マスコミはすでにオールドメディアと呼ばれて久しい。
オールドが悪いわけではないが、衰退しているのは事実で、
もともと知識層に向けた情報発信からスタートした新聞も、
20世紀に誕生した大衆向けのメディアであるテレビも・・・
かつてのいい意味での影響力は限定的になって、
明らかに一般大衆に呼びかけるメディアとしてはSNSが主流になり、
その新たな媒体は「伝えるプロ」が発するのではなく、素人の、
しかも顔を出さない匿名的な人々の無責任の発信によりその影響力
を強めてている。とそう見ている。
つねに権力を監視し、世の中が為政者たちによって都合のよい方向に
行かぬよう、正しき道を進むよう世論を形成するその重要な役割を
担ってきたはずのマスメディア。
新聞記者といえば、尊敬する人が何人かいるが、そういう人たちも
少なくなってきた。とても残念な思い・・・。
正義感に満ちたジャーナリズムはどこへ?
と思う今日。
何か報道されたら、本当かなとまず疑ってみる。
そして、その根拠を求める。
情報のもとをしっかり調べる。
それでいいのか?としっかり考える。
日本では長いものに巻かれるという国民性があるのか、
SNSはそういう点で有効的に働いてしまう。
「本当かな。」
哲学的にいえば、常に疑う。そこから始まる。
情報の送り手と受け手。この垣根もなくなってきてしまい
SNSのネタをマスコミがニュースのネタとして普通に引用、活用するなど
メディアの役割は、宙ぶらりんになってきているようにますます思う。
取材して記事を書くはずが、SNSからAIの情報から記事ができる・・ならば
記者は要るのか?という話になる。
たとえば、キングメーカーが国のトップ決定に影響力を及ぼすことに
対して異を唱えたり、おかしいと思えることに対して、もっと切り込んで
いかねばならない役割であるはずが、表層的な動きだけを追いかけている
始末・・・では、メディアの役割は果たせていないのでは。
世の中をどうしていきたいのか。
どうしていかねばならないのか。
そのために、自らは何をすべきか?
メディアは人間社会がある限り、不可欠な存在である。
それを生業とする人は、その重みを考え、流されず、使命を果たして
ほしいと改めて思う。
そして、それを受け取る側も、しっかり確認し、判断しなければ
と思う。
表層的で、拡散し、流れ出ていく情報には本当に注意しなければ。
改めて、強い危機感をもっている。
生きづらい世の中になっている。ますます・・。
真メディアの力は、この空気を換えることではないか?
と思っている。
そして、究極のメディアとは、結局は装置としての媒体ではなく
「生身の人間」ではないか。
と、そんなことも考える、
共生の社会。これを忘れず、世の中を見続け、行動したい。
私も「メディア」なのだから。