存在の証しを遺す。

あの草間彌生さんが・・との報道に、つい最近美術館で
作品展を観たばかりなのに・・・。あの作品展は何か予感が
あったが、そうか・・・。
国境を越えた芸術家、天才とは、ああいう方を言うのだ。
世界中の人が、あの水玉やカボチャの作品をひと目見れば、
あれは!と誰の作品かわかる。
アンディーウォーホール以上に特徴的かもしれない。

難しい解説が要るのでもなく、シンプルで、ただカッコいい。
カタチも色も国籍を超えた コスモポリタンなアーチスト。
作品だけでなく、制作する作家自身が絵になっている。


生まれ変わっても絵を描きたいのだと生前のインタビューで
話されていた。
そして、平和な世の中にためにできることをしたいのだとも
おっしゃっており、確かに草間さんの絵を見ていると
平和への思い、永遠の愛を感じる・・・。
最近NYに出かけた仲間が、マンハッタン内に新たにできた
グランドセントラル・マジソン駅に常設展示されている
草間さんの作品は圧巻だと教えてくれたことも思い出す。
変わりゆくNYで、どんな思いで大作に向かわれたのかと
想像する。制作中の姿が勝手に浮かんでくる。

凡人はいつも雑念雑事に惑わされ、なかなかまっすぐに
生きることができない、わき見をせず、わが道だけを
進むことが難しい。
つまらない障害物にもがいている自分が恥ずかしく
なる。

世界を表現できることは、本当に素晴らしい。
手法もアプローチも違うが、自分は自分が描きたい
世界を表現したい、と改めて思う。

作品がある限り、作家の魂も生きている。

残された作品のビビッドな色合い、まあるいカタチの

おかげで、悲しみが癒される。

遺された作品を通じ、
これからも世界中に永遠の存在感を示し続ける偉大なる
アーチストに、感謝の祈りをささげたい。



カテゴリー: Essay (Word) パーマリンク