チャップリンが今いたら?


子どもの頃は、チャップリンといえば、ピエロを演じる俳優。
ぐらいのイメージしかなかったけれど、最近、改めて作品を
通じ、類まれなる天才ぶりを知り、驚き、そしてその存在
自体に心から感謝と敬意を抱くようになった。

第二次世界大戦前、戦中、戦後・・・。
世相を反映させての作品づくり、考え抜かれた演技。
「喜劇王」とは単に面白い、笑わせるだけではなく、
そのメッセージは深く、強く、もの悲しくもあり・・・。
その深淵な世界がやっとわかる年齢になったのか、
今はチャップリンの世界をもっと知りたいと思って
いる。

モノクロの映画は、美しい。
リアルではない世界を想像しやすい。自分で着色できる。
カラー文化に慣れてしまうと、感じないけれど、
モノクロ映画はそれだけで特別なメッセージをもっている。

さらに、サイレント映画からトーキー映画への変化にも
試みた挑戦者であった。
前者の時代にはセリフなしの演技だけ。字幕と音楽が
演技と一体になって一つの世界を創り上げる。
トーキーの時代になっても、その演技力は言葉を越えて
いる。存在しているだけで、何か起きそうな、期待感を
もつ不思議なチャップリン。
実際には、そんな人はいない。想像上の存在。
自らがその存在を創り、演技をする。
究極の自作自演である。

チャップリンは激動の20世紀を生き抜いた表現者である。
体制への反対,抗議も作品中のメッセージの中に強く
込められている。

チャップリンが語るセリフは、笑いを誘うだけでなく、
観客に深く沁み込み、考えさせるメッセージが多く
織り込まれている。

今回、文楽でチャップリンの作品を再現すると聞き、
まずは映画を観てみたことから生まれたチャップリン
への思い。
こんなに余韻の残る作品に出合ったこと
があっただろうかとわが映画視聴歴を思い返す。

愛を、人生の悲哀を感じ、時代を超えた作品の力を
感じ・・・。
そして、音楽もとても素敵だ。
これもチャップリンによるとのこと。
どんな才能の持ち主であったのか。

クリエイティブとは何か。
創造した世界を通じ、メッセージを伝える活動。
まさにチャップリンは彼が生きた1世紀前の社会を見事に
表現しつくしたクリエイターであったのだ。
と、今ごろ気づいた。でも、今からでも遅くない。
ぜひもっと作品を鑑賞し、その創造性から多くの愛と
刺激を受けたい。

今、チャップリンが生きていたら、
この時代をどう描いてくれる、演じてくれるだろう。

ちなみに、文楽で見た「まちの灯り」。
大阪を舞台に、チャップリンの作品「街の灯」が
再構築された。
太夫、三味線と人形が三位一体となり、
日本の伝統芸能であるだけでなく、
チャップリンがそこにいるような、そんな気がする
不思議な作品。

今回の演目を知らなかったら、チャップリンが
こんなにも素晴らしいということも知らなかった。

チャップリンの息子さんもこの作品をご覧になった
とか。親の存在が国を越え、時代を超え、生き続けて
いくこと、どんなにうれしいことかと勝手に想像する。

今、チャップリンが生きていたら、
この時代をどのように描くのだろう。
気になるところである。

チャップリンの存在に心から感謝を込めて。
また、文楽を継承し続けておられる皆様に
敬意を込めて・・・。




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