新宿の姉と呼びたいほどに、新宿での青春時代、
お世話になった方。
歌舞伎町で長年、飲食業を営んでこられた方。
いわゆる「スナック」のママである。
20代のときに仕事関係の方に連れていっていただいて
から、ご縁あって、この業界のママたちとも親しく
させていただいた。
この仕事をされている方々には元学校の先生もおられ
たり、元OLさんもおられたり、東北から上京されて
・・・など実にいろんな方がおられるのだと、大変
興味をもった。昭和の時代の話である。
この仕事と新宿と、夜の世界という非日常の場に
興味を持った。なぜ、人はこういった場を求めるのか、
商売が成り立つのか・・・。
ママがいい人なので、また応援したい気持ちも募って、
いろんなお客さんをお連れして、朝帰りしたことが
なかった方がついに終電に乗り遅れて。・・・
など、いろんなエピソードもあり、私にとっての
新宿時代の思い出は本当に尽きない。
普段見ることができない世界を知ることは冒険で
あり、いろんな人生を見ることも本当に勉強になった。
お店をやめてからもずっとお付き合いが続いている
ママさん。
今でも話すときは
「ママ」と呼んでしまい、それに応えてくれる。
電話の着信があった。
約束していた喜寿のお祝いの件かな・・・。
折返しかけてみる。すると、少し言い出しづらそうに
癌になったので、手術をすることになったので、
食事は延期に・・・という連絡。
まあ、年齢的に考えられることでもあるので、そのことは
そんなに驚かなかった。
その癌は、喫煙が原因でできるものだった。
「まあ、職業的に仕方ないねえ。長年、煙の中で生活
してきたようなものだしね」
「まああね」
「で、それで今はたばこやめたの?」
「実はやめていない。別にいいやと思って・・・」
電話の向こうでいつもどおり笑っている。
やっぱりな。
「そう。まあ、仕方ないね。今さらやめられないよね」
「先生にも言ったけど、まあこれでいいかなと・・・」
店のカウンターで、一息つくとき、客との会話の合間に
煙草を1本取り出し、客が置いていってたまっている100円
ライターで火を付けている姿が浮かんだ。
いかにも、ママという感じで、「さま」になっていたなあ。
タバコはやめないのだろうと思う。
それが原因で病気になっていても、やっぱりなあと
いう感じで驚きもしていないのだろう。
手術することになっても、それはそれ、これはこれ、で
やめないんだろうな。
私はママが血縁の家族であっても、それを認め、赦すだろうな。
と思った。
それがあってこその自分であれば、それでいい。
死ぬまでやめられないもの、こと。
誰にでもあるだろうか?
医者が言う健康のために、禁止されることはすべてやめられるだろうか?
私はママと同じで、たとえ病気がみつかっても、そこで
何かを変えることはしないのでは・・と思っている。
もちろん動けなくなれば、好きなこともできなくなるけれど。
できるうちは、好きにすればいい。
十分に生きたのだから、無理して自分のしたいことをやめなくてもいい。
タバコを吸う。酒を飲む。歌を歌う・・・。新宿時代が改めて思い出される。
いい時代だったね。
「タバコ吸ってもいいけど、会える時に会いに行くからね」
「わかった、ありがとう。待ってるね」
電話を切ってから、栄養つけてもらおうと、長崎のカステラを送る。
タバコより、こっちが美味しいから・・・体にもいいから。
新宿の姉。東京暮らしのお宝のひとつ。あの街の灯は心に光っている。