ある企業の社長さんから
「ひとつ、おたずねですが、情報は取りに行ってますか?」
との質問をいただいた。
「はい、取りに行ってる方だと思います」
「それは、どんな風に?ですか?」
質問の意図に合っているかどうかわからないまま、
「いろんな方法でですね。人に会いに行く、街を見る、
講座を受ける、昔読めていなかった書物を読む、本は
とても重要ですね・・」
「なるほど、ネットばかり追いかける風潮がありますが
それはどうも・・と思っているんです」
「そうですね。もちろんネットもAIも情報を取りに行く
ひとつの手法ではありますが、それはあくまでもツールの
ひとつであり、また絶対に確かであるとは言えないので
注意して見ることにしています。」
「そうですよね。最近、本当にYOU TUBEでも事実か
フェイクかわからない情報が氾濫しているので、そこは
本当に気を付けないとですね」
「私は、何年か前からジャーナリズムの講座を受けて
いますが、情報を取りに行くときは、単なる見た目の
情報ではなく、『情報源』を求めることが大切だと
思っています。取材もそうだし、原典を辿るもそうだし」
とそんな会話が続き、やはり情報源を探す習慣は不可欠である
と改めて思った。
そんな話をしながら、
「いくつになっても勉強。学ぶことが面白いと思えること
に幸せを感じますね。」
最後にこの会話で意気投合したのは、
「AIで簡単に情報を得られる世のなかであるけれど、
スゴイな~といっているだけではダメで、それを知らなかった
自分、無知の自分を知るということが大切」
という言葉。
ちょっと横道にそれたが、自分にとってより確かな情報を得て
ちゃんと判断する力をもつこと。
そして、いろんな情報(知)に出会ったら、自分の無知に
向き合うこと。
この気づきはとても重要。
情報と情報源は違う。
原典を辿りに行こう。
それから、情報を得ることがゴールではなく、
そこから考える事こそが、重要。
情報入手は思考、試作の入り口。
そして、情報入手とは問題意識をもって行えば、
学びである。
謙虚さをもって、問題意識をもって世にあふれる
情報たちに接したい。