日常という名のギフト。

このところ頻繁に発生している異常気象は、まさに想定外
で経験のないことばかりで、報道でその様を知れば知るほど、
いいようのない恐怖に襲われる。
昨日の石川、富山の大雨も、また北陸か・・と、知り合いの
ことが心配になる。
(まだ返事がないが、メール返信どころではないのかも)

そして、ネパールの大洪水。中国の大雨・・・。
ヨーロッパの山火事は収まったのだろうか・・・。
これに限らず、世界中で自然が悲鳴を上げ続けている。
地球が「いい加減にしろ~。」と怒っているのかもしれない。
「もう我慢の限界だ~」と爆発しているのかもしれない。
と、勝手に想像するが、東日本大震災で被災した知人から
聴いたことば「自然には感情がない」からすると、
人間の思うようにはならない、手ごわい相手。

こんな自然の脅威にさらされ、日々を生きるストレス。
これから、ずっとこんな状態のなか、生きていくほか
ない。
ぬくぬくと自分には関係ないと 対岸を見ているわけ
にはいかない。

まさに、今朝は今、自分が住む地域が危険な状態に
なる可能性があると聞き、よく眠れないまま
1日をはじめている。怖くて寝ていられない。
いつ降るか、降らないか。
予報を参考にしながら行動するほかないけれど、
外れてほしいという期待を勝手に持ちながら
今日の準備を続ける。
どうも、落ち着かない不安な気持ち。

いやいや、すでに被災して思うように暮らせて
いない人たちのことを思うと、涼しい部屋で
静かに朝を迎えられているこの瞬間に
感謝するしかない。

次は我が身。
本当に肝に銘じて生きる必要がある。
人間のふるまいが、愚かさが生んだ結果。
思うところは、いろいろありすぎるが・・・。

どうか無事に、今日1日を終えられるように。
日常のままで、いられることは最高の幸せ。
日常は暮らしであり、人生である。
あたりまえの1日が、最高のギフト。
与えられた宝物であることを忘れずに
今日を生きたい。

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