何をするにも、サービス精神。

ある場でおためし授業のようなものを受けてみる。文章について書き方について作家である講師が話をされる。
そのなかで興味深く、共感する部分があった。
このネット社会では、誰でも自由にいつでも自分の文章を発信できる時代。どんな素人でも「わたしが、わたしが」と自己主張、それを社会参加ととらえる人がいるかもしれないが、ま、そこは本人の問題。
素人かプロかの違いは、「文章にサービス精神があるかどうかだ。」とのこと。
素人は自己満足のために書く、公開する。
プロは読み手にいかに喜んでもらうかを考えて書き、発信する。
ということ。
確かに言われてみればそのとおりであるし、自分も意識して行動したいところでもある。
文章を書く、話をする、演奏する。料理する。なんでも同じことだ。
相手にとってどうか。を意識でき、実践できるか、工夫できるか、配慮できるか。
もちろん自分が書きたいこと、表現したいことというものがあっての文章作成、創造になる
ため、そのネタ自体が重要であることは間違いないが、結局は何のために書くのか。
によって、それはプロか否かが変わるということ。
やっぱりどの仕事も、モノという形に、目で見えない仕事にも当然ながら、顧客目線は必須ということだ。
当たり前なことであるが、今一度、自分の仕事をふりかえるいい機会だ。

カテゴリー: Essay (Word) | 何をするにも、サービス精神。 はコメントを受け付けていません

愛情深いほど、多くの悲しみ、でも・・。

あるクリスチャンの方に、連続する親しい人の死との向かい方についてたずねてみる。
その方も、以前、親しい方が短い期間に続いてお亡くなりになった経験があり、その方は一緒にお仕事をする仲間を亡くされたということでしばらくはショックでどうすることもできなかった・・・。しかし時間の経過とともに、その亡くなった方たちのことを思いながら、一緒にしようとしていた仕事のアイデアが新たな形で湧いてきたという。その人たちのためにも新たにがんばろうと思えるようになったとのこと。
そして、人に愛情を注ぐ分、受け取る悲しみも多いとも。
その悲しみをどう受け留め、自分の次の道に生かすか・・。それが残って生きる者の役割なのかもしれない。
人を愛す反面、悲しみも経験するのか。複雑な思いになる。
でも、愛さなければ、愛されなければ悲しみも少ないかもしれないが、歓びも楽しみも少ない人生だ。
悲しさは生きていくうえで、一生懸命生きれば生きるほど、ついてくるものなのだ。
非の心と書く、「悲」の文字。あってはならない、非常の心。だから毎日、ずっと悲しみが続くことはない。と信じて。
出会えば別れる、入れば出る、生まれれば死ぬ。それだけのシンプルな法則に沿って生かされているだけのことだ。大げさに考えなくていい。
ときに信仰心の厚い方との対話は、大変助かる。

カテゴリー: Essay (Word) | 愛情深いほど、多くの悲しみ、でも・・。 はコメントを受け付けていません

別れは、ある日突然に。

人生は時々、予想もしないことがおきる。
一番予期しないことは、人とのお別れだ。
あれが最期だったとは・・。とは後で思うものだ。
そんなことがまたもやおきて、自分の心の中で整理がつかないでいる。
私はその方にちゃんとしていただろうか?不快なことはしていなかったか?
喜んでいただいていただろうか。
病死とは違い、事故死とはほんとうにある日突然、まさか・・・に起きるものだと
この1か月で2回もそんなことを思うものだとは。
信じたくない報せが続く週末。
一人静かにその方のいろんな表情、その方とのいろんな場面を思い出している。
笑顔できちんと「さよなら」。と言えないことが多いのが人生だ。
今、その方が笑顔で「せんせい、私、やっちゃった」と何度も語りかけてくる。
私に一番多く「せんせい」と呼んでくださった方。本当に一生懸命の人だった。
上越でのライブ実現が、初めての一緒の仕事、そして最後のギフトになった。
突然お別れしても悔いないよう、瞬間瞬間をこれまで以上に大切にしなければ。
信じたくないが、、、。その人にいう日が来るとは思わなかったが、、どうぞ
安らかにお眠りください。
阪神淡路での震災から、21年の朝。突然の別れをかみしめながら、、。
合掌

カテゴリー: Uncategorized | 別れは、ある日突然に。 はコメントを受け付けていません

社長は空から見ているから、がんばろうね。

昨年クリスマスライブの直後に富士山登山中に亡くなられたある経営者のことは前にも書いた。その社長を崇拝し、二人三脚で分身としてがんばってこられた社員の方と再会する。
お互いに思いっきり元気に!と心に決めて来たように、やたらにこにこ笑いながら挨拶をする。でも同時に、お互いの目に涙がにじんでいることはお互いにわかりながら、それでもいつも以上の笑顔で元気に話す。
そして、今年の仕事をどう進めるかについて話をする。だんだん、悲しみを忘れて、いつもどおりの熱い議論になってくる。
熱心にメモをとられる。あれやりましょ、これします。これ、こうしたらどうかな・・。いつもどおり盛り上がってくる。
「社長がしてほしいことをわかっているのは、〇〇さんですから、それに向かって、周りの方にどんどん働きかけて一緒にがんばってくださいね。社長は見てくれていますよ。ほら、今もここにおられるようですね」
と話すと、彼女も「社長見てくれていますかね~」と返してくれる。
家族や上司。かけがえのない存在をある日突然なくすというのはどんなに悲しいか。時間の経過ととみにそれはいろいろ変化していくことだろう。
ご本人でなければわからない感情・・を他人はどうすることもできないけれど、少なくとも、今は最後に「頼もしい部下をもって幸せです」と言われたその部下である彼女を、精一杯応援し続けることが今できることだ。
「本当に素晴らしい社長でした。怒りたいときもあっただろうに、いつも言葉をいったんのみこんでから冷静に話しておられました」
そんなことも語ってくれた。部下はいつも、見ているんだ。
そして、今は社長が空から見ているんだ。だから、いつも相談すればいい。相談の仕方は変わるけどね。自分で答えをもっていないといけないから。でもいつも応援してくれている。
そっと彼女とある約束を笑顔で交わす。だから1年、元気にがんばろうね!
大切な人の死は残した人を強くすることができるだろうか。そうであってほしいし、自分もそうでないといけないと肝に銘じる。

カテゴリー: Essay (Word) | 社長は空から見ているから、がんばろうね。 はコメントを受け付けていません

「もっともっと人にやさしく 」・・に共感

年の変わり目に、いろんな方と久しぶりのメッセージ交換を行う。年賀状は形に残る一方、メールはやりとりができるというそれぞれの良さがある。
国内での新年ムードが収まったころ、海外の仲間に遅まきのお年賀メールをする。
バンコクで会社を経営する友人。気概も気骨もある方だ。長らく海外で、ひとりで身を立ててきた、心から尊敬するポジティブライフメーカー。お互いに、常に刺激を与える時代もあった。
今年は挑戦の年にします!新会社も設立するとのこと。そこまではこれまでの彼らしい、力強さを感じる発言。そのあとの言葉にもっと共感する。
「お金儲けはもういい。人にもっともっとやさしくなれることをしたいですね!」
さすが、本当の実業家だと一層敬意を表したくなる。
自分もそうだ。人にもっとやさしくなれること、できることをやっていかねばならない。
元気な観覧車だけでなく、優しさに包まれた観覧車になりたい。
強い人ほど、やさしくもある、そうであろうとする。真の強さとはやさしさなのかもしれない。

カテゴリー: Essay (Word) | 「もっともっと人にやさしく 」・・に共感 はコメントを受け付けていません

カッコよく、美しき生き方、生きざまとその表現。

デヴィット・ボウイが亡くなったと世界中のメディアが報じた。普段、著名人の死にもあまり興味を示さない家人も、「デビット・ボウイが死んだって!?」とネットのニュースを見て声をあげたほどだ。私はロックミュージックの世界には疎いが、それでも彼の華麗さは世間の人々が知るように認知しており、伝説になる人なんだろうな~とは思っていたが、やはりそのとおり、世界が誇るビッグスターであった。ニューヨークタイムスのネット版のトップページにはボウイのさまざまな姿の画像が繰り返しアップされ、いかに多面的な顔をもつアーチストであったかを報じた。
改めてその画像を見ると美しい。個人的には動画よりも、その瞬間だけをきりとった静止画の方が美しく感じる。1枚の写真は限りない想像の世界を与えてくれるからだ。
私たちの中学、高校時代のヒーローだろうか。音楽とはビジュアルでもあるということ、いくら技巧的に優れていても、それだけでは感動を与えず。とくにロックの世界は、独特のハレの世界の自己表現。本来の自分、素顔の自分をよく見ている人だけができるパフォーマンスだと思う。
ロンドンも、ベルリンも、そして亡くなったニューヨークでも・・。世界の各町でボウイの死を悼む人の数は計り知れない。
カッコよくあれ、美しくあれ。そしてやはりメッセージが必要なのだ。言葉で、ビジュアルで、音で・・・何で何を誰に伝えたいのか。
ボウイの死から改めて、クリエイターとアーチスト的な生き方について考えさせられた。
挑戦し続ける人は、カッコいい。唯一無二を目指す人は、かっこいいのだ。

カテゴリー: Essay (Word) | カッコよく、美しき生き方、生きざまとその表現。 はコメントを受け付けていません

突き抜ける、知の怪物はありがたきお手本。

ある方にいつもエールをいただく。「突き抜けた変人でいてくださいね」これが彼流の激励だ。変人は悪くない。むしろ興味がある。よく「普通」という言葉に対して、幼き頃から「普通って、何?」と違和感をもってきたし、今でもその「普通」
の意味がわからないところもあるし、変人とは貴重な存在な感じもして、憧れもある。しかし、常識的であろうとする大人の世界と、変人とは相いれないところもあり、変人であり続けるというのは難しくもある。また突き抜けるということは、それ以上に難しい。
先日、新潟市主催の「安吾賞」という企画で、佐藤優さんがその賞に選出され、その発表会に参加、佐藤さんのトークを再び拝聴する機会を得た。
やっぱり、この方は突き抜けている。突き抜けた人とはこういう人のことだ。と改めて思った。
本当によく勉強されている。読書量が月に300~500冊?だそうだ。1年ではない。そんなことできるの?ということをこの方はやり続け、他に類を見ない知識人としてご活躍だ。彼のなにげない一言にも厚みを感じ、また歯に衣着せぬ表現のなかにも人としての道理や愛も感じる。年始早々に、突き抜けたお手本に出会い、
まだまだあかん!と突き抜ける方向を探検、模索しはじめる。
もごもご、もんもんとしながら、いくしかない。
好きなことをやり続けると、突き抜けるのかもしれない。それだけに没頭して生きようと思える純粋さこそが必要なのに、まだそこが私には足りない・・。

カテゴリー: Essay (Word) | 突き抜ける、知の怪物はありがたきお手本。 はコメントを受け付けていません

ストーリーに感動?演出に感動?

同じ作品を観て、感想を言い合うことはとても勉強になる。一言で感動し、涙を流してもその感じる部分は、人によって違うからだ。
たとえば映画を観る。私はその舞台となった場所をより理解したい、時代を理解したいと思ってみているため、当然、その中身について感動をする。
また違う人は、同じ作品を観ていても「ストーリーはいいけど、お金がない映画なんだね。映画としての豪華さがない」という感想を聞かせてくれる。
ストーリーも、演出もすべて感動・・。もちろん作り手の意図もあり、受け手とそれが同じでない場合も多いため、完璧な感動を創りだすことは難しい。
映画を観ながら自分のライブのことをずっと考えている。
思いを構成する。演奏する。盛り上げる。圧倒的な技術力はないが、自分なりの思いで自分らしさでもってまとめたいと思う。
人はどこに感動してくれるのだろう。
プログラムも会場ももちろん演奏も・・・。まだまだ考えがまとまらないまま、時間が経っていくが、いろんな作品を観ながら、作り手、伝え手と、受け手のいい関係づくりについて、もうしばらく模索するとしよう。

カテゴリー: Essay (Word) | ストーリーに感動?演出に感動? はコメントを受け付けていません

牛さんは休みがないですから。

最近、応援している酪農家さん。新年早々もお会いした。
これまで新年のあいさつ、会話では「お正月はゆっくりお休みになれましたか?」
というのが通常だとある意味あたりまえとも思っていた。
だいがいの企業、個人はお休みというのが正月三が日。もっとも最近はコンビニは無休であるし、デパートやスーパーも元旦から営業ということで、正月のありようも変わってくるが、それでもおおむねお休みという理解をしている。
今回、酪農家さんとの会話。家族経営で普段から大変お忙しいのを知っているだけに
お正月ぐらいは・・と思い、「お正月は少しは休めましたか?」と声をかけたら先方さんはにやっと笑い、「いやいや、牛さんは休んでくれませんから、元旦から通常どおりですよ。」とおっしゃった。私はとても恥ずかしくなった。
そうだ。搾乳という仕事に休みはないのだ。毎朝起きる、食事をする・・・といった日々の生活と同様に、乳搾りも毎日の日課なのだ。
しかも1日1回ではなく、朝夕と2回。多いときは3回のときもあるとおききする。
今、酪農業界は大変ときく。飼料の費用が高く、また製品の性質上、日持ちがしない。売れなければ廃棄するしかない。牛乳1本買う金額に見合わない労力もお金もかかっているのがこの酪農の仕事だ。
それでも、皆さんで力を合わせてがんばっておられるその前向き、ひたむきな姿に頭が下がる。
後継者不足にも直面するこの世界。そのなかで奮闘される今回ご一緒させていただいている酪農家さんのことを、今年もより一層応援し続けたい。
人間さまも、うかうか休んではいられない。

カテゴリー: Essay (Word) | 牛さんは休みがないですから。 はコメントを受け付けていません

「おかげさま」で、やる気倍増。

新年もやっと普段モードになり、落ち着いてきた。(と思っても、また三連休ではあるが)出張も再開、新潟も3週間ぶりで、その間に例年よりはあたたかいが、それでも季節の移ろいを感じつつ、寒さの中、県内各地を巡る。雪が少ないなと思いながらも手が凍りそうになりながら、白い息を吐きながら企業さんとお会いする。
年末年始に考えていたアイデアも含め、あれこれと話をする。あっという間に3時間、4時間を過ぎる。
その時間内に、やることが見えてきたり、物事が整理できたり・・・とにかくひたすら前進しなけれがならない、しかも経営と現場仕事と両方しなければならない、そんな中小企業にとっては、整理する時間はとても必要、しかもそれは新年がいい節目となる。
しゃべり疲れるほど話したあと、相手がぐんぐん前のめりになり「これ、すぐやりますね!ありがとうございます。自分が思っていたことがそれなんです。ありがとうございます。」と興奮気味に、元気に言ってくださる。そして別の企業さんからは「おかげさまで、いい感じになってきました。引き続きよろしくお願いします!!」
とメッセージをいただく。また違う方からはこちらが添削した文書について「おかげでわかりやすくなり、よくなりましたよね。反応が楽しみです」との声をいただき、安堵する。そう、仕事は相手から反応があること、そして「おかげさまで」と言われることは一番のやりがい、歓びだ。
また今年もそんな仕事がスタート。まだまだ続けたい。やっぱり、喜んでいただける仕事は気持ちがいい。

カテゴリー: Essay (Word) | 「おかげさま」で、やる気倍増。 はコメントを受け付けていません