朝はニュースよりクラシックが効く。

どの国も本当にこれでいいのか?という話題が続く日々。
毎朝ニュースを見るのは、世の中の動きを大きく知るため。
世界の様子をまんべんなく知りたいため、BSニュースを
よく視聴する。世界を知りたければ世界の情報をバランスよく
入手するのが良い。
朝、ニュースを見る、新聞を読むのは、新たな知恵や情報を
自らにインプットし、元気に一日をスタートするためだと
心得ていたが、最近はトップから瞬間に不快、不信、嫌悪感にさいなまれて
しまうのを避け、さっとチャンネルを変える。
民報のニュースに変えても、ほとんどが同じで意味がない。

そんなわけで、
クラシック音楽を流す局にスィッチオンする。
または、教育チャンネルにする。

とくに前者は朝に良い。
NHKは上記では残念であるが、朝にクラシックという番組を
やってくれているという、この点では感心する。
邪悪な、低俗な考えや、思慮浅い言葉などが、すべて頭から吹き飛び、
楽器の美しい音色に耳をすませば、自らの心も浄化され、新しい
細胞が生まれてくるような気になるのだ。

あるタクシーのドライバーさんが、朝・昼・夜で車内のBGMを変えて
いる、朝はクラシックを流しているといわれたことも、改めて思い出し、
納得、共感する。

つまらない、くだらない、つくられた報道で疑問を持つよりも
言葉を越えた天上の世界で、目覚めの朝を過ごすのがいい。
朝と言えば…の過ごし方をこれから、もっと変えていこう。
幸せな1日を始められるように。

音楽は、芸術はやっぱり人間の営みのなかで、最高の価値がある。
それは、きっと個を越えた、世界に向かう発信、発動の活動だからだ。
そして、音楽は、芸術は純粋だから、時代を超え人々に愛される。

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メルケルさんを応援する若者の国

さすがドイツである。
私が世界でもっとも尊敬する、真のリーダー
メルケルさんが、勝利した。
と言っても、前回より厳しい戦いであったようではあるが
またこれからも課題は山積みとのことではあるが、
他国のこととはいえ、
ブレないこの政治家の存在を誇りに思う。

誰が何と言おうか、連帯を呼びかけ、難民を救い
世界平和、協調の視点で、EU世界をまとめてきた。
恰好ではなく、口先ではなく、真面目に、賢明なる
哲学的かつ科学的な思考でもって、自らの行動を
貫いてきた。
彼女を支持してきたのは、ドイツの若者たちだという。
自分の国のことしか考えない他国のリーダーより
世界のことを考えているわが国のリーダーを尊敬する。
メルケルさんを応援するために、24歳で立候補した
若者もいた。彼の演説は、メルケルさんに捧げられた
ものであった。
ああ、ドイツという国は、やはり優秀だ。とおもった。
同じ敗戦国でも、なんたる違い。
70余年経っても、犬のように、主人に仕えるかのごとく
しかも目立つように、姑息に動くどこかの国のそれとは
大きな違い。
このドイツの現状とわが国の状況を比べて、内側から
むくむくとなんとかせねばという気持ちが沸いてくる。
ドイツの若者のように、日本の若者も正しい道を
歩んでほしい。教育費をとってつけたように無料にする
ということに飛びつくことがないように・・・。

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どこでも会いに行きます!

私には父と呼びたい人が数名いる。
そのひとりは会社員時代の上司、Tさん。
経理部門の責任者で、私からみればお金のプロ。
独立するときも、「この人に頼んでおけば大丈夫だから」
といって、税理士さんをご紹介してくれた。
今もその事務所にお世話になっている。
お金をためること、お金儲けは身につけることが
できなかったが、まじめに生きること、真面目に
仕事をすることを教えていただいた。
独立後、19年経った今、この経理のお父ちゃんが
元気でおられるうちに・・思い、思いついたら
電話をしたり、会いに行ったりしている。
今は京都から伊東に移り住んでおられる。
奥様も亡くなって、快適な施設で生活していても
お寂しいのでは・・。
「今度、寄りますよ~。」
新潟から東京、そして名古屋への移動中に伊東に
立ち寄ることにする。
体調が気になるので、前日も電話をする。
「心待ちにしています!」
うれしそうな電話の声。

そして、伊東駅で待ち合わせし、
約1年半ぶりの再会だ。
駅前のかまぼこ屋で買い物をして
そのあと、お父ちゃんおなじみの居酒屋に向かう。
87歳というのに、酒も弱くなったといいつつ
ビールのジョッキを傾け、お料理もたっぷり
食べる。会話は日ごろの生活の話から、人生のこと、
家族のこと、そしてスポーツのこと、真剣に語るは
政治、日本のこと・・。話題が尽きず、予定していた
帰りの電車を1本ずらす。
「今日はたくさん食べられるわ。よー、食べたわ。
また寄ってな。なんなら、毎日でもええで」
施設で提供される、健康管理ばっちりのごちそうも
いいが、やっぱり下界で世間のなかでいっぱい話を
して食べる食事の方がおいしいはずだ。

「じゃ、三か月に一度ぐらい、寄るようにしますわ」
と答え、駅で握手を何度もして別れる。
何度も大笑い、くしゃくしゃの笑顔で、私の話を
「何?何?」
と、耳が遠くなっていても一生懸命聞いてくれるのも
うれしい。

今、
会いたい人、会わねばと思う人がいるならば、
会いに行くのが良い。
動ける方が動けばいい。動けるときに動けばいい。

親孝行は、ちゃんとしないと。
それは、感謝の気持ちを伝えるぐらいしかできない
のだが、それでも喜んで下さる顔を見ると、
こちらもうれしいのだ。

こんな風に、週末も移動が続く・・。
おなかも心もいっぱい。一番の幸せだ。

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最後まで心穏やかに生きたい。

年を取るとやけに短気になったり、涙もろくなったりするというのは
本当のようだ。
父親と電話でも、会っていても、すぐ喧嘩になりそうになる。
子供の頃からそんな傾向は続いていたが、近年は気を付けないと
火が付きやすい。

たわいもないことが原因であるが、
ちょっと言うとすぐにムキになって、大声になる。
電話で、うまく会話が通じず、言葉を失い電話を切る。その後も気になり
「素直で優しい会話がいいよね。楽しくいきましょう」
とメールすると、
「了解」と返ってくるので、一安心。
と、このくりかえし・・・。父が孤独にならないようにと
いろいろ考え、働きかけることが、いいことかどうかわからないが
そんな日々・・。
そんななか、ドキュメンタリー番組で90歳の現役俳優の生きざまを
放送作家である娘(おそらく同世代)が記録し続けた番組を見た。
俳優という仕事を高齢になって続ける父は、病を抱えながら、
仕事第一で生き続ける。しかし、台本が覚えられない、体力的に
難しい・・・という現実に直面、自分と闘いながら、家族に
支えられながら生きていく・・・。
カメラの前では、プロの俳優である父が、家庭内では違う。
心配する家族が、あれこれ口を挟まれると喚いたり、怒鳴ったりする。
とくに車の運転について注意されると、大変だ。
自分だけが責められている、自分にはもうその力がない、生きていても
仕方ない・・・と、大声で叫ぶ。
この番組を見ていて、父のことをずっと考えていた。
同級生たちが、病に伏し、別れを告げ、多くない友達が
ひとりふたり減っていく父・・。
寂しさが、短気につながる・・。

喧嘩できるうちは、まだいい。
喧嘩できるうちに、もっとコミュニケーションしなくちゃね。
できれば、父が笑顔で楽しいと思える時間を
つくっていきたいね。

放送作家の娘さんは、俳優の父をモデルにその人生を
撮影し、人々に伝えるという作品をのこした。
私は違う方法で、家族がおだやかに暮らせる、残りの
人生を楽しく生きられるようにと思い、できることを
し続けていこうと思う。
そして、私自身も、心穏やかに楽しく生きていきたい。
と激しい日々の時間の合間に、そう思う。

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ジャンヌダルクを思う時代。

国連でどうだこうだ・・と言っている。
申し訳ないが、列国の代表者が何を言おうが、原稿どおりであり
心揺さぶられるものや結論はない。
それよりも、それに反応する国の様子が気になる。
油に火を注ぎ合っている感じだ。
余計なことをしている。

それよりも気になるのが、
その議論のさなか、
その隣国で大地震で、子供も含めた多くの人々が
助けを求めているという現実。地震の多い国だから、本当に大変だ。
ふたつの報道を同時に見ていると、これは別世界なのかと思えてくる。
同じ世界での話なのだろうか。

ミサイル対策ももちろん必要であろうが、今まさに困っている人たちの救済。
すぐ、助けにいこうとならないのか?
もちろん、メキシコ以外にも難民や内紛で苦境に立たされている人たちも
数多くいる。

今どきの政治家とはいったい何の意味があるのだろうと思う昨今。
口先だけでなく。保身ではなく、真の意味で人を救うことを最優先できる
人はいないのか。騒ぎを大きくしているだけのように思えてならない。

ある人と今の社会についての思うところを意見交換する。
冗談半分で
「そのうち、共謀罪でつかまるかも」
といい、
「関係ない。おかしいもんはおかしい、正しきことは正しいと言わなきゃ」
「ジャンヌダルクにならんといかんですね」
と、半分笑いながら言い合う。

実は、私の尊敬する女性は
ジャンヌダルクと、マザーテレサ。
命を懸けて、自分のためではなく、正義のため、人々のために
生き抜いた人だ。

今、どうにかしないとと思えてくる。
もちろん、この時代に合う方法が必要だ。

まずは、世界をちゃんと見る目を養うこと。
おかしきこと、グレーなるものは、疑ってかかること。

今、どうにかしないと。
自然は変えられないが、人は???

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バックミラーから「お久しぶりです」

再会というのは、いろんな場所で、いろんな場合に起きうるものだ。
先日は、あの人混みの東京駅で、何年かご無沙汰していた知人をみつけた。
人混みをかき分け、近づいて声をかけたら、その人もたいそう驚かれ、
その場で少し立ち話に花が咲いた。
かと思ったら、今度は、たまたま乗ったタクシー。
私が乗った瞬間から、その人はわかっていたようで、
行先を告げるのが先か後か忘れたが、
「お、お久しぶりです」
と運転手さんから声をかけられる。
バックミラーに移った顔を見て、すぐにわからなかった。
何年か合わないうちに体格が変わられたようで、また帽子もかぶっておられたので
すぐにわからなかった。
「どこかでお会いしていますか?」
と聞き返すと
「ええ、以前・・・・でお世話になったAです。」
「ああ、あのAさんですか。いやー、わからんかった。今、タクシーのお仕事なんですね」
そこから目的地に着くまでずっと話し続けた。
近況もおききし、転職の背景なども話してくださった。
実は最近お会いしていないので、どうされているか・・と気になっていた一人
だったのだ。
まさか、タクシーの中でお会いするとは。
彼は車をおりるとき、タクシー会社の名刺に自分の携帯電話を書いて
渡してくれた。
「いやー、今日はお会いできてよかったです。またどこかでぜひ」
握手をして車を降りた。
再会の機会は、どこにあるかわからない。
ある日突然、懐かしい人に遭遇する。その瞬間に心があたたまる。
再会、今日もどこかで?誰かと??。
予期しないことが起きるのが、面白い。

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災害対策より優先事項?

先週連休中のこと。
この大型台風はどうなるのか?夜も眠れず、夜を過ごしていた。
テレビの速報を気にかけながら不安な気持ちで過ごしていた。
そして気になる夜中のニュースに、台風情報より選挙のことがトップに取り上げられ
た・・・。
私は瞬時に怒りがこみ上げた。
このタイミングに何で?
まずは台風でしょう。まずはその対策でしょう。
それと別世界のことのように、選挙の話題。

やっぱりこの世界の人たちは、自分たちのことしか考えていない
ということを改めて思った。
どこかしら、正々堂々としていない、卑怯なタイミングであり、
なぜそれをしなければならないか・・。
安定って何か?
勝つって何か?
そんなことに議論を尽くしている人たちよりも、
台風のなか、24時間体制で交通機関を動かしたり、復旧活動に
全力を注いでいる方のことを思う。
大混雑の改札でお客に詰め寄られ、丁寧に対応する鉄道職員、
車内で意味不明な言いがかりをされながらも、親切に対応する
車掌さん・・・被災現場で必死に住民を救い出すために汗を流して
いる人たち・・・。こんな状況で、正直、選挙なんかどうでもいいのでは?

求めているのは、政治家たちであり、国民にとっての優先事項ではない
はずだ。
いつも、自分たちの名誉、居場所、就活に夢中。と見えてしまう。
なぜこの時期、このタイミング、なぜ?
なんでも現時点で、一番大切なことについて、よく考えて行動
しなければ・・。
いろんなことに流されないようにしなければ。
どさくさ紛れに、何かをしようとする人にはならないように。

何が優先?
そこを見失わないように、日々生きていきたい。

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心美しき人と語りたい。


9月17日の長崎そとめコンサートの前日、会場に下見と打ち合わせを兼ねて、現地に向かった。
ここにある写真は、
コンサート当日のお客様の食事風景と、今回お世話になったシスターのお話しの様子のものであるが、
このシスターとの出会いが、今回のコンサートへの決断になった。
俗世間で迷いながら生きている私のような人間には、まっすぐに清らかに生きておられる方の生きざまが一番の
教材だ。
前日、コンサートの打ち合わせをしながら、シスターがご自身で作ったジャムや紅茶を「ド・ロさまのお恵みです。私が
つくったものですが・・」と言いながら、素朴なパンと一緒におもてなしてくださる。パンもこちらのお仲間の手作り
のものだ。
シスターは五島の出身だそうだ。中学を出られ、すぐその道に入られたという。
五島と、この外海は、隠れキリシタンの行き来ということで、大変関係が深い。
「シスターはえらいですよね。人生をこの道に託されて・・私なんか、足元にも及ばない生き方です」
と言うと
「そんなことはないですよ。最初にこの道を選んだのは確かに自分ですが、そのあとはすべて神様が仕事を
与えてくださるのです。もちろん迷いや悩むことがあっても、神さまが見ていてくださる、一生懸命やれば
喜んでくださると思ってやるだけですよ、仕事は与えられるものですから」
と笑顔でおっしゃる。
いろんな修行をされ、勉強され、信仰の道を歩んでこられたのだ。
仕事は与えられる。そうか。一見、自分が選んでいるけれど、実はもっと広い視野で、俯瞰して
自らの存在を問うてみれば、決められている、授けられていることを自分が選んだと
思っているだけなのかもしれない。

信仰あり、なしを別として、
一生懸命、純粋に生きている人は美しいと思う。
時々、違う世界で生きる人と会い、話すのが好きだ。

素朴に元気にまっすぐに・・。今回もおだやかでありながら、背筋が伸びる至福のときを
いただいた。

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タイフーン コンサートの余韻。

新潟から、ご夫婦で雪の長崎へ、岐阜へ、そして東京は下北沢へ・・・。
私のライブにどこまでも追いかけてくださる、ありがたすぎるお客様。
この奥様、いや女主人は、本当に気風が良い。いつも前向きだ。

そして、今回は運営する福祉施設のみなさんを連れて、長崎旅行を
企画、バス一台で長崎の辺境の地のコンサートにも来てくださった。
しかも、大雪という珍しい経験に次ぐ、台風のなかの長崎コンサート。

運営する施設のみなさんがバスに乗って、風雨にさらされながら、
会場まで濡れながら、元気にやってきてくださった。
晴天の美しいサンセットロードを見てほしかったが、予期せぬ
台風は想像以上の感動を与えてくれた。
ド・ロ神父がもたらしてくださった由緒あるオルガンの音色や
お客様と一緒に歌った歌の数々・・。
会場である、旧出津救助院を運営されるシスターたちのあたたかい
おもてなし・・。どれもこれも、心に残る人生の一コマになり、
またグラン・ルーの新たな節目にふさわしい時間となった。
台風のなか、移動は本当に大変であったが、その分、思い出は
強く心に残るだろう。
ご一行様が、無事帰宅されたとの報を知り、無事コンサートが
終わったと安堵する。
オルガンの優しい音色が、今も心に残る。
いい時間を紡ぎだせたこと、本当に幸せだ。
本コンサートは「長崎タイフーン・コンサート」として
一生の思い出、わが宝物となった。
明治時代の女性の育成教育施設であった旧救助院という
貴重な場所で、皆様のあたたかい協力により、無事開催できた
ことを、改めて感謝したい。
ド・ロさま 皆さま 本当にありがとうございました。

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台風アニバーサリー

台風に追いかけられているのか、たまたま行くところで遭遇するのか。
長崎外海でのドロさまオルガンコンサートはお客様に強風の中おいでいただき、無事終わった。
ああこれで、台風も収まってくれるかと思ったら、飛行機欠航、JR九州も運転見合せ。
迷ったが泊まらず帰ろう!と勇み、高速バスで長崎から博多へ、そして期待の新幹線。
こちらも台風の影響で運転見合せから、運転再開、でもまた見合せ、、、。と実は
本ブログも車内で書くことに、、。
コンサートだけでも十分有意義な記念日だったのに台風で新幹線泊になるとは・・。
台風などで新幹線がひとたび運転見合わせになると、電車が数珠つなぎ、各駅ごとに
到発着する電車がいるだけでなく、その間にいくつも、いくつも連なっているのだ。
この光景を上から見たら、新幹線がたくさん止まっているという状況は壮観かもしれない。
が、こういうときこそ、日本の定時運行の技術のすばらしさを痛感するのだ。
世界中探しても、こんな数分感覚で事故もなくスムーズにあの高速の電車が運行されている
国はない。でも、台風には勝てないのだ。安全に運行するためには必要なこと。

自然の脅威を知り、なんでも予定どおりにはいかないということを学ぶ1日。
改めてJRやバス会社の対応、運転士さんや車掌さんの働きぶりに関心する。
電車が動かないのは、働いている人たちのせいではないのに、いちゃもんを
つける人、無茶を言う人を実際に見ながら、車掌さんの仕事も大変だと改めて思った。

貴重な経験ができたタイフーンアニバーサリー。
無事なら生きていればいい。
駅に新幹線が着いたのは深夜の1時半。すでにホームには仮眠用の
列車も用意されており、夜中なのに売店も空いており、ここもびっくり。

台風のおかげで、濃厚なアニバーサリーを過ごすことができた。
自然には叶わない。その中で人は一生懸命生きる。

無事に帰宅でき、安堵する。さあ、20周年に向かってまた前に進もう。

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