心の観覧車増設計画!稼働の夏

おかげさまで、新しい企業や団体、グループとの出会いが続く。初めての出会いはどきどきするけれど、ひとたび出会えば、そこに刺激、感動、共感があり、そして学び、それを生かして、行動し、さらに気づき改善することで、人は変わり始める。ひとりひとりが変わり始める、生き生きしはじめる。そんな人が増えると企業や組織、グループ自体が楽しく、くるくる回り始める。
それを目指して、皆さんと関わる。この20年間、そのように生きてきた。

最初、「グラン・ルー?」と半信半疑な様子でおられる人も、ひとたび、心の観覧車に乗り始めると、みんないきいき、わくわくされていることがよくわかる。そして、前向きでアクティブになっていかれる。

令和になっても、やっぱりグラン・ルーの発想、視点は必要だ。

心の観覧車の存在を、出会う人、組織にどんどん伝え、仕掛けていこう。
なんだか知らないうちに、乗ってしまう人、いつの間にか、すごく近くに歩み寄ってくれる人・・・いろんな、新たな変化を今、感じている。

心の観覧車を世の中にもっともっと創る。今の時代だからこそ、とても必要だ。

志ある人たちと、この観覧車をいろんなところに、増設し続ける。
元気な会社、元気な家族、シアワセな人たち・・どんどん増やしていきたい。
それが私にとっても、最高の幸せ。

なんだか忙しい夏になりそうだ。

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「自分の意志で生きる」を貫く

長年、病と闘っておられる知人から、久しぶりに長文のメールが届く。
「報告です」というタイトルで、ちょっとドキッとする。
内容は、数年行ってきた抗がん剤の治療をもう終わりにしたい、これからは毎月検査だけして、最低限の薬だけでいいので、そうさせてほしい。治療の苦痛が本当にしんどく、治療のためにしているのか、自分の体をいじめているのかわからなくなるほどの状況を終わりにしたいとのことを、主治医に伝え、了解を得たという報告だった。「これで、命は短くなるかもしれないけれど、自分の意志で生きたいと思うので、そうすることにします。」との結び。
自分はこの経験がないため、この治療がどんなにつらいのかは、聞いて想像するしかなく代わってさしあげることもできず、本当にもどかしく・・。
治療の時期が終わったら会いましょうと年に1回か、2回。お元気なときに会うようにしてきた。会わないときは、会えないときは大変な治療を受け、耐えてお
られた、いわば苦闘の時間を過ごしておられた。
このメールを受け取り、すぐさま 好物のカステラを送る。
好きなものを食べ、好きなものを見て、好きな音楽を聴いて、少しでもくつろき、癒しの時間を過ごしていただきたい。
辛いことが続くより、痛い思いをするより、そうでない方法を取った方が幸せ
だと思う。でも、もちろん大切な人だから、ずっとお元気に生きていてほしい。
ずっと自分の意志で生きてきた人だからこそ、がんばれた治療生活だったと思うが、もうそれも卒業。どうぞ自由に自分の意志で、ゆったりお過ごしいただきたい。
自分だったら・・あれこれ考える。
癌になって、手術も抗がん剤治療もすることなく、自分の意志で旅立った台湾の親友のことが頭をよぎる。
とにかく、最後まで自分の意志で生きられるのが、人間の誇り、一番の幸せだと
思えてならない。
少しでもつらい日々がなく、楽しい快適な時間が長く続くよう、祈りたい。

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非常を招く、非情な自然

キリスト教がもたらした社会的影響を調べる一環として、長崎から天草の方へも足を運ばねばと、やっとその計画が整い、天草へ渡るフェリー乗り場である口之津へ向かう。
16世紀後半にポルトガル船が初めて入港したのがこの港である。
南島原という長崎の先端にある港。そこから天草へもっとも早く移動できる。
と、念願の天草初訪問は、今回の大雨でギリギリ途中で断念することに。
長崎市からその口之津へ向かう途中、どんどん雨が強くなり、時々霧で視界が閉ざされたりこのままいくと帰ってこれないかも・・・の不安が募った。
現地の人にきくと、天草はもう避難勧告も出ているようだから、行かない方が良いとも言われ、港近くまで行ったが海を渡るのは次回の楽しみとして、南島原にとどまる。少し現地の見学をしながら、途中、長崎市郊外の知り合いの施設にも寄り、様子を伺い、顔を見て安心しながら、長崎中心街へ戻ってきた。
その頃には、雨は小降りになり、場所が変われば何事もなかったようだ。
その間も、鹿児島や宮崎では雨が降り続け、土砂崩れなど被害も出ていた。
住宅や道路の危険、農家の不安・・・。せっかく植えた苗も流され、嘆いておられる農家さんの声や避難されている方の不安な様子がニュースから流れて、心が痛む。

あの東日本大震災のときに、東北の知人が「自然は非情なんですよ。心がない」
としみじみと話してくれたあのときの様子が今回もよみがえる。
本当に自然は人間には操作することができない脅威の存在だ。非情であり、また人々の暮らしに非常をもたらす。
しかし、こんなに毎年大雨になること自体、人間がまいた種の結果なのかもしれないとも強く思う。
自然のサイクルが崩れ、自然との共生が成り立ちづらくなってきている。
人工的に何かをしようとすればするほど、利便性を追求したり、人間本意のことを企てようとすればするほど、自然に負荷がかかり、思わぬところに反動が出てくるのだ。
地震が多いのも、大雨が続くのも・・危険なサインであると感じる。

人間には自然は制御できない。
そのことを理解しながら、いかに無事に生きていけるかを日々考え、行動するしかない。

人間の無力さを、また驕りを感じながら、運に身を任せて・・。
いつどこで何があっても悔いがないように、非常事態に備えておく心構えはますます重要になってきている。

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夢を運ぶ、お菓子の遊園地

この写真を見て、「あ!」と思う方も多いと思う。
昭和40年代にデパートの顔として流行った、お菓子の量り売りの売り場である。
今はこのスタイルを残している店舗はどんどん減っているが、長崎市のデパートには地下の食品売り場に今もその健在であり、たまたまみつけて、感動のあまり店員さんにお買い物する条件で、撮影許可を得た。

私の小学生時代、名鉄岐阜駅に隣接していた名鉄百貨店は駅前のデパートとして人気を博していた。(残念ながら今はもうない)

その一階の入り口にこのお菓子売り場があり、多くの人の注目を集め続けていた。お好きなお菓子をお好きなだけ・・このコンセプトは、量り売りの走りであるし、海外でもこのスタイルはあまり見たことがない。
キャンディーやチョコからゼリー、あられ、羊羹、クッキー・・・和洋の駄菓子・お菓子が何十種類も詰まっており、ついつい全部買いたくなってしまう。
実際、気が付けばかなりの金額になってしまうということもしばしばあった・・というこの夢のお菓子売り場。
「今は、どんどん減っているようですね。〇〇さんもやめたらしいですし」
九州の別のデパートのことを言っているようだ。
長崎のこのお店では、夫婦で来店され、「懐かしいねえ~」と言って買って
いかれる方やお気に入りのお菓子を何キロも買っていかれる場合もあると聞き、微笑ましい光景が浮かんできた。
懐かしいもの、素朴なもの、人の琴線にちょっとふれるわくわくの演出。
流行りを追いかけ続けることなく、時代が変わってもずっと喜ばれ続けること、普遍のサービスを追求する上で、昭和のアイデアはなかなかだと改めて思う。
人に夢を与えること。このことについて、このお菓子売り場を見て、考えさせられた。セルフレジが普及、AIがサービスまで手助けする世の中、何か忘れてはいけないこと・・・・について意識を向け続けることはとても大切だ。
それにしても、このお菓子売り場。私が担当者だったら、どんなお菓子を詰めるだろう?いいな、やってみたい仕事のひとつだ。

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アニバーサリーの意味と意義

毎日、誰かの記念日だ。誰かが生まれ、そして・・・。
何もない一日はない。
昨日は、家族の誕生日。普段から遠慮なく何でもぶつけあい、すぐ喧嘩をしたり、言いたい放題。そんな関係であるからこそ、記念日となると、ちょっと気持ちも引き締まり、見直しの機会にもなる。
このままずっと元気でいてくれるといいな、ずっと変わらずにいてほしい・・とそんなことを素直に思ったりする。
誕生日とは、プレゼントをあげるとかもらうとか、そういうことだけでなく相手の存在に感謝する日、一緒にお祝いする日であると、年を重ねると実感する。

あと何回誕生日を迎えることができるか。
何も考えなければ、永遠に・・であるが、誰にも限りはある。
しかもそれは予測ができない。だから大切にしなければ。

節目の日は、相手を思いやり、存在に感謝をする。
1年に一日ぐらい、改めてそんな気持ちになる日があると良い。

もし、人に誕生日という発想がなかったら、人生を振り返ったり確認したり
感謝することもできないかもしれない。
純粋に、ありがとう!といえる素敵な日。
まさに、昨日も書いた「これまでも これからもありがとう」の気持ちだ。
大切な人たちとともに、生きられることの幸せを胸に、
大切な人を大切に。も改めて胸に刻む一日に。


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ふるさとの新聞から愛と元気を

岐阜新聞には、長年続いている「素描」というコラムのコーナーがある。各界で活動する、岐阜県にゆかりのある人たちが、それぞれ2か月間のある曜日を担当し、原稿を提供するという企画で、愛読者も多い人気コーナーだそうだ。記者が書くの記事とはまた違い、地元ネタや馴染みの人が書いているという点での、地方紙ならではの地域密着性もあるのだろう。

今回、3年前から続けている岐阜新聞本社のロビーコンサートがご縁で、新たな出会いがあり、このコーナーへの寄稿依頼をいただいた。7月1日から、毎週月曜朝刊。7・8月の二か月間の9回の連載となる。岐阜でお世話になっている皆さんから、早速、感想やエールをいただく。
ふるさとでの思い出、ふるさとへの感謝、思い・・・。忘れていた自分の少女時代のことにも触れてみたい。
親が喜んでいるのが、何よりうれしい。

ネット時代だからこそ、グローバル時代だからこそ、地方紙へのエールも込めて皆様に喜んでいただける発信をしたい。

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これまでも、これからもありがとう。

「これまでも、これからもありがとう」このフレーズは、10年前に10周年イベント時に提案して気に入って使っていただいたもの。あれから、10年。今回の20周年のテーマはどうしますか。と尋ねると、前回のをもう一度つかいたいとのご要望。パート2として今回もそれで行くことになった。

そんなに気に入ってもらえるなら、このままいくと30周年の時も使われるかもしれない。では、お祝いにこのタイトルでオリジナルの歌でも贈ろうかという気持ちになって急ぎつくり、20周年イベント当日のライブトークショーで初演した。

生まれた歌詞の一番は、以下の通り。

♪きみと出会い 過ごした月日  忘れないよ いつまでも        
きみの目には 大きな空と    ぷかり雲が映ってる          
きみと歌う 一緒に歩く     生きる力 もらったよ         
きみの手には やさしい力   ほっとするよ じんわりと       

出会えたよろこびと       わらった年月と            
思い出があふれてくる      一緒にあるく道          
思えば懐かしく        思えば愛おしく            
アルバムが心のなかで開くよ               

ありがとう ありがとう これまでも これからも
ありがとう ありがとう これからも ずっと
ありがとう ありがとう これまでも これからも
ありがとう ありがとう これからも 一緒 に ♪

・・・なかなか いい感じの曲になった。朝ドラのテーマ曲にもいいのでは?感動して泣きそうになったとの声をいただいた。

改めて、20周年おめでとうございます!

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私なりのお祝い

最近、いろんなお祝いごとがある。

たとえば、社長就任をされた方には、お花を贈ることもあるし、その準備段階で、いろいろ準備のお手伝い。ゴーストライターのごとく、その人に成り代わっていろいろ文章やアイデアを考え、提案する。そこで気に入っていただいたものは、その方にプレゼント、そんなこともある。
そのときにしかできないプレゼントだ。


また、ある事業所は20周年記念事業を開催。それに向けて20周年の歌をつくり、演奏する。
これもそのときしかできないプレゼントだ。


立派なお花も、高級なプレゼントもないけれど、目に見えない コミュニケーションのプレゼント。
そういうもの、ことが自分らしくていいのでは。

どこまでもオンリーワンで。サプライズで。

その歌のプレゼントは今日、お披露目だ。わくわくする。

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やっぱり手と紙の、神わざコミュニケーション。

ビジネスツールとして、メールはもっとも重要な伝達・共有手段だ。
もちろん限定メンバーでのやりとりは、それ以外の手段も有効だ。
私の場合は、どこにも属さず、さまざまな組織とやりとりさせていただくため、
やはりメールが一番重宝である。送ったらすぐ返す。キャッチボールがしやすいのと、きちんと記録に残せるのもありがたい点だ。

ある方と初面談をしてお礼メールをしたが、なかなか返事がない。
おかしいな。お会いしているときはとってもにこやかで面談を喜んで下さっている様子だったのに・・本当は何か失礼をしていたのかな?など、返事がないことでそのときの面談のことを振り返りつつ、原因を勝手に探ったり心配していた・・。

すると3日後に1枚のはがきが届いた。季節のイラストが入ったかわいらしいハガキだ。丁寧にお礼の言葉が書かれており、ああ、この方はあえてメールではなくハガキで気持ちを伝えようと思われたのだ・・。あのお別れしたときの笑顔そのままの気持ちだったのだ・・・。
メールが来ないと心配したり、不安がって申し訳なかったと思った。

ビジネスに迅速性はもちろん大切だ。しかし、大切な出会いであれば、また最初の出会いを大切にしたければ、きちんと手書きで伝えようというのは、素晴らしい視点であり、行動だ。

ハガキを何度も手にとって、読んで、ひとりにっこりする。
このデジタル社会だからこそ、このぬくもりコミュニケーションを大切にしたい。

手と紙によるコミュニケーションは瞬間にして、関係を強く深く結びつける、まさに神わざ(神様のしわざ?)である。今回も一枚のはがきの神わざに感動、実感している。

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社長さん十色

仕事で社長さんと呼ばれる人によくお会いする。
ほぼ、毎日どこかの社長さんに会っているような気もする。
この6月だけでも、
任期満了で退任された社長さん、代替わりをされ新しく就任された社長さんと先代。新たに社長になるからと、こんな会社にしようと準備をなさってきた新社長さん、このままじゃ会社経営がよくない、なんとかしたいと社長夫妻で相談に来られた社長さん、就任から3年経ち、すっかり社長らしさが板についてこられた社長さん、長年自分で立ち上げた飲食業をこのたび家族以外の後継者にバトンタッチされた社長さん、そして一緒に新たなプロジェクトを一緒に始めた、新たな時代に挑戦しようと奮闘される社長さん・・・。
気が付けば、世の中は社長さんがいっぱいだ。
規模や事業内容はそれぞれ違えど、社長をやる以上は、会社を発展させ、世の中に貢献すると同時に、従業員を幸せにしなければならない。

雇われている立場とは全く違う。社長さんはホントに大変だ。

会社員をやめる決断をしたとき、会社って社長とそれ以外。自分はこのままどっちに?ということを考えたことがあった。

社長次第で会社はいかようにもなる。もちろん社長一人の力ではないが、社員や関係者を率いていくのは社長の力だ。

肩書きがすごいのではなくて、背負っている責任が本当に大変なのだ。

リスクのないビジネスはない。
おかげさまで、私の周りには、なんちゃって社長は、いない。
みなさん真面目に、真剣に事業に取り組んでおられる。
相談相手がいない人も多い。少しでもお役に立てればと思う。

名誉のためでなく、真剣に課題に向かい合っている姿を尊敬する。

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