元気の媒介になればいい。

「ああ、電話もらって元気出てきた」「ちょっとやる気がなくなっていたけれど、元気が沸いてきました」
といった言葉をよくいただく。
自分としては、別段とくに何をしているわけでも、なんでもないけれど、
ちょっとしたコミュニケーションで、言葉で、笑いで
人様が元気になるならば、そのことが自分が少しでも役立っているならば、
それだけでも存在意義があるのかなと、とちょっと大げさに思ってしまう。
8年目に突入した「愛の元気人」というラジオ番組で、「コミュニケーションなんでも相談室」
というコーナーをやっているが、この相談室はまさに普段の自分のままの回答であり、
基本的にはその人を認め、理解し、応援するという流れになっている。
生きていると、毎日いろいろあるけれど、自分がひとつの化学物質だとすれば、
他と交わればいろんな化学反応になるのだから、そりゃ合う、合わないといろいろあるだろう。
でも、また相手が変われば違う反応にもなるわけで、
そんな自然の摂理もわかってくれば、苦しみも乗り越えられるし、合う人との出会いがあれば
元気に走ることができるはず。

何もできないけれど、攻めて人様の元気づくりの媒介になれれば、と思う。
それが実感できると、私自身も元気でいられる。

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野の花に学ぶ、「美しき自立。」

先日、山野草を描いている作家さんのミュージアムでその作品を
観たせいか、それ以来、各地にて道ばたに咲く花や草に、
改めて目がいくようになった。
花屋さんの店頭を飾る、美しき切り花や、鉢植えたちももちろん
好きであるが、商品にならない、売り場に並ばない野に咲く花。
ときには食用にもなるという、生活感も漂う花たち。

幼き頃、たんぼに咲くれんげ草の色が昔から好きだったから、
ピンク紫の色合いが好きなのか、おそらく自分の紫好みは
野花の影響かもしれないと改めて思う。

道端に静かに咲く、山道に咲く、ちっちゃな花たち。
誰かが観ていなくても、「私はここにある」と一生懸命生きて
いるような気がし、元気が湧いてくる。
野の花は、自分の力で咲いている。
強い存在だ。
美しい自立。小さな野の花から、最近改めて教えられている。
人の目に惑わされず、こびず、自分らしく咲く。
そしてそんな姿を見る誰かを、静かに勇気づける。

なんと、素敵な咲きざまか。
華やかなバラが似合うステージも好きだけれど、
自分自身はバラよりも、野花な生き方が似合っていそうであるし
より親近感を感じる。
がんばろう。小さくとも、美しき自立。

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耳栓、常備。

人間の五感は開かれている。
と書くと、かっこよく聞こえるが、ここではちょっと違う見方をしてみる。
口は食べよう、話そうという意志のもとに、開かれ、その機能を発揮する。
目もそうだ。見ようとして目を見開く。見たくないときは、目を閉じればよい。
目を閉じても明るすぎるときは、サングラスなど使用する。
手や足も、意図して触れるというのが 基本的。もちろん電車の中で、意図せず、
他人に触れてしまうこともあるが・・。

鼻と耳。これは基本的に開かれているのだ。
鼻は意識しなければ、ずっと匂いが入ってくる。
息をしなければいけないから、当然である。
だから、いい香りも臭いにおいにも、敏感なのは鼻がいつもオープンだから。
鼻を閉じることはできない。

そして、耳。
これも基本的には全部入ってくる。いつでもオープンである。
もちろんより聞きたいものに意識を集中すれば、よく聞こえるが
聴きたくないものが入ってきてしまう・・
昨今は電車の中でも マイルーム状態を楽しむひとも多く、
音楽音が漏れていたりすると、大変不快で、本当に困ってしまう。
聴きたい音楽はいいが、聴きたくないものが入ってくるのは阻止したい。
同じように、先日、ある特急電車の指定席に乗った際、
聴きたくない音について困る一コマがあった。
ななめ後ろの席に座ったおばちゃん二人が、ずーっと大きな声で
2時間半、話し続けている。
おばちゃんと呼ばれているおばさまと、姪っ子らしいおばちゃん。
会話のなかで「おばちゃん、おばちゃん」と、姪っ子のおばちゃんが
初老のおばちゃんを呼んでいるので、二人の関係がわかる。
まあ、久しぶりに会って楽しい旅路なのだろう。
ここは、公共の空間だ。という認識はなさそうだ。
すいているので構わないということかもしれないし、
いつでもそうなのかもしれない。
すいているから、席が近いせいで、お二人の話がずっと
まる聞こえ。その人の家系図が描けてしまうほどに
詳しく聞こえてしまう。
眠りたいが、声が大きくて眠れず、本を読むにも声が
気になって集中できない・・。
困ったな~。
すると車内販売のお姉さんがワゴンをひいてやってきた。
ああ、こんなときに「耳栓も、あります」
なんてアナウンスしてくれたら、いいのに。と心から
願ったが、そんなことは言うはずがない。
とにかく、どうすればいいか・・・と、ミスターキーンの
ような状態で2時間半を過ごし、電車を降りた。

それから、決意した。
イヤホンか、耳栓は常備すべし。
そして実行。
成功であった。
翌日、再び新幹線に乗る機会があったが、今度は後ろの人の
キーボードをたたく音と、携帯から時々響く、電子音。
これも耳に入れたくない。

耳は閉じることができない。
なんと、人間は不自由なのだろうと思った次第。

このご時世。、耳栓。常備がおすすめだ。
スマホありなしに関係なく、人のことを考えられない人が増えていることは
とても残念だ。

つい、耳を澄ませたくなるような、キレイな愛らしい音
に出会いたい。

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グラン・ルーはおフランス生まれ。

来年9月が開設20周年・・・のグラン・ルー。La Grande Roue。
観覧車のフランス語 ラ・グラン ルーを日本語読みにした。

心の観覧車を創ろうと発想した場所は、まさにパリ。18世紀後半に絶対王政で
国民たちを翻弄してきた君主たちが処刑された、市民たちが自由を勝ち取った
コンコルド広場。
写真の観覧車はまさにそこにあった移動式観覧車。
この写真自体は2年ほど前、1泊だけ立ち寄った際に久しぶりに撮った
グラン・ルー。シャンゼリゼ通りから撮った。
雨に光って。観覧車がそのまま地面に写り込んでいるその姿がとても
気に入っており、最近改めてスマホの壁紙に起用して、毎日グラン・ルーを
見直している。

19年前、最初にこの観覧車に出会ったのは、実はこの広場の
目の前に広がる、ルーブル宮の庭園に建っていた時であるが、
移動式であるから、場所が変わっても不思議ではない。
とにかく、パリは私の自立を促した、精神性の原点である。

30代前半に、移動式の大観覧車の存在に魅了され、
シャンゼリゼ通りを歩きながら、そこからわがライフコンセプトを得た。
その後、そこを再び歩きながら、テーマ曲「人生は観覧車のように」も
生まれた。
音楽を一度捨てた身なのに、
やっぱりピアノを弾いて歌おうと思ったのも、ピアフやモンタン、イヴェッットジローがいたから。
そして、子供の頃から、私に美的感覚や想像力をもたせてくれたのは、アランドロン!
小学生のころ、日曜映画劇場で初めてみた、若きフランス俳優の主演映画は
「黒いチューリップ」。
こんな美男が世の中にいるのか?会いたい~と思ったぐらい。
あれから、50年以上、アラン・ドロンは私の心の中での憧れの人であった。
ダーバンのコマーシャルは、今ふりかえっても衝撃的であり、夢中になった人も多かっただろう。
80歳を越えたアラン・ドロンもいよいよ引退ということで
寂しい限りであるが、ずっと心の支えであったことは間違いない。

若き日に、京都に住んだのも、日本のパリと思える、そんな憧れもあったから。

などなど、前後したが、わが人生の前半時代を思い起こせば、
私の独立のルーツはフランスだ。
だから、レオナールフジタ他、フランスに渡った芸術家のことは
心から尊敬し、共感しているし、どこか郷愁と羨望を感じる。

そのパリが、フランスがここのところ、大変心配だ。
今しばらく、ちょっと足を運べていない。

が、このたび、若きリーダーが選ばれた。
やっぱり、フランスだ。
あるべき姿を目指して、進んでいく。
精神性豊かな、自由の国の代表選手として、
よきフランスを取り戻してほしい。
ドイツとフランスは民族的には異なるが、哲学的であるという
点では共通しており、
あるべき姿・・をきちんと考え、実行できる人たちだと
信じている。

私のラジオ番組のテーマ曲は、ピアフの「愛の賛歌」

いろんな意味で、グラン・ルーはフランス生まれ。
これからも、誇りをもって回り続けよう。

href=”https://www.grnr.mahsa.jp/blg/wp-content/uploads/2017/05/IMG_0369.jpg”>

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マーケティングリサーチをしない、オンリーワンの地方企業。

社名はもう20年以上から知っていた。長野の伊那に素晴らしい食品会社があると。
寒天という、地味な伝統的な自然食品の製造を行い、約半世紀。
「かんてんパパ」というブランドは中部や首都圏では知られているだろうか、
とにかく知ってはいたし、日頃からおつきあいのある企業のトップや幹部にも
絶賛の会社であり、気になりながら機会がなかったが、今回近くに出向く予定があり、
その会社の本社敷地内にある、かんてんぱぱガーデンに立ち寄る。
出入り自由、レストラン、ギャラリー、ホール、試食が出来るレストルーム。
寒天に馴染みがなくても、ひとたび訪れたら、かなり寒天ファンになりそう。
しかも、伊那近隣を代表する観光スポットになっているのか、寒天を使った全国の銘品から、
全国の自然、こだわり食品のセレクトショップもあり、新潟の見覚えある商品も販売
されていたりして、それも含め、かなりユニークなテーマパークである。
寒天を使った様々な種類の食品から、都会のグルメ、外食三昧とは一味違う、手作りの
楽しさや家族コミュニケーションから生まれる食の楽しさ、豊かさ。健康的な人生とは何か
について考えさせてくれる素晴らしいCSR活動。
こちら、パーク全員に自然なおもてなしが行き渡っている。
敷地内に無料貸し出しの傘がある。オレンジ色の傘は寒天の色か?
敷地内のショップ、ギャラリーで働く人々の笑顔が素敵で、とても親切だ。
働く人々が誇りをもって働いているのが伝わってくる。
こちらのトップの著書を拝読すると、なるほどと思うことしきり。
もっとも印象に残ったのは、マーケティングリサーチはしない。というものの見方。
データには過去しかない。
過去から何かを生むのではなく、自分がいいと思ったものを作ればいい。
ということ。
とても難しく勇気が要るが、自分が日頃考えていることにも自信がもてる。
そして作りすぎないこと、という点も共感する。
今の時代にこそ求められる、ホンモノの会社に出会え、元気が湧いてきた。
思わずこちらへも2日連続で足を運んでしまった。

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「もどきさん」と暮らす。

私が尊敬するMさんは、本当に心が広く、大地のような心の広さとやさしさに満ちている。
おおらかで、いつも前向きで、気風がよく、男前な感じも大好きなところ。
もう7~8年のおつきあいになるが、2年前に愛妻でなく、愛夫が病に倒れ、半身不随が心配されたが
Mさんの応援・協力・行動あって、お二人でがんばってリハビリされ、どんどん回復され、お会い
するたびにご自身でできることが増え、お元気に。そして今ではいろんなところへ旅行される
こともできるようになった。
ああ、本当に仲がいい、本当に助け合っておられる。いつもこの夫婦愛に感動していた。
久しぶりにMさんとお会いして、食事しながら情報交換をする。
「旦那さん、いかがですか?」
とお聴きすると、どんどん回復され、良くなっておられるが、やはり以前と同じという
わけにはいかず、会話や行動には後遺症も残り、時々、以前の夫とは違う人といるような
気持ちになる・・とのこと。
そして、Mさんは
「なんだか、似ているけど、違う人っていう感じですかね。そう、『もどきさん』と
いるような感じ・・。でも、同じ思い出があったり、一緒にどこか行けるし、これはこれで
いいと思いますね。」
と明るく笑って言われる。そこがMさんの凄いところ。
そうか。もどきさんか・・。
健康なとき、病気やケガをしたとき・・。
同じ人間でも、いろんな状況で変わってしまう。
それも含め、その変化にも向き合い、一緒に楽しめるのが本当の夫婦、本当の
愛だと思う。
「いなかったら、さみしいですしね。そう思うと、これでいいかな」といわれるのも
心にしみる。
それから、Mさんは冗談交じりに、私に暗号のように「もどきさん」との会話を
教えてくださる。
私だったら・・。彼女はいつも、私のお手本だ。
人間で大切なことは、楽しく愛を持って生きることだ。と教えてくださっている。
私だって、もどきのマーサになることもあるかもしれないし・・。
それでも見放さずにいる人がいてくれたら、幸せだ。と思う。

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ルイスの行方が気になる。

ベネズエラの友。といっても会ったのは2回だけであるが、
彼とはその後もメールでのやりとりはしばらく続いていた。
初めて会ったのは、ブエノスアイレスのタンゲーラ。
食事しながらタンゴを観賞するという劇場レストランには
たいていカップルや友達で訪問する場合が多いはずであるが、
私の場合はひとり。そして同じテーブルで相席となったのが
同じく一人で来ていたこのルイスだ。
幸いにも、ルイスは英語も話したので、会話が成り立ち
ずっと会話を楽しめた。
同じスペイン語圏のベネズエラから、アルゼンチンへ
旅するというのもなかなか大変なことのようであったが、
彼は国営の電力会社で働く、エリートな青年という感じであった。
タンゴショーの合間に会話しながら、翌日が誕生日である
と知り、これは何かの縁だと思い、その翌日市内で
待ち合わせをし、再びお茶をしながらベネズエラと日本の
異文化情報交換を楽しんだ。
この青年の名は、ルイス。
彼は、生まれて初めて見た日本人が、私であるということで
とても感動し、彼がこれまでテレビや映画で見た
日本のイメージと私が違うということで、驚いていた。
ベネズエラ人が抱く、日本のイメージは仕事人間、
クール、忙しそう・・・とにかくベネズエラとは違うんだ
と面白く語ってくれた。
いつかベネズエラで会いましょう。
いつか東京にもおいでね。
といって、別れたあとも、CDを送ったり、スペイン語交じりの
メールをもらいながら、しばらくは連絡が続いた。

が、そのうち途絶えた。
そして、時折、ベネズエラのニュースを聴くたびに心配に
なり、ルイスはどうしているんだろうか?と思い、
最初はメールをし続けていた。
が、返事が来なくなった。

さらに、今、政情が不安定だ。危険な状態だ。

ルイス、どこにいるのか?
無事なのか?ブラジルへ逃れた人も多いというが、
ルイスの家族はどうしているのか?

たまたまあった一人の異国の友から、その国のことを
心配したり応援したりするようになる。
今も、ルイスとのバカげた会話が懐かしい。

きっとタンゴの魅力が、コミュニケーションをより
楽しくしたのだろう。

ベネズエラはじめ、今、危機状態にある国々が
平和であり、穏やかに生活できるようになることを
心から祈っている。

ルイス、元気でいて!

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「一生懸命かけば、伝わるんです」

長年お世話になっている方のふるさと~新潟の南魚沼にある
素敵な素敵なミュージアム。
早く行かねば行かねばと思っていたが、なんせ足がないと
どうにもならない。
そこに展示されている作品を使ったポストカードや、
カレンダー・一筆箋等の文具は以前より越後湯沢駅をはじめ、
文具店などでも見かけ、その絵柄が好きで時々購入したり
その応援団の方からいただいたりして愛用してきているが
なんせ原画を見たことがないことが気になっていた。

そんなこんなでなかなか訪ねることができなかったが、
今回何年越しかの念願が叶い、地元の書家さんのご協力
により、訪問が実現した。
そのミュージアムの名前は「野の花館」。地元在住の画家
外山康雄さんという方が長年描かれた、山野に咲く草花、
山菜が丁寧に展示されている。
地元の酒屋さんの古民家風店舗を活用、高い天井をも生かした
バランスのよいミュージアム。
館の前で立ち止まり、そして中に一歩入った
ところから気持ちが落ち着くから不思議だ。
全館から自然に優しく抱かれているような気持ちになる。
そして愛らしい草花たちの水彩画が、なんとそのモデルである
草花と一緒に展示されているのには驚く。
その草花たちも、それぞれ違う器に活けられ、ひとつひとつ
大切に展示され、草花とともに作品を楽しめるというなんとも
贅沢なミュージアムだ。
作家の外山先生にもお会いすることができたが、なんとも
優しい、まさに道ばたに静かに咲く、愛らしい野花といった
印象だ。そしてご一緒に接客をされるご家族も素敵だ。

日々、新たに描かれる作品も織り交ぜ、何度来ても飽きないように
工夫され、訪れる人へのおもてなしも大切にされている。
もともと印刷会社でデザイナーをされていたということで、
印刷会社時代の様子が目に浮かぶ。二足の草鞋から脱サラ
され画家生活をはじめられ、今年で開館15周年とのこと。
「一生懸命かいていれば、伝わるんですね」
その言葉が静かに心に響く。
なぜか先生やご家族と接しているうちに、ここを応援したいと
いう気持ちになってくるのも不思議なこと。
早速、その日の午後に、違う人とともに再度来館した。
一日に二度も訪問する美術館というのは初めてだ。
ライフワークとビジネス。両立が難しいが、真似はできない
が、素敵な人生のお手本のひとつを見せていただいた。

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生を愛し、かえりみて自らを知る

最近、近所の大学のオープンカレッジに参加し、頻繁に足を運んでいるが、
そのキャンパス内で気に入っているのが、会津八一記念博物館。
新潟出身の人であれば、あるいは早稲田大学で学んだ人であれば
ご存じであろうが、それ以外の人には知るきっかけがない。
私もたまたま、新潟に足を運ぶようになり、新潟日報という日本一の
地方紙に触れることになり、その存在を知るようになった。
が、まさかその氏の記念館が近所に存在していたとは。
もちろん学生利用のためであろうが、一般開放されているし、
一応今は少し授業料も払っているので、堂々と中に入らせていただく。
入館料は無料。
建物は明治時代にけんちくされた図書館を利用されており、重厚な
西洋建築に、氏が集めた東洋美術のコレクションはじめ、大学所蔵の
美術品の展示が不思議とマッチしている。
大学の芸術学部を設けたなど、興味深い。あいにく東洋美術への
関心はあまりなかったが、ローマに派遣された九州のキリスト教徒たち~
少年使節団などの絵や、長崎港の版画のコレクションなど、まさに
東西をつなぐ数々の歴史文化的な軌跡を見ることができ、
大変興味深い空間。
そこに、氏が書かれた、学徒という書がある。
面倒を見ていた学生たちに教えた学びのルールといったところか。
そこに心惹かれる言葉をみつける。

ふかくこの生を愛すべし。
かえりみて己を知るべし。
・・・との言葉。
氏はどこまでも現物主義であったそうであるが、現実、現物まさに
自らの五感から真理を導こうとした姿勢に感銘を受ける。
リアルなものからは、ネット社会では得られない生の感動や学びがある。
現物主義か。とても勉強になる新潟出身の偉人に感謝。
さあ、今日も深くこの生を愛し 生きるとしよう。

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どきどき、プチチェンジ。慣れることに慣れる。

電気・ガス・水道と同じように、電話料金は気になる、生活の大切なライフライン的存在だ。
私はチラシを見てモノを買いに行くのもおっくうで、いろんな料金比較があっても、いちいち見て比較して・・・
という購買行動が実は苦手。
いいと思ったら、それを信じる。そのまま使い続ける。とそんな傾向があるが、
今回、久しぶりに電話会社~キャリア~を変更してみた。ついでにスマホも交代。タブレットも新機種にしたいほど
使いまくっているが、次々に更新する程いろんな意味での余裕はなく、いよいよというタイミングで買い替える。
機材を変えると、使い勝手が変わるので、ちょっと面倒ではある。
さらに電話会社を変えると、いろんな勝手が変わるのでこちらもちょっと不便な瞬間がある。
「ああ」とか「もう」とか言いながら、格闘するが、結局わからなければ、電話をすることにする。
ホームぺージを見て入会することは、いつでもアクションでき、とても便利であるが、困ったときは
お客様窓口のお世話になる。
いやはや、彼ら彼女らの電話応対の仕事は本当に大変で、ネット社会になればなるほど、実はこの個別対応が
信頼の鍵になるのだ。
プロバイダーも昔より、電話応対の質が向上しているような気がしている。
人にはそれぞれ自分に合った環境、操作があると思う。それはそれでよい。
今回は節電や機材の老朽化などの理由で、久しぶりにいろいろ変えてみたが、いやー、怖さもいっぱい。
でも、いざとなれば、つながらないだけの話。つながらなくても、いざとなればファックスも固定電話も
手紙もあるさ。というノリで、どーんと構えればよい。
と、最近、見えないお客にわかるように ときには怒りをおさえて、丁寧に対応されるサービス係を
尊敬している。
競争激しいこの業界、うまく使って、内容の濃いコミュニケーションができれば何よりだ。
大切なのは、何をもっているかではなく、あくまでも中身なのだから。

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