勝ち負けのないピアニストで

18歳のとき、なぜ音楽の世界を一度離れたか?
理由はいろいろあった。
経済面やあの世界の特殊性と、誰に教えていただいた、どのコンクールに出た、受賞した何位になった、、、、
と羅列するプロフィールやそれを作るための師弟関係づくりの独特な世界。

結局勝ち負けと、経済が絡んでいることに違和感を
抱いたこと、自分には無理だなと思ったこと・・・など。

今思えば、若かったとも思うが、
あのまま続けることは無理だったので後悔はないし、今までの道にも納得している。
あのまま続けていたら、今の自分ではなかったかもしれない。

今、改めて音楽の力でできることを考えている。
そして先日も触れた「駅ピアノ」のように、
勝ち負けのない自由なアーチストを目指したい。と
強く思っている。

1人でも2人でも10人でも100人でも、その一人一人にじんわりと感動してもらえる、
共有される表現者でありたい。

心に響く演奏を。

勝ち負けのないピアニスト。
今、改めて、とても憧れる。

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「楽しく」「学ぶ」は永遠に!

ディナーショーに来てくださった方のなかで、教育関係のお仕事をされている方がおられた。
元小学校の先生たちだ。今も、その現役の先生をサポートする、今世の中に求められている
仕事をされている。
さすが、元先生たちだ。
ディナーショーに来られても、その姿勢が違う。

いただいた感想のメールより、一部を抜粋させていただく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ス~と気持ちに入る素敵な音楽と新潟の食材をふんだんに取り入れたお料理が素晴らしかったです。

それにも増して私が感銘を受けたのは、マーサさんの献身的なおもてなしでした。
一人一人を楽しませるために、
自らが動き回って声をかけて景品を用意して演奏をしてトークをして、
会場の見えない観覧車を全力で回していらっしゃいましたね。
そのおかげで愛と元気をいただいて
私たちは帰路に着くことができました。2人で「感動したね」と話しながら帰りました。

既に音楽を演奏することで、充分私たちを幸せにしてくださっているマーサさんが、
さらに心を込めるとはどういうことか教えてくださいました。

私たちも人を支える仕事をしています。先生から学んだ人を元気にするために大切な「まごころ」を忘れずに精進していきたいと思いました。

「今日来られなかった人のために」とおっしゃってくださったことを仲間にも伝えたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、このメッセージをいただき、ああ、こんな風に見ていてくださる方がいるのだと、こちらが感激した。

そして、楽しみながらも、それを学びに変えておられるところが、さすが教師をされてきた人だけのことはあるとも思った。

人生、生きている限り、成長したい。吸収したい。
どんなに楽しい遊びの場面でも、学べることが多くある。

ああ、やってよかった。
心からそう思える、そんな励ましをいただいた。

お客様は、いろんなところを見ておられるのだ。

楽しく、学ぶ。人生はその連続であり、積み重ねでありたい。

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バラのパワーに励まされ、癒されて。


本番には、お花があると、勇気と元気が百倍になる。
会場にお花を持ってきてくださる方、行けないからと送ってくださる方・・・。
いずれも本当にありがたい応援だ。

この20年、節目に赤いバラを送ってくださる方がいる。
私にとっては、ある意味、あしながおじさん?のような?
どこにいても見えないところで、いつも応援してくださっているようなそんな存在でもある。

今回も、新潟まで大きなバラの花が20本届いた。
これは20周年のお祝いとのこと。
あまりに大きくて、驚いた。
バラの種類もいろいろあれど、赤いバラもいろいろあれど、
こんなに大きなバラはあまりお目にかかった記憶がない。

このお花たちに見守られ、ライブを元気に無事、やり切った。
花の存在は、本当に大きい。ステージが華やかになる。

本番が終わっても、別れがたく
持ち帰って、二度楽しむ。
本番の余韻を長く楽しみ、家にも元気を持ち帰る。
「おつかれさま」
と、水を取り替え、声をかける。
本番後までも、ありがたい贈り物。

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全員満足の達成は高難易度。

イベントなど人に集まっていただく機会をつくるとき、
一人でも多くの人に来ていただけるようにしたいと思う。
そして、来ていただいた方全員に喜んでいただきたいと思い、
そのための対策をさまざま講じ、小さな工夫を心がける。
そして、全員が笑顔でお帰りになれるようにしたい、
最後にひとりひとりにお礼をいい、お見送りをする。

と、毎回そんなことをやり続けてきた。
企画によって、おもてなしの内容は変わる。
コンサートであれば、演奏やトーク・演出で最高のおもてなしを。
お食事もありであれば、そのお食事のメニューから、メニュー表から、
席次からすべて考える。
ディナーショーともなれば、同じテーブルに誰と誰が座ってもらうと
いい化学反応が生まれるか・・まで、よく検討する。
音楽をしっかり聴きたい方には、前の方のテーブル、初めての方には
全体が良く見える場所、交流を楽しみたい人は、お子さんが障がい者の
方がおられるときは・・など、いろんなことを考えて会場づくりを
考える。

最初から最後まで・・。とにかく工夫を重ね、全身全霊を込めて
企画から実施まで。
それが自分流の仕事のやり方だ。

でも、それでも、意外な化学反応が生まれたり、思わぬアクシデントも
ある。それも想定し、何かあっても速やかに対応する。

そして、笑顔でお見送り・・。
こちらの笑顔ではなく、お客様が笑顔かどうかが大切だ。
お見送りは、アンケートをとるよりも、よくわかる。

そして、その後のお礼メール。
その反応・・・。

その方それぞれの感じ方、喜び方、不満・・・などなど
聞かせていただける。

そこで思うのは、
自分が求める感想をいただける場合と、そうでない場合。
それも含め、自分の今後の企画を考えるには本当に
参考になる。
そして、
全員に、もれなく最高の満足をご提供することは
容易ではない。
そのことも、毎回いい学びだ。

しかし、お客様それぞれの満足が大切だ。
全員のお客様に満足いただけることが、私にとっての
満足でもある。

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あったかい20周年グッズ完成!

応援している障がい者の作業所トムソーヤさんには、器用な方がおられて、
そこで作られるストールやマフラーは、見事なクオリティ。
個人的にギフトにもよく利用させていただいてきたが、これをグラン・ルー オリジナルに
してみては?ということで、
今回、新潟ディナーショーでのお披露目と、来る冬への備えとして、「人生は観覧車のように」
マフラー&帽子を限定で作ることに。観覧車のロゴのタグが入った特別限定品だ。
色はオーダーであれば、お好み色対応が可能。
マーサスタイルでいけば、元気が出る色をメインに。
ということで、この度のディナーショーでお披露目したところ、大好評。
あったかい20周年グッズ。身にまとって、観覧車を覚えてもらえたら・・。
ということで、まずはラジオ番組でお世話になった皆さんに帽子のプレゼント。
なんだか微笑ましくもあるショットになった・・。
寒い冬をあったかく過ごしてもらえたら・・・。
感謝の気持ちを込めて。

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感謝はつづくよ、どこまでも。

ラジオ番組「愛の元気人」の番組終了記念の感謝のディナーショー。
参加される皆様に、心からの感謝を伝え、音楽から安らぎや元気を伝えることができたら・・
そんな思いで、なんとかかんとかやり遂げた。

早速届いた、ショットから、まずひとつ。

おいでいただいた方にまた、感謝。

結局は、この「ありがとう」の気持ちが行動となって、人と人の輪は、和はできていく。

まずは、無事開催できたことに、ご協力いただいたすべての皆様に、見守ってくださった皆様に
心より感謝を込めて・・。

近日WEBレポート公開予定です。

大変 大変ありがとうございました!

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「どうせ仕事するなら!」

私の好きな会社の、尊敬する創業者のことばのひとつ。

「どうせ仕事をするなら、感謝される仕事をしよう。」

そんなに特別なことを言っていないと思うが、心からそのとおりと思う。

「ありがとう」と言ってもらえる仕事ほど、うれしいことはない。

そして。これは仕事だけではなく、私にとっては人生も同じこと。

「どうせ生きるなら、感謝される人生にしよう」

生きること自体が仕事と思っているから、同じことになるのかもしれないが、

とにかく毎日、毎日小さなありがとう を積み重ねたい。
そうしていくうちに、幸せで充実した人生が終わっていくことだろう。

どうせ生きるなら、どうせ働くなら、どうせ・・・。

さあ、本日は新潟でのディナーショー本番。
どうせやるなら、感謝されるショーにしよう。

「ありがとう」の声が会場に響き合うことを願って・・・。
心からの感謝を込めて・・。

どうせやるなら、ちゃんとやる!

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「仕事に勝ち・負けはないんだ!」

家人との会話ではっ!と気づかされた瞬間の話。
いわゆる数値目標を掲げまい進し、コンペ続きの戦に連戦、
時々、なんのために?と思いながら続けてきた営業職。

長年のその仕事から、1年半前に、加齢(!)なる転職!
いわゆる公共的な役割を担うサービス業に着任。
不規則な生活、睡眠不足とともに戦いながら、過ごしてきた。
ゆっくり話せた 久しぶりの会話で印象的な言葉。
「この仕事って、勝ち・負けがないんだよね。」
そのことが、気に入っているような感じでもあり、
これまで、仕事には勝ち負けがあると、苦しんでいたのかもと
思った。

そう、仕事は勝つとか負けるとかではなく、
社会の役に立って、またそのおかげで生活ができて・・
まさに、観覧車にように回っていけばいいんじゃない?
と、私自身はそんな風に思っているが、
都会で長年戦ってきた、ビジネスマンにとっては、勝ち負けのない
世界は新鮮なのかもしれない。

もっとも、自分との過酷な戦いが毎日あるのだけれど・・。
それも楽しんで、納得してできれば、言うことはない。

勝ちも負けもない。人に喜んでもらえるいい仕事をすれば
いい。

なんだか、東京を離れると職業意識や働く価値観変わってくる、
いい意味での成長ができているような、そんな気もしてきた・・。

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京都の魅せる力、限りなく。

京都はパリと並ぶ、もしかしたらそれ以上の、国際観光都市だ。
何度足を運んでも、人々を飽きさせることのない「見どころ」が無数にある。
もし、京都に行って、「もういいかな」と興味の糸が切れるとしたら、
観光客の多さでますます混みあう錦市場ぐらいか。
でも、この混雑ぶりに負けずに、面白い食材を探すのも、魅力のひとつだ。

秋となれば、有名寺院の夜のライトアップ。
本サービスは、清水寺から知恩院、永観堂などでただいま、開催中だ。
実は、ここに住んでいた若き時代は、このようなアトラクションはまだなく、
また離れてからは、タイミングが合わず、またわざわざ夜のお寺に行く興味も沸かず、
普段より高いお金を払うのもどうかと思いつつ、今じゃなくていいや
と思い、一度も体験したことがなかったが、今回、初めて青蓮院の
ライトアップに出かけてみる。

17時になると、日が落ちて、ライトアップに万全なステージが
出来上がる。
寺に向かう道もほど暗く、大晦日に歩く京都の道とは違う、静けさ。
ただ、門に近づくにつれ、外国語の話声が聞こえてくる。
そうだ、海外からの観光客にしてみれば、ライトアップのお寺は珍しい
観光地だから、皆さん、ここぞ!とばかりにおいでになる。
静かに見たいのにな~。とちょっと残念に思いながら、門に入る。

真っ暗な庭の中に
碧いライトが浮かび上がり、幽玄な世界が広がった。
そして、さきほどまで気になっていた人々の話声も暗闇に包まれ
次第に静かになった。

夜は、昼のコースと反対のコースを歩くようになっている。
まずは、お堂の中から、ライトアップされた庭を見る。
スポットライトが当たる石、池、木々。
時間差でその光の場所が変わるのが面白い。

暗闇とは、人の心を落ち着け、また想像に向く。
そんなことを想い乍ら、寺の縁側に座って
真っ暗な庭をみつめていた。

昼見る世界と、夜見る世界の違い。

昼は目で見る、夜は心で観る・・の違いか?

次は、靴を履いて、庭を歩く。
進む方向がわかるようにだけ光は指しているが、
暗闇を歩くというのも、なかなかの経験だ。
近所の道を夜遅く歩く・・というのとは違う。
寺の庭を夜、歩く。
暗闇の中にみつける光。
足元を見ながら、気を付けて歩く夜の道。

ところどころ、みつけるまさにライトスポット。
暗闇のなかにみつける光とは・・。
この対照性も趣き深い。

やっと写真が撮れたのは、この竹藪。
敷地内にある神社の鳥居とのマッチングが見事だ。
昼には気づかないこの竹林。
夜、このライティングで存在に気付いた。

昼見る世界とはまったく違う、夜の寺院。
ライトアップがなければ、見る機会はできなかった。

このおかげで、寺の昼と夜の二面性を見ることで
世界の二面性をも想像することができ、
人生の暗闇と光についても考えるひとときを
得ることができた。

このように、京都は自らの魅せ方をよく知っている。
そして、その探求と挑戦にも意欲的だ。

存在自体が魅力的であるからこその、見事な発信力。

やはり、KYOTOはパリに並ぶ、世界の魅力都市だ。

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二言目には「関西ですか~??」

新潟の人との会話で、よくある場面。
名刺交換をしてから、1分もしないうちに、無口に見える新潟の方が
私の顔を見て、
「関西の人、ですかあ~」
と言われる。顔を覗き込むように言われるのが、印象的だ。

関西出身ではないので、
「いえ、岐阜生まれですわ~。ま、そのあと京都で長く住んだのと
子どもの頃から、吉本新喜劇で育ったので、ま、関西人みたいなもんですわ」
と答えると、
「へえ、そうなんだ~」
という顔をされる。

新潟の人にとっては、佐渡が関西文化の影響を受けていることもあるかも
しれないが、関西は、東京とは違う、特別なところ?なのかもしれない。
東京はビジネスの憧れ、東京に出て成功する・・・。一方、関西は
異文化の町、ちょっと珍しい、でも実は好き・・という感覚なのかも
しれない。

ということで、関西人というイメージがあるようなので、
そのままでいくことにする。

人って、会話のなかで二言目に
「東京ですか~?」
とはなかなかならないし、大都会という別世界のイメージもあるかも
しれない。
一方、
「関西人ですか~?」
は、台湾人が
「日本人ですか~?」
と聞くのに、ちょっと似ている気がする。
いずれにせよ、聞かれるということは、
相手に興味をもっている
ということだと、この問いかけ、とてもありがたく思っている、

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