親がお世話になっている施設からの郵便。毎月の必要な書類が送られてくる。
そこに父の最近の様子のカンタンな報告とともに、施設内で撮影された1ショットのコピーが貼り付けられている。
そこにある父の顔を見て、愕然とする。
施設暮らしで、コロナで会えなくなって、どんどん変化していっているような。
どんどん別人のようになっていくような・・・。
施設の方が書いてくださるコメントは、最近は穏やかに暮らしておられます・・と家族を安心させるメッセージもあり、本当にありがたい限りであるが、
穏やか=当初の元気は低下していることが想像できる。
こうして会えない間に、どんどん変わっていくのかもしれない・・。
同世代のある方が、「介護には正解がない」と言われていたことを思い出す。
確かに、その時その時は、ベストと思ってこの1年半、選択しながら進んできたつもりであるが、親にとって果たして最高であったか?と思うとおそらくそうではないはずだ。
老いて自分で自分のことができなくなると、周囲が自分のことを決めていく。
お世話されるということは、ゆだねることであり、自分の意志に反することもあるはずだ。
父はどうしたかっただろう。と思うと、本当に胸がつぶれそうになる。
家族の事情、住居の都合、身体の状況・・・さまざまな要因から、今の状態がある。いつも、これでいいのだろうか?と自問している。
今年を振り返ると、このことが一番気になることである。
介護は本当に正解はない。終わってからも手放しで喜べない・・・そういう仕事のような気がする。
長く生きることについて・・改めて考えさせられるが、
親の日々について、ご協力・応援してくださる方への感謝だけは持ち続けたい。
自分がこのように生きられるのも、皆さんのおかげだから。
これでいいのか?正解はなし。
超最速の現場にエールを!
例のGO TO トラブル いや、トラベルの一時休止で、現場が対応に追われている。旅行業界の皆さまは、本当にコロナに加え、仕切る人のブレブレ対応に振り回され、本当にお気の毒な2020年だ。
最寄りの鉄道系旅行会社は、今年30周年という節目であり、さまざまなキャンペーンを用意されていただろうに、さんざんな結果でこのアニバーサリーを終えるとは本当に・・・。
このたびのGO TO トラベルについて、1件、近日サービス利用の予約をしていた。
そして、除外と決定。
さて、その後の対応の素早さにびっくり。
ガースー氏の記者会見による一時休止の報道から、翌日午後には、利用者に
連絡が入り、手続きの案内が入る。
1日もしないうちに、キャンセルなど処理対応ができるなんて、万一のときの準備はすでにされていたのだろうか?
これら旅行会社のスタッフの皆さんの心中穏やかならぬのに、冷静にお客さんに
対応されていて、本当に頭が下がる。
今年は、いつも窓口へ行くと「大変ですよね。がんばってください」とつい
言葉をかけてしまう。
いずれにせよ、現場とお客の関係はとても近く、迅速対応だ。
それに引き換え、その仕切りをする側が、別世界に住んでいるかのようだ。
年末年始に向けて、多くの予約を受けていただろうに、本当にお気の毒だ。年末年始の結果が、また心配になってくる。いつまで続く?
線路は続くよ♪ではなく、コロナは続くよ・・はもうごめんだ。
本当に国民のために、適切な判断を迅速にしてほしい。
それができていたら、年末年始にはさしかからなかったかもしれない。
自助ができる環境を整えずに、自助を求める公人は??要らない。
Where go to?改めて・・
青いポスター、ステッカーが駅や街中のいたるところで目につく。この光景にも慣れてきたこの二、三カ月。先日訪ねた京都の老舗カフェは、これまでと違う若い客層を多く取り込んで賑わっており、そしてレジでは地域クーポンの山を見つけた。クーポンとともに、新たな観光客がやってくる。昔から好んで利用していた馴染み客には、客層が変わるのは、少し戸惑いも・・。
お客さんは増え、売り上げは一時アップ。今年の厳しい営業状況において、この大盤振る舞いの販促は利用者にもお店にも有り難い。でも、この賑わいが感染につながるという皮肉な結果に・・・。
そんなこんなで、この対策は一時休止。また観光、輸送業、飲食業には再び痛手になるが、今はやむなし。当然であるが、当事者にはこの繁忙期に向け更なる痛手。本当にお気の毒だ。
しかし、今はまずは感染症拡大を収束させること。これが一番大切で、楽しみはより安全なタイミングまで待てばいい。
健全で安心できる社会に向かうことこそが、 今向かうべき道。
どこへ進みたいのか、向かうべきなのか。
まずはリーダーが明確に、自身のデスティネーションを示すべき。
間違っても支持率など、保身のため、自分たちのための対策であってほしくない。近視眼的でなく、どこへこの国は向かうのか?をきちんと示し
安心してその導きにのっていけるようにしなければ、
どこへ行く?一番問いたいのは、そこである。
とにかく、企業さんたちには、なんとかなんとか踏ん張っていただきたい。
そのためにできる応援をしていこう!
伝わってるな~。伝わってないな~。
いろんな人のスピーチを見るのは、勉強になる。
スピーチと言わなくても、人前で話している人の様子ややりとり・・・。
私はメルケルさんが大好きであり、尊敬している。
台湾の蔡さんも同じ。
発するメッセージがクリアで、自身の内側から思いが溢れている。
と同時に、責任と覚悟も見える。
伝わっているな~。この人も言うことなら聞こう!と思えてくる。
一方、トランプさんのスピーチ。こちらは、内容的には賛成、共感しないけれど、
彼を信じている人からすれば、引き込まれる力がある。
コトバ自体、平易でわかりやすく、こちらも自分の言葉だから、響いている。
信じている人には、「この人の言う通り」となるのだろう。
一方、日本の政治家たち。とくに表舞台によく出られる人たちのスピーチは
なぜか、伝わってこない。
どこ見て話しているんだろう。読んでるな~。考えて話しているのかな。
他人事みたいだ・・・。
と、内容が中に入ってこないで、コロナ社会で普及したアクリル板のように、
遮断されている感じ。話し手と聞き手が一体にならない感じがある。
お飾りのスピーチ。借り物の言葉。
政治家はコトバの仕事であるから、ここがきちんと発せられていないことは
致命的だ。
それはそれとして。
伝わっているな~。伝わってないな~。
私自身は、もちろん前者を目指すし、後者の事例もみつけたら、前者になれるよう導きたい。もちろんクリアな思いの人に限定したいが。
伝わってるな~。
危機の時代は、とくにここは、大切だと思えてならない。
伝わってこそ、人は動く。
コロナと地縁。
さらに加速する高齢化社会。親世代の生活の変化が著しい。
元気に団体旅行へ出かけ、日々も車で、自転車でとそれぞれ元気にお出かけしていたお年寄りたちが、このコロナで急に行き場を失った。
そこから急にデイサービスなどの利用をはじめる方も増えてきたかもしれない。
もっとも、福祉施設もコロナを見ながらの運営で、利用者が多いから万々歳というわけにはいかないだろうが。
一方、医療機関の経営が危ぶまれている。コロナ患者の受け入れだけでなく、コロナで病院に行きづらくなったという点もあり、地域の医療機関は、待ちの医療から、応援に力を入れ始めている。
おうちにお医者さんが来てくださるなんて、大変ありがたい。
母のもとにも、週に一度、主治医の先生が往診に来てくださる。
家族にとってもありがたい限り。
子どもと同居していない、あるいは子どもがいないお年寄りにとって、地域社会は暮らしのすべてである。
実家の近所のある喫茶店は、母がずっと利用してきていることもあって、そこの弁当を毎日自宅にお届けいただき、週に一度は喫茶店に連れ出してくれる。
特別なサービスをしてくださっている。飲食の提供だけでなく、見守りもしてくれている。本当にありがたい。
それに加えて、デイサービスやヘルパーさんの活用。
ここに関わってくださっている皆さんも、地域の方々。
さらに、ご近所さま、近くに住む親せきのおじさん、おばさん。
ゴミ出しの日から、庭の掃除から・・親ができなくなってきていることを手伝ってくださるようになり、私も自分で無理なときは、自然にお願いするようになった。「いつでも言ってね」と、この一言が本当にありがたい。
元気で若かったときは、それぞれ自分の好きなように生きていたが、
身体が自由に動かなくなることで、周囲の支えがなければ生きられない。
そんなときに、ほどよい地域との関係は不可欠だ。
田舎の人の目が苦手であった若い日もあったが、今は、実家のご近所さまの
おかげだと、自然に挨拶も出る。
とくにコロナ後は、地域の中で生きる。
ということがますます重要になる。
母のこの1年を見ていて、改めてご近所の皆さまに、頭が下がる。
毎週日曜は、母がその近所の喫茶店にお出かけし、近所のおばあさん同士
語らう日。
今日もその日だ。会える友達がいるだけ、彼女は幸せだ。
地域とは、地縁とは本当に大切。母にとって、かけがえのないお守りだ。
長年のかかわりから生まれる絆が、高齢化社会を支えているといえるかも
しれない。
これは、都会にはない現象だ。
経済活動とは別に、心で助け合う。お互いさま。
コロナで見えてきたことのひとつが、この地縁への感謝。
抱きしめたくなる仕事。
何年か前から、いい歳になってきたし、そろそろ職業名をカタカナから違う表現にしたいと思いつつも、最適な表現がみつからず。
ま、せっかく23年前、自分なりに考えた「コミュニケーション・クリエイター」に愛着もあるため、今はそのままこれを踏襲している。
この職業に飽きたわけでも何でもない。ただ、作曲家とか芸術家とか落語家とか、漢字の方がより専門性と落ち着きがあっていいと思う年頃になってきたのか。
でも、しかし、なぜ作曲「家」なんだろう?昔は世襲の仕事だったせいか?
と話題は横道にそれたが、とにかく名前はどうであれ、コミュニケーション・クリエイター業を全うすべく、日々大変楽しく走り続けている。
現場に寄り添うお助け隊としてのコンサルタント業も、アーチスト業もすべて
大好きな仕事だ。
出会う企業さん、出会うお客様。
今年もどれほどの新たな出会いをいただいただろう。
コロナもあり、数は例年より少ないかもしれないが、今年も多くの感動をいただいている。
今週も、コロナ前に初めてお会いした企業さんが、久しぶりに訪ねてきてくださった。私のお伝えしたアドバイスを活かしここまでがんばってきて、もっと聞きたいということで、10か月ぶりの再会。
2月は日本はオリンピック開催に、インバウンド需要に向かっていた。
それに合わせたアドバイスをしていたのだ。
でも、それができなくなった。でも企業さんは企画中であった商品を完成させ、
発売開始の準備を進めていた。今回はその相談であった。どうやって売ればいい?業務用の仕事しかしてこなかった企業がコンシューマー向けに動き始める。その支援を求められる。
お会いしない間、着々と準備され、形になった商品を目の前に、目頭が熱くなった。こうやってがんばってこられたんだ。
私の言葉を信じて、行動されていたのだ。と思うと、その商品を、企業さんを抱きしめたいぐらいの気持ちになった。
よし、この商品をしっかり応援しよう。
と、新たな気持ちが湧いてきた。
とまあ、こんな具合でこの仕事には日々感動がある。
目を閉じれば、いろんな企業さんの顔が浮かんで・・・。
売り場で企業さんの商品をみつければ、すぐさま手にとり、カゴに入れる。
企業さんの商品を応援したいあまりに、個人的には財布のひもも緩みがちであるが、マーケティングの仕事は、まず使ってなんぼ。お客さんにならずして、
何もコメントはできない。いいアドバイスもできない。
そんなことをモットーに続けてきた、この仕事。
今、改めて私はこの仕事が好きでたまらない。
求めてくださる方がいる限り、寄り添い業をまっとうしたい。
結局は自分のため。自分の人生を生きるためにより良い仕事をしたい。
そして、誰もやらなかったこと、歩まなかった道を進みたい。
と、世の中がマスコミにより、不安な方向に導かれがちな今日こそ、
皆さんを元気に!自分ができることを極めたい。
抱きしめたい仕事。ありがとうがこだまする仕事。これからも誠実に愚直に
向かいたい。
決めたら、とことん。
これまで続けてきたことを、このコロナ禍を経て、なお続けて行くべきか。
思い切って区切りをつけて、撤退、縮小するか。
この年末にはいろいろ決断を迫られることも多いかもしれない。
思い入れはあるけれど、さまざまな理由でもうこれ以上は続けられない
から、今ここで一区切りということもあるだろう。
また、社員や周囲に厳しいことを伝えて、年越しをしないといけない場合もある。今年は例年より、そんなことも多くなるはずだ。
最近話をする、経営者とのやりとりには、
社員には見せられない気苦労、決断の前後の悩みがにじんでいる。
でも、組織を守っていくためには、苦渋の決断はやむなきだ。
いけいけどんどんの時代は、もうとっくに過ぎ去った。
やると決めて、前に進む。
やめると決めて、きれいに終わる。
どっちの決断も勇気と覚悟がいる。
そのあとが、大切だ。
その決断の効果が出るように、結果が出るように、とことん
突き進むしかない。
決めたら、どことん。
人生も仕事も、決断と行動の繰り返し。
自分で決めることの重責はあるけれど、
人に決められるよりいい。
と、私はそう思う。
今日も、とことん、生き抜こう。
アマビエにみる信仰・アート活動



今年、コロナ終息に向け、日本中に救いを与えた存在のひとつが、
「アマビエ」伝説。
もし、コロナがなかったら、この妖怪の存在を知ることはなかっただろう。
そして、ネットの普及やクリエイティブな素材性により、この
アマビエの認知は広がった。
100年前の疫病時にも、このアマビエ(当時はアマビコ)を信仰していたらしいが、ネット社会ではなかったため、今日のように広く知られることはなかったが、静かに伝承されてきた。そして、このコロナでブームとなった。
今年、日本発の妖怪・伝承文化の発信がこのコロナ禍において
人々を元気づけたことは間違いがない。
そんななか、たまたま愛知県一宮市出身の画家 三岸節子記念美術館に足を
運んだとき、館内に偶然にも、アマビエの神社を発見。
なんと、地元のお菓子屋さんが、感染症終息を願い、アマビエのお菓子を
企画製造。この美術館内のカフェで期間・数量限定では販売しはじめており、
お菓子を販売するにとどまらず、注文したら、この神社にもっていき、お供えをしてお参りしてから、召し上がってくださいという提案。
そのための神社である。
祈りまでセットにしているアマビエスィーツの提供とは、驚いた。
私はこのことを知らずに美術館を訪ねていたのであるが、当日がこのアマビエお菓子の発売開始日で、地元紙の朝刊にも、掲載されていたようで、お店に滞在するわずか30分の間に、多くのお客様が「アマビエ、まだある?」と駆けつけ、すぐに初日分の完売となった。
単にキャラクターとして楽しむだけでなく、みんなでお参りして、感染症の終息を願おうとするこのムーブメントがとても素晴らしく、日本的でもあり、まさにこの取り組み自体がコロナ禍のアート活動でもあると感じた。
求肥入りのこだわりのお菓子。和菓子好きな方には、とても美味しくありがたい
お守りになった。
アマビエを活かすコミュニケーション活動はまだまだ続く。
モノで終わらせず、コトにしていくことが大切。
とにかく早く終息し、みんなが心身共に元気に過ごせるように。
感謝の気持ちと、手書き。
大切な方にギフトを贈る機会。この時期は特に多い。そして受け取られた方から何らかの反応が届く。
まずは、メールでのお礼。相手に迷惑をかけることなく、感謝を伝えたいときには、これが一番。読めるタイミングで確認してもらえたらよい。取り急ぎのお礼には最適な手段であると思う。
また、久しぶりであったり、相手にとって、思いがけない贈り物のときには、電話をいただくこともある。生の声から、先方さんの喜びだったり、驚きの気持ちを知ることができるので、こちらも良い。
一方、後日、ご丁寧に郵便でお礼が届くこともある。会社から封書でのお礼状。定例文をしっかり生かして送っていただくことも、カスタマイズされたお手紙が送られてくる場合も。秘書がパソコンで作成されたお手紙に加え、最後に社長さん直筆のサインとお礼のメッセージというスタイルもある。
さらに、すべて手書きのお便りが届くこともある。季節のイラストなど入って雰囲気のある1枚のはがき。「なんだろう?」手に取ってゆっくり眺めるときのたのしみ。丁寧に書かれたハガキからは、書かれた方の感謝の気持ちがまっすぐ伝わるし、なんども眺めたくなる。
つい最近も、1枚のお礼状をいただき、なんども眺め、その書き手のことをあれこれ想像した。きっと姿勢良く、心を落ち着かせて、ゆっくり書いてくださったんだろうな・・。そのゆとりが伝わってくる文字の大きさ、形、読みやすさ・・。
手書きのカードやお手紙は、なぜか捨てづらい。
パソコンで書かれたものは、なぜか躊躇なく処分できる。
私たちは、日ごろ、膨大な文字情報に接し、処理することに慣れてしまった。
そんななか、手書きは処理の手を、瞬間ストップさせる。
手書きは、世界にひとつ。もう二度と手に入れることができない。
またそのときの、書かれた方の気持ちがそのまま詰まっているから、
大切にしておきたいという気持ちになるのだと思う。
もちろんそれぞれのライフスタイルがあり、多忙な日々のなかでどんな
お礼をするかは、その人次第。大切なことは気持ちを伝えること。
年末に向け、さまざまな感謝のスタイルと手書きについて、学ぶことが
多い。ギフトで贈る人も受け取る人も幸せになれるといい。
コロナ時代こそ、手書きコミュニケーションを大切にしたい。
処理することに慣れすぎないように・・・。
今こそ、クリエイティブにドラマチックに
最近はネットを活用した情報発信、配信が日常的になってきているが、
商品のことを伝える手段としても、いわゆる企業側がいかにも!という感じで制作するコマーシャル的なもの以外に、違う手法を試みる企業も増えており、ヒットして話題になっている事例もある。
そんななか、今回は防災用品を企画制作している企業の新たな発信として、
演劇をネット配信するという試みをすることにした。
日頃からの企業さんとのやりとりの一方、演劇仲間とのおつきあいの中から
突然ひらめいた演劇PR。コロナで表現の機会が減っている俳優さんたちの出演の場、表現の場、新たな取り組みにもなれば。そしてネットで見てもらえる身近なPRツールとして。テーマは都会に住むビジネスマンたちの防災意識の向上、自助努力の啓蒙。そのことをある商品を通じて伝えるための演劇を企画、制作。
信頼する脚本家に話を持ち掛け、実現した。


コロナ感染再拡大で、自粛が呼びかけられている12月の日曜。静かな赤坂のレンタススペースを使っての撮影。
なかなか新鮮でうれしい取り組みであった。
短くてもYOU TUBE配信であろうが、リアルな演劇と同じような工夫と、また
完成度を目指して撮り続ける リアル演劇とも違う緊張感も漂う。
クライアントも新潟から上京され、立ち合い、商品の説明など協力いただいた。
完成は新年早々の予定。
久しぶりの俳優さん、新たな撮影・録音という世界の皆さんとの出会いで、
クリエイティブの世界の奥深さを感じるとともに、
企業の商品の発信に、クリエイティブが交わる、重なることの意義、面白さを
再実感。
よく私のヒラメキ、思いつきに賛同いただき、ここまで進んできた・・・と
そんな面からも感動の1日となった。
ゼロからの仕事、挑戦は楽しい。
これもコロナだから生まれた発想。楽しく挑戦する。これはぜひ続けたい。