まい、そして夜の街もよくご利用の時代があった。
もうそれぞれ年を重ねたが、
それでも、新宿組はなぜか元気だ。

昔の飲み屋文化を懐かしみ、昭和の時代を思い出し、いつまでも変わらない新宿愛もかみしめた。

いろんな同窓会がある。
同じ時期、同じ場所で関わり、そして縁が切れないでいる関係。
久しぶりに会えばいい。久しぶりにあっても、すぐにつながる。通じる。

いろんな町の同窓会ができるのは、幸せなこと。
まずは、新宿から・・・。

すでに10年以上前に店をたたんでいても、いつまでたっても元ママを、「ママ」と呼びたくなるのも、新宿らしい。

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秋に、人生の四季を考える。

この1年間、親のことに割く時間が増えている。
ほんとうに長寿社会は何だろうと考えさせられる。
自分で決められない、予定どおりにいかないことが、
自分のことと違う点だ。
ときどき、何のためにそれをしているのか?
それがいつまで続くのだろうか?
ということを考えさせられることがある。

そんなときには、こんな考え方をしてみる。
日本には四季がある。
自然界では、今のところ、四季が繰り返される。
そして今年も秋がきた。
一方、人生にも四季がある。
でも、一度の人生のなかで、この四季は1回切り。
おそらく、私も秋にさしかかっているだろう。
親の世代は、もう冬の時代だろう・・・。
春が来ない冬の時代を生きる人たちのサポートをし、
その人生の四季がそれぞれにとって、ああよかった。
と、思えるように。いい人生だったと笑って和やかに
終わっていけるように、
そのための、ちょっとだけ自分にとっては、
意味のない時間をつきあう。
このこと自体、意味があると思いたい。

人生の四季のお手伝い。
秋という季節になると、心もおだやかに深く考えられる。





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みんなでつくる、新時代の芸術の秋。

コロナがもたらしたことは、決して悪いことばかりではない。
と、思うことが増えてきた。いや、そう思うようになってきた。
もちろん困ることも多いけれども、それを嘆いていてもつまらない、
何もはじまらない。
どうせやるなら、今できることをやる。
予定どおりできないとしても、考えて今できるカタチでやる。

障がい者アートの取り組みを数年サポートしてきている。
障がいをもつ皆さんが描かれる素敵な作品を、町のいたるところで
楽しんでいただけるように、それが彼らの仕事になるように。
そんな思いで作品展を企画、開催に向けて応援を続けてきた。
今年はパラリンピックもあり・・・ということで、作品公募を行い
その時期に東京のお店で展示する企画を考えていたが、
コロナでそれが実現難しく・・・。どうなるか?どうするか?と戸惑いの半年が
過ぎた。

しかし、そこで、やめよう。とはならなかった。
少し時期をずらしてオンラインでの開催となった。
店舗で作品を展示することは、お店が元気になり、そこに
集うお客さんも、働く人も元気になる。新たな交流が生まれる
そんな良さがある。
一方、オンラインで開催すると、お店に行かなくてもいつでも
どこでも楽しめる。世界中の人が見に来ることもできる。
それぞれの楽しみ方がある。

今回は公募で選定された作品たち114点が、オンラインで楽しめる
こととなった。
そして、店舗では飾れないが、せっかくの公募作品であるから、その一部を
オフィスで展示することになった。
会社にアートがあることで、社内が活気づく。
「会社が美術館みたい」「大作ぞろいで感動した」「社内で毎年やったら
いいのに」・・・いろんな声をいただく。

オンラインもリアルも。
コロナの影響で、当初の企画と全く違うスタイルでの実現となった
MOSごと美術館。
ドタバタ準備を切り抜けて、コロナに負けず実施できた喜びが湧く。
そして、今回、とてもうれしかったのは、この作品をオフィスで展示する際に
その作業に障がい者の皆さんが関わってくださったこと。
一緒に作品展示を行うことができ、かけがえのない時間をもたせて
いただいた。彼らの純粋さと作品に向かうまっすぐな仕事ぶりが、とてもうれしく、また刺激もいただいた。いい思い出になり、お互いのチャレンジとなった。
デジタルであれ、アナログであれ、アートがあることで喜びや楽しみが
生まれる。新たな交流が生まれ、みんなが元気になる。そんな芸術の秋。

コロナだからできたこと。のいい事例と思う。

MOSごと美術館2020 オンラインで10月1日より開催
新時代の芸術の秋、オンラインではあるけれど、作家のみなさんのいきいきとした感性、豊かな表現力をぜひお楽しみいただければ・・・。

MOSごと美術館特設サイト

https://www.mos.jp/cp/mosgotobijyutsu2020/

MOSごと美術館 リリース

https://www.mos.co.jp/company/pr_pdf/pr_201001_1.pdf

MOSごと美術館2020


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客として出会い、つながりは永久に。

脱サラ以後、出張も増えることになり、あるきっかけで利用しはじめた、あるホテルチェーン。アメリカが本社であるが、もちろん国内にも多くのホテルブランドを有する。
昨今、ホテル業界も再編成がすすみ、そのチェーン名も変わり、傘下のホテルもずいぶん変わったが、ずっとお世話になってきた予約係の担当者がいる。
その方とのおつきあいは、もしかしたら十数年かもしれない。前任者も含めれば、20年近いおつきあいになると記憶する。
メール1本で、予約からさまざまな問い合わせやリクエストに対応いただいたり、変更、キャンセル、さまざまな無理も随分言ってきた。メール対応のため、顔こそ見えないが、どんなときも丁寧に対応してくださった。
基本はメールだけでのおつきあい。急ぎのときは電話。そんなまさにオンライン基本のおつきあいであったが、私のなかでは、そのホテルチェーンがある限り、その担当者はいるものだと思い込んでいた。自分のなかでは、そのチェーンの予約係といえば、イコールその方であった。
月日は流れた。そして、このこのたびのコロナの影響で航空業界やホテル業界の苦難を知るにつれ、大丈夫かなと気になってはいたが、おいそれといって、今、海外にも行けないし、国内出張もやっと最近再開したところ・・。
そんなところ、その方から届いた1通のメール。
なんと、退職のお知らせであった。しかも9月末日。メールが届いたのはその前日。
ついに来てしまったか・・・。残念すぎる・・・。
思わず、予約専用ダイアルに電話する。今日はその用事ではないが・・・。

メールでのお礼、ご挨拶ではなく、やはり生の声をきき、話したかった。
お礼を伝えたかった。
これまでお世話になったさまざまな思い出がよみがえり、電話口で涙声になるほど感謝の気持ちがわいてきた。NYの同時多発テロのときのホテルキャンセルやさまざまな手続きを遠隔でサポートしていただいた時代のことなど、そのホテルチェーンとの思い出が蘇る。
「たったひとりのお客としての出会いでしたが、これからもぜひおつきあいくださいね」とお伝えでき、喜びのお返事をいただく。

サービス提供者とお客。ほとんどのケースは退職やそこを利用しなくなるとそれで関係が終わるが、わが人生では、最初、客としてはじまったつきあいも、その後長きにわたり続いていることも多い。ホテルマン、エステの方、飲食業・・・。サービス業のお仕事をされている方とのきっかけは多く、またいい出会いも多数いただいてきた。人生の大切な宝である。
今回のこの方とも、これからをきっかけに、改めてつながっていたいと心から思った。

今年はコロナをはじめ、さまざまな変化により、出会いや別れも多いかもしれない。でも、大切な人とのご縁をデジタル的には終わらせたくない。
余韻を大切に、大切につなげていきたい。

Gさん、長らく本当にありがとうございました。
ホテル業界に興味をもてた原因のひとつは、間違いなくその窓口対応の質の高さにあった。窓口は常に会社を代表するのだ。入口が良ければ全てよし。

京から10月。新たなはじまりだ。WITHコロナで深まりゆく秋をポジティブに。
コロナを越えて、つながりたい人との関係を大切に・・・。

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季節の便りが人を励ます。

細い糸でつながっているご縁がある。
長崎の被爆者ホームで出会ったある青年だ。
マンガを描きながら、介護職についているという。
実は一度しかお会いしたことがないが、その後ずっと年に何度か
便りでの交流が続いている。
とどく便りのひとつが、なんと季節のお届けもの。
長崎でとれた旬の味をおくってくださる。
今回も、レターパックに生栗が入って届いた。
毎回、こんな細い糸のご縁の者にまで申し訳ないと思いつつ
喜びが湧いてくる。
早速、長崎の栗をゆでてみる。
長崎の山々の風景が浮かぶ。どんな所にある栗の木かな。想像が膨らむ。
前回はキウイを送ってくださった。
彼とは、ほとんど便りだけのおつきあいなのに、思い出していただき
忘れずにいてくださって、ありがたい。
あるご縁で出会った何年か前のことを思い出し、そろそろ会いに行かないと・・。そして栗のお礼は何にしようかと考える。
間違っても栗きんとんではないな~と思いながら・・・。

早速、いただいた栗をゆでて、京都の仲間たちにおすそ分けをした。
みんなで秋を感じるひととき、なんともいい。

デジタルの世の中になろうとも、直に季節を感じることができるのはこの
上ない幸せだ。

秋がきて、コロナの傷が癒されている感じがする。
二波、三波がきませんように。



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「よう、考えてるな~」それが企画。

世の中全体が、コロナ対応にも、慣れてきた感じがする今日この頃。
さまざまなコトが再開、生活が仕事が普段モードに戻れるのはありがたい限り。とは言っても、完全な元通りにはならないこともわかりつつ、この新たな時代を
どう生き抜くのかがそれぞれの課題である。

そんななか、文化的、エンタメ的なものといった不要不急ではないと言われれがちな業界にも、活動再開の灯がともってきた。
映画館はまだ厳しそうだるが・・・。
そんななか、応援している大阪の寄席に久しぶりに立ち寄ってみる。
どうやら、席数を半分に減らし、十分に対策を講じての寄席再会とのこと。
客数が半分ということは、売り上げも・・・心配である。

そんななか、こんなチラシと、会場内の工夫をみつけた。
面白くて笑ってしまう。
コロナだからといって、暗い顔ではなく、笑顔になれる企画。
どうしたら明るく会場を盛り上げつつ、収入も得ていくか・・・。
正直、なるほどな~。よう、考えてあるな~とずっと感心していた。
苦肉の策かもしれないが、どうせ考えるなら楽しい企画を。
ノリのいいお客様は協力されるだろう。私もぜひ!と思っている。

がんばっている演者たちの姿を見ながら、私もこういう時期だからこそ、
愛と元気を伝える仕事をもっともっとしなければと強く思った。
笑いは、世界を救う。これは間違いない。

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