9月愛の元気人は本日27日オンエアです

新潟発 ハッピーコミュニケーションプログラム愛の元気人、9月の放送は本日27日18時からです。
今回のゲストは「遺品整理」のお話しをいただく(株)日栄ビル管理の山田陽子さま(写真左)食べることからはじめる、内側からの健康づくり~インナービューティー~のホリスティックサロン ラ・クルールの中野清美さま(写真右)です。
どうぞお楽しみください。www.fmkento.com
山田さん中野さん

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疲れ吹っ飛ぶ、ジェントルマン登場!

最終の新幹線で東京へ戻ってくる日は、自宅の最寄り駅に着く地下鉄も最終電車かその手前。日付変更後の帰宅となる。わが最寄の駅は利用者は少なくないのに、エレベーターもエスカレータもなく、階段だけのちょっとトホホ駅。そのため出張時は気合が必要。階段を降りるときも、上るときも、必ず心の中で「よし!」とか「よいしょ!」と声をだし、重いキャリーバッグを一気に持ちあげ階段を昇降。今回も日付が変わった時間に最寄駅に着き、改札を出て、深呼吸。よし今日最後の仕事だ。がんばって上がるぞー。と階段から地上を見上げていたら、「Are You OK?」と心配そうに声をかけてくる人がいる。背の高い西洋人男子だ。へ?そんなこと言われたのは初めてだ。手伝ってあげる!というのだ。そんな、そんな~。この半端じゃない重い鞄を見知らぬ人に持ってもらうなんて・・・。そんな経験は日本では東京では・・・記憶にない。
「No Thank you, no problem」といってキャリーバッグを持ちあげようとしたら、その男性が観ていられない・・といった感じで私のバッグを手にとり、階段を上がり始めた。あらー、どうしよう、知らない人に・・・。するとその男性は鞄のあまりの重さにびっくり。「Wow,Very Very heavy. What is inside this? 超重い、何これ?」急に日本語も混じる。そう、思った以上に重かったようだ。ちょっと後悔したのかもしれない。そう着替えとかそういった軽いものではなく、パソコンや書類が入っているのと、仕事途中に購入した新潟野菜も入っているので、それなりの重量なのだ。その彼は驚きながら、ひーひーいいながらそのまま持ち階段を駆け上がる。一緒に私もついていく。
階段を上りきったところで「はい、おやすみ~」とバッグを地面に置く。はあ、疲れた!という感じであった・・。
わずか1分半ぐらいの出来事だった。それなのに1日の疲れがすべて癒されるほどのビックアクシデント。
さすがジェントルマンとは、まさに字のごとく。
外国人の生活者も増えているこの近隣、また似たような顔つきの人も多いので、同じシチュエーションにならなければ思い出せないかもしれないが、きっと会えるだろう。でも、こんな重い荷物をもつ女には彼は二度と声をかけてこない気もする。
家に帰り、翌朝このプチエピソードを話す。「人の荷物持ってあげたことある?」「時々あるよ」よーし、ジェントルマン魂があるようで、ひと安心。

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自分を鍛えるシーズンがやってきた!

そうそう、こういうことだったんだ。いつも自分の企画を実行するとき、とくに相手がある企画を実行するときには、いつも何度もへこみそうになる。たとえばイベントの企画。自作自演自営という仕事は慣れているし、これまでも毎年通過してきているのに、終わったころには達成感や満足感で苦労のことは忘れてしまっている。そしてまた新たにやろうというときにも苦労のことを忘れて走り始める。そして走りはじめてから「ああ、そうだった~」ということを何度も何度も味わうことになる。折れそうになる自分を叱咤激励し、盛り上げ、自信喪失にならないように気をはりながら、一喜一憂しながら準備を進めていくのだ。そのとき思うのはやれることは全部やりきること。やろうと思ったことは貫くこと。これに尽きる。反応はあとでわかる。結果はおのずとついてくるものだ。
あるライブハウスの責任者が「お客様って、わがままですから~」と一言。そうそう、お客様にとってはいつも ONE OF THEM であり、なんでもあり。「努力と才能と運」・・・先日教えていただいた成功の条件は、実はいつでもどんなときにも当てはまる。
やるだけやろう。悔いがないように。それだけのこと。だから年々図太くなっていい。
そうライブツアーの季節は、打たれ強い自分を醸成するに最適なトレーニング期間なのだ。

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そろそろ、今年の「自分への宿題」を片付ける

今年も気が付けばあと数日で4分の3過ぎることになる。今年はこれをやろう、あれをやろうと思い描いたこと。全部できているか?の自己点検をここらで行ってみる。
気になりつつも、いろんな言い訳でやれていないことがまだまだある。
♪今年の汚れ、今年のうちに♪というCMソングが昔あったが、大掃除はもっと後でもいいけれど、挑戦や新たな行動は年末からではもう遅い。今のうちに自分の中に火をつけなおして、行動しなければ。やろうと思ったことをやらないまま1年を送ってはいけない。目標の累積はしない方がいい。決めたらやる、思ったらやる。行動のみが、経験のみが自分が生きる糧になるはずだ。10月のカレンダーになる前に、残された今年3か月の自分の動き方をしっかり練って、いざ行動。そうそう今年はもっともしなければならないマイミッションを果たせていないのだから、このままで終わることはできない。人生は無為なるもの・・・と思うことは時々あれど、それでも1日1日を無為にはしたくないとなぜか思うものだ。さあ、自分の宿題に今すぐとりかかろう。

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「〇〇元気!」でいきませんか?

4時起き目標の毎日。目覚めには一口サイズのアイスクリームをぽいっと口に入れ、1日がはじまる。その後「みんなのうた」がはじまると、血糖値が一気にあがり活力がみなぎってくる。最近、よく流れている曲で「元気のうた」という作品があり、ボニージャックスといった懐かしいユニット?が歌っている。歌自体は、実はマイナーしかもスローテンポで元気な感じがしないのであるが、歌詞が面白い。きいているとなんだかじわじわ元気になっていくような気がしてくるのだ。歌詞中に「もりもり元気」「みるみる元気」「やっぱり元気」「みんなで元気」・・・と形容詞付きの元気言葉が連続して出てくるのだ。そうか、元気にもいろいろあるものだ「愛の元気人」を目指す一人としては、いつもいつでも元気でいたい、いなければならない。実は「ぼちぼち元気」のときもあるし、唯一無二の相互マネージャーであった作家の野村正樹さんは「カラ元気」という言葉を最期に残してくれたが、生きていると、そんなときもある。しかし、いつも意識していないと元気が離れていくようだ。ということで、今日も気持ちよく「朝から元気!」でいくとしよう。

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自分は製品か、商品か?

アーチスト仲間といろいろ話をしているうちに、これまで「作品か商品か」の議論はよくしてきたが、今回は、果たして自分が生み出すものは「製品」なのか、「商品」なのか、また自分自身はどちらだ?という疑問にぶちあたった。その仲間はこう語る。「最近は、自分で創りだすことをせず、人まねのような既製品をうまく売る、派手に露出する人が成功していますが、それは商品であって、製品じゃないですよね・・」そうか、この方は自分で創りだすことに価値を置く人だからこういうものの見方になるのだ。独創性がないものがはやり続ける社会への警鐘であるのかもしれない。確かに今は、ただ売ることばかり、広がることばかりが注目されている時代なのかもしれない。
自分でゼロから創りだすことはとても大変で、難しい。だから意味もある、作品がその人自身の表現でもある。しかし、商売という視点から見ると、この自分で創る作品を「製品」と呼ぶならば、製品のままでは売れない。やっぱり商品にしていかねばならないのだ。
ゼロから創る、生み出す。それをしっかり伝える。そうしなければ作品(製品)は商品として売れていかない。
いつも悩むところだ。自分は売りたいのか、売れたいのか。であるならば、そのように行動をし続けなければならないが、どこかでそれだけではない育て方があると信じてもいるのだ。このことは純粋にアーチスト業を目指す者にとっては、悩み続けるテーマだ。
人生は経営であり、営業であり、広報であり、マーケティングだ。それを生きる自分は、やっぱり商品なのだから、創るだけでなく発信し、社会と関係を作り続けることが一番重要なのだろう。わかっていることであるが、とても難しい。

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思い出が詰まったミュージアムと、しばしお別れ

OLYMPUS DIGITAL CAMERA都内、国内でもっとも気に入った美術館として、足繁く通い、勉強もさせていただいた東京都写真美術館。いよいよ本日23日で改装工事のため、2年ほどの休館となるそうだ。まもなく閉館ということで、週末には普段よりも多くの写真愛好家や、美術館ファンが訪れていた。
ここは海外の来場者も多く、また作品をみながらおしゃべりするマナーレスの人も少ない点から、環境的にも気に入っているが、写真について、イメージについて考えるに有意義かつ貴重な示唆をたくさん与えてくれる場所としてとても気に入っていた。
そして東京へ住むようになった頃に現在の建物になり、世界の写真美術館と比較しても遜色ないスケールと学芸員の方の熱心さをいつも感じていた。
恵比寿を訪問する機会は、しばらく残念ながら減りそうだ。が、次のスタートを楽しみに待ちたい。
写真の技術が誕生していなかったら、現代人の暮らしはコミュニケーションはどうなっていただろうか。
町ごと芸術祭といったイベントも増えているが、私はそこにいけば、いつも発見と感動があり、期待を裏切らない展示がある・・という空間を好む。思い出をたくさんくれたこのミュージアムに感動の拍手を送りたい。

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男も女もみんな生き生き、輝くのがいいに決まっている!

なんだか「女性が輝く社会を」とか、女性管理職の比率をもっとあげるとか、ウーマノミクスの時代だとか・・・。まあ、はっきりいって、全身痒くなるような、吐き気もするぐらい、違和感を通り越して、嫌悪感を感じる今日。
30年ほど社会人生活をさせていただいているが、女性だからもっと輝きたいと思ったことは一度もない。女性だからではなく、ひとりの人として社会に通用する人間になりたいと思ってきただけだ。
女性はおそらく、男性よりも感情豊かで、言いたいことは言える方だと思うし、男性たちが一生懸命働いてきてくれることに支えられて生きてきたという現実もあるだろうし、好きに生きているのでは?と思う。家族を養わなければならない、ローンがある、家長として、男性だから・・と無理してがんばってきた男性たちは、全員が輝いていたのではなく中には無理していた人たちも多いのだ。だから、そういうお父ちゃんたちこそが、輝ける時代にならないといけないのではないか?と強く思うのだ。
女性だから・・をいいことに甘えてはいけないし、権利だけ主張する生き方は好きではない。自分が選んだ道、自分の人生なのだから、周囲に何か期待するばかりではなく、自分がすべきことをまずしっかりやればいい。がんばれば、女性だからではなく、人として評価され、道は開ける。そういう流れの方が自然ではないか?
女だけ輝く社会は危険だ。わがままと勘違いが増殖するのでは?男も女も、みんな自分らしく、みんないきいきと。
また経済も政治も、数ばかり追いかけている。量より質だ。相対的なことばかりに注意を向けているようでは、真の輝きはやってこないと思う。私の考えでは、輝きとは与えられるものではなく、内面から生まれる、光ってくるもの。これは与えられることより先に、自らの意識改革、行動が先なのだ。うわべだけ、言葉だけ。それが政治にならないように。批判はしたくないけれど、別世界にいる自分を感じ、いい意味で孤独感も感じてもいる。それでいい。

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読み返していただく喜び

発売当時に自分の本を購入いただいた方より、久しぶりにお手紙をいただく。近況報告のほか、こんなことを綴っておられた。
「実は、最近、昌子さんの著書『人生は観覧車のように』をよく読み返しています。あの日には人の心に灯を点す素敵な言葉が詰まっていますね。とくに好きなのは4ページの『人生は待っていては何もない。自分から仕掛けること、自分から動き出すこと。人生は一度きり。笑って最期を迎えることができるように・・・』という辺りです。その言葉に背中を押されるように、今年は本当にいろいろなものに挑戦しています・・・」読むにつれ、じーん。この言葉をわがブログで綴ったのはもう4年も前のことだろう。そして出版したのは3年前。実はわが著作を自分で何度も読み返していない。それなのに、読者の方が何度も読み返してくださっている。本っていい。いつでも読める。本って、やっぱりいい。マイワールドを表現しやすい。どうせ創るなら、瞬間で流れているものよりも、何度も何度も読み返して人生を味わっていただけるものがいい。
誰かの背中を押していたり、誰かの成長につながる1冊であれば、本当にうれしい。これからも誰かにいい影響を与えることができる、喜んでいただけるメッセージを伝え続けたい。
本を読み返す・・・そんなことを久しぶりに始めてみたい、季節になってきた。

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かけがえのないワンショット。プチプチ親孝行??

DSCN0638
添付の写真は、わが生涯で考えていなかったワンシーン、ワンショットである。
長きにわたり、お世話になっている、私がもっとも応援している企業の尊敬する、そして大好きな社長と、わが両親と姪っ子、そして故郷でお世話になっている方の記念撮影だ。自分はそこにはいない。
まさか、得意先、クライアントといったビジネスでの関わりある方、また大変お世話になっている方とわが親が一緒に写真に写るなんて・・。ちょっと前まで考えたことも、想像したこともなかった。社長をはじめ、この会社の皆さんに長年可愛がっていただき、ずっと応援団の一員として関わらせていただいているが、親が病気になったといえば、心配いただき、勇気づけてもらったり・・・本当にありがたい存在。
この企業の社長以下ご一行様が、全国行脚、各地でタウンミーティングを実施。企業トップとお客様が交流するファンの集いのようなイベントだ。それが、いよいよわがふるさと岐阜での開催となり、両親と姪っ子がこのイベントに参加させていただくことができた。そのとき、おそらく無理に撮影をお願いしたワンショットであろう。
この写真が姪っ子より「タウンミーティングへ行ってきました。」という報告とともにメールされてきたとき、とても不思議な感じがした。なぜ自分の両親が社長と一緒に写っているんだろう?なんだか恥ずかしいような、はずかしいような。
田舎に住み、一流企業のトップに会うこともない生活をしている両親にとっては、今回のイベントは間違いなく、一生の思い出になったであろうし、姪っ子にとっては、これから社会人になっていく身にとって、大変良い勉強の場となったことだろう。珍しく両親が「良かったよ、ありがとう、ありがとう。」と言ってきた。両親に娘が日頃どんな仕事をしているかは伝えづらいことも多いし、すべてを明かしてはいないが、間違いなく いい人、いい企業に恵まれて無事に独立して生きていることに対し、ちょっとは安心しただろうか。きっと田舎のことであるから、このプチイベントのことを近所の人たちにちょっと自慢気に話すかもしれない。その会社が全国を周って、一般の人たちとの交流をもつ機会をもたなければ、このような機会は一生なかったかもしれない。
私が自営業をはじめて16年目の記念日に大好きな社長と、私のルーツが遭遇?というのは、私にとっても忘れられない機会となった。
ファミリー。血縁の家族ももちろん大切、そして仕事で出会い、関係を育ませていただき信頼関係を築くことができる心の家族(それを私は「心族」と呼ぶ)も両方大切だ。
いろんな方に愛されて、見守っていただいていることに、心から感謝したい。
それにしても、「マーサの骨格のルーツはお父さんだね~」と社長からのメールには複雑な思い。(笑)やっぱり、そう見えるか~。ルーツまで知っていただき、ありがたい限り。
さあ、少しでも周りに恩返しができるように、また元気に進んでいこう。

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