やっぱりアメリカンドリームの国

トランプの勝利は世界中を驚かせた。
周囲の人々の多くが不安に思う!心配!と言っていたが
意外に私の周囲には、今回の結果を密かに願っていた人もいることがあとでわかってきた。

私は、これがアメリカだ!とこの現実を前向きに受け止めている。
自然災害も含め、何が起きるかわからないこの時代、
政治の世界だって同じこと。
これまで政治のプロと思いこんでいた輩たちにとってはやりにくいことも
多いかもしれないが、国というのはまず自国のことを大切に考えることが
当たり前であり、いいかっこうをしている余裕などどこの国にもないのである。
そんなところに現れたのがトランプだったのだ。

政治家でなくても大統領になれる。
これはまさしく、アメリカンドリームだ。
多くの人が勇気を得たと思う。

女性が大統領になれることも、アメリカンドリームだったかもしれないが
それ以上に、既存の社会を真の意味で変革しようという思い、
そして、そのために異端を選ぶことが、支持されたのだ。
まさに、今回の結果は、現代のアメリカ社会が求めるアメリカンドリームなのだ。

アメリカという国は、日本とは違う。
多民族国家であり、移民たちががんばって創ってきた国。
がんばる原動力は、いつも夢の実現であったと思う。

それにしても、
トランプは、それにしても、心をうつスピーチができる人だ。
口がうまい。英語で話しているのを聞いても心に響いてくる。
(その点は、ヒラリーも同じだ)

政治は経営だ。それをトランプの手腕で示してくれれば、
次代のリーダーも変わってくるはずだ。

なぜか、私自身も勇気もやる気も沸いてきた。不思議だ、海の向こうの
話なのに・・。
心配、不安は日本も同じこと。
世界中、そんな種はいっぱいあるが、自分が何をどう感じ取り
行動の原動力とするか。
前向きに行こう!

と、書きながら今、海に向こうで起こっている
若者、女性の参加するデモは、この人たちの立場に
なると、心痛い。

カテゴリー: Essay (Word) | やっぱりアメリカンドリームの国 はコメントを受け付けていません

今、アメリカに学ぶこと。

アメリカの大統領選の結果がついに出た。
なぜか、こちらまでドキドキした。
1年半もかけてキャンペーン活動を展開し、両陣営ともよく
がんばった。すごいパワーだ。お金ももちろん使ったであろうが
人としてのパワーも凄い!と思う。
アメリカの選挙は何かひきつけられるものがある。
オープンだからだ。
いいことも悪いことも・・。
候補者たちの
コミュニケーション力、エンターテイメント性含め、
プロセスで楽しませてもらったり、学ぶ点も多かった。

もっとも、今回の選挙は、ネガティブキャンペーンに終始しており
ここは情けなく、みっともなかったので、終わってよかった。
懸命な国民からすれば、選択が難しい選挙であっただろう。

長かったこの戦い。結果は異端といわれるビジネスマンのトランプ氏の
勝利。どうなるかとやきもきしたが、結果は結果だ。
クリントン氏は女性だから負けたのではない。

当選決定後のトランプ氏の勝利宣言。
私にはとても好感をもつことができた。
もしかしたら、彼は闘うために、被り物をしていたのかも
しれない。

アメリカも変わる。日本もいつまでも同じではいけない。依存も良くない。
対等のいい関係を構築するために、切磋琢磨しないと・・。

密室の選挙よりも、気持ちいい。
日本はアメリカのオープンなポリティカルコミュニケーションを
もっと学ぶべきだ。

カテゴリー: Essay (Word) | 今、アメリカに学ぶこと。 はコメントを受け付けていません

「モノ」と「売り場」の価値を考える<2>

時々、いくつかのメーカーから「ファミリーセール」という案内が届き、
興味ある場合は、リサーチ兼ねてその会場に向かう。
ファミリーセールとは、そのメーカーの在庫一掃処分の大安売りだ。
高級ブランドと言われるガラス製品のそのセール・・・長蛇の列。そして大量にワイングラスなどを
買い物かごに入れ込む人・・・。デパートで売られているあのラグジュアリーな雰囲気とは違い、殺気立ったバーゲン会場の雰囲気に戸惑い、商品よりも商品に群がる人に目が行く。
ガラス製品をこんな風に大量に買い込むのか?
これって、もしかしたらネットで売るのでは?その仕入れにきている人もいるのかも・・。
とにかくそこで、買い物しようという気持ちにはなれず、この喧噪から離れたく、
数分で会場を出た。なんだかそのブランドへのイメージも変わってしまうほどだった。

そして後日、衣料メーカーのファミリーセール。
サザエさんで見るデパートでのバーゲン会場での争奪戦のように、お姉さん、おばちゃんが必死に
透明の袋に衣類を詰め込み、そして鏡を見たり、財布と相談しながら、買わないものを
元あった場所に戻さず、その場に置き去りにする。会場は乱れ放題。女たちの戦場・・。
もはや、そこにはいい商品はない。デザイナーの失敗作、売れ残り・・。しかもしわくちゃの山だ。
荒らされたワゴンはもはや、洋服ではなく布の塊のように見える。
こちらもその会場の雰囲気をみて、気持ち悪くなり、手ぶらで退出。

商品はちゃんとした売り場できちんと見るから、ほしくなったりする。
作る人もファッションショーや売り場を想定してつくるはず・・。
しかし、現実には毎シーズンごとに新商品を出さなければならないメーカーの宿命、
だからこういった在庫セールはお決まりの重要なイベントであり、
ここで買い物に燃える客がいる限り、売る側もありがたいことであろう。
1枚でも多く処分し、回収した方がいいはずだから。

でも、ここで見る商品は通常の売り場で
お客に選ばれなかった商品の残骸・・。そう残り物、もしくは失敗作だ。
華やかな商品の新発売から、半年も経てば、もう売れ残り・・という
悲しいファッション業界のサイクルについて考えさせられる。
なんだか、MOTTAINAIぞ。

売り場により商品の価値は高くも、低くもなる。

いつまでシーズンごとに新商品を出し続け、作り続け、買い続けるのか・・。
モノ余り日本。世界。
結局、こういったところに我こそと集まる人たちは、そのブランドを心底
愛している以上に、「買い漁るという行為」を欲しているような・・。
現代の消費という病気?について考えさせられる一幕でもある。
もちろん、自分自身の消費行動についても反省をする。

いずれにしても、売り場は商品の価値を変えるし、
いずれにしても、消費を加速させる仕組み作りについても
つくづく考えさせられる。

とにかく、まずは自らが反省だ。

カテゴリー: Essay (Word) | 「モノ」と「売り場」の価値を考える<2> はコメントを受け付けていません

「モノ」と「売り場」の価値を考える。<1>

いつも買う食品。ちょっとこだわりの食品スーパーと、その近所にある業務用スーパーの両方で
売っていることをたまたま知る。
同じ商品なのに、かなり違う値段で売っていることを知り、家人と一緒に出向く。
家人との買い物はいつも前者のスーパーで済ませ、業務用スーパーに一緒に行くのは初めてだ。
この店はプロのための店ということで、大容量の商品も多いが、一般客も歓迎ということで、
家庭向けの食料品から酒類まで幅広く取り扱っており、価格はどれもこれもかなり安い。
冷凍食品や調味料が充実しているところが特徴か。

商品は店内に隙間なく積み重ねられ、什器では収まらず、段ボールに入ったままの状態で
販売されているものもある。
各商品は生産地などよく見ないと・・というものもあるが、ま、安いからこんなもんか・
・という感覚にもなり、
気が付くと「あそこより安い」という一点だけで、ついついかごに商品を入れ込む。
安いからいい!安いからこんなもの・・・という感覚だ。利用者は若い世代から老人まで
幅広く、業務用であるが一般の人が多い。
初めてその業務用の店を訪問した家人は、かさばる袋を持ちながら
「なんか、気持ちがさみしくなる店だね」と言った。
なるほど。
この商品の生産地は?といちいち気にしながら選ぶのも気になったよう。
それに比べて
いつも行く店は、安心できる商品がそろっており、値段以上に選ぶ楽しさがあるのだ。

もちろん、安いものをみつけることは大切だ。
でも、買い物して気持ちがわびしくなっては、その材料でつくる料理も
美味しくない。
いい売り場で商品を探す楽しみというのは必要なのだ。

ふと、15年ほど前、NYの郊外でみつけた楽しさを売る、食品スーパーの存在を
思いだした。
同じ食品を売るにしても、特徴は、ターゲットは多様だ。
何を優先するかにより、売り場の選び方も変わる。

そして、
売り場により商品の価値は高くも、低くもなる。

カテゴリー: Essay (Word) | 「モノ」と「売り場」の価値を考える。<1> はコメントを受け付けていません

また、つながっている。ああ、不思議。

2016/11/ 5 18:50

2016/11/ 5 18:50


わが信長プロジェクトへのきっかけは、フランシスコ・ザビエルだ。
わが妄想の旅は、ふるさとへの着眼へ、そして思慕へつながる。
そんなこんなで、ザビエルとの縁は切れないと思っていたら、
今度は、本人のサイン付きの手紙が来年、岐阜にやってくるとの新聞記事を地元の
知り合いからメールで受け取る。
本人自身は、岐阜を訪問することは叶わなかったが、その思いは後に続く宣教師、フロイスに
受け継がれ、信長との交流も活発に行われた。
へえ。ザビエルが岐阜にやってくるのだ。
またもや、勝手な縁を感じずにはいられない。
来年が楽しみになってきた。自分にとって、新たな冒険の1年になる気配・・。

カテゴリー: Essay (Word) | また、つながっている。ああ、不思議。 はコメントを受け付けていません

「理想の政治家は?」にどうこたえるか

アメリカ大統領選挙がいよいよ迫ってきた。
この1年間、メディアをこれほどまで騒がせる選挙戦は過去に
記憶がない。
この選挙戦というキャンペーン。まるで現実の話ではなく
ワイドショー・エンターテイメントを見ているような、内容で
あった。
8年前、オバマが黒人初の大統領になるときのドラマチックな
演説などとは縁遠い、ネガティブキャンペーンで、本質的な
話がなく、それでもどっちがいい、こっちを支持すると
決めてしまえるアメリカ人もなんだかな~と、海のこちら側で
見ている方がひやひや・・。
もちろん、アメリカの善良かつ懸命なる国民の中では
今回の選挙のレベルの低さ、また将来への不安が広がって
いるようだ。
NYに住む知り合いからも、嘆きのメールが舞い込む。

そんななか、政治やジャーナリズムを学ぶアメリカの若者が
今回の選挙を教材として見ていることを知り、興味をもった。
これではだめだ。どういう人が政治家に向いているか、
自分たちはどうすれば良いかについて、危機感をもって
学んでいるようだ。
そんななか、あるニュースのインタビューで観た若者の
声。「理想の政治家とは?」の質問に対し「自分の
国だけでなく、世界のことを考えられる人。世界を平和に向かって
つなぐことができる人」という答えがあり、思わず拍手を
したくなった。
理想の政治家。残念ながら、日本にもいなさそうだし、
他の国も・・・。ではあるが、この奇妙な選挙を大人たちが
必死にやっているのを横目で見ながら、若者たちが真剣に
考えていること自体、まだまだ世の中捨てたものじゃないとも
思った次第。

理想の政治家とは。本当の意味で、世の中のために尽くす人。
国民のことが本当に理解でき、自ら火中の栗を拾う人が
できる人。
残念ながら政治屋ぞろいの日本。
このアメリカのおかしなキャンペーンを見ながら、これで
いいのか?と真剣に考えてほしい。

若者にとって、すべてがいい教材であるように。
若者が諦めたり、自殺しないように。
いろんな現実を教材として、生かし、理想の世の中に
なるようにがんばってほしい。

と、奇妙な隣国の世紀の大接戦を見ながら、思った次第。
決して、他人事ではない。
パフォーマンスが違うだけだ。

カテゴリー: Essay (Word) | 「理想の政治家は?」にどうこたえるか はコメントを受け付けていません

日本の「開かれた」神。

最近気づいたことがある。
キリスト教の教会は基本的に、祈りの場としての教会であり、信者のための
祈りの場。一般に公開される時間もあるが、
祈りの時間には、扉を閉じ、関係者は入れない。
またそんなときには、一般の人間はそこには足を踏み入れることができない。
信者のための宗教。

一方、日本の神社は、基本的にオープンスペースという印象。
祠自体には、もちろん入れないけれども、いつ手を合わせにいっても
怒られない。
京都の祇園神社などは、夜、飲んだ後にお参りにいくというのも
日常的な場面であった。
そして、誰でも彼でも日本の神様は受け入れてくれているような
おおらかさがあると、感じる。

それに比べると、
キリスト教の神は少し厳格であり、信じた人が救われると、
少し排他的な面もある。

以前、近所の神社に厄払いに伺ったとき
「どうぞどうぞ、雨のなかをようこそ、おいでになりました」
と、ちょっとおもてなしされてしまい、日本の神社って面白いと感じた次第。
いろいろ聞かれない。訪れる者を拒まない。

閉じれば閉じるほど、外から見ればよくわからないので、よけいな想像もしてしまう。
もしも、キリスト教がもっともっと権威的でなく、フラットな敷居の低い宗教で
あったならば、今の宗教戦争はどうなっていたか・・。

日本人の宗教心は曖昧かつ、中途半端なところもあり、首をかしげたくなるところも
あるが、開かれている点は、すばらしい。

ハロウィンもクリスマスもなんでも楽しんでしまう日本人。
もしかしたら、開かれた神さんのおかげで、何でも
受け入れることができているのかも・・。
うーん、日本の神さんたちは偉大だ。

カテゴリー: Essay (Word) | 日本の「開かれた」神。 はコメントを受け付けていません

「想人」との約束。

お世話になってきたある女性。こんなに強く生きる女性がいるのかと思ったわが人生のお手本のような方。
現役を退いたあと、乳がんを患い、もう数年以上が経過。とにかく母のために生きなければとあらゆる治療を試みて、がんばって生き伸びてこられた。一時は回復したかと思ったが、再発して、また治療・・。抗がん剤も放射線も・・すべて受け入れ、癌とたたかいながら、お母さまと一緒に住まい、介護を続けてこられた。
ご機嫌伺いのメールをしても返信がない・・そんなことも次第に増え、心配するだけの日々・・。
そしてこの夏、お母さまが100歳の誕生日を過ぎ、亡くなった・・。
お寂しい日々を過ごされているだろうと、心配しながらも花を送るぐらいしかできず・・。
それからしばらくの時間を経て、やっと再会できることになり、重い荷物をずるずる引っ張って
その方が住む町に向かった。そう、その人のことを数年前に想い、作った作品「想人」の歌詞に
出てくる駅にて電車を降りる。
この駅にはその方に会うために時々訪れたが、今回、エレベータがないことに気付く。
ためいきをつきながら、えいっ!と階段を重いキャリーバッグを持ち、踏ん張って昇降し、
そして改札で待つその人に会った。

顔を見るのは1年半ぶりぐらいかも。
ああ、会えてよかった。久しぶりに乾杯をし、夕食をともにし、政治から人生にいたるまで、
いろんな会話をする。
そう、わが母の胃がんの手術の日も、この町で仕事であったため、一緒に手術成功を祝い
乾杯した・・・。そんな風に、いつも私のことも心配してくれる人だ。

治療続き、薬漬けで食欲もままならなかったが、この10日ぐらいは食がすすむとのこと。
野菜もお肉もごはんも、一緒に召し上がる様子を見て、安堵する。
よかった、よかった。
でも、体が痛くて、もう遠くへはいけない。
その最寄り駅の階段が登れないという・・・。

そうか・・。
「じゃ、この町でコンサートやりますから。
だから、絶対元気でいてください。」
私はそう彼女に言った。
「そうね、雪どけの頃に・・・。待ってます」
「来れないなら、こっちが来たらいいですから」

そして、ふた周りも小さくなった彼女の肩をハグして、
「また、必ず会いますからね」
と、何度もささやき、別れた。

よし、この町で春にコンサートをやろう。
だから、絶対に生きていてほしい。
好きな人たちに、ずっと生きてもらえるならば、
何でもしたい。しなくちゃ。

大事な人のために、自分ができること。
悔いのないように、ひとつひとつ・・。
雪降る前に、雪解けの日の約束をする。

カテゴリー: Essay (Word) | 「想人」との約束。 はコメントを受け付けていません

ふるさとライブ2016のレポートを公開しました

さる10月27日(木)に岐阜で開催した、愛の元気人ふるさとライブの報告を
公式サイトにアップしました。
愛の元気人ふるさとライブ2016
多くのご参加、遠方からの応援、ご協力などなど大変ありがとうございました!
※他会場の企画は決定し次第、ご案内いたしますので、今しばらくお待ちください。

カテゴリー: Info | ふるさとライブ2016のレポートを公開しました はコメントを受け付けていません

雪降る前に、「君に会いにいかなくっちゃ・・・」

時々、井上陽水の「傘がない」が、頭の仲で流れる。
「行かなくっちゃ、君に会いに行かなくちゃ・・・」
ここのフレーズが好きで、そしてよく頭の中をなんともいえない
あまくけだるい声が往来する・・。
そう、大切にどうしても人に会いに行かねばならないと思うときに
このメロディが流れるのである。

今回は、乳がんと戦うある女性。
もう数年、手術、治療を続けておられる。
抗がん剤の影響で、元気がないという。
10年前はパソコンでメールをやりとりしていたが、
最近はもっぱらショートメール。
その数も減りつつある。

この夏、100歳まで生きてほしいと母娘二人で
過ごす時間を最優先されていたのに、お母様が
亡くなった。
さぞかし、さみしくされていることだろう・・。

その人には、2年前の私の母の胃がんの手術の日、
その成功を一緒に喜んでいただいた・・・
だからこそ、行けるときに行かなくちゃ、
応援しなくちゃ・・。

夕方勉強会が終わってから、電車を乗り継いで
その人が済む町に向かう。
地方の在来線は、本数が少ない。
雪が降る前に、行かなくちゃ。

久しぶりに会い、
再会を喜び合う。

今、会わねばならない人に。
タイミング逃したら、会えなくなるのは
嫌だから・・。

なぜか、冬の到来が私を急がせる。

カテゴリー: Essay (Word) | 雪降る前に、「君に会いにいかなくっちゃ・・・」 はコメントを受け付けていません