異価値感の人とつきあう醍醐味。

仕事で出会った人、しかも専門分野が違う人。自分がまったく苦手な業界で生きている人など。共通の話題をたくさんみつけるのが大変そうな人とも時には時間をともに過ごす。自分と違う世界で生きている人と会話のキャッチボールを楽しむには、相手の話をまずよく聞くということが大切だ。とにかくどんどん質問していく、ときにはこちらからスマッシュボールも投げてみる。何時間キャッチボールができるかは、お互いにコミュニケーションの力やネタがないとなかなか厳しい。と、わかっていながら、時々自分の専門外の方とお会いしたくなる。何時間でも難しいコミュニケーションをしているうちに、それなりに見えてくることがあるのがうれしくなり、意外な答えが返ってくることが楽しくてついつい聞きこんでしまう。自分では買わない本を読むような、普段、絶対見ないようなドラマを観ているような気持ちになってくる。そして相手に対してもっと聞いてみたいと興味関心が募ってくると、あえて政治や宗教や、世界観についての話題などその人のイムズにかかわる質問をしてみる。一体この人はどんなことを考えていきているのかを知りたくなるのだ。すると、まったく自分と相反するものの見方をされていることを知り、へえ、世の中こういう人もいるんだ。とか、そういう見方をすれば確かにそうかも・・・とか、自分の凝り固まった、狭まった視野が広がるような気がする。いつも同じ価値観、共通点が多い人と会っているよりも、恥もかくことがあるけれど、まったく違うレベル、世界の人に会うことで寛容になることもできる。さっきまで許せなかった世界が、ま、それもありかと思えてきたり、自分が苦手と思っている人物でもまったく違う見え方ができ、そう見ればいいんだ~ということに気付いたり・・。とにかく違う意見を述べ合ったりすることは自分の成長に不可欠だ。日本人は意見交換をしたり、違う見解を述べ合うことは苦手のようだ。しかし違うところから、見えてくることも大いにあるから、一見苦手な人、異価値感の人とも臆せず接するが良い。世の中は人の数だけ、感じ方、価値観がある。その多様性を知らないで生きるのは、いかにも寂しい。そしてその多様性を知るのはとても楽しい。

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私を生きさせてくれるもの。

52歳の前半を生きる今、時々自分はいったい何なんだろう?存在意義について考える。とくに世間が休みのとき、周囲が静かになると、そんなことが気になってくる。今、私を支えてくれているものは、いろんな方の「ありがとう」の言葉、気持ち。よく考えてみれば、それに集約されると思う。そして、どうせ生きるなら・・という自分への挑戦の気持ち。新たな課題を自分に課せば課すほど、しんどくなるという見方もあるが、課しているのは自分自身だから、しんどさよりも、手ごたえを感じる喜びの方が大きい。

小さなことに感謝し、小さなことに喜びをみつける。そのことで十分充足した毎日が生きられると信じている。

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「ごめんね」混じりの「ありがとう」

ドナルド・キーンさんが新聞に書かれた母親の思い出が印象に残る。今は日本人として帰化され、日本文学の啓蒙活動をされているキーンさん。日本人としては愛着を抱く偉人のひとりだと思うが、そのキーンさんを生み育てられたお母さまには後悔の気持ちが今なお消えないとのこと・・。長く離れて住み、お母さまが病に伏され、親戚の人から早く帰ってと言われていたのに自身の旅を優先した。戻ったときにはもう自分のことが分からない状態で、そしてすぐに亡くなったとのこと。あと1日早く、帰っていたら・・最後の会話もできたのかもしれない・・と今も後悔されているとのこと。

私自身も自分の中に小さな後悔はある。それは何年経っても思い出すたびに「申し訳なかったな」と思うこと。思い出すと恥ずかしいような気持にもなる。ただ、救いは両親がまだ元気でいてくれること。だからそのときの申し訳なかったという気持ちを打ち消すためにも、一生懸命今できることをやろうと思っている。相手に喜ばれる経験が多ければ、その悔いも相殺できるかもしれない。もちろん思い出は消せないから苦い経験として自分の中には刻まれたままであるけれど。相手がいるうちに、元気なうちに償う気持ちも含め、善行を重ねることで、人生自体に悔いを残さないように行動したい。と、今は思っている。

年を重ねると、母の日は「ごめんね」が混じった「ありがとう」を告げる日になっていくのかな。

いずれにしても、相手がいるうちに。悔いが残らぬように・・

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いろんな朝を思い浮かべる、母の日。

早寝早起きが加速する。ときには2時、3時に目が覚める。まだまだ朝まで時間があると幸せな気持ちでまどろむ未明の時間が幸せだ。平日は4時を目安に活動開始。曜日によって入れるコーヒー豆を変える、使うカップを変える、今日のジャムは、おにぎりの具材は・・とすべてちょっとしたことであるが、毎日小さな変化を楽しみながら、そんな朝に感謝する。そして、いろんな人の朝を思い浮かべる。あの人はまだ寝ているかな、あの人はもう仕込みをしているかな、あの人は痛がっていないかな、あの人は・・・。いろんな人の朝を想像しながら、みんな今日も元気だといいなと思う。毎日いろいろあっても、朝がやってきたら、1日が始まるのだ。いつか始まらない日が来るのかと思うとたまらない気持ちになるからこそ、始まった朝に今日も感謝して・・。毎日目覚めて、毎日生きる。今日は母の日。母の存在に感謝して、今日も明日もきちんと生きる。それが一番の恩返しかな。

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「ずーっと38歳」になりきる!

見られる仕事をしている以上、老いぼれているわけにはいかない。人に元気を、幸せを、夢を与える仕事をする人は、見た目が大切だ。かといって美容整形をする必要はない。生まれもった自分の魅力を存分に出し切って、笑顔で元気で!コミュニケーションの力でもって若々しさを保つ。この努力こそが大切だ。

先日出会った演歌歌手の方は、夜のステージで見たときと、朝・昼に普段着で見かけたときと明らかに別人のように見えた。いくつなんやろ?と素朴に思い、こっそり聞くと、「38歳!で通してます」と即答。そういわれると「本当は?」とつい聞きたくなる。すると、同業者に近いと思ってもらえたのか、「ほんまは・・・歳。でも絶対に人には言わない。ということで38歳」と打ち明けてくれた。すごいな~。私なんぞは自分の年を隠してもどうせ同じことと思い、そのまま言っているが、やっぱり夢を売る仕事は、そうでないといけないのか。

これから、私も35歳になりきるかな~。ま、それはともかくとして、いきいきがんばっている人は、若々しいのだ。そこが大切。アンチエイジングではなく、自然体で笑顔絶やさず元気に進めばよい。しかしあの歌手の方の実年齢を聞くと、よけいにがんばらなきゃ!と背筋が伸びる。まだ10年以上走らなければと・・。

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巡礼の町で昼、夜の顔。

昨日のブログに書いた、宿泊先での歌謡ショーの話。同じホテルに2泊するということで、ショーも2回見ることができる。ショーの存在は行ってから知ったのであるが、かなり私にとってはインパクトある経験であった。そのショーを見た翌朝も、前夜の歌手が気になっていた。こういったホテルには連泊するお客はいるのだろうか?ショーは今日もある?同じステージ?歌手は、同じ衣装を着る?着ないよな?同じだったらダメだな。曲は?同じ曲を歌う?連泊する客がいたら、それもいけないな~。と、とにかくステージに立つ歌手のことが気になって仕方ない。

と、そんなことを思いながら晴天の平戸での滞在。1月後半、雪の日に約束を果たせなかった生月島の資料館などに顔を出し、半年ぶりの平戸での交流、再会を現地の人とともに喜ぶ。ザビエルさんのおかげで、この生月、平戸との縁ができたのだと思うと今でも不思議で感動が消えない。今回泊まっているホテルは平戸城や平戸大橋が見える田平という地区にあるが、そこにはナポリから宣教になってきた神父が殉教した史跡もあり、巡礼の旅人もいることも知る。

今回、宿泊しているホテルはその史跡公園の真上に位置する。

夕方近くになり、その宿に戻る。すると駐車場で元気なおばちゃんが、「いらっしゃいませ。お泊りですか~」と声をかけ、誘導してくれる。他のホテルスタッフと比べてちょっと派手な感じな人だ。朝もお見送りのときにロビーにいてお客さんに話しかけていた。実は前回来たときもその派手で元気なおばちゃんの存在が気になっていた。

そこで私が相方に「あの人、ここの社長かな。何もんやろ」と声かけてみると「あの人、昨日の歌手だよ」と一言。へえ???驚き桃の木。昨日の赤いドレスの歌手が、このおばちゃんと同一人物?信じられず、思わずそのおばちゃんに声をかけた。「あのー、もしかして、昨日夜ステージされていたら歌手の方ですか?」すると、少し笑いながら「あらあ。お客様連泊?そうです。私があの歌手です」といわれ、びっくり!なんとまあ、歌手をしながら朝と夕方は送迎係も担当されているのだ。「私、ここの女将さんかと思っていたんですよ」「いやー、何でもやらねば生きていけません。」そこから、その歌手であり送迎係の方との交流が一気にすすんだ。

私はその後、彼女の2回目のステージを再びしっかり拝見、拝聴。同じ歌手のステージを続けてみることはなかなかできない経験だ。彼女は昨日とまったく違うブルーのドレスに身を包み、送迎のときは眼鏡をかけておられたが、ステージではコンタクトだ。とにかく別人!こんなに人間は昼と夜の顔を作り分ける?使い分けることができるのだと感心もした。

そして歌う曲もすべて昨日と違う。もしかしたら連泊している客がいるとわかったのでという変更もあったかもしれないが、とにかくその日のお客に合わせて、全身全霊を込めて短い時間のステージを務められた。

ステージ終了後、また客席におりてお客さんに声をかける。昨日の客と今日の客は違うということを毎日感じ、もまれながら生きてこられている苦労がなぜか透けて見えて、そのふるまいに感動してしまう。彼女が私の席にやってきたときには、もうお友達感覚だ。そして名刺も交換し、これからも!という話になる。

地方に行く、いろんな場面に出向き、感動を、元気を与える人の仕事ぶりを見せていただくことで、自分のこれからの道をどう進むのかが見えてくる。

いろんな生き方があるよ。兼業歌手。みんなそうだ。それだけで生きている人はほんの一握り。「私ももう何度もやめようと思ったのですが、こういう出会いがあるので、やめられんのですわ~」と、その言葉が心に強く残る。

わかる気がする。しんどいけど、つらいけど、でもやろう!と思える仕事なのだろう。

大分から平戸へ期間限定で巡業へ出られている。ステージでは、年下かなと思ったが本当は年上の方だった。若輩者の私は、まだまだやらねばならない!

巡礼の地で巡業。一日に何役もしながらがんばっておられる演歌歌手に心からエールを送りたい。また新たな縁ができた。これもザビエルさんのおかげ。

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「しゃべれん歌手は要らん!」

平戸を再び訪れる。昨年秋のザビエルプロジェクト第一弾終了後、まさかの雪で冬は断念、そしてやっと来ることができた。今回泊まった宿はバイキング(ビュッフェ)が売りのようで、朝も昼も夜もそのバイキング料理を提供し宿泊客以外に、地元客にも日帰り温泉とともに人気のようだ。食べ放題、とくに夕食ともなればしばらく試していないが、他に選択肢もないのと、久しぶりに楽しんでみようということで利用する。いやー、驚いた。開場時間になると、何十分も前からレストランの入り口に待っていたお客が一斉に会場に足早に入場。東京の地下鉄のラッシュアワーか?いや、違うが。その勢いに驚き、こちらは後れをとる。人々がカニや寿司や・・・と目当ての料理を我先にと皿に盛りつけ、まるでゲームか祭りのように少しはにかみながら争奪しているのを見て、すごいな~と感心し、日本の平和な休日を体感。20分もするとその争奪戦は終わり。それぞれがテーブルで家族団らんのひととき。もう目標を達成したような満足感で、各々が食事を楽しみ。なんといっても、お父さんたちのほっこり顔が印象的だ。九州の焼酎まで選び放題、飲み放題だからだ。運転を気にせず、ゆっくり飲めるのはこの上なく幸せという顔がいっぱいだ。バイキング料理は何かと効率が良い。100席ほどある客席にもホール担当のスタッフはほとんどいない。

そんななか、なんとこのホテル恒例?の歌謡ショーがはじまり、レストラン内のミラーボールがきらきら回りだし、びっくり。そういえば前方に大きなステージがあった。そこの幕が上がり、歓迎!と大きく書いてあるステージが明るくなる。「へ?ここ、そんなショーがあるの?」すると、アルゼンチンタンゴでも踊りそうな、めちゃくちゃ派手な真っ赤なドレスを来た演歌歌手が登場!名前は知らないが、地元では有名なのかも定かではないが、とにかくザ・演歌歌手だ。

私は食べるのも忘れ、彼女のステージをじっと観察し、耳を澄ました。わずか30分ほどのステージ。自分の持ち歌は2曲、あとは有名な演歌を3曲ほど。カラオケだけでひとり歌うショーは、それなりに歌手自体に存在感が必要だ。その歌手、場数を踏んでいるのがわかる。歌もうまいが、それ以上に「しゃべり」がいい!このレストランにも慣れている。バイキング料理を楽しみにきている家族に、お父さんに受ける話し方、そして観客を巻き込む進行・・。私自身はもう自分のステージのように、彼女がどう展開させていくのかを注視。最後はサブちゃんの「まつり」を歌い、ほろ酔い気分のお父さんたちからも歓声。盛り上がる中、幕は下りた。と思ったら、その歌手はすぐ客席におりて、各テーブルのすべての客に声をかけながら、レストラン内を回りはじめた。その行動にも注視した。そうそう、一人一人のお客さんとのこのコミュニケーションが大切で、これがリサーチでもあり、ファンづくりでもあるのだ。彼女の行動を見ながら、自分のことを考え続けた。そして彼女がわがテーブルにもやってきた。「歌もうまいですが、MCがいいですよね」と声をかけると、意外な反応だったようで、「そうなんですよー。しゃべれん歌手は要らん!とここの社長さんに言われるんですわ~。ま、ホテルでのステージは気を使いますけどね。自分のコンサートとは違いますので~」と、余裕の笑顔で気さくに応えてくれた。なかなかいい個性の人だな。彼女は私との会話のあと。「ああ、いい言葉いただきましたわ~」と次のテーブルに移動した。その一言からもその人の姿勢を感じ取った。

そう、歌っているだけではいけない。弾いているだけでもいけない。ステージはしゃべってなんぼ。私も年々、それを実感している。楽しいステージを創ることができる人が真のエンターテイナー。ここ平戸で予期せず、ステージの勉強ができ、なんでもどこでも行ってみるもんだと改めて実感。

それにしても、日本ではまだまだ演歌が健在だ。そして演歌は昭和を思いださせてくれる。またその領域への興味も沸いてきた、

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自分のなかのもう一人と棲む

物語を書くとか、作詞作曲をするとか、あるいは絵画の世界もそうかもしれないが、「創作」には心のなかの見えない活動が重要だ。ないものをあるかのように表現していくという仕事は、見えない世界での活動が勝負だ。その想像力を養うためには、普段から異世界に親しむ、いろんな情報に触れる、人が目を向けない小さなことにも感動を見つける、うれしいことだけでなく喜怒哀楽すべてを豊かに感じる・・・ことなどが大切と最近思うようになった。実際に目に見えたものから、読んだ文字、聴いた言葉から何をどうインスピレーションし、自分なりの新たな世界を創るか。気が付けば、いつの間にか自分の中に別の自分が棲んでいることもある。現実世界を生きる自分と、世界を観察する自分。この両者で創作が生まれるような・・・。要するによく感じ、世界にまっすぐ向き合い、素直に生きるということか。人は想像することで、より自由に楽しく生きられる。

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傾聴コミュニケーションで、より親しく。

長崎へ出向く。長崎市は熊本や大分のように被害は出ていないようであるが、連休の九州旅行をキャンセルする人は多く、7万人のキャンセルとかで長崎のサービス業のみなさんも深刻だ。確かに九州行きの飛行機、満席でもなく、ゆとりがあり・・。せっかくの連休、いつもと様子が違う。

そんななか、お世話になっているお店をたずねる。上記のとおり、いつもの連休よりは少しゆとりがあるせいかもしれないが、出会った当初は、この人は本当に無口だと思っていたその店の社長さん。前回ぐらいから気軽に話しかけていただき、その変化に驚いていたが、今日も接客はスタッフに任せ、私の前に座って、あれこれお話を聞かせてくれる。製菓専門学校のこと、全国の菓子業界のこと、和菓子と洋菓子を両方つくるお菓子やの歴史、菓子職人の教育などなど・・古き良き時代と今の業界の競争の違い。過去の震災時に被災地の顧客にお菓子を送ってこられた話・・・話題は尽きない。さらにお店の4階に設置してある古いピアノの話をされ、そこでいつかライブでも・という話までしてくださり、その部屋も見学させてくれる・・。最初お会いしたときは人見知りされる方だと思っていたのに、いつの間にか私のことをピアノの先生と記憶され、しかも楽しそうに、うれしそうに話してくださる。

私もつい、一生懸命聞く。職人の話をきけることはとてもうれしい。時間が経つのも忘れ。いや、ここを訪ねるときは時間にゆとりをもってくることにしている。

気が付けば2時間ほどが経つ。すっかり上機嫌の社長は、私にお土産のカステラやご自身が最近改良したとの自信作のお菓子をもたせ、「今度、飲みに行きましょう。」とのお誘い。もっとしゃべりたくなったのかもしれない。普段、人とそんなに話す父を見ない息子が心配して「時間、大丈夫ですか?」と気遣ってくれるのがありがたい。

今回とくに印象に残ったのは、全国のお客さんからのうれしいメール、お便りの話。ありがたい声をいただくたびにコピーして工場に掲示し、職人たちに見せているとのこと。売り場に立たない職人には、お客様の声を聴くことは少ないからとのこと。そのコピーを私にも見せてくれた。

そう、文字で残すと、そのまま職人さんにも共有できるのだ。文字は見えない相手にも直接伝わる。そんなことも含め、あれこれ、ご自身の半生を語ってくれる社長さんと接し、新たな学びをたくさんいただき、握手をして店を出た。店の外にはスペインからの客船が見える。

人の話に、とことんつきあうのも、ときには良いようだ。

一生懸命聞かせていただくことで、一歩づつ信頼感が増し、友人になれる。

人との関係を大切に生きておられる方とのご縁。私も大切にしなければ。

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本物に出会い、アンビシャスになれる港町。

港町が好きだ。海なし県で生まれ育ったせいかもしれない。余計に海やその向こうの世界へのあこがれが強い。仕事では新潟へ通っているが、実は新潟市も立派なみなと町。芸妓文化もそれ故に発展したそうであるが、現在「みなとぴあ」と言われている歴史博物館、税関後、第四銀行の旧支店跡などがあるエリアが私にとっての、港町新潟を感じるエリアである。ただ、ほとんどが仕事での新潟市滞在で、そこへ行き情緒にひたる時間があまりとれないのが少々残念。せめて宿泊した翌朝、萬代橋や柳都大橋を徒歩で渡り、信濃川から続く日本海を眺め、佐渡汽船の行き来を見ながら、香港とマカオに思いを馳せたりするひとときを楽しんでいる。

同じく港町の少し先輩のまち。長崎、横浜、神戸、そして私にとってのわが未開の地、函館。いずれも異国情緒漂、みなと町だ。

この週末は、久しぶりに横浜を訪ねる。東京から1時間足らずで行き来できる町なのに、港町というだけで、私にとっては非日常の町である。なぜか、何かのついでに行きたくない、わざわざ気合を入れて、訪ねたい町なのだ。

今回、前から気になっていたレストランを初めて訪ねてみる。北欧料理のお店だ。外から見ていたのと、中に入ったのではまったく違うというこのギャップも良く、税関近くにあり、そこに入るだけで、まさに異国の港町にやってきた感じもうれしい。ホテルのレストランのようにどこかしら気どっているというのとは違う、老舗レストランとしての真面目さが漂う。実は電話予約した際にも、その落ち着きのある丁寧な応対に、本物のお店だという印象を持った。

料理もすべて細やかなこだわりを感じられ、味も良く、値段も適正。インテリアはまるで北欧にいるような木製の彫り物が随所に掲げられ、真っ赤な絨毯。そしてボリュームをかなり抑えてチャイコフスキーやドボルザークが流れているのも良い。BGMは店の品位を決める。その店内を女子大生らしきスタッフたちが静かに行き来する。お店に大きな柱があるのも、実はポイントになっている。スタッフはその柱の陰からお客の食事の進行をうまく見ながら、次のサービスにとりかかるのだ。

久しぶりにこれぞ、外食!とレストランでの食事で感動をした。チェーン店でもなく、マスコミが騒ぐお店でもなく、本当に品のよさそうな人たちで作りだしているいい空間。背中が少しまがりかけておばあさまが、たぶんオーナーだろう。普通に仕事をされており、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と声をかけられる姿にも頭が下がる。そんな店が、存在する。創業50年の広告が入口に貼ってあった。最近の広告ではないのが、またいい。歴史を積み重ねていることを店のどこをとっても感じることができる。

このレストランひとつとっても、さすが、横浜だと改めて思う。

みなと町は、文化の交流、ノスタルジー、異国情緒、ハイカラさ。すべてにおいて私のあこがれをすべて持っている。

無意識ではあったが、このあと長崎に向かうから、しばらく港町文化に触れ続けることができそうだ。

ブルースが生まれるのが、よくわかる。

海が見える丘で、果てしない海と空を見ているだけで、アンビシャスになれる。

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