小旅行気分を満喫する、不思議な乗り継ぎ。

新潟から名古屋までの移動は、飛行機が一番速い。しかし、便数が1日2便、しかも早朝と夜しかない。
昼間移動したい場合は電車もあるが、飛行機で移動してみると・・。ということで、
今回、1回乗り継ぎの、新ルートを発見、試してみることに。
それは、新潟空港~成田空港~中部国際空港。そう、成田経由というレアな乗り継ぎだ。

新潟空港はいわゆるローカルな空港で、新潟発着の飛行機はプロペラ機が多い。
これはこれで味わいがある。
新潟~名古屋間も、そして新潟~成田間も同じであった。
新潟空港を飛び立ち、名古屋へ行くときは新潟~信州の山々を越えていくが
成田に行く場合は、太平洋に出る。

1時間余りのフライトで、成田に到着する際、ちょっとした錯覚に陥る。
あ、海外から成田に帰ってくるときみたいだ。
そう、成田といえば、海外に行くときに何十回も利用してきた
おなじみの空港。
そこに今回は新潟からやってきた。
最近でこそ、羽田も国際便が増えてきたが、やはり成田といえば国際線。
だからここに降り立つときは、いつも「帰国感」があるのだ。
そして、プロペラ機を降りて、バスに乗ってターミナルへ。
そして乗り継ぎルートから、待合室へ移動するが、もうすっかり
海外からかえってきた気分になっている自分がいる。
成田から国内線への乗り継ぎのほとんどの搭乗者は、海外からかえって
きた人たち。
あるいは、日本へ来た海外渡航者。これから東京以外の目的地に
向かうのだ。
ということで、成田の乗り継ぎ待合室は、新潟空港のそれとまったく
違う。
あれ?私は今日どこから来たんだっけ?
という気持ちになるほど、周囲は各国の免税店のショッピングバッグを
持った、さまざまな人種の人ばかり。
お疲れモードの出張ビジネスマンもいれば、アメリカのネイビー、
アーミーの軍人たちも・・。

すっかりそんな中で海外から帰国した気になった私はそのまま
名古屋行の飛行機に乗り、無事セントレアに到着する。

いやー、どこで乗り継ぐかだけで、こんなに気分が違うものだ。
ターミナル空港は世界旅行の縮図のようで、本当に楽しい。

ということで、たまには乗り継ぎも良い。
少し遠回りをしたが、得したような気にもなる。

実は国際空港や駅が大好きで、妄想することが楽しみ
で・・。そんな若い日を思い出し、
いろんな旅の思い出がよみがえった。

ときには、経由を楽しむのも良い。

カテゴリー: Essay (Word) | 小旅行気分を満喫する、不思議な乗り継ぎ。 はコメントを受け付けていません

背筋が伸びる500周年。

なんと、マルティン・ルターの宗教改革から、今年で500周年だそうだ。
ドイツでの式典のニュースを知る。
プロテスタントの教会で育ったメルケル首相も出席されていたが、
無宗教の私にとっても、この500周年は感慨深い。

なぜなら、信仰は教会だけで行われるべきではなく、
聖書を通じて、各人がそれぞれ祈りを捧げることで
成就できるものといった点。
そう「聖書」が必要とされるようになり、印刷技術が
これにより進化することになったのだ。

宗教改革なしには、グーテンベルクも後世に名を
残さなかったし、こんなに世界に印刷が普及しなかった。
ザビエルが来日した段階では、聖書という概念は
なかったはずだ。対話による伝達から、聖書と言う
ツール(メディア)による普及だ。

その聖書が500年信仰の書として愛用され続けて
きた現在、信仰を導くツールも、ネットに移行しつつあり、
そしてその影響から、悲しい事件も多発している。

この500年という節目。
信仰という立場だけでなく、
コミュニケーションの視点から世の中の変遷を振り返る
ことは大切だ。
聖書を精読し、純粋な信仰に生きた人々の時代。
もちろんその教えは今日も受け継がれているが、
コミュニケーション手段の多様化で、人間の価値観も
表現方法も多様化し、
真なるものへの向かい方が変わってきたような
気がしてならない。

この500年の節目の秋に静かに世の中をみつめたい。
この5世紀の間に、果たして人類は、進化しているのか?
そんなことを考えたい。

マインツに趣き、ドイツ印刷の歴史に触れ、
いかに印刷技術が、人類の歴史において
重要なものであるかを知った喜びと誇りとを今、
改めて振り返りたい。

たまには、500年前の時代に自らをおき、
スマホではなく、
大切な一冊をを手にとろう。

カテゴリー: Essay (Word) | 背筋が伸びる500周年。 はコメントを受け付けていません

子供が働ける場所を・・。母の愛が起業のパワーに

この夏、お会いした女性。その際、秋に念願のカフェをオープンするとのことで、その準備について
相談にのったり、勉強会に参加いただいたり、ラジオに出演いただいたり・・・短い時間の中で何度か
接点をもたせてもらっていた。
工事が遅れて・・・と落ち着かない日々を過ぎ、10月末に念願の開店となった。
開店当日も、遠くにいるので、すぐ行けないが、ちゃんと開店できただろうか?大丈夫かな?
と気になっていた。
そして4日後、仕事仲間と店に突撃訪問することができた。
新潟市の西区、住宅街。
店主が思いを込めて名付けた、「おかしなカフェ ピコット」はすぐにみつかった。
全体がパステル調の、絵本の世界のような。年中ハロウィンのような、風変り、まさに「おかしな」
カフェの意味が伝わる雰囲気だ。
とにかく開店していてよかった。
「こんにちわ~。開店おめでとうございまーす」「ああ、来てくれたんですか」
店主は笑顔で迎えてくれる。準備が大変だっただろうに、疲れもたまっているだろうに、
あたたかさが伝わる。先日紹介した、障がい者施設で製造販売されている帽子をしっかり
身に付けている。とてもお似合いだ。

店内は、彼女のアイデア、そして彼女の手仕事がふんだんに生かされている。
なんでも、流木を拾ってきて、きれいに着色して店内をきれいに飾っている、
入口も、カウンター下も、天井も・・。
自然の素材をうまく生かしつつ、やさしさと楽しさが同居する。
売りはクリームソーダや楽しいお菓子類。
おかしオンスターなるキャラクターも存在し、店内のディスプレイに、商品にと
潜んでいるのも楽しみどころのひとつだ。

店主は、ご自身のお子さんが障がい者であり、将来子供さんがのびのび働ける場所
としてこのカフェを作ったという。
母の愛が、起業につながったのだ。
資金を調達し、店を作るのは、かなりパワーが要ること。
それを彼女の仲間たちが、応援している。

学校帰りの近所に住む子供たちが、この楽しいお店をのぞきながら通っていく。
住宅街に、新しい気になる新スポットができたというわけだ。

福祉関係者との連携も強い。また私自身も、そういった仲間を紹介させてただく。
いろんな人たちの可能性を一緒に広げる新しい場所。
人と人が優しい気持ちでつながる場所。
もちろんビジネスであるから、成功=つまり継続しなければならない。
オープンははじまりという意味だ。

「落ち着いたら、チラシを近隣にまこうと思います」
まずは、休む時間もとってほしい。

母は強き存在だ。
彼女は子供さんと一緒に仕事をする、人が集い、笑顔に包まれる、
そんな日々を夢みてスタートした。

出会ってまだ何か月かであるが、ずっとがんばってほしい。
花束が用意できなかった代わりに、コートにつけていた
我がグラン・ルーの観覧車バッチを店主の手に忍ばせる。
ずっといい縁が回り続けますように。

カテゴリー: Essay (Word) | 子供が働ける場所を・・。母の愛が起業のパワーに はコメントを受け付けていません

祇園でのあだなは「夢子」

ある方とのメールでのやりとりで、
「夢を追いかけていると、必ず叶いますよね」
という言葉をいただく。
なんでも、その方の息子さんは、医者を目指し頑張って勉強され
見事、今は研修医として奮闘中とのこと。その息子さんの
お母さまは60歳過ぎてから、ふるさとにカフェを作った。
いずれも夢を叶えた!ということで、素晴らしい。

今、私は自分の夢をさらに膨らませたいと、勝手に思っている。
何になりたい?まだなりたいものがひとつにまとまらないというか
夢はこれから・・という心持だ。

ふと、思い出した。
20代の頃、上司に連れられ、時々祇園のスナックに
顔を出していた。そこのママが、私のことを
本名ではなく、あだ名で呼び続けてくれた。
「夢見るゆめ子」という名。そして「夢ちゃん、夢ちゃん」
と呼んでくれた。
その響きがとても良かった。
夢が次々沸いてきそうな名前だ。
よし、54歳になる前に、今一度、自分の夢を
膨らませ、自分の進む新たな方向を定めるとしよう。

生涯、夢を見て、夢を求めて、夢に向かって 進みたい。
なんでも、夢を見られるのは、人間だけらしい。

カテゴリー: Essay (Word) | 祇園でのあだなは「夢子」 はコメントを受け付けていません

真の意味で「寄り添う」とは?

最近、相手にとことん 「寄り添う」ということについて
よく考えるようになった。
そして、そのことは真剣に考えれば考えるほど難しいこと
であることもわかってきた。
相手の立場に立ったものの見方、その人の気持ちを察した
対応、思いやり、協力、応援。
そう、このように言葉を連ねるのは、容易であるが
本当に寄り添い遂げるというのは、なかなかである。
自分と相手は違う存在であり、その人になりきる
というのは限界もある。
でも、その人を真剣に応援したいならば、その寄り添う
気持ちを切らさず持ち続けることが大切だ。

最近、父が免許を返納し、そのことを強く思う。
60余年、車に乗り続けていた人がある日突然
それができなくなる・・ということについて。
どうこれからの人生を応援していくのか。
周囲の心配という目だけでは、解決しないことも
ある。
今、どこまで父に寄り添い、残りの人生を
楽しんでもらえるかということについて
考える。
大したことができない、自分が代わりになれない
ことについての申し訳なさと、その現実の中で
自分ができることを悔いないようにという
前向きな気持ちが入り混じる。

いずれにせよ、大したことはできないが
いつも相手のことを気にかけ、
言葉をかけ、行動をともにできる時間をもち、
「共有」をこれまで以上に心がける
ということからだ。

最近、簡単にこの「寄り添う」という
言葉が聞かれるだけに、
余計に慎重に正しく理解し、行動したいと
思う。

カテゴリー: Essay (Word) | 真の意味で「寄り添う」とは? はコメントを受け付けていません

曜日感覚が変わる生活。

学校に通っているときは。日曜は休みはもちろんであるが、
毎日の時間割が決まっていた。
今から思えば、かなり規則正しい生活だった。
会社員時代、残業は多かったが、途中から週休二日になった。
その昔は、土曜もふつうに出勤していたのに、今から思えば
昔の日本人の方が、よく働いていたように思う。
いずれにせよ、日曜はお休み。
宗教上でも、日曜は安息日で、教会に行く日となっている。
世界中、日曜はお休み。
しかし、そんな日でも人々の生活を支える仕事をしている人は
働いている。
クリスマスであろうが、元旦であろうが、多くの人々が生活できるように
支える仕事。
たとえばインフラに関する仕事、公共交通に関わる仕事。
医療の現場。そしてサービス業もそうだ。
日曜が休みというのは一般的にはそうであるが、世の中、実は
そうでない。そうではない人が多い。
ましてや、プレミアムフライデーなど、無関係の世界にいる人も
多いのだ・

私の仕事は約20年、24時間365日対応を基本にやっている。
だが、世間が休めば連絡は少ないので、ゆったり考えたり
書き物ができる。
だから、日曜はよく仕事がはかどる。

そして、この半年は、家族も日曜休みではなくなり、
不規則な生活が当たり前となってきて、
生活のリズムが変わってきている。
1日の時間帯も不規則だ。2時起き、3時起き、4時起きの
繰り返し。もともと朝型でよかったと思う。

カレンダーは7日ごとに組まれているが、
1週間単位の暮らしでないので、カレンダーの
見方も変わってきた。
「今日は何曜日?」自分で意識しないと間違えそうになる。

一方、日曜よりも、平日にゆっくりするというのは
なかなか快適。
混まない時期に、ゆったり過ごせるのは贅沢な選択。
そして、世間の普段の生活が見えるのも興味深い。

人生、曜日感覚が変わるのも、なかなか面白い。
暮らしはいろんな切り口で、新鮮になる。

カテゴリー: Essay (Word) | 曜日感覚が変わる生活。 はコメントを受け付けていません

公式サイトに、ライブレポート公開しました

9月17日開催の長崎、10月26日開催の岐阜のライブのレポートを
グラン・ルーの公式サイトに公開しました。
長崎ライブ版では、旧出津救助院ド・ロさまオルガンの演奏音もお聴きいただけます。

ライブレポート長崎・岐阜

カテゴリー: Info | 公式サイトに、ライブレポート公開しました はコメントを受け付けていません

「泣いて、笑って」いい人生。

父親の81歳の誕生日。家族全員そろい、食事をする。
プレゼントは、好きな麦焼酎。いつも一番有名な「I」しか
飲んでいないので、ちがうもの、できれば面白いネーミングのものを
探す。
すると、「泣いて、笑って」という銘柄品をみつけ、即決。

まさに、父の人生だと思ったのだ。

そして、それを渡す。
「人生は、泣いて、笑ってが一番だね」と言いながら・・。
それから、約1時間半ほど、たわいない会話で、家族での
食事を楽しむ。

帰り際、
「まだまだこれから。元気にがんばらなあかんよ。
私はお父さん、大好きだからね」
と背中から父に声をかける。すると
「そんなこと、いってくれるな」
と言いながら、泣き始めた。
それを見て家族全員が笑った。
「また、泣いとる。何があった」
そう、最近、父は涙もろいのだ。

悲しい涙は流させたくないが、
うれし涙なら、いくらでも・・と思う。

泣いて笑って・・・は健康の証し。
どうか、このまま元気にがんばってほしい。

そして、最後は笑って。。。がいい。

カテゴリー: Essay (Word) | 「泣いて、笑って」いい人生。 はコメントを受け付けていません

いのちある限り、弾き続けたい。

演奏当日はかなりの集中力のおかげで、心配した手の痛みもないまま
ピアノの上を指たちが動いてくれる。
調子にのった。練習のときより、楽に指が開くのでオクターブで
強いタッチでタンゴを弾き続けた。
昼の部が終わり、お客様が帰ったあと、右手首に激痛が走った。
「あ、やりすぎた・・」痛みがおさまらないまま、夜の部へ。
選曲を見直し、激しい曲を避け、楽に弾けるものを優先して
夜の部に・・。
本番のときは痛くならない。いかにうまく弾き終えるかだけを
考えて、丁寧に演奏を続ける。
調子にのらない。ノリをおさえる。
最後まで慎重に。その意識が相乗効果を発揮、ライブ自体は
無事に盛況にて終了。
本番が終わって再び、手首に激痛が戻る。
やっぱりあかんわ・・。
なんとか後片付けを終わらせ、帰路に着く。
その後、しばらく手を休ませなければと思っていたところ
知人より心配の連絡をいただく。
そして、あるピアニストは右手を失ったあと、左手だけで
演奏している。だから、片手で弾くということも考えては
どうか?
との助言もありがたく頂戴する。
片手で弾く。そう、片手しかなくなったら、そうするだろう。
弾くことはやめることをしないだろう。
でも、今はおかげさまで、両手がある。左右使える。
だから、ついつい多少の痛みがあっても、やるときは
やってしまうのだ。
手がある限り、弾き続けたいのだ。
ステージで涼しい顔をして演奏している演奏家も、
競技場できりっとした顔をして勝負しているアスリートも
その前後には、かなりの苦痛と闘っていることも多い
ことと思う。
足がある限り、歩き、走る、手がある限り、指がある限り
弾き続ける。
でも、それを長く続けたいのであれば、決して無理をしては
いけない。
知人の助言はそこを思ってのお言葉だろう。
80歳まで、もし生きてしまうならば、そのときもすらすらと
できればベートーベンやショパンを弾きたいのだから。
さて、少し手を休める日になるようにつとめよう。

そう、いのちある限り。弾き続けたいのだ。

カテゴリー: Essay (Word) | いのちある限り、弾き続けたい。 はコメントを受け付けていません

本日「愛の元気人」10月分オンエアです。

今回の「にいがた元気人」ゲストは
モスバーガー新津店オーナーの神林明浩さん、カフェピコット代表の小松知栄さんです。
ただいま新潟県のモスバーガー全店で、昨年秋に引き続き、「モスごと」美術館を好評開催中。
おかしなカフェ「ピコット」は、明日10月29日開店予定です。
心あたたまる素敵なトークをお楽しみください。
(本日10月28日18時~19時 FM KENTO

カテゴリー: Info | 本日「愛の元気人」10月分オンエアです。 はコメントを受け付けていません