今、できることは。

何年も遭遇していなかったような物凄い雷雨に見舞われた
昨日の午後。
何度も走る稲妻と落雷の音に恐怖が募り、ただおろおろ・・・。
ああ、もし雷が落ちたら・・・。でもどうすることもできない。
そうこうしているうちに、聴きたくないあの警報アラームが流れてきた。
なんだ?地震か?あの音は、本当に苦手である。

熊本はじめ九州各地での大地震。
また熊本に?長崎にも影響は及んでいそうだ。

雷も怖かったが、地震は局所ではない、広域での被害。
今回はとても大きい。
思わず東日本大震災を思い出し、身がすくんだ。

こっちで雷雨、あっちで地震。天も地も怒り狂っているのか
と思うほどに、さまざまな天災が次々と・・。

今、こちらは無事だ。
冷房も効いて、灯りもついて・・・。
平和な時間・・・。
それなのに、被災地は停電に断水・・・。
どんな夜を過ごされ、朝を迎えられるのか・・・。
涼しいところで、ニュースをつけっぱなしにして
気になりながらも、普段通りの朝をはじめて
申し訳ない気持にもなる。

長崎の知人も震度5で揺れたけれど、大丈夫とのこと。
しかし、警戒は続く・・・。
「そちらも何があるかわからないので、気を付けて
くださいね」
とメッセージをいただく。

本当に、リスクが常につきまとう今日。
生きるのが怖くなる。
でも、それは自分だけではなく生きている全員が
背負っている。
どこで何が起きるか。
AIは過去の情報からの知恵は与えてくれるし、
リスクを避けるいくつかの情報はみつかるかも
しれないが、その存在自体もリスクがある・・と
なると、最後、人は何を信じればよいか。

自分を信じる。
そして、自分のみは自分で守るように、努力する、
気を付けること。
結局はそれしかないのかも。

大小にかかわらず、日常を阻む要因は多い。
いつも通りの生活を続けることは、
奇跡のようなことなのかもしれない。
だから、
この瞬間、瞬間に感謝をし、大切に生きるのみ。

涼しい部屋で淹れたてのコーヒーをいただく朝は
もしかして・・・と思うと、
ありがたいと思えてくる。

九州の被災地のことを思うと胸が痛む。
今は、ひたすら祈るしかなく、申し訳ない。
一刻も早く、日常が戻るように。
早く電気、水道が使えるように。

ありがたい。
このことを忘れないで、今日をはじめる。
それが、今できること。









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