また会わせたい。

夫婦。
形はどうであれ、夫婦。
時代がどう変わっても、夫婦。

わが両親のおかげで、私が存在する。

親の金婚式の年につくった曲がある。
「ひと 文様」
いろんなことがありました・・・。
人生ふりかえるとそんな感じかなと・・・。

もう別居して19か月も別居を強いられている
両親は、それぞれどんな思いでいるか?
もっとも認知も進み、病気の身では、そんな
ことも考えられないかもしれないが・・。

でも、コロナが終わったら母と一緒に、父に会いに行こうと
思っていた。
今は,、コロナが終わって、母が元気になったら、
父に会いに、施設に連れていこうと思っている。

夫婦なんだから、もう一度会って、会話してほしい。
夫婦なんだから、また会わせたい。

元気いっぱいの日々を思い出し、この曲を思い出し・・・。

「ひと・文様」の歌詞と作った年のライブでの様子はこちら。

La Grande Roue:Poem & Songs (mahsa.jp)

ひと・文様 / Mahsa(今尾昌子) – YouTube

カテゴリー: Essay (Word) | また会わせたい。 はコメントを受け付けていません

悔いはなくても・・

いつも、どんなときも自分に悔いがないように・・とは思ってきた。
公私ともに、そのつもりで、そのとき自分が思うことをちゃんとやろう!と
思ってきた。
だから、悔いはない。とは言える。

でも、親の復帰を24時間、ひたすら待つだけの今。
悔いはないけれど、
もっとこうしたい、これもあれもしてあげたい。
と思いが次々とあふれてくる。

美味しい美味しいと食べてくれるおかずがあれば、
また食べさせてあげたい。と
野菜を切りながら思い、

京都や東京の写真や映像を見ると
昔案内した場所が蘇り、
また連れていってあげたい、
大相撲も見に行ったな。もう一度・・はもう無理かな。
でも、・・・と思う。
また、今ならば、桜を見に連れていってやりたいが
来年は連れていけるかな・・
と、思うし・・・。

悔いはないけれども、今となれば、
あれもこれも、まだまだしてあげたい。

これは私自身の勝手な願望であるが、
思いが毎日、あふれてくるのは事実である。

いつ鳴るかわからない携帯を手もとに置きながら
なんとか、と思ってしまう。
生きていると、
悔いはない。
ということは、ない。
どんなに一生懸命やっていても まだ一途の光があるならば
まだまだと思ってしまう。
とにかく、
今は前向きに、
戻ってきたら、あれもこれもしよう。
と思い続けることにする。

カテゴリー: Essay (Word) | 悔いはなくても・・ はコメントを受け付けていません

観覧車復活!!!

「観覧車復活」と書かれた色紙。
A3サイズ。画用紙を張り合わせ、そこに8名のみなさんのメッセージや写真のコラージュ。まさに寄せ書きだ。
こちらが実家の洗濯機の中に入っていた。

母の入院時に、一時は迷ったが、母が日頃懇意にしていただいている方に
ご連絡し、ぜひ応援していただけたら・・・とお伝えしたら、なんとその当日にこの色紙が届けられたのだ。この情報収集力と即戦力、行動力、表現力に驚く。
なんたるチームワーク。しかもそのスピード!!
この仲間は日頃からさまざまな活動を一緒にやっている。
農協での出会いから、何かを一緒につくったり、茶話会したり、お出かけしたり、そして、ありがたいことに私のふるさとライブの常連さんたちでもある。
地域のよき仲間、元気印のマダム集団?
その取り組みのひとつは、ゴキブリ団子を作ること?
しかもこのユニット名は「観覧車」だそう・・。
おそらく、グラン・ルーの親戚筋?母が言い出した名前だろうか?
色紙には、元気カラーのオレンジが使われ、
とにかく、元気になってほしいという思いが紙面からあふれている。
なぜか、3Dに見える。

これを、確認し次第、病院に持参、看護師さんに託す。
「狭いので飾れるかどうか、ですが確かにお預かりしますね」
「どうか、見せてやってください」
帰り道、発起人の方に、病院に届けたと報告と、御礼。
「みんなで祈っていますね」
の応援がかえってくる。

翌日、病院から電話が入る。ドキドキしながら出ると
「これから、一般病棟に移動となりますので」

とのご連絡。
いい方向には向かっているようだ。
早速、ゴキブリダンゴを作りながら、この色紙をつくっていただいた
観覧車ユニットの元気パワーと応援の気持ちが母に届き、
細胞に注入されたに違いない。

観覧車復活!
色紙に書いてある文字。
ごきぶりダンゴと、観覧車。
このミスマッチ?というかなんともいえない融合?は母らしいと
思いつつ・・ひたすら、ご近所の皆さまにただ、ただ感謝。

下の写真は、色紙と一緒に届けた、母が最近、懐かしがっていた写真。
私が幼き頃、叔父の出身校が甲子園に出場するというので
これからバスに乗るところの記念写真。岐阜駅だそう。
おそらく昭和40年頃の1枚。

とにかく、復活!
祈る日々。
色紙を見て、写真を見て、私と喧嘩せなあかん。
と奮起、蘇ってほしい。

カテゴリー: Essay (Word) | 観覧車復活!!! はコメントを受け付けていません

今は、心にハンカチ。

あの東日本大震災から10年。
その後、知人の住む大船渡に行って何度か演奏をさせてもらった。
震災から1年経過していたが、町には大きな傷跡が多数残っていた。
一方、何事もなかったように穏やかな表情を見せていた海。
津波が押し寄せたとは、想像できない別の顔をもっていた。
空は青く、かもめが飛んでいた。
そこで生まれた「かもめりぃ」という歌。

これを、東北への、そして悲しくても辛くてもそれを乗り越え、
がんばる人へのエールソングとして唄ってきた。
そのなかに、

♪泣いてない 今は泣いてない
けれど いつも 心にハンカチ♪

という歌詞がある。
ある知人は、ここの部分がとっても好きだ、と言ってくれたのが
うれしかったことを懐かしく思い出す。

そして、今まさに、私の状態はこんな感じだ。

久しぶりに歌わなかったこの曲。口ずさみながら歩くとしよう。

「かもめりぃ」歌詞と演奏風景はこちら(演奏は過去の新潟モノリスでのディナーショーでの演奏です)

Petit Poem かもめりぃ (mahsa.jp)

かもめりぃ / Mahsa(今尾昌子) – YouTube

カテゴリー: Essay (Word) | 今は、心にハンカチ。 はコメントを受け付けていません

思い続ける心のオンライン。

今、コトバを発することができない状態でも、会えなくても、対話できる環境になくても、相手のことをずっと思い続け、心の中で言葉をかけ続けることで、
相手には絶対に通じる。
とそんなことを信じる今日この頃。

どこにいる相手でも、心通う相手には、必ず通じるはず。

ネットのオンラインは便利であるが、突然途切れることもある。
心のオンラインは、信頼関係で通じあい、自分次第でつながり続ける。

だから、きっと聴こえているはず。
思いが届くはず。

と、今日も思い、信じて、病床の母に届くようにと、思い続ける。

カテゴリー: Essay (Word) | 思い続ける心のオンライン。 はコメントを受け付けていません

「らしくない」を捨てる。

万が一のことを考え、ふと弱気になったり、マイナス思考になる。不安になる。
この発想は、私らしくない。

と、そう思うことに決めた朝。
どんなことでも、わずかな可能性がある以上、それを信じて、とことんポジティブでいく。
前に向かって進んでいく。
そうすると、涙も出ないし、もしも涙が出ても、すぐ乾く。
めそめそしない。しっかりする。元気な私がちゃんとする。
今、私の頭の中には、そんな言葉が多くわいてくる。

母の命を救いたい。助けたい。医療のことは病院に任せて、今は母にせっせと
エールを送る。
早速、母の仲間に呼びかけ、「母のことを応援してください」とお願いすると、
皆さんが、二つ返事で、「一緒に祈りますね!」と言って、早速、母へのメッセージを色紙に書いてくださった。
「裏の洗濯機の中に色紙を入れておいたので、お母さんに見せてやってくださいね」
そう、実家の洗濯機は、近所の方からのお届けモノ入れにもなっている。
ありがたい限り。呼びかけてよかった。

どこまでも、私らしく、元気に進むことにしよう。
母がそれを望んでいると思うから。
数日前まで、あんなに喧嘩していたのに、もう嫌!

と思っていたのに、不思議な気持ちであるが、
まだまだ寄り添いたいと思っている。
だから、「らしくない」は切り捨てる。
強くなれるチャンスだと思うことにしよう。




カテゴリー: Essay (Word) | 「らしくない」を捨てる。 はコメントを受け付けていません

待っとるよ、待っとるから。

人生、本当に何が起こるかわからないものだ。
母が緊急搬送で、入院という事態になってしまった。
本当にまさか、こんなことが、このタイミングで・・・。

一昨日の投稿にもある
「長生きせなあかん、喧嘩せなあかんから」という言葉を残し、
3日後、緊急病棟にお世話になることに・・・。
10時半から20時半すぎまで・・・。こんなに長い時間、病院にいたのは生まれて初めてだ。
また検査待ちの間、さまざまな救急搬送の様子にも触れ、まるで映画のようだと感じる場面もあり、そのなかにいる自分が信じられないような現実ではないような気もした。

検査待ちの間、ベッドの上で、一生懸命息をする、母に静かに語りかけた。
「あかんで。あんた、喧嘩するんやろ?喧嘩せなあかんで、帰ってきてよ」
「今日、ちらしずし作ってきてたよ。また今後作ってあげるで帰ってきてよ」
「ピアノ習わせてくれてありがとうね。岐阜新聞、またライブやるよ。」
「ずっと息してよ。それがお母さんの今の仕事、がんばって」
ずっとそんな風に語りかけた。
母はじっとしていながら、時々、涙が目にあふれていたから、きっと聞いている
と確信した。

まさかの事態に、まずは自分が動揺しないように、しっかり生きていかねばと
こみあげる感情をぐっとこらえる。
待っとるよ、待っとるから。また帰ってきてね。

母が必ず自宅に戻る日が来るようにと、心から願っている。
そのために、自分ができることは絶対にやる。

人生は、ある日突然に、何の前触れもなく、次のステージに進んでしまうものだ。

カテゴリー: Essay (Word) | 待っとるよ、待っとるから。 はコメントを受け付けていません

大丈夫!と思ってもらえる存在

この人なら、大丈夫だ。と思ってもらえる人になりたい、そういう人でありたい。と、最近よく思う。

誰にも言えない悩みを抱えていたり、多言してほしくないことがあったり、あるいは何かを任したいという時であったり、とにかく、あの人なら大丈夫!

と思って心を開いてもらえる人になりたい。そういう人でありたい。

信頼できる人。ということだ。

最近、コミュニケーションクリエイターの要件は、相手の心を開く、信頼されること。だと強く思うようになってきた。

コロナ禍でさまざまな人に会い、接するたびに身に染みる。

不安を抱え、戦っている人に寄り添って、安心して生きるきっかけが見つかるように、応援し続けたい。

人生はここで終わらない。こんなことで人生を無駄にしてはいけない。

さまざまな環境、背景が違う人に、心寄せる。

何があっても大丈夫。さあ、今週も元気にスタート!

カテゴリー: Essay (Word) | 大丈夫!と思ってもらえる存在 はコメントを受け付けていません

長生きせなあかん?

なかなかカラダが思うようにならなくなってきた母は、その分、口が達者で
本当に驚く。すべての機能を口先に集中させたように。機関銃のごとく、
矢継ぎ早に爆音がとんでくる。
人間、どこかが弱っても、気力さえあれば、残った力で生きてしまう、
生きようとする・・・。
それが生命力なのかも・・・と母を見ていて思う。
とにかく、実家に行くたび、ちょっとしたことで口論になる。
もしかしたら、喧嘩仕掛けの達人かもしれないし、
相手を怒らせる天才かも。そして自分自身もすぐに着火。
セルフアンガー。残念ながら、アンガーマネジメントという言葉はない。
今回も、ちょっとしたことから言い合いになり、言い合った挙句に
「もう、殺してくれ~。こんな人生いやや~」
「あほか、なんで、殺さなあかんのや。私の人生、終わってまうやろ。
自分が生んで育てた子に、殺してくれとは、本当に自分勝手やな~。」
と、これも毎度の会話になってきており、本当に情けないのであるが、
口論のあとには、こういう展開。
そして、今回、それに続く新たな発言。
「やっぱ、長生きせなあかんな。喧嘩せんとあかんし」
とつぶやいている。
「はあ?誰と喧嘩?」
「昌子さんとや」
と、言われてしまい、まあ、呆れる。

殺してくれと言われたり、娘と喧嘩するために長生きするとか、
一体、どうなっているのだろう?
長生きせなあかん。
と、よく老人は言うけれど、私は今だに、なんで長生きするの?と
思い続けながら、日々、兼業介護に時間を費やしている。
ま、生きているからこそのありがたき時間。
長生きせなあかん。
この気持ちが命を強くするのだろう。

常に前向きに。私こそが、生きなあかん。病に伏すことは許されない。

カテゴリー: Essay (Word) | 長生きせなあかん? はコメントを受け付けていません

ショパンに詫び、ベートーベンに共感する時間。

実家で少し時間があったら、意識的にマイピアノの重い蓋をよいしょと開けて、
練習することにしている。
ライブで演奏する現代曲はそこそこに・・、今はクラシック回帰。
高校時代までは、毎日数時間ほどは練習していたのに、
今となっては、トホホの状態だ。
しかし、なんとか昔の自分に追いつきたい、新たな創造につなげたいと、
昔使っていた楽譜を引っ張り出して、弾き始める。よく、こんな難しい曲を弾いていたな~、レッスンの先生の楽譜へのチェックの筆跡を見て、またたくまに
タイムトリップ。
まずは、ショパン・・。ノクターンやワルツ・・。40年前は指が良く動きなめらかに弾けたのに、今は指が遊んでしまい、全然ダメだ。焦る。
テンポがゆっくりな曲はまだいいが、幻想即興曲などになると、もう全然ダメだ。指が浮いている、遊んでいる。こんなんじゃなかったのに~。
かつて、ピアニストとバレリーナは練習を1日さぼったら1日分退化すると聞いていたが、40年さぼったら?恐ろしい。
こんなヘタッピだったら、ショパンに怒られるぞ。
「そんな風に弾くんだったら、やめてくれ~、私はそんな風に作ったんじゃない~」と言われそうだ。いかん、いかん。ショパンさん、ごめんなさい。と独り言をいいつつ、練習を続ける。
一方、中学生になってから、弾き始めていたベートーベンソナタの本を開き、
当時のチェックを見ながら、おもむろにゆっくり弾き始める。
不思議なものだ。若い時は、楽譜を見続けて、次に出てくる音も目で追いかけていたが、今は次に来る和音やメロディのパターンがなんとなくわかる。こうじゃないか?と想像して触る鍵盤音が楽譜と合っている。
こういう風にもっていきたいのでは?と思ったとおりに和音が構成されていることが多く、驚く。ベートーベンスタイルというのがまるであるかのように、
なんだか弾けてしまう。もちろん、技術はダメだ。どん底。

それはそれとして、大人になってから弾くベートーベンと、昔のそれとは何か理解度が異なることに
それは、生誕の地に行ったからか、お母上の墓参りをしたせいか、
世界史や哲学を少し触ったからか・・・。子どものころのベートーベンよりも
身近に感じられる。

などなど、時間が少しでもあれば、偉大なる音楽家の作品に出合い、一方的な歴史的対話を重ねながら、奮闘している。
80歳までに18歳の頃のように、演奏力を戻せるか?
これは、わが人生の大きな課題になりつつある。

カテゴリー: Essay (Word) | ショパンに詫び、ベートーベンに共感する時間。 はコメントを受け付けていません