雪は降る~。早く起きる~。

新聞は仕事上、やむなく購読しているものと、応援したくて購読しているものと2つある。
新聞屋さんの存在はとても好きで、応援している。
後者の新聞屋さんは近所でもあり、自分でお金を払いに行く。
人手不足のご時世、なかなかお店に人がいない。店主自身が配達に出ているからだ。

今日はいるかな。店内を覗いた雪の降った日。
夕方6時、夕刊配達が終わり、明日の朝刊の折り込みの用意をするスタッフの姿。
「お支払いに来ました~」
店主を待つ間に、バイトらしき若者と話す。
「今日は雪で大変でしたね。すごく寒かったしね」
「はい、さむかったっすねー。」
「でも、道が凍らなくて良かったですね。凍ったら配達大変ですね」
「はい、でも凍らなくて良かったです。いつも雪降ったら、いつもより
早く来るんですよ。配達遅れたらいけないと思って・・・」
その言葉にいたく感激。
雨の日も雪の日も、そんな風に配達してくれているスタッフが今日も
いるかと思うと、心あたたまる。
「いやー、本当に頭が下がります。がんばってくださいね。」
雪だから遅れました。ではなく、雪の日こそ早く行く。
素晴らしい姿勢だ。
顧客目線が徹底している。
だから、この新聞店が好きなのかな。
地方紙ならではの奮闘ぶりもほほえましく、やっぱり応援したくなる。

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笑われることを、仕掛ける。

何年振りかにお会いしたビジネスウーマン。地方でお会いしてから、数年が経ち、
上京されてバリバリがんばっておられる。
そんななか、思い出してくださって、コンタクトいただき、久しぶりの面談、情報交換となる。
最初は直近のビジネスの話をしていたが、ご無沙汰であったため、その間にあったいろんな
出来事や世間話にも花が咲く。そして、たまたま、ふるさと納税の話になった。

私の頭の中に、ふるさと納税といえば、平戸・・。平戸といえば、去年行ったザビエルコンサートのことがすぐ思い浮かんだ。

「あの、ふるさと納税といえば、平戸市がつい最近まで日本一だったのですよ」
「へえ、そうなんですか。何かかかわりがありますか?」
「いえ、ふるさと納税のことは後で知ったんだけど・・、実は・・・」
(カフェ店内でもあり、あたりを見回してからちょっと声のボリュームを落として・・・)
「あのー、私、フランシスコ・ザビエルの生まれ変わりかな~と思うことがあって・・」
この一言で、相手がびっくり!一瞬固まる。そして私の顔を見て、それから大爆笑。
「なんですか?それ~」
そこから、123の話、ザビエルの曲を作った話、そして平戸まで押しかけ?昨秋、ザビエルコンサートが実現したことを話した。
ワンフレーズ話すたびに、その人は
「はあ、うっそー、うっそー、はあ」
と交互に笑いと、驚き・・。
そして最後もずっと笑って、
「すっごいすねー、それ・・・ああ、面白い」
と大真面目に聞きながら、ずっと笑っていた。

そして、そのあと彼女は
「実は、私、こんなことがしたいんです~」
と先ほどまでのビジネスの会話とはスケールの違う、自分の冒険夢を
話してくれた。

私は自分がネタで、相手が笑うと、なんだかうれしくなる。
そして、もっと笑ってもらえることをしなくちゃと
がぜんやる気がわくのである。

笑いもいろいろあるが、想像を超えた世界に突入したとき
人は感動し、笑う。

この笑いづくりは、みんなにとって、とても良いはずだ。
嘲笑はよくない。
しかし、爆笑は良い!がんばろう。
人生づくりは、ときに芸人感覚で。

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速攻性だけを求めることなかれ。

2年前に相談対応した、ある衣料関係の小売店さん。長年やってきているが、
少子化で時代の変化に追いつかず・・。客足は伸びず・・。もっと知られたい、お客さんを
増やしたいが・・。との相談。いたって真面目な後継ぎさんという感じ。
マスコミに知ってもらうためにニュースリリースを作って出しましょう。
という話をしたのがまさに、2年前のこのシーズンだった。
その後も、時々その店の前を通ることがあり、気にはなっていた。
すると、2週間ほど前にそこの若様から久しぶりのメール。
内容は、以前お教えした内容のリリースを今年、改めて、焼き直して
(本人いわく、ネタ自体はあまり変わっていないが・・・)再度挑戦してみたら
なんと初めて、地元新聞社からの問い合わせがあり、取材を受けることになったという
嬉しい報告だった。
ああ、今年もトライしていたんだ~。偉いな~。ご無沙汰してもちゃんと覚えていて
くれたんだ~。
そして、昨日、新潟駅で購入した地元の新聞。そこにその企業の記事が大きく出て
いた。「あ、これだ!今日載ったんだ。」
つい、うれしくなり、記事に商品の問い合わせ用に書いてあった電話番号にダイアルする。
そして、本人に代わっていただく。約2年ぶりの声に先方も驚く。
「良かったですね~。うれしかったので電話しました」
と言ったら、電話の向こうで笑い声が聞こえた。

行動に即効性がないこともある。がんばってもすぐ成果、効果が出ないこともある。
いろんな事情、都合で、自分だけがんばってもどうしてもすぐに答えが出ないこともある。
お金の力で無理やり世の中を動かすことはできても、なかなか簡単に世の中が動かない
こともある。
しかし、あきらめず、こつこつ行動を継続することで、必ずや 思いが実現する
ことはある。何年越しでも、答えが出ることがあるから、諦めてはいけない。

そのお店の活性化にぜひつながってくれるように。
何年振りかであればあるほど、嬉しい報告は何よりの宝だ。

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忘れたころにやってくる。

久しぶりに長い地震。まだ揺れている、まだ揺れている・・。
なんだかおかしい。最近経験していない異様な感覚。
と思うと、東北地方にまた強い地震とのこと、そして津波警報が・・。
あの日を思い出す、テレビで繰り返される避難勧告。
あの繰り返されるアナウンスがとても怖いのだ。思い出すのだ。
出張日、朝いちばんの不意を突かれた地震。

近年、災害があまりに多く、困っている方がこんなに
たくさんいるのに、オリンピックより先に考えることある
んじゃないか?
と書いている方がおられたが、
本当に・・・。

とにかく忘れてはならない。
こうして、無事に生きて、出張に行ったり、普通に生活できる
ことが、決して当たり前ではないのだということを。

そろそろ、忘れていないか?の天からの警告かもしれない。

大船渡の知り合いに状況を尋ねたら、午後3時すぎにやっと
会社のデスクに座れたとのこと。
それまで朝からてんやわんやだったのだろう。
工場もストップしたそうである。また漁師さんは海が荒れて
大変だろうとのこと・・。心配されている。
東北の皆さんが、どんな思いでおられるだろうと、あの海を思い出した。

忘れたころにやってくる。

そんな朝。新幹線が遅れて出発したが無事新潟に行き、最終列車で再び
戻る。
日づけが変わる0時。東京駅や地下鉄内はいつもの祝日前の、
酔っ払い天国になっていた。朝の恐怖は無関係のように。
朝、地震だったから、酒飲まずに静かに帰ろうか
とはなっていない。

忘れたころにやってくる。

忘れないようにしなくては。
東京暮らし、そんなことからも、最近、とても怖い。

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おぬし、覚悟が足りませんぜ!

かのスペインのバルセロナにそびえるサグラダファミリア。
建築家ガウディの最後の、そして完成することのなかった、巨大建築。
世界遺産として、世界からの見学者が絶えない祈りの場。
私はまだ行ったことはないが、それにまつわる様々な資料、展示により
興味は高まるばかり。生きている間には、この目で見上げてみたいと思っている。

ガウディは最期、この教会の中に寝泊りし、仕事をつづけたという。
そして、ガウディなき後、この巨大建築物に魅せられた日本人の彫刻家の存在を
ドキュメンタリー映像で知る。
スペイン滞在3か月のつもりがこのガウディの作品に遭遇したとたん、30年以上現地に住み着いて
しまったという。この教会づくりに関わりたいと思い、念願がかなったとき、永住を決めた。
それは知り合いのいない異国で苦労し、何年もかかって、その仕事を与えられた時だったという。

もう日本に帰ることは考えていないというこの彫刻家。
ひたすらに石を彫り続けている。
この仕事は自分がやる、自分がやるしかない。
今日もやる、明日もやる。
石造物を創るには地道かつ孤独な作業が続き、それに向き合えるかどうか
が大切なこと。
ふと、私は自分がやる、自分がやるしかない・・と仕事に対して、腹をくくれている
だろうかと思った。
そして、今日もやる、明日もやる・・という気持ちで仕事に対峙しているだろうか。
と思ったら、なんだか恥ずかしくなってきた。

自分の仕事に覚悟を決めること。腹が座るということ。
それがあれば、もっとできる、もっとしなければならない。
まだまだ、上っ面だ。
劇的な出会いで、もしかしたらふとした気づきから、きっとその覚悟は決まる。
そのように追い込んでいこう。心からそう思う。

ちなみに、
ガウディは教会を創る職人たちに、
「明日ももっといい仕事をしよう」
と言い続けたという。

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脚本家のつもりで描き、役者のつもりで生きてみる

作家の勉強を少々しはじめているが、そうか、ドラマとは、映画とは、演劇とは・・。
小説も含め、言葉で作品を創るという行為は、いろんな要素で成り立っているのだ
ということを改めて知る。

例えば、ドラマや映画などの脚本。
これは、シーンの連なりだ。
どんな場面で、誰が何をする。
この連なりでひとつのドラマが成立する。

そして、そのシーンの中で、
ト書きと言われる、その場面を描写する客観的な叙述。それに
基づき、いろんな場面づくりが準備されていく。

そして、言葉。
この言葉も、実際に演者が言葉に出すセリフと
モノローグ。
そして客観的に作品を進めていくナレーション。

これらの要素を知りながら、作品を観ていくとひとつの
ドラマや映画もより興味深くなる。

ふと、わが人生のことをあてはめてみる。
私の人生は、どんなシーンの連なりなのだろう。
そして、結局、どうなりたい、どうなるドラマなんだろう。
人生は、先や終わりがわからないため、この脚本は
演じ切ることができないかも・・。
でも、脚本を意識し、描き、できる限りそれに沿って
演じ生きることは可能なようだ。

と思うと、悲しんだり、落ち込んだりするときも
それを客観的に見ている作家としての自分がいて
「・・・そこで、開き直る」
なんて軌道修正することもできる・・と思うと
人生を作家的に考え、そして女優的に生きるのも
悪くないと思えてきた。
クライマックスのわからないドラマになることは
間違いないが・・・。

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人気レストラン、回転率を上げるプロ

渋谷にある台湾料理店。東京に来る前から店の存在は知っていた.
かなりの老舗。何度も通った、入ったのは一度のみ。いつも昼も夜も賑わっている。

たまには、本格的な台湾料理を賑やかな店でということになり、仲間たちと約束する。
この店は10名以上のみ予約可能。こちらは4名。予約不可。しかも金曜。
この店をお気に入りの幹事が「もしかしたら待たされるかもしれませんが
なりゆきでいきましょう、とにかく18時半に店の前に集合!」とメールを
くれた。
たまたま少し早目に着いた。店のドアを開け、店内を覗いてみる。
おお、18時すぎなのに、かなり店内賑わっており、このままだと待たされるか
相席になりそう。満席になるのも時間の問題。
お、ひとつ丸テーブルが空いている。集合時間は10分後。
お店のコシノジュンコ風のお姉さんに声をかける。
「18時半にここで集合することになっていて、先に着いたんですけど
このテーブルって空いていますか?」
「へ?何名?10名以上じゃないと予約できないよ」
「4名だけど、もうすぐ揃います」
「へ?2時間で終われる?19時45分までなら」
「え?2時間ということは18時半からなら20時半ですよね?」
(信用されてない感じ)
「次のお客さんの準備があるから、本当に2時間で終わってくれるの?
 みんなすぐ揃うの?そういって遅れてくるお客さんも多いからさ」
(やっぱり信用されていない感じ)
「いや、真面目な人ばかりなので、すぐ来ます。20時半で絶対帰りますから」
「絶対?」
「絶対」
「わかった。じゃ、このテーブルいいよ」
こんな問答を経て、ようやく丸テーブルをゲット。
仲間に、中で席とれましたからとメールすると、全員すぐ登場。
(みんな、店事情がわかっており、早めに参集していた)
「よかった、よかった」
全員揃って、丸テーブルを囲む。事情を話すと
「じゃ、20時半には帰ろう」
と確認し、そこから勢いよく、即刻オーダー。

さっき席をゲットするまで厳しかったお姉さんの態度が豹変した。
「そんな、一度に頼まなくていいよ。うちはすぐ料理出るから。
コックさんたくさんいるからね。」
とキッチンを指さす。確かに外国人らしき料理人がずらり並んで
仕事をしている。さすが、繁盛店だ。

そこから、そのコシノジュンコ風の姉さんは、このテーブルを気にかけてくれて
「そんなに急いで食べなくていいよ」
と申し訳なさそうに言う。
私たちは、勢いで頼んで、一気に食べて、気が付けばまだ30分ほどしか
経っていないことに気付いたときはもう満腹状態。
言われたから急いで食べているのではなく、おいしいのでぱくぱく
いってしまったのだ。

少しペースを落として、満腹と連発しながらも話し続け、
食べ飲み・・、気取らない会食時間を楽しんだ。
そして、時計を見て、20時30分少し前に会計。

すると、例のお姉さん
「ゆっくりしてもらえず、悪かったね~」
と言いながら、見送ってくれた。

この繁盛店。最初客に厳しく、後は親切。最後は確かに心が触れ合っていた。
この接客術が回転率を上げるには必要なのだと痛感。
同じ週末、同じ渋谷でも、チラシを配ったり呼び込みをしている店舗も多い中
地道に営業し続けている当店は、ほっておいても客足が絶えない。
それにしても、問答が楽しかった。
そして、久しぶりに台湾に行ったような気になった。

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年を重ねるからこそ、挑戦を続ける

ある経営者との会話。その方は3代目で50代前半。
「若いころは怖いもの知らずだったんですけどね~、50歳過ぎるとやる前から、
ダメじゃないかな、できるはずがない・・とか言い訳のようなことばかり
思ってしまうんですわ」とおっしゃる。特に業界の会合とか、同じ世界の仲間と
一緒にいると、そんなことが多いとのこと。
「ダメですよ~。私より年下なのに、おっさんみたい!ですよ。
今から今から。100歳越えても頑張っておられる方も、70代でも新しい挑戦
続けている方もおられますよ。夢に向かってがんばりましょうよ~」
と元気いっぱい声をかけると、なんだかその社長に元気が移っていく。
「そうですね。何もやっていないうちから、やれない理屈をこねていたらダメですよね」
私はその業界の専門家ではないし、その道のことを知らない。だからこそ、
純粋に心から応援できたり、ストレートに話すことで根本のところで
理解してもらえることもあるのかなと、改めて思った次第。

実は私は、人さまにそう言いながら、同時に自分に言い聞かせている。
絶対に、私はダメだとか、できないとか、やらないうちから言いたくない。
言ってはダメだ。
今やれることを精一杯やるだけ。
生きていれば、全員 毎日年を重ねていることになる。
どうせ生きるならば、充実した人生にしたい。
と、思えば今やれることをやる、精一杯やる。
それが真の大人の生き方だ~~と胸を張っていえるようになりたい。

そう、これからの大人は生涯夢を追いかける!のがいい。

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スマートなジャーナリストと彷徨うマスコミ

木村太郎さんのトークを久しぶりに見聞きする。
なんでも、アメリカ大統領選挙について2年も前からトランプ氏が勝利すると
言い続けてきた論客のひとりだ。
最近はこのことで、これまで以上に取りざたされているようだが、
何十年も前に、NHKニュースの解説をきいても、なかなか国際的で
スマートな方という印象、また最近では東京新聞に書かれているコラムを読みながら
独自の視点でちゃんとした調査をされている方という印象をもち、
最近では数少ない、まともなジャーナリストだとますます好きになった。

なぜ木村さんがトランプ勝利を予測できたかということに、
今になって、マスコミはじめ(笑)世間の目が向けられている。
そんな今も、木村さんは自然体で淡々とされており、またいうべきは
いう、斬るべきは斬るという潔さもあって、改めて尊敬の念を抱く。

どこかに媚びようとか、最近のネットニュースのように、
間接的な入る情報でもっともなように、体裁を整えるのではなく、
カラダを張っての現地取材。調べ上げている。
マスメディアの良さは、取材をちゃんとしているという点であるが
木村さんは、日本のマスメディアが目を向けない、現地のニュースソースを
きちんと独自ルートで発掘されていたようだ。
もちろん、単純なひとつの方法ではなく、真を求め、探し続けることを
し続けた結果の答えだったと思う。
ネット社会だから、洪水のような情報から、より確かなるものを
探し当てる力こそ、マスコミ力。それを木村さんは時間をかけて
信念をもって実行し続けたのだ。
調べ続けることは重要だ。
しかも世界を左右する重要な案件について。
マスコミとジャーナリスト。
この関係についても、改めて考えさせられる。

周囲に振り回されず、きちんと判断できる人間になるための
道を学ばせていただいた感がした。

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次は、地方で再会を。

初めては出会ったのは京都で。10年以上前のこと。美容業界でのキャリアを積まれ、
全国各地に移り住み、そして東京で3年。
出会ったときは、本当にかわいらしかったが、今や一人前の美しいエステシャンだ。
アーユルヴェーダも学んでくるとインドやスリランカにも単身で修行で行ってきた
り、ちょっとワーキングホリデーにと南半球まで行ってきたという行動力ある
人だ。時々連絡がとれなくなり、また現れる。そんなこんなの10年。

彼女はこのたび、東京を離れ、久しぶりに故郷の岡山方面へ戻るという。
それを聞き、最後の勤務日に仕事場に出向く。
最後の東京での仕事に、彼女の客としていたかったから。
そして、初めて京都で出会った日のことを思いだしながら、
カラダのメンテをしてもらった。
本当に彼女とは公私ともにいろんなところへ互いに出没した。
そして、「わたし、東京へ出てきてしまいました~」と驚かせてくれたのが昨日のよう。

「今度は、岡山へ行くからね。あなたも岐阜のライブに来てね」
という約束。

東京で親しくしてきた人たちのなかで、地方を向いて動き出し始めている人がいる。
ああ、時代が動き始めている。
先をわかる人が、感じる人が東京を卒業していく時代・・・の到来。予感がする。
ふと、彼女の東京最後の仕事場である、都庁を前に、新宿を見てみた。
まさにTOKYOだ。ここを夢見て、みんなやってきた、そして、いずれ出る。
東京の秋。そう、都市にも四季がある。
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